ドミナ平原の戦い②
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零仁たちが駆けつけた右翼の戦列は、やや押されていた。
どうやら横陣と見せかけてコの字型に変形して包囲する、いわゆる鶴翼の陣だったらしい。おそらく今は魚の横腹に両翼の兵士が食いつく形だが、鱗のように重なり合った敵兵たちを突破できずにいるようだった。
零仁は戦列の一角が崩れかけているのを見て取ると、天に向かって空いた左手を突き出した。
「焦天墜火ッ!」
掌から打ち出された炎が中空から急降下し、群れる敵兵のど真ん中で弾けた。
「ぎゃあっ⁉」
「ぐぼふぉ……っ⁉」
「ひっ、あ、あづッ!」
「クソッ、魔法士だっ! 対魔法陣を……!」
「……焦天墜火ッ!」
ふたたび空から降り来た炎が同じ位置に着弾し、敵陣に大きなゆがみを作る。
乱戦や陣形戦を見越して作っておいた魔法だった。投射や正面に放射するタイプだと、どうしても味方への誤射が怖い。そこで思いついたのが、こうして空に撃ち出した後に着弾するタイプである。着弾までのタイムラグこそあるものの、人垣や障害物の向こうや、高所を狙うことができるというわけだ。
(よし、突っ切る!)
零仁は戦鎚を構えて、敵陣に向かって猛然と駆けた。
「【吶喊する騎手】!」
敵陣に届く寸前に能力を使うと、身体が薄紅色のオーラを纏う。並みいる敵兵たちが、オーラに圧されて次々と宙に舞った。視界の隅では横から零仁に突っかかろうとした敵兵が、クルトが放ったと思しき炎弾とメイアが放ったであろう矢によって討ち取られていく。
「押せるぞっ! 【遺灰喰らい】に続けっ!」
背後からクルトの檄が聞こえた。
構わずに突っ込むと、目の前に無傷の敵の一団が現れる。一枚目の”鱗”を抜いたらしい。
(ここも、一気に抜く……っ!)
そう思って、足に力を込めた瞬間。
「祓ちゃんっ!」
聞き覚えのある声がした。かつてのあだ名だ。
声のほうを見ると、視界の外から大きく跳躍してきた者が、二筋の斬撃を繰り出してくる。
「……ッ!」
戦鎚を横に構えて、斬撃を受け止める。
目が隠れそうなくらいの黒髪の男子だ。柄の長い双剣に、鉄製の胸当に革防具と、戦場ではシンプルすぎるくらいの軽装である。
――杉原智之。
教室でも特に目立たない、だがよく教室で笑い合った、杉原。
追放された日、砦の塀の上で見てるだけで、何もしなかった――。
「……杉原アッ!」
憎悪を込めた一声とともに、双剣を押し返す。杉原は力負けしたと見るや、圧された勢いを利用して宙返りした後、地上に着地した。
新治から聞いた杉原の能力は、【両剣使い】。両の手に刃を持った武器を持つと、それぞれの武器の適性と身体能力のボーナスを得る中位級能力だ。
(あの軽業も能力の賜物かよ。羨ましいねえ、クソッタレ……ッ! しかも得物の相性が悪い……!)
金属製の戦鎚は壊れづらく、騎士の鎧にも衝撃を通せる優秀な武器ではある。だがその重量ゆえ、小回りが利く双剣は少々やりづらい相手だった。杉原の曲芸じみた身のこなしも相まって、後手に回るのは目に見えている。
(だったら、搦め手で行く!)
「祓ちゃん、聞けっ! もうこんなことしなくて……!」
杉原が皆まで言う前に。
一計を案じ、左手で後ろ腰に帯びた短剣を抜き放った。
「……【音速剣刃】!」
抜き打ちで放った白雲の弧が、一直線に杉原へと迫る。一拍おいて、その軌道を追うように走り出す。
「祓ちゃん、聞けってっ!」
杉原は言葉で制しつつも、零仁の左手に回った。動きながら、白雲の弧を左手の剣のひと薙ぎで斬り散らす。
それを見た零仁は、戦鎚を横に振りかぶりながら鼻を鳴らした。
「聞けだあっ⁉ あの時、俺の話を聞いたヤツが……っ!」
大振りな得物を、横殴りに叩きつける動きで繰り出す。
「……いたのかよっ!」
左に逃れたところで、結果は変わらない。飛び退れば魔法で撃つ。
「いいから一回、話を聞けってっ!」
杉原の選択は、跳躍だった。ふたたび零仁の頭上に舞った杉原が、口を開く。
「連結ッ!」
放たれた言葉とともに、双剣の柄尻どうしががっちりと繋がった。双剣が、杉原の手の中でひとつになる。
否、もともとひとつの武器であったのだ。
(魔法の鍛冶師が鍛えた、両剣……ッ!)
杉原が空中で両剣を振りかぶる。自らの身体を軸に回転し、一手で二撃を見舞う構えだ。
「止まれっ! 祓ちゃんっ!」
杉原が吼えた。戦鎚は振り抜いたばかり。無詠唱の魔法を撃っても、魔工鍛冶師の武器が相手では、斬り散らされて二撃目で終わる。
――普通なら。
かつての友の目がまっすぐ自分を見ていることを確かめて、零仁はほくそ笑む。
(止まるのは……お前だっ!)
「【強迫の縛鎖】!」
杉原の動きが止まった。辛うじて足から着地したものの、両剣を握りしめた体勢のまま震えて動かない。
「ふ、祓、ちゃ、ん……」
さすがに能力の補正も相まって効き目が薄いらしい。それでも、喰うまでは十分な時間だ。
無言で戦鎚を振り下ろした、その時。
彼方から、光弾と一筋の矢が飛来した。合いの手のように零仁の背後から飛んだ炎弾が、矢を弾く。光弾もまた飛び来た一矢によって、同じ運命をたどった。クルトとメイアが、零仁を目がけた攻撃を妨害したのだろう。
(後衛にまだいるっ! クルトやメイアとタメを張れる……転移者かっ!)
「……【意志の神盾】!」
聞き覚えのある女子の声がした。杉原の前に現れた巨大な光の盾が、鎚頭を受け止める。
乱戦の垣根を飛び越えて、杉原の脇にひとりの女子が着地した。黒髪ベリーショートの和風美人だ。金属で補強された革防具で全身を固め、手には円形の盾と長剣を持っている。
「いいんちょ……室沢ッ!」
「ふふっ。祓ちゃんに名字で呼ばれるの、久々だね」
――室沢明美。
二年四組のクラス委員にして、学年のクラス委員長も務める女子である。数少ない女子の友人だったが、追放の日には塀の上で何もせずに眺めていたことは忘れていない。
零仁が飛び退ると、室沢は未だ震えて立てない杉原を庇う位置に立った。
「祓ちゃん……お願い、話を聞いて。ウチらは戦いに来たんじゃない。話しあいに来たの」
「……そこに転がってる杉原も同じこと言ってたよ」
「真面目に聞いてっ! バルサザールさんと話をつけたの。もしウチらが話して祓ちゃんが戻って来てくれるなら、受け入れるって。舘岡くんたちも納得してくれたっ!」
零仁は何も言わず、打ちかかりもしない。
沈黙を肯定と取ったのか、室沢はさらに言葉を続ける。
「能力だって使えるようになったんでしょ? そりゃ色々、すれ違いはあったけど……もうやめようよっ! 一緒に戻ろう⁉ 級友だって、きっと……」
「……ックフフフッ。アッハハハハハハッ!」
こらえきれず、室沢の言葉を食って笑い出す。
「なるほどね……。妙に動きがおかしいと思ったら、お前らが前座ってわけだ。最上位級サマたちは後ろで、大一番のためのとっておき、か」
「なに言ってるの⁉ ウチらが話しに出てる間は、舘岡くんたちは前線に出てこないっていう約束……!」
「……お前、あいつらが言ったこと本気で信じてるのか?」
ぎろりと睨みつけると、室沢の言葉が止まった。
「戦で使い道がねえってだけで、人ひとりを野に放り出す奴らだぞ。説得なんて眠てえこと考えるはずねえだろ」
「そ、それは……」
「第一、あのハゲは自分の部下を殺られてんだ。俺を戻したら面子が立たねえ。お前らは俺を引きつけるための、体のいい囮……。本命はウチの大将だろうな」
「そんなっ! そんなことっ……」
「……もういいよ、室沢」
言葉に詰まる室沢の背後で、杉原がゆっくりと起き上がった。
室沢と話しはじめてから、一分そこらしか経っていない。やはり【強迫の縛鎖】は”格”によって、効き目が変わるらしい。
「杉ちゃん……」
「話してダメなら、そうするって話だったろ? 腕の一本くらいぶった斬ってやろう。じゃないと、祓川の目は覚めない……!」
なおも声に震えを残す杉原に、にやりと笑って見せる。
「へえ、カッコイイこと言うようになったじゃねえか」
「ちょっとくらい、カッコつけないとな」
教室での、ふとした光景が脳裏をよぎる。杉原の視線や体は、いつも室沢に向いていた。零仁が、颯手を見ていたように。
「いいぜ、来いよ。腕一本、ぶった斬れるかどうか……試してみな」
零仁は不敵な笑みを浮かべたまま、二人に向けて戦鎚を構えた。
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