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第3話 魔女とホムンクルス

「さてさて、そろそろ落ち着いてきたかな?」


部屋に少女の…というより俺の絶叫が響いたから、少しの時間が経った。

自分の身に何が起こったのか飲み込めないまま、流されるままに、俺はあれよあれよという間に着替えさせられた。

まぁ、あのまま全裸でいるよりは遥かにマシだ。麻で作られたこの白いショートドレスに身を通した俺は、少しでも前向きに考える事にした。


「さてと…多分キミには、ボクに聞きたい事が山の様にあるんじゃないかな?」


「当たり前だろ!?一体全体、何が起こっているんだ?何故俺はエルフになっている?俺は会社から家に帰る途中だった筈だ!?アンタもエルフなのか?その格好は魔女なのか?さっき、俺を『この世界』に呼んだって言ったのは!?」


「まぁまぁ、全部いっぺんに話すのは無理だから、ひとつずつ質問に答えていくよ。

それに…客人を立たせとくのも忍びないし、こっちに座ってお茶でも飲みなよ。」


レイラはそう言いながらテーブルの方へ赴くと、こっちに来るよう手招きする。

中世ヨーロッパを思わせる木製のテーブルには、既にティーポットとカップ、他にも様々な雑貨が用意されている。


確かに、矢継ぎ早に質問しても良くない。状況が状況ではあるが、流石に慌て過ぎた。何より、突然の出来事で精神的に疲れて切ってしまっている。まずは少しでも休んで、冷静になる事が大切だ。


俺は魔女の歓迎を受ける事にした。木製の椅子にゆっくりと腰掛ける。丈夫だが、座り心地はバツグンだ。


「さて…早速本題に入るけど、キミはボクが召喚したんだ。既に『魂』となってしまったキミをね。」


「『魂』って…俺は死んだって事なのか!?」


「実際にキミが死ぬ瞬間を見たわけじゃないけど、さっきのボクの魔法は『異世界に漂う魂』を呼び寄せる物なんだ。生きてる人間は召喚できない。それに、どんな最期を遂げたのかはキミ自身が知ってるはずじゃ無いのかい?」



『お前は死んだ』と他人に言われて、俺はようやく思い出した。いつも通る最寄駅の繁華街、飛び込んでくる暴走トラック、迫るヘッドライト…


「…ッ!!」

死ぬ直前の光景がフラッシュバックする。頭痛により、俺は思わず頭を抑えた。思い出すのはもう止めよう。気分が悪くなる。


「大丈夫?…ごめん、自分が死んだ時なんて思い出したくは無いよね。」

少女はティーカップに紅茶を注ぎながら、申し訳無さそうな表情で俺を気遣ってくれた。


「あ…うん、大丈夫だよ。ありがとう。」

差し出された紅茶を口に運ぶ。慣れ親しんだ紅茶の甘味と渋味が口いっぱいに広がる。良かった、味覚は生きている。


「さて、次にキミは『この世界』について聞きたいようだね?」


「そう、そうだよ!さっきから召喚魔法だの、いきなり女の子になってるだの、普通じゃあり得ない事が起きまくってる!

これじゃ、まるで魔法の世界みたいじゃないか!?」


「『みたい』じゃなくて、この世界では魔法が普通に存在しているんだ。『異世界語』…キミが居た世界の言葉でいう『剣と魔法(ファンタジー)の世界』ってヤツさ!

ほら、『論より証拠』さ。見ててごらん!」


レイラは小さな杖を取り出し、空中を撫でる。すると突然、握り拳サイズの火の玉が出現した。


「さっきランプに灯したのも、この火炎魔法さ。もっとも、ボクは氷魔法や植物魔法の方が得意だけどね♪」


眼前の魔女はイタズラっぽく笑うと、パチンッと指を鳴らす。同時に、炎が弾けて消滅する。そして、さっきまで炎が舞っていた場所からは氷が出てきた!


「こ、今度は氷の魔法…!しかも、中に何か入ってるぞ!?」

「コレは只の球根さ。そして…魔女が杖を振ると、あら不思議!…ってね♪」


まるで手品師のようなナレーションを入れながら、氷に杖で呪い(まじない)をかける。

すると、氷に閉じ込められた球根は次第に膨らんでいく。氷を突き破って芽を出し、見る見るうちに茎を伸ばし、なんと花まで咲かせた!


「どうやらキミの世界には魔法そのものが無かったみたいだけど…どう?信じてくれたかい?」


信じるも何も、目の前で見せられたら信じるしか無い。ここまで懇切丁寧に実演してくれたのに、目の前の現象を『非現実・非科学的だ!』と吐き捨てるほど俺は馬鹿でも非常識でも礼儀知らずでもない。


「じ…じゃあ、次の質問だ!俺は何で女の子になってるんだ?さっき、貴女は『魂を召喚する魔法』を使ったと言ってたよな?何で肉体があるんだ?もしかして、俺がこの女の子に取り憑いているのか!?」


「ん〜、半分は正解かな。でも、多分キミが考えてる『自分は生きてる人間に憑依してる』っているのは違うよ。そのもう半分が不正解。

キミの身体は、元々ボクが魔法の研究用に開発したホムンクルス…人造人間ってヤツさ!」


ホムンクルス…ゲームやファンタジー漫画で聞いた事がある。それは錬金術師が人工的に作る生命体で、中には生まれつき魔法や超能力といった特殊な力を持つものも居る…という設定が多い。


「でも、そのホムンクルスは身体だけ。意識も魂もない、器だけの存在さ。そういうのを魔術で人工的に作るのは、まだまだ研究途中なんだよね〜。ま、その方が色々投薬実験とかやり易いし。一長一短かな?」


「そっか…ちなみに、何で…その、体型が『コレ』なんだ?」


俺は手で自分の身体…頭から胸元までを、指差しながら尋ねてみた。実験用というなら、ここまで繊細な顔立ちや豊満な胸部にする必要はあったのだろうか?


「んー…ぶっちゃけて言うと、『モチベーションの維持』かな?男の身体を弄ってもつまらないし、研究ってどうしても地道なトライアンドエラーの積み重ねだからね。どうせ研究するなら、やっぱり『ボク個人の好み』が反映されたホムンクルスを使いたいなって。」


成程…なるほど?


「ところで…さっきから普通に会話が成り立っているけど、異世界でも日本語って通じるのか?」

今更ながら疑問を口にする。


「あぁ、言語の話か。そりゃ、この世界で普通に会話できるように、召喚時に知識が与えられてるのさ。キミだけに限らず、召喚魔法は『呼び出された環境にある程度適応できる能力』が自動的に備え付けられるんだよ。」


「そういうものなのか?」


「うん。例えば、温暖な環境で暮らすモンスターを雪山で召喚しても普通に生活できるし、魚とかヒトデの水生モンスターを乾燥した陸地に召喚しても、すぐさま窒息や乾燥で死ぬわけじゃないよ。だって、『魚のモンスターを召喚しました。でも陸ではエラ呼吸ができません。はい、死にました』だと、マヌケも良いところだろ?」


確かにそれはおっしゃる通りだ。そしてどうやら、世界を跨いで召喚された者には『言語能力』が『環境への適応能力』として授けられるらしい。具体的な仕組みは分からないが、一旦は「そういうもの」として受け止めておこう。


「それじゃ…最後にもう一つだけ、質問良いか?」


「どうぞ、どうぞ。何でも聞いてくれ給え。」


「貴女…レイラさん…は、どうして俺を呼んだんだ?何のために、異世界の人間なんて召喚したんだ?」


実際のところ、これが1番重要な質問だ。さっきの炎→氷→植物の魔法お披露目コンボやエルフのホムンクルスを作成した事を踏まえると、目の前にいる魔女は相当の実力者と考えられる。そんな彼女の目的は何だ?


強い使い魔が欲しいなら、それこそドラゴンや悪魔とかを召喚すれば良い。だが、自分は極々平凡な社会人。一体何の用途がある?実験用のモルモット…あるいは、『生贄』とかも考えられるんじゃないか…?といった最悪のケースが、頭をよぎる。


仮にそういった理由でなくとも、もし召喚された『使い魔』としての俺が彼女の期待に応えられなかったら?この見知らぬ世界で1人捨てられる、なんて事もあり得るのではないか?魔法が普通に存在する世界に身体1つで放り出された場合、待ってるのはほぼ確実な『死』であろう…。自分が置かれた状況が理解できるにつれて、より大きな不安が襲いかかってくる…


「クッ、クッ、クッ…。よくぞ聞いてくれた、異邦の客人よ!そう、キミは選ばれたのさ!『異世界研究』の協力者…稀代の研究の助手にね!」


『その質問を待ってました!』と言わんばかりのハイテンションで、レイラは椅子から立ち上がり、高らかに言ってのけた。


「まぁ、先にボクの「宝物」を見てもらった方が良いかな?

さぁいでよ、『空飛ぶ鉄籠(ヘリコプター)』!!」


レイラが高らかに叫ぶと、部屋の奥から風切り音と共に何かが飛来してくる。

それは元々の世界では見慣れた物。部屋で飛ばす、小型ヘリコプターのラジコンだった!


「なッ!?何で異世界にラジコンがあるんだよ!?」


「ふむふむ。その反応、やはりキミはこの機械と同じ世界の出身か〜。なら、これも知ってるよね!」


レイラが指をパチン、と鳴らす。今度も聴き慣れた、だがファンタジー世界には似つかわしくないモーター音を響かせながら、黒い円盤が地面を這いずり回る。


「ルンバまであるのか!?何で、電化製品が異世界に!?」


「この世界にはね、別の世界の物が時々迷い込んでくるんだよ♪ボクはこうして、流れついた物を集めるのが趣味なんだ。だって、見たことも無い世界を知ろうとしたり、思いを馳せるのってステキな事だと思わない?いわゆる、ロマンってヤツさ!」


俺は大きく頷いた。それは大いに理解できる。そしてそれは、多くの人間が潜在的に抱える気持ちだろう。俺が元々居た世界に、ファンタジー作品や異世界小説が溢れかえっていたのが何よりの証拠だ。


「そして…ボクの興味関心は異郷の技術だけじゃなくて、やがては『人』へと移るようになったのさ。キミが居た世界には魔力が存在しなかった。

そんな世界には絵筆一つで世界を魅了した男がいた。木組みの鳥で空を飛んだ兄弟がいた。誰もが手を伸ばす夜空の月へ、あらゆる技術と叡智を結集させて足を運んだ冒険者が居た…

キミ達『異世界人』はボクらの世界では、想像もつかない事をやっているんだよ。

もちろん、今挙げたのは世界の中でも上澄みの上澄みって事は知ってるさ。でも、魔力の存在しない世界。そこで生まれた技術やそこでの生活。そして、異なる世界の住民はどんな思考をしているのか…少し考えただけで、好奇心が泉のように湧いてくるってもんさ!そして更なる探究を進める第一歩として、キミをこの世界に召喚したって事さ。

さて、キミの質問にも粗方答え終わったし…そろそろキミの返事を聞こうか?キミは、ボクの研究に付き合ってくれるかい?」


改めて、レイラと名乗った魔女が質問してきた。正直言って不安はある。全く見知らぬ世界で生きていけるだろうか?それに、自分が死んだとはいえ今までの世界に別れを告げる事に少し迷いがあった。未練だって無いわけじゃない…


だが、一方で…「この世界で生きてみたい」とも考えていた。普段の生き方をしていたら決して行く事が出来ない世界。剣と魔法の、夢のような世界。そんな場所から、魔女は俺に招待状をくれたのだ。だから、折角の2度目の人生を与えられた身として、俺は答えた。


「分かりました、よろしくお願いします!それと…今まで乱暴な口の利き方して、すみませんでした。」


今までの問答は、実質自分を生き返らせてくれた人間に対する口調では無かった。いくら混乱していたとはいえ、無礼を働いた事は謝罪しなくては。


「大丈夫さ。状況が飲み込めない時に、口調とか気にする余裕なんて無かっただろうし。ボクは気にしてないよ。

それより…まだキミの名前を聞いていなかったね。教えてくれるかい?」


「えっと… 鈴斗(りんと)涼風(すずかぜ) 鈴斗(りんと)と言います。」


「ふむふむ、リントと言うのか。分かった!よろしくね、リント!」


そう言うと、目の前の少女は手を差し出した。俺はファンタジーの世界で、魔女と固い握手を交わしたのだった。

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