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ストーリーテリング!

作者: みと

2月4日にあげたかった、自己満の今年の抱負小説。

読まなくていいです。

今年はこういう小説を書かないのが目標。

 菜乃花はキーボードに置いていた手を止め、ため息をついた。そして、叩きつけるようにバックスペースキーを連打した。勢いよく今し方書いた文章が消えていく。


 今日もだめか。菜乃花は、小説を書くのを諦め、ベットにダイブした。ここのところ、ずっと書けない日々が続いていた。Twitterでの100日連載企画のストックが減ってきて、計画倒れになってしまうのが怖かった。でも、書こうとすると、胸の奥に黒くて硬いものが急に現れて、菜乃花を苦しめた。羞恥とも、自己嫌悪ともつかない感情が菜乃花を支配し、小説をかくのを断念せざるをえなかった。いままではこんなことはなかった。ネタにこまることはあったが、書きたいことがあって、書けなくなることはなかったのだ。半ば投げやりな気持ちで、菜乃花は眠りについた。


 連日の寝不足が祟り、その日は朝からひどい眩暈がした。なんとか登校し、授業を受けたが、2限目を過ぎたあたりから、ひどい吐き気に苛まれ、保健室に行くことにした。

保健室には、先生と奥のベッドに1人誰か寝ているようだった。先生に促され、隣のベッドに横になる。しばらく眠った後、目を覚ますと先生は席を外しているようだった。先生を探していると、隣のベッドから物音がした。そっと覗くと、小柄な女の子が一冊の絵本を読んでいた。見覚えのある彼女はたしか竹内綾という名前で、学年は同じであるもののクラスが異なり、まったく話したことはない。しかし、手持ち無沙汰だったので話かけた。

「よくくるの?」

 彼女は長いまつ毛をあげた。ゆっくりこちらを振り向くと自身の腕に力を込めた。ふとみると絵本のようだった。彼女は、小動物を彷彿とさせる表情でこちらをじっと見つめ、こくんと頷いた。

「身体、弱くて」

「そうなんだ、それ絵本?」

 彼女は再び頷いた。そろそろと表紙をこちらにむける。みたことのない絵本だ。彼女はその本を宝物だと話した。話しているうちに菜乃花も読んでみたくなった。行き詰まっている小説のなにか、ヒントになるかもしれない。

「その絵本、読んでみたいんだけど、貸してくれない?実は、小説を書いてるんだけど、スランプで…… 。 自分で選ぶ本って偏りがちだから、よかったら読ませて欲しいな」

「うーん、いいよ。でも、私からもひとつお願いしていいかな。私もその小説が読んでみたい」

 たじろいだ。あまりいいものをかけている自信がなかったのだ。しかし、こちらから引き合いに出してお願いしたから、断るわけには行かなかった。仕方なく、URLを送る。ありがとう、と絵本を渡される。

「じゃあ、また返しにいくね」


 借りた本は、孤独な少女のもとにロボットがやってきて心を通わせるお話だった。こころが温まる、良い話だった。久しぶりに絵本を読んだこともあって、良い気分転換になった。すぐには形にはならないだろうが、着実に刺激になっていそうだ。


 そのため、菜乃花は綾に定期的に絵本を借りることにした。菜乃花も、今までに書いた小説を見せた。綾に感想を聞くと、遠慮がちにではあったが、良いことばかりではなくごまかしのない素直な意見を聞かせてくれた。


「なんか、怒られてる感じがするんだよね……」

「怒られてる……。説教されてるみたいってこと?」

「説教……、うん、そうかも」


 正直、彼女の素直な意見は菜乃花を戸惑わせた。説教、そんなことは考えたことがなかった。でも、彼女から借りた絵本が力になるような気がした。わかりやすく、読みやすく、ただ楽しい。そんな小説を書けるようになれば、彼女は喜んでくれるだろうか。


「綾なら、先週から登校してないよ」


 テスト週間あけ、いつものように借りた本を返しにいくとそう言われた。テスト中にも関わらず来ていないということはまた体調を崩したのかもしれない。今日は課題も少ない日だから、綾の家に直接会いに行こう。彼女が学校にいないことは時々あったので、家に向かうのは初めてではなかった。


 綾の家にいくと、やはり彼女はそこにいた。菜乃花の顔を見ると暗い表情で微笑む。その表情に引っ掛かりを感じながらも、絵本を返す。綾は、一つ息を吐くと、学校を変わることになったと言った。病気が重くなり、頻繁に入院が必要になること、そのため、院内学級のある病院に移ることを話した。よく会っていたのに、綾の病状について何も知らなかったことにショックをうけて、菜乃花は何も言えなかった。

 綾はもう本を貸すことはできないと言った。いつ返せるかわからないからだ。今の学校での最終日を教えてもらってその日は別れた。


 最終日までになにかを準備して渡そうと思った。そして、なにかを渡すならそれは自分が書いた小説だと菜乃花は思った。

 ただの物語を書こう。例えば、説教ではない、感情や矜持を伝えるものではない、ただの物語を。物語を物語として考えて書こう。物語はストーリーを語ることでしか作られない。ありきたりで、優しくて、わかりやすい、ただ楽しい物語を書こう。ただ、彼女が笑顔になるためだけの。


 菜乃花はパソコンに向かった。その心にはもう黒い塊はないのだった。

ここまで読んでいただいた、奇特な方ありがとうございました。

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