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 ひとまず馬車に戻ろうと、一行は人通りのない廊下を静かに進んでいた。

 ちょうど神託の間を出たときに午後の祈りの鐘が響いていたので、神官たちは礼拝堂に集まっているのだろう。

 人通りはなかったので緊張は緩んだものの、誰もが口を噤みどこか重い空気が流れている。靴音だけがかすかに響く中で、不意に渦中の人物であったラナベルは思い出したように呟いた。


「私は、権能を失っていたわけではなかったのですね」


 突然だったので、支えていたレイシアも咄嗟に答えられなかった。

 俯きがちに囁いたラナベルの目が、あまりにがらんどうに見えた衝撃もあった。

 足が止まった一行は、慰めや労りの言葉を探す。けれど、なんと声をかけて良いか探しあぐねていた。

 あの陽気なダニアさえ、静かに沈むラナベルの痛ましさに言葉が見つからない様子だ。


「ラナベル……」


 レイシアがそっと呼びかけたときだ。それまで黙って俯いていたシュティが勢いよく顔を上げたと思えば、レイシアに支えられたラナベルにずんずんと詰め寄った。


「今まで! 一度だって権能を使おうとはしなかったのですか!?」

「……試したことはありますが、使えませんでした」


 言葉にしながら、胸を太い杭で刺されたような痛みと重さを感じた。

 当時の神官から神罰で権能をなくしたと言われてから、アメリーだけはラナベルを慰め、いつかまた使えるはずだと励ましてくれていた。

 不注意で指に傷が出来たときなど、アメリーに促されて何度か権能を試したが、一度だって成功したことはない。

 その事実が、ラナベルの心に余計に痛みをもたらした。


 ――シエルを治せなかったのに、他の人間を治してしまうことを恐れている。


(私は、アメリーさえ治したくないと思っていたの?)


 姉や家族のように親しみをもつ彼女の傷さえ、自分は治せなかった。

 大事な妹を助けられなかったのにほかの人間を助けたくないという、そんな子供じみた自分勝手な欲求のために。

 我知らず、ラナベルの目許に涙が光る。

 今のラナベルに涙を押しとどめる余裕はなく、細かい涙の粒が無抵抗に頬を滑っていく。

 ハラハラと涙を零す姿は、見る者の言葉をなくす美しさがあった。一方で、人形が泣いているような無機質さと異質さもあり、見ていられないとレイシアはラナベルを抱きしめてその方にすり寄る。


「自分がこんなに弱い人間だっただなんて……」


 恥ずかしくて情けない。

 死んでしまいたいと強く思った。今、あの短刀を身につけていれば喉元どころか胸や身体を無残に突き刺しただろう。

 それほど怒りや後悔に苛まれていた。

 ラナベルが自分の小ささに打ちひしがれる姿に釣られたのか、シュティの目にも涙が盛り上がる。

 彼女は自分を責めるように泣くラナベルをキッと睨んで叫んだ。


「あなたがいたら、私なんかが聖女なんて呼ばれることもなかったのに! あなたを馬鹿にするような人間もいなかったのに! 私が隣に立てたのに! なんで祝福使わなかったんですかああ!」


 小柄な身体いっぱいに息を吸い込んだ言葉は、子どもの癇癪のように一方的でみんなを呆気にとらせた。

 うわーん、と声をあげて泣くシュティは、心の底から悔しがって悲しがっているようで、その泣きっぷりにラナベルもつい目をしばたたいて呆けてしまう。


 ――この十年以上の時間で、自分はどれだけ人を救えただろう。


 そんなふうに後悔していた気持ちが、自分の心のために人を切り捨ててしまえる矮小さへの絶望が、一瞬で遙か彼方に吹っ飛んでしまう。だって、シュティのほうがあまりに悔しそうで悲しそうなのだ。


「私はラナベル様みたいになりたかったけど、あなたの代わりになりたかったわけじゃないんです!」


 わんわんと泣きながら、シュティはなおも主張し続ける。

 果てには「私程度で聖女だなんて神官も民衆も見る目はない」だなんて愚痴がつらつらと零れ出る。

 戸惑うラナベルたちのなかで最も早く我に返ったのはダニアだったが、彼は彼でシュティの言葉にうんうんと頷いていて止める気配はない。


「たしかにあのときのラナベル様は聖女という名にふさわしい神聖さと優しさと神々しさがありました」

「そうなのよ! なのに私が聖女? は、おかしすぎて涙が出るわ。あんたたちは本当の聖女を知らないからそんなことが言えるのよ。しかも、私を聖女と言ったせいの口でラナベル様の悪口をたたくなんて!」

「いやあ、前から怪しいと思ってましたけど、アンセル神官て話のわかる人ですね」


 俺よりもだいぶ面倒な感じで拗らせてますけど!


 なんて言って楽しそうに笑うダニアと、なおも悔し泣きに耽るシュティ。

 さすがにこのまま騒いでいたら誰かが来てしまうと、ラナベルはさっきまでの葛藤なんて吹っ飛んで事態の収拾にかかった。



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