風の策謀【里緒菜】
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西からの荒んだ風が、初夏の太陽が照らす森の木々を揺らす。その風に妙な悪寒を感じた颯手里緒菜は、思わずあたりを見回した。後ろでポニーテールにまとめている黒髪と、白地に金色の縁取りで飾られた魔法の戦衣の裾が、風に合わせて揺れる。
(なんだろう、嫌な風……)
視界にあるのは吹き飛ばされた家屋の跡と、味方の兵士たちのみだ。村が旧王派の部隊に占拠されているとの情報が入り、討伐令が出たのが昨日の日暮れ前。今日の払暁とともに出撃し、先ほど村に到着して戦闘を終えたばかりだった。
「……しっかし、ひでえな」
「これが最上位級の戦か……」
「村の住民だっていたはずだろ? さすがのバルサザール閣下も、そろそろキレるんじゃねえの?」
風に乗って、村を捜索中であろう兵士たちの声が聞こえてくる。
村には結構いい数の旧王派の部隊が駐屯していたのだが、里緒菜の遠隔偵察からの魔法攻撃であっさり総崩れになった。生き残った敵兵の掃討は、連れてきた兵士たちに任せ――。村の外れで探索魔法を使っていたところで、悪寒を感じたのだ。
(楽したいだろうと思って、加減せずにやってんのよ? てかあの数、兵士たちだけでやってたら間違いなく負けてたからね?)
気づかれぬように頬を膨らませながら、ふたたび村の跡地を見た。
敵兵士の中に、零仁と新治はいなかった。村人たちの亡骸も念のため確認したが、それらしき姿はない。訓練を終えてから、こうした敵の拠点と化した村の強襲作戦には積極的に参加していた。零仁が潜伏している可能性があるからだ。
(もう二ヶ月、か。どこにいるの? 零仁くん……)
未だ姿を見せぬ想い人に語り掛けていると、彼方から馬蹄の音が響いた。
やがて村の中央を、軽装の騎兵が走り来た。胸甲すらつけず最小限の皮防具で固めているあたり、伝令なのはすぐ分かる。
「【業嵐の魔女】殿に、伝令!」
「……どうぞ」
「バルサザール公爵閣下より、”火急の件あり、すぐ戻られたし”とのことです」
(気軽に言ってくれるなぁ……。今日は戻らずに、零仁を探したかったのに)
今いる村からダリア砦まで、普通に行軍したら一日かかる。来る時は風の強化魔法で兵士たちを強化して、速度を速めたのだ。
だが里緒菜一人なら、距離は問題ではない。バルサザールも、それを知っているが故の命令だろう。
「分かりました、すぐに戻ります。ゆっくり休んでくださいね」
にっこり微笑むと、伝令の騎兵はわずかに頬を赤らめた。
「ハッ、ありがたく……」
軽く会釈を返すと、伝令は村のほうに馬首を巡らせ去っていく。
(使えるものは使わないと、ね)
兵士たちに愛想を振りまいておけば、なにかとやりやすい。実際、【業嵐の魔女】親衛隊、とまではいかないものの、兵務の範疇を超えて協力してくれる者たちが増えてきている。
里緒菜はダリア砦のほうを向くと、左掌をかざした。
「風、我が意のままに吹き抜けよ。風呼令呪」
詠唱とともに放った魔法によって、村に烈風が吹いた。
転移人はイメージのみで魔法を使えるせいか、詠唱や名づけによる効果増強を使う者は少ない。刹那の間が生死を分ける戦いならともかく、平時なら詠唱までして魔法を使ったほうがよい――と、級友たちには散々言っているのだが、いまいち理解してもらえない。
「我が身、想い纏いて馳せ駆けん……。颶風纏移!」
続けて唱えた魔法によって、身体が烈風に運ばれる。次の瞬間には、村から数十メートル先の草原にいた。
(このまま、零仁のところに飛んでいきたい。風に抱かれて、ずっと二人で……なんてね)
里緒菜はそんなことを考えながら、風に身を任せて帰路を急いだ。
* * * *
ダリア砦に戻った時には、日が沈みかけていた。
休む間もなく砦の最上階にある執務室に赴くと、すでに級友の主だった者たちが顔を揃えている。バルサザールは里緒菜の姿を見ると、沈痛な面持ちで口を開いた。
「急ぎ参じていただき、ありがとうございます。集まっていただいたのは他でもない……。【星眼の巫女】とともに逃亡している、【遺灰喰らい】の件の続報です」
(零仁くん! 大急ぎで戻ってきてよかったぁ!)
「……彼の者どもが、旧王派の本陣に入ったとの情報がありました」
「へ、っ……?」
思わず間の抜けた声が出る。幸い級友のどよめきに紛れたのか、気づいた者はいない。
「へえ、敵方に行ったんだ。祓川、意外と根性あるじゃないか」
里緒菜の隣にいる、長身茶髪の女子がぽつりと言う。
――塔村火音。
二年四組スクールカーストの女王蜂である。男顔の美貌を裏切らないサバサバした性格と、敢えて帯を取っていないと評判の空手の腕前が相まって、学内でも屈指の影響力を持つ。
「彼の者どもを捜索する過程で、【吶喊する騎手】殿、ならびに【灯すもの】殿の連絡が途絶えました。未だ確認中ですが、能力を奪われたとみていいでしょう」
「おいマジかよ、ウソだろ……。あの仲良しカップルがよぉ……」
悲痛な声を上げたのは、情だけは無駄に厚い田中宏伸だ。
バルサザールは”能力を奪われた”と表現したが、【遺灰喰らい】の効果を考えるに殺されたとみて間違いないだろう。
ざわめきを黙らせるように、バルサザールは里緒菜たちをぎろりと見た。
「これで彼の者に討たれたあなた方の朋輩は、六名になりました。しかも今回は、他の領主が用意した傭兵部隊や騎兵隊との、合同作戦での敗北です」
(いや犠牲者だけなら七人だし、なんなら普通の兵士も死んでるって。てか荒木教官、ノーカンにされてんのウケる)
笑いを押し殺していると、最前列で黙っていた舘岡の眉がピクリと動いた。
「オレたちのせいだ、って言いたいのか?」
「すべてがすべて、そうだとは思いません。ですが目立つ働きをされているのは、最上位級の皆様方のみ。他所の手勢まで借りてなお逃亡者のひとりも討てぬとは、いささか……」
「……【遺灰喰らい】を、祓川くんを甘く見すぎなんじゃないんですか?」
さすがにムッとして、口をはさむ。
「彼は上位級をひとり吸収してます。他にも転移人を吸収してるかもしれません。しかも新治さんだっているんですよ? 訓練を終えたからって一人や二人で戦ったら、そりゃ負けますよ。負けた人たちに責任がないとは思いませんけど……閣下も閣下で、少し見積もりが甘いんじゃないんですか?」
「ぐ……ッ! 【影潜り】は強力ではありますが性質上、偵察や隠密向きです。差し向けたのはいずれも、中位級以上の戦闘に向いた能力を持つ方々でした。たかだか中位級や下位級の能力数個くらいで……!」
「……ケッ、なんだって構わねえっすよ。オレが出ればすぐ終わります。そういう話をする場じゃないんですかい?」
流れを切ったのは舘岡だった。
バルサザールも我に返ったのか、ため息ひとつついた後にふたたび口を開く。
「その通りです。最上位級の皆様のおかげで、ダリア周辺の旧王派拠点は一掃できました。ついては近々、勢力圏を広げるべく攻勢をかけます。敵方も彼の者どもを前線に出してくるでしょう。その折に【星眼の巫女】の奪還と【遺灰喰らい】の抹殺を、確実にお願いしたい」
「よし、きた。面子はこっちで選んでいいんすよね?」
「構いませんよ。結果さえ出していただけるなら、ね……。敵の大将の性質上、陣地から打って出てくるでしょう。初戦はおそらく原野戦になります」
(……どーせ地咲たちは出ないつもりなんだろうなあ。このハゲもケチつけるなら、むしろこっちのほうでしょ。まあ私も零仁くんのことがなければ動かないから、人のこと言えないんだけどさ)
庄山地咲と塔村火音は、舘岡をはじめとする数名の男子たちと、”身体を捧げることを条件に戦場に出ない”という契約を結んでいた。おかげでクラスの男子たちは皆、めでたく”ご卒業”している。
楢橋波留も戦傷者の救護以外はやろうとしないので、前線に出ている最上位級は舘岡と里緒菜だけなのだ。
(でも良平とその他大勢を一気にけしかけられると、さすがに零仁くんが危ない……。でもあの新治は確実に消したいし……あ、そうだ)
とっさの思いつきに、思わず口の端がつり上がる。
「……原野戦になるなら、一計があります。【星眼の巫女】を確実に捕らえる策です」
「ほう? 【業嵐の魔女】殿の献策なら、聞きましょうか」
「はい。……地咲、火音、波留? 今回は手伝ってもらうからね。戦場には、出なくていいから」
里緒菜が最上位級の面々に視線を移すと、三人は不承不承の体で頷いた。
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