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持たざる者

お読みいただき、ありがとうございます!

 鮮やかな、夕暮れの空の下。重々しく開いた砦の扉から、祓川(ふつがわ)零仁(れいじ)の細い体は外に放り出された。ざんばらな黒髪と、紺のブレザーとチェックのスラックスを合わせた制服のあちこちが、乾いた土から巻き上がる砂埃に塗れる。

 その後を追うように、全身鎧を纏った禿頭の騎士が進み出てきた。


「レイジ・フツガワ。あなたを、我が軍から追放します」


「なっ、ちょっ……! 待ってくださいっ、なんでこんな……っ! わけわかんない世界に来てっ! いきなり追放とか言われないといけないんですかっ!」


 淡々と告げるハゲ騎士に向けて、零仁は唾を飛ばして喚き散らした。

 後ろの門や外壁の上では、同じ教室で過ごした級友たちが眺めている。ある者は不安げに、ある者は面白そうに。


「うっわぁ。祓川くん、かっわいそ~……」


「シッ! 静かにしろよ、俺らも同じ扱いされたら嫌だろ?」


(おいちょっと待てよ、お前ら……。なんで、誰も何も言わないんだよ……っ!)


 異世界転移。はるか遠くどころか、おとぎ話として楽しんでいた非現実。

 どうやらそれが、零仁たち清陣高校の二年四組の三十一名に起こったことらしい。いきなり夕暮れの丘の上に現れ動揺していた零仁たちに、目の前のハゲ騎士――たしか、バルサザールなどと名乗っていた――が説明したことだ。


「先ほども申し上げた通り……あなたには転移者が本来持っているべき、能力(スキル)を持ちません。これは追放する理由として、十分なものです」


 バルサザール曰く。この異世界において、転移者は特別な存在らしい。

 身体能力は、ずぶの素人でも正規の軍人や魔物を相手できる程に拡張される。この世界の住人が四苦八苦して発動させる魔法も、ちょっとコツをつかめばイメージするだけで発動できるらしい。


「スッ、能力(スキル)がなくたって! 運動能力は普通の人たちより高いんでしょっ⁉ それだったら、兵士の役割くらい……!」


 だが最たる特性は、転移者に一人ひとつずつ与えられる特殊能力――能力(スキル)だ。

 先ほど級友たちがひとりずつ黒い石板に手を当てては、能力(スキル)の判定を行った。なんでも石板が黒からどの色に変わるかによって、能力(スキル)等級(ランク)が決まるらしい。

 級友たちが次々と能力(スキル)を確定させていく中、零仁は石板に触れてもなんの反応もなかった。ゆえに能力(スキル)を持たない存在として、今まさに追放されようとしている。


「……バ~カ」


 荒々しい声がした。かと思うと、バルサザールの後ろから出てきたおしゃれ坊主の巨漢によって、零仁の身体が盛大に蹴り飛ばされる。


「ガハ……ッ!」


 零仁はふたたび地面に叩きつけられた後、たった今蹴りをくれてきた巨漢を睨みつけた。

 ――舘岡(たておか)良平(りょうへい)。二年四組の男子のカーストトップにして、学年全体のトップとして君臨する男である。能力(スキル)の名は【武極大帝(タイラント)】。クラスに五人しかいない、最上位級(ハイエンド)能力(スキル)の持ち主だ。


「もともと運動神経がねえお前が、ちょっとデキるようになったところで、兵士なんぞ務まるわけねえだろうがっ!」


「りょうへ~い、ホントのこと言っちゃかわいそうだって~!」


「ま、実際……。頭も良くなければ運動神経も大したことないからな」


 門の中から、舘岡の取り巻きであるカースト上位の女子たちが(はや)し立てる。

 その時。


「ま、待ってくださいっ!」


 舘岡とは逆の方向から、制服を着た黒髪ミディアムロングの女子が飛び出してきた。夕日に照り映える白い肌に、切れ長の目。チェックスカートから伸びるすらっとした足は、清楚な雰囲気ながらも妙に(なま)めかしい。

 ――颯手(さって)里緒菜(りおな)。二年四組のカーストのトップグループに属する女子だ。能力(スキル)も、【業嵐の魔女(ストーム・ヘクセ)】なる最上位級(ハイエンド)能力(スキル)を授かっている。


「なにも追放しなくたっていいじゃないですかっ! そりゃ兵士はキツイかもしれませんけど、荷運びとか力仕事でもしてもらえば……!」


 零仁を庇うように立って言う颯手の姿に、門の中にいる級友たちがふたたびどよめいた。


「おお~っ! 里緒菜ちゃん、やっさしぃ~!」


「颯手さん、勇気あるなあ……」


「でも祓川ってさ、颯手さんのことずっと見てたとかって話じゃないっけ? 颯手さんも気味悪がってたんだろ?」


「えっ、えっ⁉ ひょっとして、実は両片思いとかぁ⁉」


 黄色い声が飛び交う中、バルサザールは静かに首を振った。


「なりません。もともと能力(スキル)を使えなくなった転移者は追放するのが、我が軍のしきたりです。それでなくとも今は戦時、能無しを養う余裕はありません。いかな最上位級(ハイエンド)能力(スキル)の持ち主たっての願いとはいえ、聞き入れるわけには参りませんな」


「そんなっ……!」


 颯手の悲痛な声とともに、舘岡が我が意を得たりと鼻を鳴らした。


「ヘッ、ごもっともだ。颯手、ファンが一人減って残念だったな」


「ファ、ファンなんて……っ! 私は別にそんなっ……!」


 二人のやり取りが妙に遠くに聞こえる中、零仁はゆらりと立ち上がった。そのまま、のろのろと砦前の道を進みだす。


「ハッ、ようやく立場が分かったみてえだな。……おい、忘れ物だっ!」


 舘岡の声がしたかと思うと、衝撃が零仁の後頭部を襲った。足元を見れば、小さな革袋が転がっている。


「せめてもの餞別だとよ! バルサザールさんに感謝するんだなあっ!」


 ふたたび響いた舘岡の声とともに、門の中の級友たちがどっと沸いた。


「さあ、お見送りだっ! おっきく、声、出してっ♪」


「ギャハハハハッ! 祓川くぅ~ん、追放おめでとう~っ!」


「完全なる自由の下で、ガンバってくれよなあ~っ!」


「落ち着いたらお手紙ちょうだいね~っ!」


 忌々しい声たちが、背に突き刺さる。

 零仁は、門のほうを振り向いた。バルサザールと舘岡はもとより、ほとんどの級友たちは弱者を蔑み見下す視線を送ってきている。


(颯手……)


 縋る思いで視線を送ると、颯手は目立たぬように顔を伏せた。教室で目が合うたびに、わずかに感じた熱のこもった視線。だが今は、それを感じることはない。

 門の上に視線を移すと、仲の良かった友人たちが不安げに見つめている。だが零仁が視線を送ると、皆慌てて視線をそらした。


(なあ、杉原、深蔵(みくら)。みんな、なんで何も言わねえんだよ。室沢(いいんちょ)姫反(ひめぞり)……お前らならなんとかできるだろ? なんとか言えよ……!)


「ほら早く行けよっ! 能力(スキル)なしと違って、俺たちは忙しいんだからよぉ~!」


「はい、もう解散~! ご飯食べよ、ご飯!」


 級友たちが、誰ともなしに門の周りから去っていく。バルサザールたちが門の中へと消えると、分厚い木の門扉がふたたび重苦しい音ととともに閉められた。


「……タレッ」


 声を絞り出し、革袋を持って歩き出す。声を出さなければ身体の痛みと、心に押し寄せる屈辱で、なにもできなくなりそうだった。


「クソッ……タレッ!」


 誰が応えることもない毒づきが、異界の夕焼けの中へと消えた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

お気に召しましたら、続きもぜひ。

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