遺灰喰らい
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森の中を雄たけびを上げて突進する零仁に、宍戸と本橋の視線が向いた。
「は、っ⁉ な、なにが……!」
「ちょっ、あっ、あいつ……祓川⁉」
そこを狙って、零仁は右手の石を宍戸の顔めがけて投げつけた。転移者の力ゆえか、石は想像以上の速度を以て、宍戸の額を直撃する。
石がぶつかった個所から、なにかが舞った気がした。だが気にしている場合ではない。
「いっ、てえっ⁉」
「宍戸クン⁉ おいこら……ぶふぉっ⁉」
罵りかけた本橋の鼻下に、左手で投げつけた石が命中した。やはり、何かホコリのようなものが飛んだ気がする。
二人が顔を押さえてうずくまったのを見て、零仁は新治に向けて口を開いた。
「逃げろっ!」
「……っ⁉ は、はいっ!」
本橋から解放された新治が、零仁とすれ違うようにして森の奥へと走っていく。
その様を見て、自身も逃げようとした時――。
「……てんめえっ! ふざけんじゃねえぞ、この野郎ッ!」
脇腹に衝撃が走った。
「か、はっ……」
思わずうずくまりながら、蹴りを入れられたのだと気づく。
声のしたほうを見ると、額から血と煤を流す宍戸が、憎悪を滾らせた視線で零仁を見ていた。
「誰かと思えばよぉ、追放された落ちこぼれの祓川くんじゃねえかよ……っ!」
言いながら、腰間の長剣を抜き放つ。装飾などかけらもない、制式の長剣だった。しかし刃物であることに変わりはない。
「オレらはなぁ、上の人に頼まれて、脱走者を捕まえに来てんだよ……ッ! 追放されて暇な、どっかの誰かさんと違ってよおっ!」
長剣の大振りを、後退りながら躱す。およそ斬撃とは呼べぬ、野球のスイングを思わせる一撃だ。当てる気があるのかすら疑わしい。おまけに勢い余ったか、長剣があっさり地面にめり込んだ。
(よしっ!)
飛び込んで、長剣を握る右手を左手で抑えた。勢いに乗じて、宍戸が後ろ腰の部分に帯びている短剣を、右の逆手で抜き放つ。
「てんめっ、こんのっ……! 離せええええっ!」
宍戸は左手で零仁のざんばらな黒髪を引っぱったり、足で蹴たぐりまわしてくる。痛みに涙がにじむが、構わず宍戸の左脇腹に短剣を突き立てた。
ぞわりとした感触が、腕から心臓へと突き抜ける。快感とも怖気ともつかぬ感覚は熱へと変わり、零仁の全身を駆け巡った。
「っ、がっあああっっ⁉ い、いてえっ! いてえっ!」
宍戸が苦悶の声を上げるたび、黒い灰が舞った。先ほど見えたホコリのようなものと同じだ。だが零仁は気にすることなく短剣を引き抜くと、熱に浮かされたように宍戸の首筋へと突き込んだ。
「が、あっ、あ、っ……」
どくどくと血が流れる傷口から、黒い灰が噴き上がった。舞い上がっては翻り、まるで死に装束のように宍戸の身体を覆いつくしていく。
(クソッタレッ! さっきから何なんだよっ! この灰はっ⁉)
その時。
零仁の両手が、どくりと脈打った。
『――手を当てがい、名を告げよ。汝が力の名を』
声が聞こえた。どこからかは、分からない。
『――それが汝の、名とならん』
(そう言えば、能力判定の時に言ってた……! 能力が使えるなら、名と力が分かるって……!)
短剣から離した右手で、宍戸の額を掴む。額から流れ出る血で、右手が赤く染まった。
脳裏に、ひとつの”言葉”が生まれる。聞き覚えのない、さりとてまるで知らないわけでもない。そんな言葉――。
「……【遺灰喰らい】ッ‼」
――瞬間。
零仁の右手から、幾何学模様に似た濃い灰色の紋様が広がった。
(は……はあっ⁉)
「おおい、な、なんだこれ! やめろやめろやめろやめろおおががががガガガ……」
紋様はガリガリと耳障りな音を立てながら、宍戸の身体を飲み込んでいく。まるで人体を、骨ごと喰らって咀嚼しているかのようだった。舞い散る黒い灰によって、朝の森の景色が暗い灰色に染まっていく。
「てめえっ! 宍戸クンを、はなへええっ!」
鼻下の骨が折れらしい本橋が、長剣で必死に打ちかかってきた。だが舞い散る灰に弾かれるのか、刃が零仁に届くことはない。
やがて宍戸の身体が、完全に紋様の中へと飲み込まれた。すると脳裏に、奇妙な映像が浮かぶ。
――零仁たちの高校の制服を着た、黒髪ミディアムロングの女子の後ろ姿だった。どうやら今は、宍戸が後ろからこの女子をつけ回している視点らしい。
『――へへっ、颯手さん……今日もいいねえ。前みたく風とか吹いたり、しねえかなあ』
(なんだよ、これ……! てか颯手が一時期ストーカーされてるって騒いでて、俺に疑いかかったりしてたの……宍戸だったのか⁉)
映像がたわみ、溶け落ちるようにして消えた――。
あとに残るどろりとした何かから、ひとつの名が生まれる。
(【影潜り】……! これってまさか、宍戸の能力……⁉)
考えているうちに。
「てめえっ! 宍戸クンを出せええええっ!」
視界の端で本橋が動いた。長剣を雑に振りかぶり、零仁へと打ち下ろしてくる。
だが今は、笑うだけの余裕があった。
(なんか知らねえけど遅え……! しかもこっちには、能力があるっ!)
「【影潜り】ッ!」
名を告げると、身体が一気に沈み込む。視界が水の中のごとく薄暗くなり、視点は水中から水面を見上げるように地表を見ている形だ。
「……ッ! あんの野郎、どこに消えたっ⁉」
焦った表情で周りを見ている本橋を見て、ほくそ笑む。
(相方の能力すら知らねえのな……!)
蹴伸びの感覚で、本橋の影へと入り込む。そのまま水中から水面に飛び上がる感覚で飛び上がり、音もなく本橋の背後を取った。無言で、首筋に短剣を突き入れる。
「んぐぁはぁっ⁉ て、めえ……いつ、の間に……」
言葉とともに、傷口から大量の灰が舞う。それを見た零仁は、空いた左手で本橋の頭を鷲づかみにした。
「【遺灰喰らい】!!」
左手から、先ほどと同じ紋様が広がった。黒い灰を撒き散らしながら、本橋を頭から飲み込んでいく。相も変わらず耳障りな音は、ちょうど学校の職員室にあるシュレッダーに似ていた。
「いででいだいいだいいだいやめ……!」
静かになるのは早かった。程なくして本橋の身体がすべて飲み込まれ、紋様が消える。
すると案の定、ふたたび奇妙な映像が見えた。
――生え際がずいぶんと後退した男性がいる。今は本橋の視点で、この男性を見ているらしい。
『――ケッ、妙な髪形だな。色気づきやがって。どうせ歳食ったらこうなるんだっ!』
(――うるせえ、クソオヤジ……。オレは、絶対に……!)
(そういや本橋、生え際のこと妙に気にしてたような……?)
映像が、溶け消える――。
その残滓からまたひとつ、名が生まれた。
(【目眩の閃光】? これが本橋くんの能力か……?)
まだ、身体が熱い。宍戸を刺した時のぞわりとした感触が、身体から消えない。
血で汚れた手を眺めていると、背後で気配がした見れば木の陰から、新治が怯えた表情で零仁を見ている。
「あ、あの……。助けてくれて、ありがとう……」
「俺の気の済むようにしただけだ」
「それと……今の、なに?」
「分からねえ」
ぶっきらぼうに答える。もともと女子にはこういう口調だが、今回ばかりは本当に分からない。
「すぐそこに小屋がある。そこで話を聞く。それと……」
「なに……?」
「……胸、隠してくれ」
顔を背けながら言うと、新治は慌ててはだけた胸元をブラウスで隠した。
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