第4話 祝杯と異文化交流
「ところで、貴女…レイラさんの事は何て呼べば良いのですか?」
俺は今更ながら、今後色々お世話になる少女に対して質問をする。
「普通にレイラで良いよ。あと、別に敬語とかじゃなくて大丈夫だから。」
「でも、立ち位置的には俺が召喚された使い魔で、レイラが召喚者なわけでしょ?」
「そっか、リントが召喚獣…そこまで考えてなかったな。ボクは研究対象としてキミを呼んだだけで、無理に使い魔として振る舞わなくて平気さ。
…まぁ、キミがどうしてもって言うんなら?フリルがいっぱいついたメイド服を着て、ボクの事を『ご主人様♡』と呼んでくれても良いけど?」
レイラはニヤニヤと笑いながら言ってのけた。
「悪いけど…流石にそこまでする気にはなれないな」
「ん〜、残念!ま、これから色々協力して貰う訳だけど…異なる世界の交流、その第一歩として記念に祝杯をあげようじゃないか!」
レイラは空中に杖をかざす。そのまま空中に魔法陣を描くと、中から奇妙な果物が沢山入ったカゴが出現した。
「この形は…リンゴか?」
果実の形は、元の世界で慣れ親しんだリンゴだ。だが、色が赤でも緑でも無い。虹色だ。
「これは『季節リンゴ』と言う果物さ。普通はエルフの里にしか実らない、珍しい木の実でね。
ボクが研究の一環で、この家の裏庭で人工栽培に成功させたのさ♪」
自慢げに話す魔女は、カゴからその『季節リンゴ』とやらを取り出して手渡してくれた。
「ん?リンゴにしては柔らかくないか?」
「今の季節だと、リンゴより桃に近いかな〜。季節リンゴは一年中ずっと実が取れる代わりに、その季節によって様々な果物の味や食感に変化するんだ。今は夏だから、桃の味がする筈だよ。齧ってごらん。」
「…じゃあ、頂きます。」
レイラに勧められるがままに、虹色の果実に齧り付く。名前の通り、皮の食感は確かにリンゴだ。だがそれ以外は、果肉の柔らかさも、溢れ出る果汁も、繊維の歯触りさえも『桃』であった。
「確かにリンゴってより桃だけど…これ凄く甘いな!」
摩訶不思議なフルーツではあるが、味はとんでも無く絶品だ。濃厚な甘味と潤沢な果汁は、自分の世界で味わった物を遥かに上回る美味さだ。しかも、濃厚な味ながら全くしつこさを感じない。
異世界の果物は皆、現代社会の物より遥かに美味しいのだろうか?ひょっとすると果物以外にも、野菜や肉まで極上の味を携えているかもしれない。そんな期待に胸を膨らませる。
「気に入ってくれて何よりだよ♪やっぱり異郷から招待した客人には、この世界特有の食文化に触れて欲しいからね。」
「これ、季節ごとに味が変わるって事は…秋には梨とかブドウ…春にはイチゴとかの味に変わるのか?」
「そうだね。あと、冬には普通のリンゴ味になるよ。もっとも今の反応から推測するに、キミがいた世界のリンゴよりもずっと美味しいだろうけどね。
さてさて、この季節リンゴ…次は異郷の文明と融合させてみようか!」
レイラはそういうと、テーブルの上に置かれた箱を開けた。中からは見慣れた電化製品、ミキサーが取り出される。備え付けられた容器の中に、異世界の果物が次々と放り込まれる。
「いや、待ってくれ。電気…動力源はどうするんだ?」
さっきから気にはなっていた。恐らくコンセントが存在しない世界で、何故電化製品が動くのか?まぁ、多分異世界ならではの解決法だろうけど。
「それは全部魔法で解決さ。魔法の杖に電気を帯電させて、金属の出っ張りを杖に触れさせれば…」
プラグが杖に触れると、バチバチと音を立ながらもミキサーは起動した。そのまま、虹色の果実を粉砕していく。
七色に輝いているのは皮だけで、中身は白桃そのものだ。故に容器は、真っ白なジュースで満たされていく。
「最後にガラスのコップに注いで…と。さぁ、キミにとっての『異世界ジュース』の完成だ。これで乾杯といこうじゃないか♪」
「えっと…じゃあ、遠慮なく。」
ご機嫌な魔女にやや気持ちで押されながらも、互いのコップを鳴らして果汁を飲み干す。
美味い。
果実の段階で余りにも味が濃厚だったのだ。それをバツグンの喉越しと共に腹へ流し込む、これほど贅沢な飲み物があるだろうか?
「まだまだおかわりはあるよ〜。それと、こうやって氷を入れると冷たくなって美味しいよ。」
レイラはコップの上で拳を握る。すると、手の甲に小さな魔法陣が浮かび上がる。彼女が手を広げると、魔法で作られた氷がジュースの中へ落ちる。
「さぁ、君もやってごらん?」
待て待て、レイラが俺のコップに氷を入れてくれるんじゃないのか?
「『やってごらん』って言われても…俺魔法なんて使えない現代社会の者なんですが…?」
「確かに『キミは』異邦の者だ。でも、『キミの身体』、つまりボクが作ったホムンクルスには魔力を扱える基礎能力が備わっているのさ。」
そういうと、レイラは俺の手を取った。
「魔法のコツはね…一言でいえば『イメージする事』なんだ。例えば炎の魔法だったら、触れた時の『熱さ』や冬の暖炉で感じた『暖かさ』、肌で感じた『炎の力』を思い出してイメージする事が大切なんだ。」
細く小さな指で俺の手のひらをさすりながら、少女は魔法について教えてくれる。
「逆に氷の魔法だったら、触った時の『氷の冷たさ』がポイントだね。肝心なのは、ぼんやりと『冷たい』っていうイメージだとダメって事さ。」
「どうして?氷と言ったら冷たいモノだろ?」
「『冷たさにも色々ある』って事さ。例えば山奥に流れる小川の水も、夜露に濡れた石も冷たいモノだ。でも、どちらも氷のソレとは全く違う。氷を触った時に感じた温度が、氷魔法の基本となるんだよ。
試しに…ちょっとおでこを貸してくれるかい?」
そういうとレイラは俺の前髪を掻き分けて、額に氷を押し当てた。
「冷たッ!?いきなり当てないでくれよ、びっくりしたわ!?」
「あはは、ごめんごめん。でも、今の冷たさをイメージするんだよ。キミの手に冷気がどんどん溜まっていくのを想像してごらん?」
俺は教わった通りに、自分の手に意識を集中させる。氷の温度、冷たさを、その感触を思い描く。
するとレイラと同じように、手の甲に小さな魔法陣が浮かび上がった!!
「わっ、わっ、本当に魔法陣が出てきた!しかも、なんか手が冷たい!」
「落ち着いて、そのまま冷気を握り締めて塊を作るんだ。キミがイメージした氷の形を、強く思い浮かべて…よし、手を離して!」
レイラの掛け声に合わせて、手を広げる。
すると中から正方形の氷が滑り落ちた。力を入れ過ぎたせいで、コップには入らずテーブルの上に落下してしまった。
…だが、確かに!
今、俺は!
正真正銘、本当に「魔法」を使ったのだ!!
無から氷を産み出す、摩訶不思議な力を手にし、それを使うことができたのだ!
しかし、その感動を噛み締める事は出来なかった。何故なら…
「ああっ、氷が溶けてる!?」
俺が魔法で作ったのは、ファミレスのドリンクバーにある氷と同じくらいのサイズだ。テーブルに落ちた時には、十分な大きさと強度を有していた。溶けるまでには、十分時間がかかる筈だ。それなのに、俺が初めて発動した魔法の氷は、テーブルに溢した水に成り下がってしまったのだ…