14話 ラウンドダイル討伐
「凍える冷気よ、指先に凝りて白銀の弾となれ!《氷弾》!」
少女の凛とした詠唱が、森に響き渡る。
それとほぼ同時に、氷の弾丸が巨大ワニの顔面に命中した。
「!?
もしかして…ラルダ、アンタなのか!?」
追われていたリヒトは、声のした方角を見る。
確かにそこには、水色と翠色の眼で敵を見据えるエルフの少女が立っていた。
「リヒト、止まっちゃダメ!走って!!」
ラルダは青年に向かって叫ぶ。
《氷弾》は命中こそしたが、ダメージになっていない。
眼球を狙ったのだが、着弾地点が10センチ程ずれてしまった。故に、ワニの硬い鱗が氷魔法を難なく受け止めてしまったのだ。脅威は依然、残ったままだ。
ラルダの叫びを聞き、リヒトは再び全力で走り出す。ラウンドダイルは攻撃が飛んできた方向を数秒、見つめていた。ラルダとの間にはまだ距離がある。それを認識した巨大ワニは、追っていた狩人に再度向き直る。
だが、それだけの時間が稼げれば十分だった。
「届け、《樹木精霊の蔓》!」
無詠唱で発動したレイラの植物魔法が、瞬く間に狩人リヒトを絡め取る。そのまま猛スピードで手繰り寄せ、ラウンドダイルから距離をどんどん離す。
「ここはボクとラルダに任せて、キミは村にこの状況を知らせてくれ!このラウンドダイル、大きすぎる!『変異個体』だ!」
そのまま蔓がリヒトを雑に放り投げる。が、狩人は難なく着地する。
「…ラルダは!?アイツは大丈夫なのか!?」
「ああ、大丈夫!ここはボクらに任せてくれ!」
「…すまねえ、恩に着る!
狩猟団の皆を連れて、すぐ戻ってくるからな!」
リヒトはアルフ村目掛けて、全速力で走り続けた。
「さて、ラルダ!キミも蔓に掴まれ!一旦、森の中に逃げる!」
金髪のエルフは頷くと、自分の方に伸びてきた深緑の命綱を握りしめる。2人のエルフは身を隠すため、森の木々の中へ飛び込んでいった。
◆
(さて、どうにか隠れる事はできたね…)
レイラは小声で話しかける。俺達は木の上に登り、地面を悠々と闊歩するラウンドダイルを見張っていた。
(何だあの巨大ワニ!いくら何でもデカすぎないか?)
(ラウンドダイル…ワニの魔物さ。普段は水辺で暮らしているけど、冬眠前後には大量の餌を求めて地上にもやってくるんだ。普通のワニより、陸地での活動範囲も広めなんだけど…)
レイラは一度言葉を区切り、もう一度巨大な爬虫類を見つめた。
(あそこまで大きいのは今まで見た事がないな…。あれは多分、『変異個体』だと思うけど。)
(その『変異個体』ってのは何だ?)
(同じ魔物の中でも、ごく稀に巨大な個体が誕生する事があるんだ。それが『変異個体』、要するにイレギュラーなレア物さ。)
どうやら、滅多にお目にかかれない大物とエンカウントしたらしい。
スライムや野ウサギとかの倒しやすい獲物なら良いが、元々強そうな魔物の、更にデカブツときた。余りに手強そうだ。
(レイラ…どうする?放っておくと、この前のクレイズ・ボアーみたいに死傷者が出るぞ?)
(うーん…そうだね。リヒトも無事に逃がせた事だし、取れる選択肢は3つかな。)
エルフの魔女は冷静に対処方針を伝えてきた。
(まず一つ目、リヒトの帰りを待つ。アルフ村の狩猟団全員で挑めば、どうにか倒せる筈だよ。)
(でも危険じゃないか?)
(大人数で一斉に弓矢を放てば、魔物の意識も分散するさ。まぁそれでも、怪我人や犠牲者が出る可能性もゼロではないかな。)
これが一つ目の方針…確かに人員を増やすのは手段としてアリだ。
(続いて二つ目。ボクがラウンドダイルをやっつける。これが1番確実で手っ取り早いかな。)
(それが最適解じゃないか?レイラなら手こずる事なく倒せるだろ?)
(でも、今は豊穣祭のイベント中だ。参加者でないボクが大物を仕留めちゃったら、盛り上がりに水を差す事になる。
…だから、3つ目の選択肢さ。)
エルフの魔女は顔を更に近づけ、俺の耳元で囁いた。
(『キミ自身』が倒すんだよ、あの巨大なラウンドダイルをね。)
(はぁ!?何でそうなる!?)
(だってその方が祭も盛り上がるだろ?あの大きさなら、狩猟グランプリ優勝は間違いなしだ。キミは優勝賞金を手にして、村の皆で珍味のワニ肉を食す。そして、ボクはキミの実力を認めて旅のお供にする事ができる。みんながハッピーになれる選択肢だ。)
魔女は優しげな声色となり、『それに…』と続けた。
(キミ自身も試したい筈だろ?今の自分の実力、魔法の腕前をさ。ラルダは心の何処かで、ああいう強敵を求めていたんじゃ無いか?剣と魔法の世界で合間見える、異世界で言う『ボスモンスター』の存在をさ。
今こそ修行の成果を、存分にぶつけられるまたと無い機会だ。大丈夫、キミならできるよ。危なくなったらボクも助けるからさ。)
魔女の甘言…彼女は俺の心を見透かしていた。
その通り…夢にまで見た剣と魔法の世界での強敵、それが目の前にいる。ならば今の自分の力、試したくなるという物だ!
(分かった!やるだけやってみるよ、全力で!)
俺は敢えて音を立てながら木から飛び降り、木々の間を練り歩く大ワニの注意を引く。
ヤツも気づいたようだ。
俺は走った。まずは開けた場所へ移動する。森を抜けた場所で、ラウンドダイルを迎え撃つ。
木々の間を俊敏に駆け抜け、餌に飢えた獰猛な爬虫類が近づいてくる。
大まかな倒し方は考えてある。ワニの鱗は硬いが、腹回りの肉は柔らかい。昔、テレビ番組で聞いた事があった。
ならば、使うべき魔法は自ずと分かる。
『《敵穿つ銀世界の槍》』。地面から巨大な氷柱を生やす、氷属性の中級魔法。これならば、腹部を直接攻撃する事が可能だ。
そして地中から氷柱を出現させる都合上、開けた場所の方が好ましい。森の中では土に埋まっている木の根っこが邪魔になるからだ。それと単純に、視界が悪いとこっちが戦いにくい。
獰猛な爬虫類が、時期に森から飛び出して来る。タイミングを見計らい、詠唱を開始した。
「冷たき白銀よ、大地より現れ天を貫け…
…ッッ!」
反射的に、俺は飛び退いた。
ラウンドダイルが四肢を力ませ、左前方に跳躍したからだ。
野生動物の直感を甘く見ていた…。タイミングがずれた事で、魔法は不発に終わった。
ラウンドダイルは足を止める事なく、金髪の晩飯に迫り来る。その巨大な口で、華奢なエルフを噛み砕こうというのだ。
「まだだッ!凍える冷気よ、指先に凝りて白銀の弾となれ!《氷弾》!」
どうにか詠唱を間に合わせ、大きく開いた口の中に氷の弾丸をぶち込んだ。
予想外の反撃、そして普段口にしない『氷』の冷たさ。
少なくとも、鱗に氷弾を当てるよりは効果がある。
現にいま、目の前の巨大ワニは動きが鈍っている。今だに腹の底から、獰猛な唸り声を上げている。
だが、準備は間に合った。呼吸を整えて、次の詠唱に移る。
「冬の息吹が大地を包み、今、鏡面の地と化す!『宝鏡の大地!』
地面が凍りつく。俺の周り、半径10メートルほどの大地が白銀と化す。
驚く事にラウンドダイルは、器用にも後方へ跳躍した。確かに判断は的確だ。近くに居れば足元が凍りついてしまう。避けるのは必然だ。
が、白銀が地を駆る速さは衰えない。むしろ、速度と範囲を広げているのだ。10メートルなんて物では無い。この開けた場所全体を凍らせていた。
「予め…氷をばら撒いていて良かったぜ!ちっちゃい氷ならすぐに何個も作り出せる。地面にばら撒いた氷を触媒にすりゃ、冷気もパワーアップして氷の床は広がる!
そして、ラウンドダイルが氷の上に着地したのなら!」
俺はプランBの仕上げにかかる。今度使うのは風の魔法だ。
「地を駆け抜ける疾風よ、螺旋の如く渦巻き吹き荒れろ!《翡翠の螺旋風撃》!!」
螺旋状に渦巻く風の束が、ラウンドダイルに真正面からぶつかっていく。強靭な鱗には、風の中級魔法では『直接』ダメージを与えられない。
だが、それで良い。足元が凍りつき踏ん張りが効かず、押し戻されているのならそれで良い!
俺はブーツの表面を凍らせて、床と一体化させている。だがラウンドダイルはどうだ?悴んでいる四肢の爪で踏み止まる事ができるか?いや、できない。
「はああああ!!」
更に気合いを入れて、巨大ワニを風魔法で押し戻す。そう、先程魔法が不発に終わった場所までだ。
不発と言っても、氷柱が消えたわけではない。今は地面から僅かに頭を出した状態だ。詠唱は先程終えている。故に…
「《敵穿つ銀世界の槍》」
改めて『発動』させれば良い。
ラウンドダイルは何本もの氷柱に腹部を貫かれ、持ち上げられる。そのまま、自重でゆっくりと下に下がっていく。身体に氷の槍を貫かせながら…だ。
「はぁ…はぁ…」
倒した…。かなりの強敵だった。余韻に浸りたいが、流石に疲れた…。
「ラルダ、レイラ、大丈夫かぁ!?」
狩猟団の皆が駆け寄って来るのが聞こえる。そして彼らが目にしたのは、凍てついた地面と串刺しになったラウンドダイルの姿だった。
「さ、寒ッ!めちゃくちゃ凍りまくってるじゃねえか!?
…もしかして、アンタが…。ラルダがやったのか!?」
狩猟団のリーダー、カールが皆を代表して質問してきた。
俺はなんとか息を整えて、高らかに宣言する。
「はい!大物、無事に討伐しました!」
歓声が湧き上がった。狩人達は、皆俺の背中をバシバシと叩いて称賛する。
すまん、ちょっと痛い…。休ませてくれ…。
あと、地面が凍ってて寒い。
「レイラ、頼む!回復魔法と炎魔法を!」
すぐさま師匠たる魔女が、俺の助けに応じてくれた。有り難い、本当にありがとう…。
リヒト生存!
ボスモンスター、討伐完了!