凶つ風、業嵐の魔女①
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夜空と星々が見下ろす丘に、叩きつけるような風が吹く。
それに逆らうように、零仁は双剣を構えた。
「荒ぶ風の躍動を、我が身に纏いて馳せ駆けん! 颶風纏移ッ!」
風に乗って聞こえる呪とともに、力の中心にいる颯手の姿が――。
(消えたっ⁉)
「レイジくんっ、後ろっ!」
背後にいる新治の鋭い声で、反射的に振り向く。そこに、颯手が黒い髪をたなびかせて現れた。金の象嵌を施されたサーベルが、新治目がけて振り下ろされる。
「クソッ、タレッ!」
すんでのところで左手の双剣を投げつけると、颯手はひらりと身をかわした。嘲るような視線が、零仁を見つめる。
その目を睨み返すようにして、能力を解き放つ。
「【強迫の縛鎖】!」
本来なら視線を合わせた相手の動きを止めるはずの能力だが、颯手の動きは止まらない。
「効くと思ったのッ⁉」
もちろん、予想の範疇だ。上位級にも無力化される能力が、最上位級|の颯手に効くとは思っていない。本命は、別にある。
「……結合ッ!」
零仁の声に合わせて、地に突き立ったままの双剣の片割れが飛んできた。軌道上にある颯手の背中を目がけて、回転しながら飛んでくる。
”斬獲双星”はいずれかの柄を持つ者が放つ”結合”の言葉で、双剣がひと連なりの両剣となる魔法が込められている。これを利用して、先ほど投げた双剣の片方を奇襲に使ったのだ。
「うわわ、っとっ!」
しかし颯手は冗談めかした声音で、双剣をふたたび躱した。零仁が中空に舞い両剣で回転して斬りつけると、颯手はふたたび風に乗って姿を消す。新治の背後を取るのかと思えば、今度はやや離れた位置に現れる。
「やるじゃん! じゃあ……こうっ!」
颯手がかざした左手に、黄金の輝きが宿った。それはまたたく間に光の紋様を描き、周囲に無数の風弾を生む。
「……いけえっ!」
号令とともに、無慈悲な風の弾幕が零仁たちに殺到した。回り込むような軌道からして、新治を狙っているのは明らかだ。
(数が多すぎる……! だったらっ!)
零仁は両剣をふたたび双剣に分離させると、左手の双剣を天にかざした。
「【燐光の抗剣】!」
かざした双剣の刃を、ほのかな燐光が包み込む。飛び来る風弾が、燐光に惹きつけられるように双剣の刀身へと集中する。
それを見た颯手が、面白そうに笑った。
「うっわ、なにそれっ! 聞いてないなあっ!」
(クソッタレ……! 小馬鹿にしやがって!)
風弾を呑みこみ巨大になった光の刃で、颯手がいる空間を薙ぎ払う。しかし刃が届く寸前、颯手の姿が掻き消えた。光は風に揺れる草地を、虚しく斬り裂いたのみだ。その直後、ふたたび颯手が新治の背後へと現れる。
「【音速剣刃】!」
右の双剣で、白雲の弧を生んだ。消され避けられは予想の内。続く左手の斬撃で仕留める構えだ。
「遅い遅いっ!」
颯手は余裕の表情を浮かべながら、風を生んだ左手で白雲の弧を散らした。続けざまの斬撃も、右手のサーベルであっさり受け止められる。見た目に似合わぬ強度からして、颯手のサーベルも魔法の鍛冶師の手によるものだろう。
(だったら……!)
「【目眩の閃光】!」
烈しい閃光が夜空を照らす。だが颯手の目がしっかり閉じられているのを、零仁は見逃さなかった。
なけなしの魔力を振り絞って、胸の内にある黒い炎を想起する。
「焦灼敵愾ッ!」
イメージが黒い陽炎の掌へと変容し、颯手へと伸びた。視界は奪われ、手はふさがっている。だが颯手はまるで見えているかのように、ふわりと身を身を引いた。
風が、吹く。
「颶風纏移!」
なおも伸び来る黒い陽炎が、颯手が消えた空間を通り過ぎた。当の颯手は、いつの間にか丘の際のあたりに立っている。
「【目眩の閃光】だって来るって分かってたら、目瞑って退くって!」
言葉とともに、ふたたび風弾の雨が降った。ふたたび【燐光の抗剣】を宿して風弾を吸い込むが、さっきの繰り返しになることは目に見えている。
(クソッタレ……あの移動魔法、さっきから何なんだ!)
先ほどの感触から、風が吹くのと連動して移動しているのはなんとなく分かる。だが風を止める術がない以上、移動されるのは防ぎようがない。しかも颯手は、風の魔法であれば多重使用ができるらしい。先ほどからの圧倒的な手数は能力の性能と、本人の努力と研鑽に裏打ちされたものだろう。
「零仁くんの【遺灰喰らい】もさあっ! たくさん能力あっても、ひとつずつしか使えないんでしょっ⁉」
よほど余裕のない表情をしていたのか、颯手が図星を突いてくる。
実際、適性を上げるものを除けば、一度に使用できる能力はひとつずつだけだった。能力は一人ひとつしか持てないから当然なのだが、こうした部分では最上位級との差を痛感せずにいられない。
(間合いを詰められれば……【吶喊する騎手】か? いやダメだ! 新治から離れたら、颯手は新治を狙ってくる!)
双剣に宿した燐光が、頂点に達する。
ダメで元々、双剣に光を宿したまま叩きつけてやろうと考えた時。
『私を、使うんだ……』
声が聞こえた。もう、二度と聞くはずのない声。
視界の彼方では、なおも風弾を吸い込み続ける燐光に業を煮やしたか、颯手が姿を消した。
風が、吹きつける。
(カークス、さん……? 使う、って……何をっ!)
『私の業を、魂を纏え……』
声は水の中で聞く音のようにくぐもっているが、何を言っているかははっきりと伝わってくる。
刹那の間を置いて、目の前に颯手が姿を現した。右手では、黄金の輝きを宿したサーベルを振りかぶっている。
「……その剣、邪魔」
振り下ろされたサーベルに、光を纏った双剣を叩きつけた。だが颯手が振るう黄金の光に負けてか、見る見るうちに光がしぼんでいく。
『さあ、私を……使え』
散っていく光が灰となって、零仁の身体に纏わりついた。
だがその時。双剣に宿っていた光が、消える。
挟んで押し返すようにして、颯手のサーベルを跳ね除けた。しかし颯手は敢えて圧には逆らわず、押し返された後に零仁の双剣の一方を叩き落とす。
(しまった……!)
「腕の一本くらい、斬り落としてもいいかな? 四肢切断さん、なんてのもいいかもね」
颯手が虚ろな笑みを浮かべて、サーベルを振り下ろした瞬間――。
脳裏に、ひとつの言葉が生まれた。
かつて、はじめて【遺灰喰らい】を使った時と同じように。
「……【遺灰纏装】! カークス・ヴァン・フュッテラー!」
言葉とともに。零仁の空いた右手に、黒い灰が集った。
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