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11話 アルフ村の狩人達

異世界に来てから120日、約4ヶ月が経った。森の木は赤く色づき、風も冷たくなったのを感じた。そして季節リンゴはその名の通り、桃やメロンからブドウや洋梨の味に変化した。それでも相変わらず、濃厚な果実の味は健在だ。エルフの里以外で食べれる様にしたレイラは、かなりの偉業を達成したと思う。


俺は魔法の上達具合を確かめるべく近辺の森に出没する大物、クレイズ・ボアーを討伐した所だ。風と氷、どちらも中級魔法までなら扱えるようになった。4ヶ月でここまで成長できたのは、ひとえにレイラの教えが良かったからだと思っている。


そして大物を倒したは良いが、新たな問題に直面した。


「これ、解体するの大変そうだな…。」


今までも食糧確保のために、野ウサギや野鳥を狩った事はある。レイラに手解きを受けて、解体の知識も多少は身につけた。だが、ここまで大きな物は捌いた事が無い。


「ん〜、ボクの魔法で丸ごと冷凍保存するってのも手だね。他には…『彼ら』の手を借りるって方法もあるよ。」


浮遊する杖に腰掛けたレイラは、遠くを指差した。何人かの人影が、こちらにやって来るのが見える。


「あの人たちは…?」


「この近くにある小さな村、『アルフ村』の住民さ。多分、ここらを荒らしまわった巨大イノシシを狩りに来たんだろうね。ちょうど良い、彼らの手を借りようじゃないか。」


レイラは「おーい!」と手を振って、狩人達を呼び寄せた。人影は足を早め、此方にやってきた。人数は7人、いずれも弓矢を携帯している。彼らは横たわる獲物を見て、驚きの声を上げた。


「レイラ、このクレイズ・ボアーはアンタが倒してくれたのか?」


リーダー格と思われる茶髪の男が、エルフの少女に質問する。どうやら、彼女と狩人達は面識がある様だ。


「いいや、違うよ。倒したのはボクの助手兼友人さ。キミ達にも紹介するよ、彼女がラルダ。この前村で少し話題に出した、遠い場所からボクが招待した客人だよ。」


レイラは俺を手で示しながら、彼らに語りかける。

アルフ村の住民は驚いたような、或いはそわそわした様な態度をしている。客人はそんなに珍しいのだろうか?そりゃ『彼女は異世界人です』と紹介したなら驚きもするだろうが、レイラは『遠い場所から来た』としか言ってない。


だが、まぁ、紹介されたなら先ずは挨拶だ。俺はお辞儀をしながら名乗る事にする。


「お初にお目にかかります。お…私はラルダと言う物です。皆様、どうぞよろしくお願いしますわ。」


あっぶね、『俺』って言いかけちまった。何とか軌道修正して、あくまでエルフの少女である事をアピールした。


「そっか、レイラの友達か。俺はカール、アルフ村狩猟団のリーダーだ。よろしくな。

お前さんが、レイラがちょくちょく話してた友人か…。それにしても、随分な別嬪さんじゃねえか…。」


カールとその仲間達は、俺の身体を隅から隅まで眺めだした。金色の髪、顔、手足、そして…胸。服の下からでも発育の良さが分かる、豊作の乳房。

視線が少々熱を帯びているのが伝わって来る。だが、無理もない。稀代の天才魔女が気合いを入れて作ったホムンクルスだ。見惚れてしまうのも、そしてこの胸部に視線が行くのも理解できる。実際、俺もそうだったし。


「なぁ、アンタ。頼みがあるんだが…。」


おずおずとカールが話題を切り出す。何だ?デートのお誘いか?

だとしたら、流石に遠慮したい…。だが、「申し訳無いんだけど実は俺、前世で男でして…」なんて言っても信じてくれるのだろうか?


「『豊穣祭』のワイン作りを手伝ってくれないか!?」


「『豊穣祭』?ワイン作り?」


早合点して勝手な想像を膨らませた俺に投げかけられたのは、どうやら酒造りらしい。

でも何故だ?祭り?話が見えてこない。


「そっか、もうそんな季節か。」


レイラは豊穣祭について、何か知っているようだ。


「よし!良い機会だし、ラルダをアルフ村に案内しようじゃ無いか!ボクは彼女を乗せて先に飛ぶから、キミ達はこのクレイズ・ボアーを村まで運んでくれ!運びやすいように、『道』は作っておくからさ。」


レイラは杖を地面スレスレまで下降させ、体制を変えた。腰掛けた状態から、杖に跨る状態にだ。そして、杖は込められた魔法で長さを変えた。目測2m弱、2人乗りが十分出来る程の長さだ。そして、後ろに乗るよう合図する。

俺は促されるまま跨ると、杖が高度を上げる。


「わっ、おっ!」


バランスを崩しそうになり、咄嗟にレイラの肩にしがみつく。華奢な少女の体幹は、驚くべき事にびくともせずに支えてくれた。


「ごめん、レイラ!咄嗟に掴んじゃった。」


「平気さ。落ちそうな時は、ボクにしがみつくと良い。キミの体重なら十分支えられるからね。あ、何なら後ろからボクに抱きついても良いよ?」


魔女はいつも通り、余裕な態度を崩さなかった。やはり魔力、或いは体幹の鍛え方が違う。


「なら、その好意に甘えさせてくれ。我ながら情けない話なんだけど、流石に転げ落ちそうで怖いんだ。」


俺はレイラのお腹の前で手を組み、自分の身体を彼女の背中に寄せた。まだ転生した身体でのバランス感覚は掴め切れていない。それに俺は子供の頃、木登りやジャングルジムの頂上で立つ事ができなかった。足場が悪い場所で、バランスを取るのが苦手なのだ。


レイラは2つ返事で承諾し、3m程上昇した後に徐行速度で前進した。体感時速は20km程度だ。そして通った地面には、氷の魔法で道を作った。まるで校庭に石灰で線を引くラインマーカーの様だ。そしてその幅は、横たわるクレイズ・ボアーの身体がギリギリ収まる絶妙な長さだ。大イノシシの巨大は氷で滑るため摩擦が小さく、狩猟団の人達は両脇から押すなり引くなりすれば、滑りやすい氷の道を歩かなくて済む。秀逸なアイデアだ。


20分程度の空中散歩を経て、俺たちは目的地の村に辿り着いた。


「よっと、到着!

ここがアルフ村、ボクの家から1番近い村さ。普段ここで野菜や卵を買ってるんだよ。」


「ここが、『異世界の村』…」


俺は村を見渡しながら、道中でレイラから受けた説明を思い出す。

人口は150人程度の小さな村。果樹園や畑があり、規模は小さいが酪農や養鶏も行っている。村の特産品は農作物や牛乳、卵、薬草。そして、新鮮な果実で作られたワインだそうだ。


実際に見渡した所、村の中央には大きな木が立っており、数人の子ども達が周りで遊んでいる。他にも畑仕事をする男性や、摘みたてのブドウをカゴに入れて運ぶ女性、屋外のベンチで談笑する老夫婦などが見えた。絵に描いたような、『長閑な田舎村』という雰囲気だ。


個人的に、こう言う場所の雰囲気は嫌いじゃない。都会の喧騒から離れて、自然に囲まれながら野菜や果物を育てる。所謂「スローライフ」と言う奴だ。しかも、異世界の食材は皆美味いと来た。普段食べてる野菜は、てっきりレイラの植物魔法で生み出した物だと考えていたが、実際は違っていた。夏の日に井戸水で冷やしたあのめちゃくちゃ美味しいトマトは、この村で育てられた物だったのか。育て甲斐のある作物を育て、食し、時々狩りへ行く。素晴らしい生活ではないか。


まぁ、農業は体力使うだろうし、国や貴族へ税を納めるためにもシビアな収穫量が常に求められるのだろう…多分。憶測だけど。要は、村暮らしには村暮らしの苦労もあるだろうと言う事を考えていた。


「おやおや、レイラさんや。本日は何用ですかな?」


1人の老人が、ニコニコとした表情でレイラに歩み寄って来た。狩猟団だけでなく、彼女は村中の人達と顔見知りのようだ。


「やぁ、村長さん。お出迎えありがとう。今日はちょっとね、ボクの友達を紹介しに来たんだ。

彼女の名前はラルダ、仲良くしてあげてね。」


レイラの紹介に合わせて、俺は村人達にペコリとお辞儀する。


「それと、彼女が大物を狩ってきたんで、解体依頼も兼ねて来てみたのさ。

お、そうこう話してる内に、カール達が到着したみたいだ。」


狩猟団の皆が、氷の道を使って大イノシシを運んできたのを見て、村の住民がざわめき出す。


「おお…、貴女がコイツをやっつけてくださったのかい?」


「はい、私が討伐しました。」


「なんと、本当にありがとう!狩猟団が危険を犯す必要も無くなったわけだ!

これで彼も…リヒトも浮かばれるだろう。」


リヒト…恐らく村人の名前だろう。そして、クレイズ・ボアーの牙に付着した血の痕跡…。


「そうですか…天国に居るリヒトさんに、せめてもの弔いができたのなら幸いです。本当に…ご冥福をお祈りします。」


俺は思わず目を瞑り、手を合わせてしまった。異世界で死者を悼む作法や方法は分からない。それに、見ず知らずの者に弔われても余計なお世話かもしれない。だがそれでも、『何もしない』という事ができなかった。せめて形だけでも、この世を去った者に向けて祈ろうじゃないか…。


「ああ、すまんすまん。リヒトは生きておるよ。確かにこのイノシシのせいで大怪我をしたが、君のお友達のお陰ですっかり完治したさ。

この血は村民のものではない。遠出した狩人か、旅の冒険者のものだろう。」


村長が苦笑いをしながら、勘違いを正してくれた。


「そうだったのですか!?は、早とちりして申し訳ございません!」

いかん、また早合点してしまった…。ご存命なのに余計な事を言ってごめんな、リヒト。

少なくとも、アルフ村の人々から犠牲者は出ていないようだ。そしてレイラは、大怪我をした村人を救った恩人だと言う。成程、そりゃ沢山の村民が笑顔で歓迎するわけだ。


「じゃがのう…彼奴は狩猟団の狩りに参加せずに、部屋に籠るようになってしまった。遠くから客人が、しかもレイラさんの友人が訪れたと言うのに、出迎えもせんとはけしからん男じゃ。」


村長は嘆きと怒りが入り混じった顔をしている。カールをはじめとする狩猟団も、他の村民も大なり小なり似たような気持ちらしい。


「いいえ、どうかお構いなく。きっと、リヒトさんも疲れているのでしょう。」


俺だってコイツに挑むのはちょっと怖かった。実際怪我をしていたら、立ち直るのに時間がかかっただろう。


「いいや、俺はラルダをアイツに紹介するぜ!リヒトの野郎も、いい加減立ち直るべきだ!ラルダ、レイラ、着いて来てくれ!」


カールは語気を強めながら、村の通りを進んでいく。どうやらこの道の奥に、引き篭もっている狩人の家があるみたいだ。


少し歩いた先に、小さな一軒家があった。狩猟団のリーダーは、扉をやや乱暴に叩く。


「おい、リヒト!レイラが、お前の怪我を治してくれたエルフが来ているぞ!しかも今日はレイラが友達のエルフ、ラルダを連れて来たんだ!2人とも玄関の前に居る!挨拶ぐらいしねぇか、リヒト!」


「ああ、もう、五月蝿え!ほっとけって言ってんだよ!」


閉じられたドアの向こうから、若者の声がした。口調は荒っぽいが、声に覇気がない。やっぱり疲れているのだろう。


「いいや、ほっとかねぇ。よく聞け、ラルダはなぁ!例のクレイズ・ボアーをやっつけてくれたんだ!聞いた話じゃ、レイラに弟子入りして半年も経ってねえそうだ。

見習いの魔女がこうして頑張ってるんだ、お前も立ち直ったらどうだ?」


「余計なお世話だ!!」


家屋の内側から、ドンッと扉を殴る音が聞こえた。


「アンタに…何が分かるってんだよ…」


「あの…カールさん。私、リヒトさんへの挨拶はまた改めて致しますわ。」


ちょっと見ていられなかった。カールに悪気は無いのだろうが、落ち込んでいる人にその言い方は逆効果になる事もある。俺はレイラをチラリと見たが、彼女も無言で頷いていた。


「そうか…、すまねえな。

それじゃ、クレイズ・ボアーを解体する代わりにワイン作りを手伝ってくれや!」


狩猟団のリーダーは落ち込んだ顔をすぐに持ち直し、改めて俺に依頼してきた。

無論俺は引き受けるつもりだ。友好を築くには交換条件がベターだし、この村の文化にも興味があったからだ。

ようやく主人公ラルダは、レイラ宅から外へ出ました。これから少しずつ、「異世界紀行」として話が進みます。

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