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遺灰が降る道

お読みいただき、ありがとうございます!

 零仁が目覚めた時、すでに天幕の外は明るかった。

 寝床で身を起こすと、自分が裸であることに気づく。


「……おはよ」


 聞き知った声に目を向ければ、やはり隣で身を起こしていた新治だった。長衣ローブを肩にかけている以外は、零仁と同じく一糸纏わぬ姿である。肌のいたるところに、赤い痕がいくつも見えた。

 昨晩の記憶が蘇る。零仁の表情を見て取ったのか、新治が悪戯っぽく笑った。


「昨日、なにしたか覚えてる?」


「……はい」


「じゃあ次の質問。何回したか、覚えてる?」


「……二回までは、なんとなく」


「ぶっぶ~、四回。出しただけなら五回かな」


「……ごめん」


 思わず頭を下げた。初めてだったはずだ。痛かったに違いない。

 だが新治は、すっきりした顔で笑った。


「謝ることないよ。戦いが終わった後だし、わたしが誘ったんだから。……じゃ、最後の質問。他に、なんか言うことないですか?」


「え、あ、う……」


「昨夜、結局言ってもらえてないことあるんですけど」


 視線を逸らして、俯く。

 何を言えばいいかは分かっていた。新治と気持ちは同じだ。だがそれでも、この先のことを思えば抵抗がある。

 どうにか口を開こうとした時、不意に天幕の外に影が差した。


「おはようございます。御目覚めですか? ご両人」


 クルトの声だ。


「「……は、はいっ!」」


 期せずして声を重ねた後、新治とハッと顔を見合わせる。

 クルトは天幕の外にいるも関わらず、”ご両人”と言った。つまり二人が一夜を共にしたことを知っている。


「グランス様がお呼びです。落ち着いてからで構わないので、幕舎まで来ていただきたいと」


(お、落ち着いてから……)


 グランスの豪快な笑顔を思い浮かべて、げんなりする。

 横では新治が、一転して顔を両掌で覆って俯いていた。おそらく、湯だったタコのように真っ赤になっているだろう。


「す、すぐ行きます」


「承知しました。では……」


 言葉とともに、クルトの影が消える。

 零仁と新治はそれを見るなり、気恥ずかしさを隠すように、いそいそと身支度を始めた。



 *  *  *  *



 陣地の奥にある天幕に入った途端、顔を赤らめたグランスが面白そうに笑った。


「いよぉ~ご両人! 昨夜はお楽しみだったみてえだなあ? ガッハッハッハ! 若いってのはいいことだ」


「いや、あの、その……」


 もごもごと言う横では、新治が例によって顔を真っ赤にして俯いている。この調子だと、すでに陣地中に知れ渡っていると思っていいだろう。

 グランスはひとしきり笑うと、一転して神妙な顔つきになった。


「で、だ。宴の時に言おうと思ってすっかり忘れてたんだが……。試験の合否結果を伝えようと思ってな」


「えっ、ああ……」


「なんだ、その気のねえ返事は。結果なんぞ分かり切ってる、ってか? 結構な人数が受けて、合格したヤツは数えるくらいなんだぞ?」


「いや、そんなことは……。なんていうか、無我夢中すぎて忘れてたっていうか……」


「ガッハッハッハ!  まあ実際、手土産に砦ひとつ落として見せたヤツは初めてだよ……。文句なしの、合格だ」


 グランスはふたたびニヤリと笑うと、零仁と新治を交互に見た。


「ひとまずオレの直属として、光護隊ルカ・ヴェヒタと行動してもらう。テラにはオレのサポートをしてもらうが、所属は同じと思っていい。いざという時には、レイジに護衛に回ってもらおう」


「……分かりました」


 思わず安堵のため息が出た。昨日の今日で手の届かないところに行かれると、さすがに少々堪えるものがある。


「あと昨日のうちに、ダリアの勝報が我が主にも伝わってな。いたくお喜びで、お前さんたちにも興味をお持ちだ。そのうち、向こうから会いに来るだろうよ」


 それに気づいてか気づかずか、グランスは手元のコップをひと息に飲み干した。

 先ほどから吐息が妙に酒臭い。一晩中飲んでいたのだろう。


「主って、旧王派の盟主ってことですか?」


「そういえば、別にいるんだっけ……」


 言われて、ようやくその存在を思い出す。

 ついグランスが盟主だと思ってしまうが、旧王派が担いでいるのは先王のご落胤なのだ。


「ともあれ昨日は新王派やつら、もうなにもできねえ~なんて言ったが……。実際は再編やらなにやらで、こっちも同じだ。動けるようになるまで少しかかる。ゆっくり休んどけや」


 グランスはそう言いながら、右手を差し出してくる。


「改めて、よろしく頼むぜ。遺灰喰らい《アッシズ・イーター》、星眼の巫女ステラ・シーカー


「……はい。こちらこそ」


 零仁は、大きな掌を力強く握り返した。



 *  *  *  *



「……どうしても行くのか? グランス公が残念がってたよ」


 青空が見下ろす陣地の入口で、零仁は室沢に言った。

 目の前には、旅装を整えた室沢たち五人がいる。昨日は陣地で厄介になった後、褒章代わりに諸々の物資を受け取って、ようやく出発の目途が立ったのだ。


「うん。成り行きで手伝うことになっちゃったけど、やっぱり身内と戦うのは違う気がするから」


 室沢が言うと、新治が不安げな顔をした。


「でも、これからどうするの? どこかの村に住み着くとか?」


 すると深蔵と姫反が、妙に得意げな顔になる。


「島の北に、修験者たちが作った宗教の独立区があるらしくてな。傭兵なんかも募ってるっていうから、ひとまずそっちに行ってみようかと思ってる。この内乱でも中立を保ってるって話だし、ここらほどドンパチはないだろう」


「巡礼道っていう島の外側をまわるお遍路ルートみたいなのがあって、そこを通っていくんだって! グランスさんに紹介状、書いてもらったんだ! ちょっと楽しみ~!」


 キャッキャと騒ぐ横で、小櫃と角田がバツが悪そうに笑った。


「まあ、その、なんだ。世話になったな」


「ああ、こっちこそな」


「二人とも元気でね。落ち着いたら手紙でも書くよ」


 のほほんと隣り合っている二人は、妙に気が合っているように見えた。この騒動の中でも、色々あったのかもしれない。

 微笑ましい気持ちで見ていると、姫反が意地悪そうに笑った。


ふっちゃん、新治さんと仲良くねっ!」


「ま、今の感じを見てると……そこは心配なさそうだけどな?」


「……やかましい」


 新治は例によって顔を赤らめて俯いている。昨日と”感じ”が違うのを、皆なんとなく分かっているのかもしれない。


「じゃ、そろそろ行こっか」


 さすがに見かねたらしい室沢の一言で、五人が一斉に荷物を担いだ。


「じゃあねっ!」


「死ぬなよ、同志・祓川っ!」


 思い思いの別れの言葉を告げながら、草原の彼方へと歩いていく。

 やがて五人の姿が小さくなり、零仁と新治の二人だけになった。初夏の穏やかな風が、二人の髪を揺らす。


「行っちゃったねぇ」


 未だ眼鏡をかけぬ顔の新治の横顔は、ずっと遠くを見ているように見えた。

 零仁はしばし口ごもっていたが、やがて意を決して口を開く。


「……輝良」


「なあに?」


 はじめて下の名を呼んだのだが、新治は当たり前だと言わんばかりに応じた。ずっと、待っていたのかもしれない。


「俺は敵に回った奴らを全員殺す。これだけは譲れねえ。もし颯手が生きてたら、絶対に輝良を狙ってくるからな。けど、それが終わったら……」


 新治は、じっと次の言葉を待っている。

 少し時間をかけて、次の言葉を紡ぐ。


「二人で一緒に、静かに暮らそう。それまでは絶対、輝良は俺が守る」


 それを聞くと、新治はくすりと笑った。


「ふふっ、ずいぶんと物騒な告白ですこと。でも、レイジくんらしいね」


 新治は向き直って、零仁の目をまっすぐ見つめる。


「ついていきます。血の海でも泥の中でも……遺灰はいが、降る道でも」


 異界の果ての小さな誓いを、耳にする者はない。

 ゆっくりと抱きしめ合う二人を、風と草の匂いが包んでいった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

一旦、ここで完結です。

お気に召しましたらブックマークや評価、感想など頂ければ励みになります。


なお現在、カクヨム様にて二章を更新中です。

なろう側はコンテスト用の置き場として、章区切りなどキリのいいところでまとめて投稿する予定です。

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