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第9話 ラルダの魔法修行

入念に顔を洗い、パンとゆで卵の簡単な朝食を済ませた。そして用意された魔女の帽子を被り、いよいよ魔法の修行だ。


「さて…早速だけど、キミは昨日使った氷魔法は使えるかい?ちょっと試して欲しいんだ。」


「分かった、やってみるよ!」


そのまま目を閉じ、右手を握りしめて魔力を集中させる。そして脳裏に、氷特有の『冷たさ』を思い浮かべる。

するとポゥ…と手の甲に、水色の魔法陣が浮かび上がる。そのまま握り拳に、一気に力を送り込む!


掌を仰向けにして開くと、そこにはしっかりと氷が出来ていた。


「流石に3回目ともなると、だいぶ要領が掴めてきたよ。昨日よりもすんなり氷を作れたし。」


「ふむふむ、ある程度は飲み込めたようだね。

なら、次の段階だ。もっと大きな氷を出してみてよ。具体的には…これぐらいかな?」


そう言いながら、レイラは右手を天に掲げる。彼女の手に魔法陣が浮かび上がった…その瞬間、空中に球体の氷が出現する。大きさはバスケットボールぐらいだ。


「よっと。」


落ちてきた氷塊は片手では受け止められず、レイラが両手でキャッチする必要があった。


「さぁ、やってみてごらん。」


レイラはにこやかに促すが、いきなりハードルが上がった気がする。俺が作れる氷はコップに入れるような、1辺が2cm程度のサイズだ。それをいきなり、何百倍もの体積にするのは容易では無い。


(取り敢えずダメ元でやってみよう!限界まで魔力を掌に集める事を意識して…。

片手じゃ絶対無理だから、両手で同時に魔法を発動させてみよう。)


策を講じながら、左右の手に魔力を込める。掌に収まらないサイズの氷を作るので、必然的に拳は握らず手を広げた状態で魔法を使う必要がある。右の手の甲に魔法陣が輝き、ワンテンポ遅れて左手の甲も輝きはじめる。


(よし…!このまま両手の冷気を一体化させて、氷のバスケットボールを作れば…!)


だが、ここで魔法の発動が終わってしまう。奮闘虚しく、それぞれの手から小さな立方体の氷が零れ落ちるだけであった。


「ムリ!いきなりその大きさは難しすぎるって!」


レイラが設定した難易度に対し、俺は苦言を呈する。


「いやいや、実は『コツ』さえ掴めば簡単なんだよ。

そのコツを教える前に…ラルダ、昨晩キミが使った風魔法を覚えているかい?」


「風魔法…《突風(ガスト)》って魔法だよな?」


「その時、どうやって魔法を発動させたか覚えてる?」


「えーっと…。その時は『身体で風を感じる事が大切』っていう魔導書の説明を意識してた。

それと、ちょうど手が濡れてて夜風を感じやすかった…。」


昨晩の出来事を必死に思い返す。

レイラは「ふむふむ」と頷きながら、俺の回想を聞いている。だが彼女の表情から察するに、最も重要なポイントがまだ出ていない。

他に重要そうなポイントは…。


「…そうだ、詠唱!ちっちゃい氷しか出せなかった俺が、いきなり強めの風を起こせたんだ!

その時手に集まった魔力の量も、風の魔法として放出した魔力も、今思えば氷の時よりずっと凄いものだった!」


俺の興奮気味の回想を聞き、眼前の魔女はほくそ笑む。どうやらビンゴだったようだ。


「その通り、正解だ!

これが『詠唱』と『無詠唱』の違いだね。

極論を言ってしまえば、魔法は無詠唱でも発動自体はできるんだ。でも魔法の根本が『イメージする事』である以上、詠唱した方が魔法は使いやすいし、慣れてないうちは無詠唱で使った魔法はどうしても弱くなってしまうんだ。


それを改めて実感するためにも…昨晩使ったこの魔導書で、もう1回風魔法を使ってごらん?」


そういうと、レイラは『初級魔法指南書』を差し出してきた。

俺はそれを受け取り、昨日見たページを探し当てる。


「分かった、もう一度やってみるよ。

…地を駆る風よ、我が手中に集いて吹き荒べ!

突風(ガスト)》!!」


詠唱が終わると、疾風が緑豊かな森林を駆け巡る。魔法の直撃を受けた木は大きくその身を揺らし、身に付けた葉や枝を幾つか取りこぼしてしまう。


やはり詠唱があるのと無いのとでは、魔法の威力に雲泥の差がある事が理解できた。


(待てよ、それなら…)


俺は魔導書の目次を開く。この書物は『あらゆる初級魔法を網羅した』代物だ。だったら氷の初級魔法だってある筈だ!


「あった!


…冷たき白銀の力、我が手に集いて渦巻きて、研磨されし宝珠となれ!《氷球(アイスボール)》!」


掌を宙にかざしながら詠唱する。すると、さっきまで作れなかった大きさの氷塊が、レイラが指示した大きさの球が出現した!


「なるほど…『詠唱の力』があればちょっと難しい魔法も使えるようになるのか。」


落ちてきた氷の玉を両手で持ちながら、そんな感想をこぼす。


「その通り!

…と言いたいところなんだけど、『詠唱だけ』で高難易度の魔法が使えるわけじゃないよ。

例えば見習い魔女がいくら大魔女が使う魔法の呪文を唱えたところで、魔法を使う人に十分な魔力が備わってないと不発に終わるって事。」


そう言いながらレイラは俺の後ろに周り、肩をポンポンと叩いた。


「だから先ずは初級魔法を覚えつつ、魔力を鍛える方針かなぁ。

実は魔法って使えば使うほど、体内魔力の練度を高める事ができるんだ。

だから取り敢えず、ラルダにプレゼントした

『初級魔法指南書』に載っている、風と氷の魔法をマスターする事からはじめよう!」


肩を優しく叩きながら、師匠レイラは修行の方針を決めてくれた。『道のりは長いけど、頑張れ』と暗に励ましてくれているのだろう。


だが、ここで疑問が浮かび上がった。


「『呪文の詠唱』って魔法使いにとって、難易度の高い魔法を出す時の補助なんだよな?でも《氷球(アイスボール)》はレイラにとっては簡単な魔法だから、無詠唱で発動できたと。」


「まぁ、大まかに言えばそうだね。」


「じゃあさ、

レイラにとって、『詠唱』が必要な魔法ってどれぐらい凄い魔法なんだ?レイラが魔法の詠唱している所を見せてくれよ!」


目の前にいる少女は、少なくとも自分より遥かに腕の立つ魔法使いであり、恐らくこの世界で見てもかなりの実力者と考えられる。

なので、無詠唱で簡単な魔法をポンと出すのではない、本格的な詠唱を行った場合にはどんな凄い魔法が飛び出るのか。俺は自分自身の好奇心を抑えられずにいた。


「もう、しょうがないなぁ。

それじゃ、ちょっとコッチに来ておくれよ。」


そう言いながらレイラは、開けた場所に移動する。近くに樹木も切り株も無く、ある程度のスペースが確保された場所だ。

そこでレイラは深呼吸する。その後、魔女の帽子を目深に被り、詠唱を開始する。


「春を得難き蒼氷の薔薇よ、寒夜にて輝く藍の花よ。」


瞬間、周囲と気温が劇的に下がり、足元の草には霜が降りた。今は夏だというのに、太陽が高く昇っている時間帯だというのに、ここら一帯だけ真冬の大地と化していた。少女の冷静で凛とした声色そのものが、周りの空気や草を凍てつかせているかのようだった。


「汝、()の下に咲くは至難なれど、我が力を携えて凛と咲き誇れ!」


驚くことに、詠唱はまだ続いていた。先程のは詠唱の前半部分だったのだ!レイラの声が強くなるにつれて、辺りの温度は更に低下していく。


魔法の威力に驚いて、俺は半歩後ろに下がった。

すると、足元のから「パキパキッ」という何かが砕ける音が聞こえてきた。

瞬時に下に目線を向け、音の正体を確認した。

草だ。白くなっていたのは霜が降りたからではない。完全に凍りついていたのだ!俺がそれを踏んだことで、音を鳴らしていた。痩せ細った冬の雑草とは違い、さっきまで夏の日差しを浴びて自分の体内に豊富な水分と栄養を蓄えている。それ故に踏み砕いた音がハッキリと聞こえてきたのだ。


「《月下に咲き乱れし悲藍の大輪(ローゼンブルグ・フローズンブルーム)》!!」


詠唱の締めくくりに、レイラは魔法の名を高らかに叫ぶ。周囲を漂っていた冷気は、藍色の薔薇が咲く巨大な生垣に変貌した。まるで西洋の館にある、小道を挟んで庭を彩る花々のようだ。


俺は生垣に顔を近づけて、魔女が作った薔薇を観察する。花弁が一枚一枚ハッキリと形を成しており、葉や茎まで細かい造形がなされている。ここまで精密な造花を、しかも氷で作り上げるのは並大抵の技術では絶対に不可能だ。改めて、自分の召喚者の実力を見せつけられた。


「…とまぁ、氷の魔法を極めればこんな事もできるのさ。このレベルの魔法は、習得するまでちょっと大変だけど…一歩ずつ努力していけば、いつかは出来るようになるよ!」


魔女レイラは、天真爛漫な笑顔で嘯いてみせる。な〜にが『ちょっと大変だけど』だ。今の魔法は絶対に生半な努力では習得不可能だ。魔法に関して素人の自分でも断言できる。


だが、努力の成果の先に見える景色。それを最初に見せてくれたのは感謝してるし、同時に上手い教え方だとも思った。魔術の右も左も分からない転生者にとって、指針や目標となる物があるだけでありがたいし、やる気にもなる。

…レイラ程の魔法使いになれるイメージはこれっぽっちも湧かないが、師事する魔女が彼女で良かったと心から思う。

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