襲われる少女
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朝を告げる鳥のさえずりが、柔らかな日差しが差し込む猟師小屋に響く。
本来なら清々しく聞こえるその声に、小屋の片隅でブレザーを被って寝ていた零仁は、びくりと身を震わせた。
「……ッ! ハァッ、ハアッ……夢か」
夢の中で、級友たちの嗤い声が聞こえた。しかも悲しいことに、すでに現実で起きてしまったことだ。
「クソッ、タレ……」
追放されてから、砦近くの森を彷徨い歩き――。この猟師小屋を見つけてから、一晩が経った。
革袋に入っていたわずかな水と食料を節約すべくさっさと寝入るも、悪夢や獣の遠吠えで目覚めること数度。ようやく朝の光を拝むことができたというわけだ。
「どうすんだ、これから……」
誰が応えるわけでもないと分かっていながら、独り言ちる。
手元の食料は、どんなに節約しても明日にはなくなる。当然、この世界の通貨など入っているわけもない。おまけに今、どこにいるのかすら分からない。森の中には見るからに人肉を好みそうな、赤い目をした獣が徘徊している。
追放と言えばまだ聞こえがいい、事実上の処刑である。
「とりあえず、なんとか人里見つけて、それから……」
押し寄せる空腹感と絶望感を払いのけようと、声を出した時。
「……イヤアアアアアッ! 離してッ‼」
遠くから女性の声が聞こえた。しかも、どこかで聞いた覚えがある。
(颯手……⁉ いや違う、こんな声じゃねえ! でも、どこかで……)
「ああ、もうっ! おとなしくしろよっ!」
「ほらほら、じっとしてたらすぐ終わるからさあ……っ!」
「イヤだッ……! イヤッ、アアッ!」
すぐに聞こえたのは、二人分の男の声だった。
これまた聞いた覚えがある。しかもわりと直近で、だ。
(クラスの連中……⁉ 女の人を襲ってるのか……?)
昨日の嗤い声が、ふたたび頭の中をよぎる。仮にクラスの連中だとして、今の自分に何ができるのか。
(み、見るだけだ……。なにが起こってるか、確認するだけ……)
恐怖に駆られながらも、音を立てないように小屋の戸を開け、そろそろと外に出た。柄の悪い連中に因縁をつけられた時に身につけた潜伏技術が、初めて役になった気がする。
声の主たちは、小屋からそう離れていない森の小道にいた。零仁と同じ高校の制服を着た女子ひとりを、長剣を帯びた革鎧姿の男たちに襲われている。およそ、朝の森には似つかわしくない光景だ。
(あれ……新治、か?)
茂みに身をひそめながら、女子の顔を記憶の中から引っ張り出す。身長は女子としても相当、小柄なほうだろう。黒髪ボブに分厚い丸眼鏡と、地味子・オブ・地味子といった顔立ちである。
――新治輝良。クラスでも目立たない、スクールカーストでも最下位の女子だった。ごく一部の寛大な女子としか会話できない零仁は、当然絡んだことがない。
(てか襲ってるヤツ、宍戸と本橋じゃねえか……⁉)
新治の正面で、服をつかもうと手こずってる茶髪が宍戸義孝だった。少し背が高く、お世辞を頑張れば某メンズアイドルグループの誰かに似てると言えるだろうか。
もう一人、新治を羽交い絞めにしている逆立った黒髪が本橋圭太である。顔の作りは多少いいものの、背は低いわ女癖は悪いわとあまりいい噂はない。
三人の顔を思い出している間に、宍戸の手が新治のブラウスにかかった。
「よっしゃ捕まえたっ! そぉらっ!」
小さく、何かが弾けるような音が聞こえる。
零仁の位置からも、新治の胸を隠す白い下着がはっきりと見えた。
「ひぃ……ッ!」
「んっほぉう! こりゃすげえやっ! 新治サン、こんなイイもん隠し持ってたの⁉」
「へっへっへ、一部じゃ有名だったからなあ。散々、手こずらせてくれたんだ。ちょっと分からせてやんねえとなぁ……!」
「よっしゃっ、いいねぇ! 宍戸クン、一番乗りどうぞ! オレはファーストキスでもいただくわ!」
「おっ、マジで? じゃあちょっと、前準備でもしちゃおっかなぁ……! ガッツリしっぽり、ヤっちまおうぜ……!」
宍戸は下卑た声を上げながら、いそいそとズボンを脱ぎ始める。本橋は新治を羽交い絞めにしながら、遠目からも分かる豊かな双丘を舐めまわすように見つめていた。
(おいおい、ヤベエだろ……! ってかあの二人、あんな感じだったっけか……⁉)
いわゆるスクールカーストの中では宍戸が上位グループ、本橋が中位グループに属している。普段は女子たちとも屈託なく喋るポジションで、目の前で蛮行に及ぼうとしている者たちと同一人物とはとても思えない。転移者という名の特権は、人をここまで狂わせるものなのだろうか。
当の新治は恐怖に打ちのめされたのか、抵抗はおろか声すら上げていない。その様を見て、零仁の心に暗い影が差した。
(いい気味だ。なにしたんだか知らねえが、こんな森の中じゃ誰も助けちゃくれない。俺と、同じだ)
昨日の情景が、ありありと再現された。
見下すバルサザールとともに、舘岡が嘲ってくる。門の周りには、嘲う級友たち。宍戸と本橋も、その中にいた。
友人たちは無関係を装い、密かに想っていた颯手は顔を伏せる。新治の姿は見えなかった。だが何もしなかったことに変わりはない。
(俺と、同じ……ッ!)
下半身に一糸纏わぬ姿になった宍戸が、新治の胸の下着に手をかけた。本橋も新治の唇を奪おうと、強引に振り向かせようとしている。
その時――。唇を引き結んでいた新治の表情が、変わった。なにかを諦めたような、投げ出したような、そんな表情だ。
すべてを失うことを受け入れたその姿が、昨日の自分と重なる。冷え固まっていた心の奥底にある何かに、火がついた。
(あいつら……ッ! 俺と同じことを、何度も……ッ!)
気づいた時には、ゆらりと動いていた。足元にあった拳大の石を両の掌に引っ掴み、ゆっくりと立ち上がる。
宍戸と本橋は目の前の新治に夢中であり、視界の外の異変に気づいていない。
「……おおおおおおおおっ!!!!」
腹の底から声を出しながら、零仁は茂みから駆け出した。
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