第二話 再誕
ゆらり、ゆらり。
俺は今、暖かい水に包まれている。体温と同じか、或いはほんの少しだけ高いぬるま湯だ。熱すぎず、冷たすぎない、丁度良い温度、仰向けで心地良い浮遊感だ。胎児が母親の中にいる時というのは、こんな感じなのだろうか?
(ん…うぅ…)
ここは何処だろう?俺は会社からの帰宅途中だった筈だ。俺はいつの間にか寝ていたのだろうか?自分の身体を必死に起こそうとする。だが、思うように動かせない。
「…ッ!もしかして、起きた?目が覚めたのかい!?」
少し遠くで、女性の声が響いた。
俺は一人暮らしの極々一般的な社会人、名前は涼風 鈴斗。同居人…ましてや女性との同棲などには、全く縁の無い20数年余りの人生を送っていた。
どうやら、誰かが俺を介抱してくれてたようだ。余りの眠気に、何処かで寝てしまったのだろうか?
何処でだ?
今、「水の中にいる」と思っていたが、これは夢か?まだ家には着いていないし、自宅なら女の人の声がする筈はない。
少しずつ意識が覚醒する。
肌に触れる液体の感覚は本物だ。これは現実だ。という事は…今、俺は溺れているのか!?いつの間にか、川にでも落ちたのか!?
「ああ、大丈夫!今、薬液を抜くから。その後でゆっくり深呼吸してね。」
またしても女性の声がした。その声が響いてすぐに、ゴボゴボと音を立てながら身体を包み込んでいた液体の水位が下がる。
「ハァ…ハァ…スゥ〜」
全身が空気に触れた段階で、俺は言われた通り深呼吸をする。溺れていた割には、息苦しくは無い。水が排出され、浮力が無くなった事で身体は確かに重くなったが、それだけだ。身体の感覚にやや不自然さを感じるが、不思議と疲れ切ってはない。
ガチャン、といきなり目の前で金属音がした。扉の音らしい。どうやら、俺は金属製のカプセルの様な容器に入っていたようだ。映画とかでみた、潜水艦の脱出カプセルみたいだ。最も、映画とは逆で内部の方が水浸しだが。
外に出ろ、という事だろう。全く状況が飲み込めず、自分の身に何が起こってるか分からない。どうやらカプセルの扉は開いたようだが、視界はまだ薄暗い。正直に言って外に出るのが恐ろしいが、このまま籠ってる訳にもいくまい。仰向けになった体を起こし、意を決して外へ足を踏み出した。
暗くて分かりづらいが、目の前に誰かがいる。状況的に、先程声をかけてくれた人だろう。そして、その人物が、俺をこのカプセルに閉じ込め、謎の液体に漬け込み、そして…
「そしてこのボク、レイラ=ユグドラシルこそが!キミを『この世界』に召喚した、『稀代の魔女』って訳さ!」
ボウッと音がして、部屋に明かりが灯る。
炎だ。今どき電気でなくガス製のランプとは、中々珍しい。
が、そんな事はどうでも良い。目の前にいる少女の姿に比べれば、だ。
炎に照らされて、先ほど『レイラ』と名乗った少女の姿が明確になる。確かに紺色の帽子を被り黒いマントを身につけるその姿は、まるで絵本から飛び出した魔女そのものだ。
だが、白雪姫や人魚姫に出てくる様な、妙齢の老婆ではない。身長は150cmぐらいだろうか?小学校高学年から中学生程の背丈。顔立ちも身長相応に幼さを残し、眼鏡の奥にある水色と金色のオッドアイからはあどけなさと好奇心溢れる視線が送られる。そして、彼女の『耳』…ウェーブのかかった水色のショートヘアーから、ピョコン、と飛び出したソレは、人間のものでは無い。生えてる位置は人間と同じ場所だが、長くて尖っている。彼女は妖精か、或いは『エルフ』という種族では無いだろうか?
「あ、貴女は一体…?俺を呼んだって、どういう…」
『どういう事なんだ?』と質問する、つもりだった。だが、彼女への質問より先に、今自分の身に起きている異常事態に気を取られてしまう。
まず、今口から出た『声』は俺の物ではない。いや、勿論自分で言おうとした言葉だから、紛れもなく俺の口&声帯から発した言葉であるはずだ。だが、部屋中に響いたのは『少女の声』だった。
次に、身体の異常だ。さっきから妙にバランスが取りずらいとは思っていた。特に胸部に違和感がある。ずっと重りを付けられてるみたいで、肩への負担が半端ではなかった。恐る恐る自分の胸に目をやると…そこには男の身体では絶対に存在し得ない膨らみがあった!
「なッ?え、あぁッ!?」
頭が混乱する。何が起きている?今自分の身に起きている非現実的な事象に、頭が、思考が、脳が追いつかない。
「まぁまぁ、戸惑うのは分かるけどさ。取り敢えず、君の状況を確認するために、コレを使いなよ」
目の前にいる魔女は、いつのまにか姿見を用意していたらしい。全身が映る鏡を使って、己の状態を確認する。
目の前に映るのは、どこにでもいる普通の日本人男性。髪が黒くて眼鏡をかけていて、寝不足気味のクマが目立つ、平均体重より若干細めな風貌…では無かった。
肩甲骨まで伸びた金色の髪。充分な潤いと艶ときめ細やかさを携えた白い肌。サファイアのように輝く水色の左目に、エメラルドを彷彿とさせる翠色の右目。髪からはみ出した細長い耳。そして、胸部に実るたわわな果実。
次に下半身に目をやる。毛が一本も生えてない、すらりと伸びたしなやかな足。そして股間には、普段存在しているはずのモノが無い。
鏡に映る俺の姿は、一糸まとわぬ金髪美少女エルフになっていた。
「…」
俺は無言のまま頬に手を伸ばす。鏡に写る美少女もまた、自らの頬に手を伸ばす。その細い指で、軽く抓ってみる。指に触れた肌の感触も、頬の肉が引っ張られる感触も、紛れもない『現実』の物だ。
「…………」
手は顔を離れ、そのまま下へ向かう。吸い寄せられるように、胸部でその実りっぷりを主張する魅惑の果実の元へ。指を大きく広げ、てのひら全体で優しく、包み込むように揉む。
「…ッ!」
とてつもない歓喜と困惑と驚愕とが、同時に俺を襲う。指を限界まで広げても覆い尽くせない程に豊満な双丘は、押しつけた手の衝撃を優しく吸収する。母が子を抱きしめるように、女神が天使を両腕で包み込むように、乳房に沈んだ俺の指を甘やかす。
おっぱいに触れた感触も、揉まれた感覚も、おっぱいが指を押し返す反動も、紛れもなく本物だ!現実の感覚だ!
「な、何がどうなってるんだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」