凱旋
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零仁たちは、旧王派の陣地に向けてゆるゆると戻った。
なにせグランスが率いる百騎――死者はおろか、重傷者すらいなかった――に、迎えの後続部隊三十騎を加えた大所帯である。馬も疲れていたし、急ぐ理由もない。
だがそんなゆったりとした気分も、帰る途上までだった。
「おおい、見ろっ! 帰った来たぞおおっ!」
「英雄たちのご帰還だっ!」
「よくやったぞ、小僧どもっ!」
「最上位級をバッタバッタと薙ぎ倒したんだとよおっ!」
陣地の外には、兵士や傭兵たちがごまんと列をなしていた。本営をこちらに移設するつもりなのか、昨日よりも多くなっている。
その人垣をかき分けるようにして、銀髪の少女――カテリーナが、駆け寄ってくるなり零仁に抱きついてきた。
「レイジさん、テラさんっ!」
「わ、っ! カティ!?」
「みんなと一緒に、西部に向かったはずじゃ……?」
「えへへ。お父様と一緒のほうが良かったから、本陣に残ってたんです」
零仁と新治の言葉に、カテリーナは申し訳なさそうに笑う。表情からして、すでに父の訃報は知っているようだった。
「ごめん。お父さんのこと……守れなかった」
「父は立派に戦って亡くなったんですよね? ならいいんです……」
カテリーナは一瞬だけ表情を曇らせた後、ふたたび笑う。
「さあ、行きましょう! 皆さん、お待ちかねですよ!」
カテリーナに促され、陣地の中へと進む。
兵たちの熱気は、馬上に届くほどだった。これだけの熱狂の渦中に立ったのは、生まれて初めてだ。
陣の中央で馬を下りると、そこに屯していた数人の男女が駆け寄ってきた。
「祓ちゃん! よかったあ、無事だったんだね……」
室沢に姫反、深蔵の他、大柄な男子とふっくらとした女子もいる。小櫃大吾と、角田昌美だ。
「あれ、室沢⁉ なんでまた……?」
驚いていると、隣を歩いていたグランスも目を丸くした。
「なんだお前ら、知り合いだったのか」
「はい。潜入がうまくいったのも、彼女たちが協力してくれたおかげです」
「オレらも突っ込んだはいいが、まあ敵さんの多いこと。こいつらがガセ流してくれた上、引きつけてくれたおかげで助かったんだよ」
グランスが言うと、姫反が面目なさそうに頭を掻く。
「それで囲まれちゃったところを、逆にグランスさんたちに助けられたんだけどね~。北に逃げると追手がかかるって言われて、後続隊の人たちと一足先にこっちに来てたの」
なおも話したそうにしていた室沢たちに先んじて、グランスがニヤリと笑った。
「さて、積もる話は宴の時にしようか。今はこいつらの功を讃えてやらんといかんのでな」
* * * *
陣地の中央に急ごしらえで作られた演台の周りは、ものの三十分もしないうちに兵士や傭兵たちでごった返した。熱を抑えて演説を待ちわびる様は、火にかけられて沸騰寸前の湯を思わせる。
グランスは嫌がる、もとい遠慮する零仁と新治を無理やり演台に乗せると、今にも沸き立ちそうな兵たちを見渡した。
「皆、もう知っているだろうが、いい報せだ! 昨晩の我らの奇襲によって、新王派の巣穴……ダリアは陥ちたああああああああッ!」
――ウオオオオオオオッ!!!!
グランスの煽る手ぶりに合わせ、集まった兵たちが拳を天につき上げる。
「この快挙を成し遂げた勇者を紹介しよう……。【遺灰喰らい】、レイジ・フツガワアアアアッ!」
不意に話を振られた上、ボクシングの勝者さながらに片手を持ち上げられる。
「へ、っ……⁉」
――ウオオオオオオオオオオオッ!!!!
胃がひっくり返って出たような間抜け声を、先ほどに輪をかけた熱狂が押し流す。
「この男は【星眼の巫女】救出のため、単騎でダリアに潜入し、見事にその任を果たしたっ!」
――フッフウウウウウウウウウウウッ!!!!
歓声が、囃し立てるものに変わる。中には、指笛を鳴らす者までいた。
ちらりと隣を見れば、新治が顔を真っ赤にして俯いている。
「さらにっ! 待ち伏せていたバルサザールらを返り討ちし、ヤツの息子……アンドリアスを討ち取ったっ!」
――オアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!
天が割れんばかりの拍手と、大歓声が響き渡った。
ふと見れば室沢たちが、演台の近くで面白そうに眺めている。
「そしてダリアに火を放ち、憎き【武極大帝】の顔に傷を負わせ、追撃してきた【業嵐の魔女】すらもっ、打ち払ったああああっ!」
――ウオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!
いつの間にか会場をぐるりと囲むように、屋台がたくさんできていた。輜重隊と思しき者たちが、酒樽やら野戦料理やら粥の鍋やらを、せっせと準備している。
「まあ、そんなわけでだ……。やつら、今日は何もできねえっ! さあ飲めええッ、食えええッ、歌えええええええッ!」
(はあっ⁉ 今から……⁉ いや、頼むから……寝かせ……)
――ウオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!
悲痛な想いを、声にする前に。
零仁は、熱狂する兵士たちの輪に連れ込まれた。
* * * *
日が暮れる頃。零仁は天幕の中で、ようやく寝床にたどり着いていた。
布を敷いただけのものではなく、布袋に藁を詰めて作った簡易な布団まである。誰かが気を利かせて用意してくれたらしい。
(つ、疲れた……。もう動けねえ、何も腹に入らねえ……)
遠くからは未だ談笑する兵士たちの声が、初夏の風に乗って聞こえてくる。
ごろりと寝転がると、疲れと眠気がどっと押し寄せてきた。
なにせ朝っぱらから今まで、ずっとグランスに連れ回され兵士たちにもみくちゃにされていたのだ。おまけに昨日の奇襲前からロクに寝ていない。飯はたらふく食えたものの、さすがに体力の限界だった。
いい気分で微睡んでいると、天幕の外に気配がした。
「……レイジくん、起きてる?」
聞こえた声は、新治のものだ。
「……ああ」
「入って、いい?」
「いい、けど……」
もう動けないぞ、と言う前に。新治がそそくさと天幕に入ってくる。
湯浴みでもしたのか、髪や肌にツヤがあった。簡易な長衣の上に外套を羽織った姿が妙に艶めかしい。頬がうっすらと赤いのは、この格好で天幕まで来たからだろう。
「魔法ってすごいよね。陣地の中でも、あったかいお湯で身体が洗えるんだから」
「ほんとな。……眼鏡、結局見つからなかったのか?」
「うん、颯手さんと戦ってた時に飛ばされちゃったから。でも転移人の技術が伝わったおかげで、眼鏡も魔法で作れるんだって」
身を起こしながら言うと、新治はバツが悪そうに微笑んだ。
「グランスさんが、今回の褒賞としていいの作ってくれるってさ。わたし、何もしてないんだけどね」
「……そっか」
会話が途切れると、気恥ずかしさが蘇ってくる。
アウザーグ村に居つくまでは二人の旅が当たり前だったのに、今はなぜだか落ち着かない。
「あの、さ」
先に口を開いたのは新治だった。
「お礼、言ってなかったと思って。……助けに来てくれて、ありがとう」
「……カークスさんと、約束したからな」
「うん。わたしのためだけじゃないって分かってる。それでも、嬉しかった」
そこまで言うと、新治は俯いた。先ほどよりも、さらに顔が紅潮している。
「で、さ……。今日、一緒に寝てもいい?」
「……へ、っ?」
本日二度目の間抜け声にもめげず、新治は言葉を続ける。
「一人でいると捕まってた時のこと、思い出しちゃって。だから、お願い」
「いや、ま、まあ……いいけど」
「えへへ、ありがと」
新治は嬉しそうに微笑むと、零仁が寝ていた藁布団に横になった。零仁がそれに倣うと、身体をぴったりと寄せてくる。
二の腕のあたりに、柔らかな双丘が押しあてられた。しかも長衣から出た肉づきの良い生足を、零仁の足に絡めてくる。
「もうひとつね、お礼が言いたいんだ。わたしの能力のこと、分かったから」
「は、はい?」
「レイジくんがさ、能力は持ち主の業だ、って言ってたでしょ? 聞いた時、妙に納得しちゃったんだ。わたし、いつも人の顔色ばかり窺ってきたから。【星眼の巫女】はぴったりだなって」
「……うん」
「けどね、レイジくんのこと助けなきゃって思った時……気づいたの。【星眼の巫女】は、あまねく星を眺める能力じゃない。たったひとつの星を見つめるための能力なんだ、って」
声が耳元で聞こえた。温かな吐息が、耳に吹きかかる。
「だからあの時、意識の中で颯手さんの星だけを見つめたの。そしたら、魔力の全部を颯手さんに向けられた」
「颯手の魔法を打ち消したの……それだったのか?」
「うん。感覚、まだ掴みきれてないんだけどね」
おそらく新治は、颯手が唱えた魔法に自身の魔力のすべてをぶつけて相殺したのだろう。"黒灰の剣"による吸収もあったとはいえ、とんでもない魔力保有量だ。
しかもこの話が真実だとしたら、【星眼の巫女】の射程圏に入った転移者であれば、距離に関係なく魔力による干渉ができることになる。
(もし攻撃魔法を習得したら、照準したヤツに距離とか関係なくブチ当てられるってことか? レーダーとかおまけじゃねえか……)
心の中で唖然としていると、新治がもぞりと動いた。柔らかな感触と体温を、いっそう圧しつけてくる。
「……あの、新治さん?」
「はい、なんでしょう」
「その、なんか色々、当たってるんですけど……」
「はい、当ててますから」
会話が、途切れる。
新治の熱が、鼓動が、二の腕を通して伝わってくる。
「えっと、その、なんで……?」
「……そういうこと聞いちゃう? 言っておくけど、お礼とかじゃないからね」
新治はそう言いながら、腕を零仁の首に回してきた。
「言ったでしょ。わたしの能力は、たったひとつの星を見つめること。わたしは、レイジくんって星を見失いたくない」
「え、あ、う……」
「いつ死んだり、捕まってひどい目にあったりするか分からないから、一番大切な人に捧げておきたい。なにより……颯手さんに負けたくないもん」
熱につられて、新治の顔を見た。
潤んだ瞳が、まっすぐに見つめてくる。
「……こういうの、嫌?」
艶めかしい声で、零仁の中のなにかが弾けた。
その夜――。
零仁は年頃の少年らしい情欲を、新治の中へ思うがまま注ぎ込んだ。




