合コン
怜の言葉に目をぱちくりさせ、聞き返す。
「合コン?」
今日は美容専門学校時代の友人、怜とカフェに来ていた。
「そう!瑠花、彼氏いないでしょ?付き合ってよ」
「ううん…」
「何よ、いい人でもいるの?若いうちにガンガン行っとかないと、出会いのチャンス逃すよ」
怜の真剣な目に押され、何も言えない。
こういう時アイドルと付き合っていると困る。
怜のことを信用していないわけではないが、噂というのは怖い。
私たちの会話を聞いた誰かが、勘付く可能性もある。
なので友達にも家族にも彼氏はいないで通していた。
そのため表立って合コンを断る理由が見つからない。
視線を彷徨わせていると、怜が焦れたように言う。
「もう参加決定!人数足らないし、今晩だし!このまま行くわよ!」
「えぇ!?」
「あんた、恋愛に興味ないわけじゃないんでしょう?たまに街のカップル、ガン見しているし。せっかく美人なんだから、攻めなきゃ」
怜の言葉にどきりとする。
たしかに街行くカップルを羨んだ目で見ていたかもしれない。
当たり前に並んで歩いて、手を繋いで、テーマパークにも行って。
そういうことが、私と羅希はできない。
「よし!今から準備よ!メイクのプロの本気を見せる時!」
怜が勇ましく宣言し、なし崩し的に合コンの参加が決定した。
やましいことをする気はないという意思表示のために一応、羅希には連絡をしておくか。
仕事中であろう羅希に今晩友達と合コンに行くとだけメールした。
*****
「橘瑠花です。23歳で、今は雑誌の専属メイクの仕事しています」
ありきたりな名前、年齢、仕事の自己紹介をする。
みんな盛り上げようと仕事に食いついてくれる。
「へぇー!雑誌のメイク担当なんだ。じゃあ有名人のメイクしてるってことだよね」
「どこの雑誌?」
雑誌名を答える。アイドルを大きく取り扱っている有名雑誌だ。
「えっ!じゃあHeavenのメイクもしたことある?!」
女の子の一人が身を乗り出して聞く。
Heavenの名に必要以上に反応してしまいそうになるが、ぐっと堪える。
「あるよ」
「いいなぁ!私、センターの天野羅希が超好きで!」
羅希の名にさらにドキリとする。
「天野羅希って俺らと同じ年ぐらいだよな」
「男から見てもあいつはアイドルになるために生まれてきたって感じするもんな」
みんな悪気なく、羅希の話で盛り上がる。
その時膝の上に置いていたケータイのバイブが揺れる。電話だ。名前を見ると羅希だったので一旦無視。
「喋ることもあるの?どんな感じ?生もかっこいい?」
本当にファンなようで矢継ぎ早に質問される。
電話は留守電になったようで切れる。
しかしまた鳴り出す。
「実物も…かっこいいよ。テレビで見たまんまって感じかな」
「いいなぁ!サイン貰うこともできる?」
「おいおい、合コンなのにそんな話しで盛り上がるなよ〜」
男の子が言って、女の子の質問が止まった。
どう答えるか迷うので、羅希の話題が終わったことにほっとした。
膝の上のケータイはさっきから何度も切れてはかけ直されるのが続いている。
ケータイの存在が無視できなくなって、立ち上がる。
「ちょっとお手洗いに…」
「え、はやくない?緊張してる?」
隣の子に言うと、心配そうに聞いてくれる。
私は適当にへらっと笑うと、トイレに駆け込み通話ボタンを押す。
「もしもし?」
「遅い!休憩もう終わるとこなんだけど」
繋がった瞬間、不機嫌そうな羅希の声が聞こえる。
「ごめんごめん」
「お前わざとやってんのか?俺に嫉妬させようとして」
羅希の低い声が聞こえる。
羅希はいつも綺麗な女優さんやモデルさんに囲まれている。
ファンの女の子たちだってかわいい。
役だったらキスもするし、好きだと言う。
そして映画の宣伝用に流されるスキャンダルは否定しない。
仕事と言われればそれまでだが、いつも私ばかりが嫉妬を押し殺し、見守っている。
合コンに来る時に、たまには嫉妬してほしいという気持ちが全くなかったかと言われれば言葉に詰まる。
「はぁー。今すぐ帰れ」
「いや、始まったばっかりなんだけど」
「休憩終わるから戻る。いいか、絶対だからな」
プツッと電話が切れる。
勝手な男だ。自分は今から撮影でどうせ女の子と密着するくせに。
でも、仕事の合間にわざわざかけてきてくれたのかと思うと喜んでしまう自分がいる。
暗くなったケータイの画面を見て、ぽつりとつぶやく。
「帰ろ」
結局、天野羅希が自分にとって一番なのだから。