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 無礼だと処罰を受けることも覚悟していたラナベルだったが、ナシアスは心あらずな様子で罰することなく去って行った。

 レイシアの負傷というトラブルはありつつも、神へ供物を捧げるという今回の祭典の趣旨も滞りなく行われた。

 そして、ちょうど儀式の終わりを遠く耳にしたころにレイシアは目を覚ましたのだ。


 一眠りしたことで回復したのか、怪我なんてなかったとでもいうようにケロリとしている。

 そうして献上の儀が終わったことを知ると、慌てた様子でベッドから起き上がり神官に会いに行くと言うのだ。


「まだ無理をされないほうがいいんじゃ」

「大丈夫だ。それに神官は神殿からほぼ出てこない。今日会わなければ今度はいつ会えるか分からない」


 そう言ったレイシアは、焦りの上から好機とばかりの不敵な笑みを浮かべる。


「なんて言い訳をつけて訪問するか考えていたがいい口実が出来た」

「口実ですか?」

「ああ」


 見当がつかずに首を傾げると、レイシアもきょとりとしながら首を捻った。


「気づかなかったのか? 俺の治療をしたのが件の聖女――シュティ・アンセルだ」


 ◆ ◆ ◆


 訪れた天幕の中で、レイシアとラナベルは一人の女性と相対していた。

 清らかさをもつ水色の瞳と髪が特徴的なその人は、たしかにレイシアに治癒を施してくれた神官だった。

 豊穣祭の狩猟大会での儀式や王族の治癒など、高位神官に任されて当然だ。しかも若い女性となるとその正体ほとんど誰か決まったようなもの。

 しっかり考えれば分かることなのに、天幕ですれ違ったときにはレイシアのことばかりに気をとられてラナベルは全く気づいていなかった。


「それで、お礼を言いに王子殿下が病み上がりにわざわざ来てくださったのですか?」


 まだ幼さが残る少女然とした顔立ちのシュティは、ムッと力の入った目許でジロリと二人を見た。

 皮肉のように聞こえる力の入った語気に、王族(レイシア)の前でさえ笑顔一つ見せない表情。

 レイシアは気にしていないようだが、ラナベルが呆気にとられるには十分だった。


「改めて礼を言わせて欲しい。私の治癒をしてくれてありがとう。アンセル大神官」


 ラナベルも、彼の婚約者として感謝の言葉を続けた。


「さきほどはご挨拶もせずに申し訳ありませんでした。初めまして、ラナベル・セインルージュです。この度は殿下の治癒をありがとうございます」


 心の底からの深い感謝を伝えたのだが、どうしてかラナベルが頭を下げるとシュティの顔は苦々しく変貌した。


「……あなたとお会いするのは初めてではありません。ラナベル様」


 思わずラナベルは目をしばたたかせた。まさか自分は彼女に会ったことがあるのだろうか。

 ぐるぐると記憶を探ってみても身に覚えがない。

 なんて答えようかと焦りが募ったが、シュティはそれ以上深堀りするつもりはないらしい。

 不愉快――というよりは、どこか子どもが拗ねるような仕草で顔を逸らし、「神官として当然のことをしただけです」と案に礼は不要だと伝えてくる。


「しかし、結構深い傷だったのにもかかわらず、あの短時間でこうも綺麗に治るとは驚きました」


 ニコリといつの日にか見た好青年顔でレイシアが褒め称える。

 気分を良くしてから本題に入るつもりなのだろう。

 現にシュティはほんのり頬を染めて嬉しそうだ。彼女が小柄だからか、小さい子が胸を張るような誇らしさが見え、ラナベルの心がぽっと温かくなる。


 ――しかし。


「さすがは聖女と噂される方ですね」


 歌うように褒め言葉を並べていたレイシアがそう言ったとき――。


「違います」


 一瞬、誰が発したのか分からないほどに無感情で冷たい声だった。


「私は聖女さまではございません」


 強い拒絶を感じる彼女に、咄嗟にレイシアもどう返すべきか迷ったようだ。その間にシュティが吐き捨てるように言ってみせた。


「わざわざここまでやって来たのは婚約の儀のことですよね?」


 さっきまでの可愛らしい姿はどこへ行ったのか。

 ギロリと鋭い眼差しで射抜かれ、さすがにラナベルもレイシアも息をのんだ。


「私はなにがあってもラナベル様が神殿に足を踏み入れることを許しません」


 取り付くしまもないように断言したシュティに、レイシアも好青年の仮面を脱いで堂々と訊ねた。


「どうしてそこまで拒絶する? ラナベルの過去で拒否感を覚えるのは理解した。しかし、それはほかの神官も同じはずだ。そんななかでも王族相手に受け入れを拒むのはきみだけだ」


 それほどきみは敬虔な信徒だと言うのか?


 神官相手にそんなことを訊いては、怒り狂われてもおかしくはない。

 内心どっと冷や汗をかいたラナベルだったが、そんな心配をよそにシュティは声を上げることも天幕を出て行くこともなかった。

 レイシアからの問いに、彼女はラナベルをちらりと気にしたふうに見た。そして迷うように水色の瞳を右往左往させる。


「……今まで神殿には寄り付きもしなかったのに、殿下との婚約のためなら来られるんですね」

「え」

「どうせ、神殿になんて未練もなにもないんでしょう」


 ふんと顔を背けるシュティに、思わずラナベルは否定する。


「そんなことはありません。私にとって神殿は、幼少期を過ごした大切な場所です。……昔は毎日神殿に行くことを誇りにしていました」


 絞り出すような声とともに、ラナベルは傷の残る手をぎゅっと握りしめた。その様子に、シュティは嘘ではないと理解してくれたらしい。

 ぐっと怒りや悲しみを混ぜたような渋い顔でラナベルを睨み付けた。


「じゃあ、なんで今まで……!」


 奥歯で噛みしめるような彼女の声は、二人にはハッキリとは届かなかった。


「とにかく! 私はラナベル様が神殿に入ることは絶対に許しません!」

「あ、アンセル大神官!」


 身を翻したシュティを、ラナベルは咄嗟に呼び止めてしまった。意外にもシュティは素直に立ち止まってラナベルの様子を窺っている。

 だが、なんて声をかけたらいいのだろう。むっつりと黙り込むシュティを前に、これ以上の説得は諦めようかと思い始めた。

 ここまで拒絶されているのだ。無理を言って彼女の信心を汚すようなことは避けたい。

 立ち止まってはくれたが、そんな彼女相手になにも言えずにいたところ、不意にレイシアが口を挟んだ。


「婚約の儀のためというのもそうだが、べつにそれは王宮に神官を出向いても済ませてもいいのだから大した問題ではない」

「でしたらどうしてわざわざ私の元に?」

「神殿にはほかの目的がある。――神託の間だ」


 その言葉に、シュティだけでなくラナベルもハッとレイシアを見た。


(殿下? どうしてアンセル神官にそのことを……?)


 もちろん考えがあってのことだろう。しかし、神と話がしたいなど無礼だとさらなる悪化を招くこともあり得る。

 ハラハラしつつ見守る。さすがにここで口を挟むことは出来ない。


「なぜ神託の間に? 神から直接祝福の言葉でもいただくつもりですか?」

「違う。訊ねたいことがあるだけだ。我が妻となるラナベルの新たな権能について」


 今度こそラナベルとシュティは息をのんだ。

 青い髪を乱してシュティは勢いよくラナベルを振り返った。


「新たな権能とはどういうことですか!? あなたは祝福を失ったのだと聞きましたが!?」


 詰め寄る彼女を予期していたようにレイシアがラナベルの前に立った。シュティは小柄な体をピョンピョンと跳ねさせてレイシアの肩越しにラナベルを問いつめるが、しだいにしびれを切らして噛みつくようにレイシアに吠えた。


「邪魔です! 私はラナベル様に話しかけているんですが!?」

「どうやら神官殿は我が婚約者に並々ならぬ思いを抱えているようなので、あまり近づかないで欲しい」

「な……! そ、それよりも権能についてとは一体どういうことですか」

「俺たちにも分からないことだ。だからこそ神に直接問いかけたい」


 これ以上情報を渡す気はない。そう主張する威圧的な態度に、シュティは悔しそうに唇を噛みしめた。

 レイシアの背後で二人のやり取りを見ていたラナベルは、子どもの喧嘩みたいとどこか見当違いなことを思う。


「……分かりました。入殿の許可を出します」


 その代わり――と、シュティはレイシア相手に指を向けた。


「神託の間には私も同伴させてもらいます! 絶対です!」

「ラナベルの権能について詳細を知っても黙っていると誓えるか?」

「ええ、もちろんです」


 売り言葉に買い言葉な気がしなくもないが、シュティはたしかに頷いた。


「では、あとで誓約書を持ってくる。……神官殿が自身の言葉を反故にする、なんてことはないよな?」

「当たり前です。それよりこちらこそ約束は守ってもらいますからね!」


 レイシアは得意そうに鼻を鳴らして答えた。いつのまにやら鮮やかな手つきで反転させられたラナベルは、肩を抱かれて天幕から出てようやく我に返った。


「いいんですか? あんなことを言ってしまって」

「むしろ堂々と神託の間に入れる。それにあの様子を見るに、お前の不利になるようなことは言わないだろう」


 すごく嫌われていたみたいだけどな……と睨まれた目の鋭さを思い出す。だが、レイシアもなにか根拠があるのだろう。


「なんか俺と同じ匂いがしましたけど、俺よりも執念深そうでしたねえ」


 後に続くダニアのぼやきに、アメリーが静かに頷いていた。

 


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