表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/40

凶つ風、業嵐の魔女③

お読みいただき、ありがとうございます!

 払暁と見紛う光に照らされた丘に、轟々と風が吹く。その光の中心、藍色の夜空を真っ逆さまに降り落ちてくる颯手の姿は、神から追放された堕天使のようにも見えた。

 その路を彩るように、黄金色の紋様がいくつも浮かび上がる。ひとつひとつが致死の風弾を放つ、魔性の紋だ。


「俺が、何なのか、だとっ……⁉」


 零仁は紋様から降る風弾の雨を吸う”黒灰の剣”で、颯手が降り下ろした光剣をも受け止めた。すぐさま灰色の刀身に力を吸われ、光剣の勢いがたちまちに落ちていく。しかし颯手もそれを見越していたのか、吹きつける風に乗ってぶちかましをかけてくる。力を吸われきる前に押し切ると言わんばかりの、捨て身の一手だ。


「……う、っ⁉」


 風に圧されたか、新治の呻きが聞こえる。視界の片隅で、ひしゃげた新治の眼鏡らしきものが飛んでいくのが見えた。

 魔力(マナ)を帯びた大気を、烈風のように叩きつけられているのだ。下級の攻撃魔法を浴び続けているのと変わらない。零仁は手にした”黒灰の剣”のおかげか何の影響もないが、まともな防具すらつけていない新治にはかなりの苦痛のはずだった。


「新治、堪えろよっ!」


 零仁は言いながら踏みとどまり、颯手と真っ向からぶつかった。

 少しでも避けるそぶりを見せれば、颯手は新治を狙う。ならばがっぷり組み合って魔力(マナ)を吸い尽くし、新治が力尽きる前に粘り勝ちを拾うだけだ。


「陰キャが私たちのこと引っ掻き回してっ! 挙句の果てに人のこと空っぽですってっ⁉ 何様のつもりよっ!」


 颯手の叫びとともに、零仁と新治を取り囲むように無数の紋様が現れた。


「あんたなんて、最初から何もなかったくせにっ!」


 紋様から、風弾が驟雨(しゅうう)のごとき勢いで吐き出された。そのすべてが”黒灰の剣”に吸われていくが、風に当てられている新治のダメージは分からない。

 だがそんな中、零仁は鼻で笑って見せた。


「ああ、そうだよ……! 何もなかったよっ!」


 圧しつけられる力に対して、力で抗する。魔力(マナ)を吸われ続けたせいか、颯手の身体はあっさりと弾き飛ばされた。


「今なら分かるっ! なんで俺の能力(スキル)が【遺灰喰らい(これ)】なのか……っ!」


 叫びながら、吸った魔力(マナ)を光の刃に変えて撃ち出しす。

 ――成績は振るわない。運動だって大してできるわけでもない。取り柄といえば、ガラの悪い連中にやたら絡まれることだけだった。幼い頃は期待の眼差しを向けていた両親も、中学あたりで息子の程度に見切りがつくと、己の仕事に熱中し始めた。


(生きづらい、なんてことすら感じない。無味無臭の、退屈な人生だった)


 颯手が光の刃の軌道から、風に乗って姿を消す。ふらつく新治の肩を抱きながら、”黒灰の剣”で風弾を吸い込んだ。

 ――世の中に対して斜に構えはじめたのは、辛うじて進学校と言える今の高校に入った頃からだろうか。底辺に甘んじながらも、それなりに友人もできた。だがその友人たちすらも皆、何かしらの輝きを持っていた。


(俺も欲しかった……輝くなにかを。そいつの才能だけじゃない、積み上げたモノの結晶だってことも知らずに)


 周囲の紋様が消えると、颯手が中空に現れた。翼を広げた姿を中心に、二つの光輪が回り出す。よく見るとそれは小さな紋様が集い織り成す、(しゅ)の連環だった。

 ――能力(ちから)を羨んだからと言って、何をしたわけでもなかった。才能の見切り、先駆けの諦観。自責と見せかけた他責を繰り返しながら、誰かの輝きを眺めていた。取って代われたら、と思ったことがないと言ったら、噓になる。


「……【遺灰喰らい(これ)】は俺の今まで、そのものだっ! 羨み続け、妬み続けた俺に下されたっ! 神様からの(ギフト)なんだよっ!」


 撃ち出した光の刃が、光輪によってあっさり弾かれた。その正体が、魔法の詠唱であることは容易に想像できる。


「だったら底辺(ドベ)底辺(ドベ)らしくっ! 私を見上げながら消えればいいっ!」


(手に入れるんじゃねえのかよっ! 我を失ってやがる……!)


 髪を逆立てて叫ぶ颯手の瞳は、今や虚ろな金色と化していた。

 どうにかして魔法の詠唱を妨害したいが、颯手がいるのは遥か高みだ。膨大な魔力(マナ)を吸い込んだ光の刃が弾かれた以上、今使える魔法や【音速剣刃(ソニック・スラッシュ)】で妨害できるとは思えない。魔法である以上、【影潜り(シャドウ・ダイバー)】でやり過ごすことはできないし、仮にできたところで新治が犠牲になる。

 頼みの綱は”黒灰の剣”なのだが、先ほどから見ている限り吸収できる魔力(マナ)の容量には限界がある。


(なにが来るか分からねえが……カークスさんを信じるしかねえか!)


 腹を決めた矢先。新治に、袖をくいっと引っ張られた。


「……レイジくん。少しだけ、時間稼いで」


 眼鏡をかけていない目は、まっすぐに颯手に向けられている。


「あとちょっとで、分かりそうなんだ」


「はあ⁉ こんな時になにを……!」


「……わたしの、能力(スキル)のこと」


 話しながらも颯手を見つめ続けてる新治の瞳が、妙に輝いてみえた。まるで颯手ではなく、その向こうに広がる星空を写しとっているかのような煌めきを宿している。


「……オーケー、信じるぞ」


 やり取りする間に、颯手が右手を零仁たちに向けた。その掌には、吹き荒ぶ暴風を一点に集って生まれた風弾が生まれている。


「空を彷徨う無情の風よ……群れて集いて彼の者を討て……ッ!」


 颯手の周りを回っていた光輪が、その掌へと集まった。輪を二つ持った土星のような形になった風弾が、解き放たれる。


極風(エアリアル)……ッ!!」


 その時。


「――星眼刻視(ステラ・リンク)、【業嵐の魔女(ストーム・ヘクセ)】。詠唱中断(アベイアンス)


 新治の声とともに、黄金の輝きが消えた。先ほどまで荒れ狂っていた風弾と光輪が、光の塵となって散っていく。


「……はっ?」


 今なお中空に在る颯手が、呆けた声をあげる。様子からして、術者の原因でないのは明らかだった。


「やっと分かった。こうするんだね」


 夜空の眼をした新治が、うっとりと笑う。

 その時、”黒灰の剣”が輝きを宿した。カークスが放った光と、同じだ。


『レイジくん……。私を、使いきれ』


 脳裏にひとつの言葉が浮かぶ。だがこの言葉を唱えたら”黒灰の剣”は、カークスはどうなるのだろうか。

 逡巡する間に、直上から風が吹いた。


「レイジくんっ、目の前っ!」


 瞬きする間もなく、颯手の姿が眼前に現れる。振るわれたサーベルを、すんでのところで受け止めた。


「チ……ッ!」


 舌打ちとともに烈風が吹き、颯手が消えた。


「右ッ!」


 新治の声が示す方向から、颯手がゆらりと現れた。サーベルに風の魔力(マナ)を纏っていないあたり、よほど消耗しているらしい。


「な、なんで……っ!」


「レイジくん! 風向きに気をつけてっ! 颯手さん、風下にしか翔べないっ!」


「……ッ! 情けなく死んだ男に底辺(ドベ)の女に……っ! 借り物の力でしか戦えないくせにっ!」


 表情を硬くした颯手が姿を消し、大きく間合いを取った。ボロボロになった光の翼を大きく広げて紋様を生み、サーベルをまっすぐ前に突き出す構えだ。


「ああ、そうさっ! それが俺だよっ!」


 言い終える前に、風が吹きつけた。たしかに颯手が消える度、現れる度に風向きが変わる。


「でもっ……! カークスさんと新治を、バカにするなあっ!」


 右から風が吹いた後、背後に気配が現れた後に風が吹く。

 荒れ狂う風の中で、零仁は新治の肩を抱いたまま、右手の剣を引き絞るように構えた。


(背を襲う、と見せかけての……正面ッ!)


「【遺灰奔流(アッシズ・ゲイザー)】……!」


 カークスの遺志に告げられた、言葉を紡ぐ。

 果たして眼前、ほとんどゼロ距離の位置に颯手が現れ、サーベルを振り上げた。その身が纏う魔力(マナ)を帯びた旋風が、零仁の身体を叩く。


「……勇騎一閃ブレイヴリー・ストロークッ!」


 風を打ち抜く想いを乗せて、”黒灰の剣”を突き出した。切先から光が溢れ、颯手の左胸を捉える。


『二人とも、がんばったね』


 視界のすべてが白に沈む中、零仁は微笑むカークスの姿を見た気がした。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

お気に召しましたら、続きもぜひ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ