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第6話 魔女の秘薬と新たな名前、ラルダ

◇◆◇

ノックの前に深呼吸。

就活・転職時の面接で、何度も実行した精神安定法。しかし今回は、念入りに3回やってから扉を手の甲で叩く。


「レイラ、俺です。涼風凛人です。」


『お、来てくれたね。それじゃ、早速入ってきてくれ。』


ドアの中から、少女の声がする。随分とご機嫌な様子だ。

全身に緊張が走る。

俺はドアノブを握る手に力を籠め、恐る恐るドアを開ける。


なんてことはない、そこは工房だった。


部屋の棚には様々な色をした液体が入ったフラスコや、植物の葉やキノコが保管されている瓶が鎮座している。本棚には先ほどリビングルームで見たような分厚い魔導書が並べられている。壁には植物や蝶の標本がかけてあり、机には部屋を照らすランプと、いくつかの液体が入った瓶が置かれていた。


「これからキミにポーションを作ろうと思っていたんだ。それで、折角だし作っている所も見せてあげようと思ってね♪そうすれば、キミはこの世界のポーションについて知ることができるし、何より『出来たてホヤホヤ』を味わえるだろう?」


レイラは壁際に設置された、小さな(かまど)の前でこちらに微笑みかける。竈の上は小さめの(かま)…よくファンタジー世界の魔女が秘薬を調合するときに使う、黒い鉄製の鍋が置かれている。


窓から部屋に差し込む月明かりと、机の上で揺らめくランプの炎。その2つの幻想的な光が相まって、俺の目に映るレイラは正しく『魔女』という風貌だった。


「ポーションって…もしかして俺、体調不良なの!?」


「いや、身体はいたって健康さ。ただ、さっきの『氷魔法』が上手くいかなかったことが気になってね。」


そう言いながら、レイラは俺が立っている入口まで歩みを進める。


「あれは、キミの魔力が『正常に流れていない』ことが原因なんだ。偶にだけど、見習い魔女が陥る状態でね。魔力の流れがねじれていると、初級魔法でも上手く扱えないんだ。その状態で魔法を使い続けると、身体に毒だからね…。ま、そういうのはパパッと解消しちゃったほうが良いのさ♪」


そしてレイラは俺の手を引き、瓶が置かれた机の前まで連れてきた。


「さて、ポーションを作る際にはキミにも手伝ってもらうことがあるんだ。」


「分かった。具体的に何をすればいい?」


よくわからないが、これから作ってくれるポーションを飲めば魔法が安定して使えるようになるらしい。

とてもありがたいことだ。何を手伝うのかは分からないが、薬草のみじん切りでも塩揉みでも、なんでもするつもりだ。


「机の上に10本の瓶があるだろ?中にはそれぞれ、色が異なる『宝石』と『液体』が入っている。その中から、キミが『コレだ!』と思ったやつを選んで欲しいんだ。できれば深く考えず、直観に頼った選択をして貰いたいな。」


そう言われた俺は、改めて机に向き直る。なるほど、各々の瓶には液体に浸かった宝石が入っている。梅の蜂蜜漬けみたいだ。

色は赤、青、紫、緑などがあった。中に浸かっている宝石は、多分ルビーやサファイア、エメラルドやアメシストだろう。中には一際強い輝きを持つ瓶もあった。よく目を凝らすと、中に入っていたのはダイヤモンドだった。宝石店のショーウィンドウでほぼ全ての客の目を惹きつける、燦然と輝く豪華絢爛の宝玉だ。

だが、俺の目を惹いたのはダイヤモンドでは無い。青い月夜に照らされた、翡翠色の宝石瓶。蒼と緑のコントラスト。1番最初に机を見た時に、真っ先に目に飛び込んできたのがこの瓶だった。


「1番しっくり来たのは、この緑色の瓶だ。」


俺は机に置かれた瓶のうち1つを指差して、レイラに答える。魔女は一瞬、驚いたような顔をした。


「なんと、そう来たか…。これは少し面白くなってきたな♪」


何故かは分からないが、魔女は益々ご機嫌になったようだ。緑色の宝石瓶を手に取るとそのまま竈へ向かい、瓶の中身の液体をコポコポと釜に注ぎはじめる。


「それ、飲めるのか!?思いっきり宝石が入っていたけど?宝石って、中には人体に有毒なヤツもあるって聞いたことあるけど!?」


「心配はご無用さ。水を月明かりに3日間晒すと魔力を含んだ水、『ムーン・ドロップ』ができるんだ。そして、その中に宝石を入れて更に3日経ったのがこの『ジュエル・ドロップ』さ。月の魔力のお陰で、毒性も衛生面もバッチリ清潔になってるから問題ナシさ。そうそう、ついでにそこの棚から『ホタル茸』の瓶も取ってきてくれるかい?キノコの瓶の中で、光っている物が『ホタル茸』さ。」


どうやら、異世界には想像もつかない解毒技術や魔法薬が存在するらしい。俺は棚の中を捜索する。確かに一目で分かった。薄暗い部屋の中で、この瓶にあるキノコだけは自ら淡い光を放っていた。発光する不思議なキノコ入りの瓶を取り出し、工房の主へと持っていく。


「これで良いんだよな?念の為、ちゃんと見て確認して貰えるか?間違えてヤバい毒キノコとか渡してると洒落にならないからな…」


「心配症だな〜。でも、慎重になる事は悪い事じゃないよ。その気持ちは大切にしてくれたまえ。」


笑いながら瓶を受け取ったが、それでもレイラはまじまじと中のキノコを見つめて、キチンと確認してくれた。


「うん、大丈夫だ。キミが持ってきたのは間違いなく『ホタル茸』だよ。これを釜に入れて…あとは乾燥させて砕いた薬草をスプーン3杯、蜂蜜をスプーン1杯。最後に魔女の真心をスプーン5杯分ぐらい入れて、火にかければ…」


レイラは説明しながら、釜に材料いれて魔法で竈に火をつける。最後の『スプーン5杯分の真心』というのは…まぁ、ポーション作成における心構え的な物だろう。


材料を全て投入した後、レイラは時折釜をかき混ぜながら煮詰めていく。真剣な眼差しで、だがどこか楽しそうな表情で作業進めている。とても一生懸命に調合してくれているようだ。俺は部屋に入る前、少しでも不純な妄想をした自分を恥じた。猛省した。今すぐにでも額を床に擦り付けたくなった…。


しばらくすると、釜がグツグツと音を立てはじめる。大分煮たってきたようだ。

そして段々と煮えてくるに連れて、釜から緑色の淡い光が湯気と共に立ち上った。それはエメラルドの様な煌びやかさもありながら、蛍の光の様に優しくて繊細な輝きでもある。『鉄鍋の中身が光り出す』という奇妙奇天烈な事象さえも、この幻想的な翠色の湯気の前では些細な事だろう。


「後は出来上がったポーションをお玉で掬って、漏斗を使って瓶の中へ入れる。注ぎ終わったら最後の仕上げに、飲みやすい様に瓶を氷の魔法で適度に冷ませて…。

よし、できたできた!さぁ、飲んでごらんよ♪」


適温になったガラス瓶を、レイラは俺に差し出してくれた。

…レイラへの罪悪感は一旦忘れよう!俺のために、折角『真心こめて』作ってくれたポーションだ。俺が最優先でやるべきは、キッチリ飲んで『ごちそうさま』と言う事だ!意を決して俺は、幻想的に発光するポーションを飲み干した。ピーマンやゴーヤの様な風味を醸し出して、苦味はやや強い。それでも吐き出さずに飲めるのは、混ぜてある蜂蜜が味を中和してくれるからだ。


「割と苦いけど…思ったより飲みやすいな!ご馳走様でした!」


そしてまもなく、身体がとてもリラックスするのを感じた。全身から余計な力が抜けていく。そのまま深呼吸をして、更に心と身体を落ち着かせる。何故だろう?段々と部屋の空気が新鮮に感じてきたな…


「うんうん、これでキミの魔力は正常に流れる様になったよ。試しに、さっきの氷魔法をもう1回やってみてごらん。」


俺は先程と同様に、手のひらに意識を集中させる。一度は生み出せた氷だ。あの時、魔法が使えたその瞬間を、その時イメージした氷の冷たさを思い出す。

手の甲に水色の魔法陣が浮かび上がる。俺は右手を握りしめ、力み過ぎない様に念じてみる。


(…ッ、この『冷たさ』は!?)


手のひらを仰向けにして広げてみると、立方体の氷が出来上がっていた。奇妙な感覚だが冷たくはあっても、氷をずっと手に持っている時の『痛み』は感じない。これも魔力の作用だろうか?

そんな事を考えながら、氷を観察してみる…。どうやら先程の様に、すぐには溶けないようだ。そのまま、机の上に置いてみる。透明な立方体は、蒼い月明かりに照らされて輝いている。それでもなお、形を保っている。

これはつまり…


「今度こそ、成功って事…だよね?」


「その通り!おめでとう、リント!!」


やった!今度こそ俺は、魔法が使えるようになったんだ!!それは幻想・ファンタジー世界の住民権と言っても過言ではないだろう。この先異世界で生きていく事もできるし、レイラの助手としても何か役立つ物があるだろう。もしこの第一歩が、俺に魔法を教えてくれてポーションまで作ってくれたレイラの期待に、少しでも応えられたのなら幸いだ。


「…さて、魔法が使えるようになったキミには早速試して欲しい事があるんだ。」


そう言いながらレイラは、部屋の窓を開けた。涼しげな夜風が、部屋に新鮮な空気を送り込んだ。窓の外には森が広がっており、虫の音やフクロウの鳴き声が心地よい音色を奏でている。


「試して欲しいのは、風の初級魔法さ。ボクの見立てによると、キミには『風属性魔法』の適性があるんだ。」


「ん?でもさっきは、この『ホムンクルスの身体に』適性があるのは『氷魔法』って言ってなかったか?」


「確かにそうだけど… リントが選んだジュエル・ドロップの事を思い出して。実はあの液体は、魔力の適性を占う心理テストも兼ねていたんだ。氷の魔法に1番の適正を持つ人間は、全員が『ダイヤモンド』を選ぶ。でもキミが選んだのはエメラルド…『風の魔法に向いている者』が手に取る代物さ。これはボクの推論だけど、どうやらキミは『肉体』と『精神』で魔力の適性が異なるみたいなんだ。

そんなキミの『心』がこの瓶を選んだ以上、風を操る魔女にだってなれる筈さ。

まぁ、取り敢えずやってみておくれよ♪」


笑顔でそう言いながら、少女は1冊の本を開いて手渡してくる。それはリビングルームで見たのと同じ、初級魔法専門の魔導書だった。


本を左手で受け取り、開かれたページの内容を確認する。先ほど見つけた風の初級魔法、《突風(ガスト)》が書かれているページだった。

そして…そこに書かれている内容を改めて読み込んでみる。


初級魔法故に簡潔な魔法陣、詠唱する呪文を読み解く。そして風の魔法において最も意識するべき重要項目が、『周囲を流れる空気・辺りを駆ける風の動きを肌で感じる事』だと把握した。


夜風が吹き込む窓に向かって、俺は右手を差し出す。山で遭難した人間が風向きを調べる時、指に唾をつけて判断すると聞いた事がある。

そして今俺の右手は、先ほど使った氷魔法のお陰で十分に濡れている。それによって、太陽が沈んだ後の『涼しげな空気』を、木々の合間を縫ってマイナスイオンを運んでくる『風』を、普段以上に意識して感じ取ることができている。

俺は目を閉じて、差し出した手に意識を集中させる。外からの夜風と部屋の中の空気の流れ。その小さな2つの気流を感じ取り、右手に魔力を込める。すると、手の甲には魔法陣が浮かび上がった。恐らく、魔導書に描かれたのと同じもの。先程の氷魔法では水色だったが、風魔法を扱う今回は緑色に光っていた。


「地を駆る風よ、我が手中に集いて吹き荒べ!

突風(ガスト)》!!」


手に集めた魔力を、一気に放出させる。

瞬間、森が騒めきはじめた。窓の外にある木の枝からは突風により、葉が何枚か飛んでいってしまう。枝に止まっていた梟は驚いて何処かへ羽ばたいて行ってしまった。


「手から風が…これが、風の魔法…!」


「その通り!そして、リント。これでキミは立派な『見習い魔女』になったわけだ。ボクの研究も、益々捗りそうだよ♪」


「『見習い魔女』か…。なら、レイラの助手を務めながらもっと修行を積めば、もっと凄い魔法が使える魔女になれるって事か?」


「うん。というより、『異世界人の魔法適性』も研究の一環だからね。魔女の修行だって、立派な助手としての職務さ。ある程度の魔術はボクが教えてあげるから、存分に励んでくれ給え。」


「本当か!ポーションの事もそうだけど、色々ありがとう、レイラ!

あと、もう一つお願いしたい事があるんだけど…」


そう言いながら、俺は部屋にある鏡の前に移動する。


「この世界で第二の人生を送る訳だし…新しい名前が欲しいんだ。もう涼風凛人は死んだ訳だし、身体も声も性別も違うわけだろ?それなのに、『凛人』を名乗るのはどうしても違和感があるんだ。あと、この世界でこの名前は馴染まないだろうし。」


名付けてくれた両親には悪いが、これが今の本音だ。鏡に映る金髪のエルフは、確かに『自分』ではある。だが、それが現代社会を生きてきた『涼風凛人』とは思えない。中途半端に以前の名前を名乗るより、いっそ第二の人生に相応しい『第二の名前』を付けてもらいたいのだ。


「名前…名前かぁ…。その願いは予想外だけど…う〜ん…。」


異世界人を召喚した稀代の魔女が、初めて難しそうな顔を見せる。


「なら、キミが選んだ宝石に因もう!キミの名前は今日から『ラルダ』だ!『エメラルド』から取った名前。キミの翠緑の右目にも似合う名前だと思うな。」


『ラルダ』。それが俺の新しい名前。

その名前は俺の中でとてもしっくり来て、心地良い響きだと感じた。


「重ね重ねありがとう、レイラ。改めて、これからよろしくお願いします。」


俺は少女に重ねて礼を述べた。


「こちらこそ、これからよろしくね。あ、それと…」


レイラは俺に歩み寄ると、耳を貸すようにジェスチャーしてきた。俺が屈んで、レイラの耳打ちを聞くと…


「キミが部屋に入る前に『期待してた』事は、もうちょっとボクらの関係を深めてからだね♪」


反射的に俺は飛び退いた。何処までお見通しなんだ、この魔女は!

蒼い月光の中で微笑むレイラは、少女らしいあどけなさと魔女らしい妖艶さを醸し出しており、益々底の知れなさを俺は実感させられたのだった…。


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