ドミナ平原の戦い④【輝良】
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一方その頃――。横陣の後方に位置する、旧王派本陣の中央。
新治輝良の中だけに広がる夜空から、橙色の星がひとつ消えた。消えた星の名は、【両剣使い】。すぐ近くには、【遺灰喰らい】の名を冠した灰色に輝く星がある。
「【両剣使い】……消失! 【遺灰喰らい】が吸収したと思われます!」
――オオオオオオッ!
一片の悲しみを込めた声に、周囲の兵士たちが沸いた。輝良の傍らに立つグランスも、満足げに頷く。
「ガハハッ、口だけじゃなかったな……。他の転移者の動きはどうだ?」
「敵左翼の前面に【変幻自在】、【微風の請い手】、【理想の体躯】。右翼の【遺灰喰らい】の周辺には依然として【意志の神盾】、【一心の射手】、【魔究隠者】がいますが、味方が敵陣の半ばまで浸透しています」
「……この状況でも、まだ最上位級は出てこねえか」
「はい。今のところ、開戦から一度も見ていません」
「まあいい、出てくる前に圧し潰すまでだ。……オレが左翼の最前線に出る。左翼の予備隊も出せ。一気に決着をつけるぞっ!」
グランスが直属の騎士たちを引き連れ、馬で駆け去っていく。それを尻目に見ながら、ふたたび脳裏の夜空に意識を向けた。
【星眼の巫女】で見る限り、戦況は旧王派の有利に傾いている。零仁が奮戦している右翼ではすでに複数の”鱗”が食い破られ、味方の先鋒が敵本陣に迫りつつある。敵左翼は今のところ持ち堪えているようだが、三つの星と兵士たちの動きを見るに、グランスが向かえば立ちどころに崩壊するだろう。
(なんで舘岡くんや颯手さんたちがいないの? 誰が見たって、温存できるような戦況じゃないはず……)
そこまで考えた時。【遺灰喰らい】の星が、にわかに逆走を始めた。
呼応するように、夜空の端から新たな星が飛び出てきた。戦場の中心を避けて大回りに、しかしこの本陣を目がけて恐ろしい速さで進んでくる。
禍々しい光を放つ鉄色の星には、見覚えがあった。冠されたる名は――。
「……【武極大帝】!! 出ました、本陣に来ますっ!」
絞り出した声に、周囲の騎士たちが浮足立った。
「なんだとっ⁉」「守りを固めよっ!」「グランス公爵に、伝令を……!」
悲鳴が響き合う中、鉄色の星は見る見るうちに迫ってくる。
――程なくそれは、轟音とともに現れた。
(速すぎる……! 強化魔法を使ってるの……⁉)
本陣の一角に屯する兵士たちが、木っ端のように宙を舞う。その中から現れたのは鉄色の軍馬に跨った巨大な斧槍を持つ、浅黒い肌の巨漢だった。見紛うはずもない。舘岡だ。
「あ、あ……」
目が合った。軍馬が一直線に向かってくる。斧槍が振るわれるたび、人の首や腕が宙を舞う。
鉄色の巨躯が、またたく間に目の前まで来た。かと思うと、空いた左手で首をむんずと掴み上げられる。
「よお、迎えに来たぜ」
「かっ、はっ……」
あまりの握力に、息が詰まる。だがそれはすぐに終わり、舘岡は新治の身体を小脇に抱えて馬を走らせた。
鎧甲冑に身を固めた騎士や、兵士たちが群れてくる。だが楯岡が斧槍を一振する度に、皆一様に身体を斬り飛ばされて散っていく。
その時――。
「待て……止まれっ!」
声とともに、背後から馬蹄が響いた。
抱えられながら何とか首を巡らせてみると、そこにはおよそ戦場の騎士らしからぬ銀髪の男が、馬を駆って追いすがっている。さらに後方には、騎兵の一隊が見て取れた。
「……カークスさんっ!」
男の名を呼ぶと、舘岡が鼻を鳴らした。
「おいおいっ! 無理すんなよ、オッサン!!」
舘岡の馬の速度が、わずかに落ちる。後方のカークスとの距離がみるみる詰まった。馬が潰れかけているわけではない。舘岡がわざと速度を落としたのだ。
気づいてか気づかずか、はたまた何振り構っていないのか。カークスはさらに速度を上げる。
「【武極大帝】! 覚悟ッ!」
カークスが振るう剣が、新治を縛めている舘岡の左腕を目がけて振り下ろされた。だが舘岡は焦るどころか、重心を右に傾けて躱した。さらには新治を抱えたまま、右手の斧槍を取り回す。
「ひょろいオッサンは……引っ込んでなッ!」
重心を戻す勢いで、舘岡が斧槍を振り抜いた。斧の刃が、カークスの右肩を深々と斬り裂くのが、はっきりと見えた。
「カー……クス、さん……⁉」
刹那のうちに、アウザーグ村での二ヶ月間が走馬灯のように流れた。
領主館でのひと時。魔法や肉の捌き方、異世界の知識を教えてもらっている時間。
「い、いや……っいやああああああっ!」
力を無くしたカークスを乗せた馬が、ゆっくりと離れていく。
「ヘッ! ざまあねえ……!」
舘岡が言いかけたところで、左手から違う馬蹄の音が聞こえ始めた。
彼方から、バルサザール公爵の紋が入った軍装の馬が駆けてくる。だが騎乗しているのは――。
「……レイジくんッ!」
「新治ッ!」
零仁が、普段なら絶対に出さない大声で応えた。右手に見覚えのない両刃の得物を引っ提げて、舘岡が駆る馬のすぐ真横へと迫る。
それを見た舘岡が、ふたたび獣の笑みを浮かべた。
「来やがったなあっ!」
「……【音速剣刃】!」
零仁は憎悪に満ちた表情を浮かべながらも、馬上で両刃を操り能力を繰り出す。彼我の距離は、目測で2メートル弱。だが舘岡は頭を低くして、白雲の弧をやり過ごした。
しかし零仁はその隙に馬を蹴立てさせ、舘岡のすぐ真横へと迫っている。そのまま鞍に足をかけたかと思うと、舘岡に向けて跳躍した。
「うおおおおおおおおおおおっ!」
横に回転をかけた身体を軸にして、風車の如き両刃が舘岡に迫る。
「な、にっ……!」
こう来るとは思ってなかったか、舘岡の反応がわずかに遅れた。斧槍は間に合わない。
刃の切先が、舘岡の眉間を捉えた次の瞬間。
風が吹き、見えない力が零仁の身体を吹き飛ばした。そのまま、はるか後ろのほうへと流れ去っていく。
「レイジくんっ!」
「……新治ッッ!!」
どうにか着地した零仁の叫びが、最後に聞こえた言葉だった。
舘岡は眉間から血を流しながらも、無言で馬を駆けさせた。
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