第24話「死刑宣告」
一方、名もなき盗賊団の頭であるホラーツは、目の前で展開されている状況の推移に付いていけていなかった。
会話の内容から、おそらくは自分たち盗賊団について話しているものと思われる。
であるにもかかわらず、話についていけないというのは致命的だ。自分がいつ、そこで転がっている部下たちのようになってしまうのかわかったものではない。
順番に、時系列的に考えてみると、まずホラーツたちはヴォールト領で盗賊行為を働いた。これはいい。いや、ヴォールト領を紹介してきた男について考えると何もよくはないが、それは今さら言っても仕方がない。
次に、盗賊行為を何者かに通報され、ヴォールト公爵家よりローリーと名乗る男が送り込まれてきた。これもまあ、まさか被害者や目撃者を皆殺しにするなど出来るはずもないので、いつかは発覚していただろう。
そしてやってきたローリーによって盗賊団はあっという間に壊滅し、ホラーツは逃げた。見殺しにしたに等しい他の部下たちについてはホラーツも申し訳なく思っている。しかし、生き残るためには他にどうしようもなかった。
もう少しでヴォールト領を脱出出来るというところで、たまたま貴族風の女がたった2人の護衛を付けて歩いていたので、行き掛けの駄賃にと捕まえようとした。
しかし護衛の実力は確かで、ホラーツの部下2人が返り討ちにされてしまった。
そこに再びローリーが現れ、その結果彼はなぜか貴族風の女の護衛に剣を突きつけられている。
この場にローリーが現れてから今まで、誰ひとりとしてホラーツに注意を払った者はいない。互いに盗賊団の話をしており、その処遇が争点になっているにもかかわらずである。
これほど人を馬鹿にした話があるだろうか。
とは思ったが、だからといってそれについて憤るような事はなかった。そんな事をしても何のメリットもない。
むしろ、誰にも気に留められていないのなら、この隙に逃げ出すべきだ。
今のローリーの話から察するに、どうやら先に捕らえられた部下たちの方はまだ生きているようだ。それが本当なら、彼らは2人で山に入ってきてその2人ともが今ここにいるので、捕らえられた部下たちはどこかに縛られて転がされているものと思われる。
ホラーツがこっそりとこの場を離れる事が出来れば、生き残った部下たちを助けて全員で逃げられるかもしれない。
ホラーツの目の前で死んでしまったヤンとハンスは残念だったが、すでに死んでしまった者よりも今生きているかもしれない者を優先するべきだ。なぜなら、死んでしまった部下はもうどうすることも出来ないが、生きている部下ならまだ助かるかもしれないからだ。
「──あ、これは純粋な親切心からの忠告なのですが、今は下手に動かないほうが良いと思います。動かなければおそらくは生きたまま捕まえてもらえるでしょうが、下手なことをすると死んだほうがマシという状態にさせられかねませんから」
ローリーの従者の男が突然声をかけてきた。
ホラーツが一歩だけ、摺り足で動いた瞬間にだ。
誰からも死角になっているのは間違いなかったし、音も立ててはいなかったはずなのに、あの従者の男は一体なぜ気が付いたのか。
気付いているのが従者だけなら、黙らせて突破する事も考えてもいいかもしれない。しかし、この男とてあのローリーの従者である。なぜかホラーツの動きを察知できたようであるし、侮るべきではない。
ホラーツは覚悟を決め、地面に膝を付いた。逃げる気はない、という意思表示だ。
「賢明ですね。まあ貴方がたはヴォールト領内で複数件の強盗と殺人を犯していますから、生きて捕まったとしてもあまり明るい未来はないかもしれませんが。一応、最終的にローリー様に対して抵抗の意思を見せなかった点については申し添えておきますね」
結局死ぬのかよと思ったが、従者の男が言ったような、死んだほうがマシな状態に置かれるよりはいいか、と思うことにした。こんな商売をしているくらいである。捕まれば終わりなのは初めからわかっていたことだ。どうせ死ぬなら楽な方がいい。
「……その口ぶりからすると、あんたはあのローリーが俺らの身柄を確保することになるって信じ切ってるみてえだが、大丈夫なのかよ。だいぶ雲行きが怪しいけどよ」
ホラーツたちの視線の先では、そのローリーが無口な青年に血まみれの剣を突きつけられている。ハンスを斬り殺したまま、血も拭っていない剣だ。
とはいえ、そうは言いつつホラーツ自身もローリーがどうにかされてしまうとは考えていない。あのまま言い負かされる事もないだろうし、実力行使に出られたとしてもあの2人ではローリーには敵わないだろう。貴族の女が加勢したとしても変わるまい。
「……次にローリー様をお呼びする時はきちんと様を付けてくださいね。
以前にもローリー様に同じく武器を向けてしまった兵士の方がいらしたのですが、その方は何だかよくわからないうちにお亡くなりになってしまっていましたよ。あの騎士の彼よりも良い装備をしていました。うちは辺境で実用第一なので、騎士のような名誉職の方は皆王都の別邸に詰めてらっしゃいますから私は見たことがありませんが……。まあ男爵家と公爵家では予算も違いますしね」
ホラーツは詳しくないが、騎士と兵士では一般的に騎士の方が強いとされている。騎士になれるのは親が騎士である者か、何かしら実力を認められた者だけだからだ。親が騎士である時点でそれなりの教育を受けることが出来、その教育の中には蠻獣などとの実戦経験も含まれている。そのため、数を揃える事が必要な兵士とは1人あたりにかかるコストが変わってくるのだ。
この従者の話によれば公爵領には騎士は居ないらしい。しかしそこの青年騎士より良い装備をしていたというのなら、その亡くなった兵士に公爵家がかけていたコストは男爵家の騎士よりも上だと見て間違いないだろう。
なるほど、従者が落ち着いているのも頷ける。
であればおそらく、この場はローリーの望んだ通りに収まる事だろう。
「──ダミアン。すまないが教えてくれ。ここは我が父の領地で、今我々は盗賊捕縛の任を受けていて、その盗賊を勝手に殺害した容疑者に対し聴取を行なっていたところ、容疑者が突然激昂し私に武器を向けてきた。この場合、私はどうしたらいい? いや違うな、どこまでならしてもいい?」
そのローリーが従者の男ダミアンに声をかけた。どうやらこの従者はローリーに相当な信頼を寄せられているらしい。
「……随分と恣意的と言いますか、多分にローリー様にとって都合の良い状況だけを列挙しているように聞こえますが、本当にローリー様が仰る通りであるのなら、ええと、斬り捨て御免……で問題ありません。ローリー様がお好きなやつですね」
「別に私はあれが好きなわけではないよ。ああするのが一番手っ取り早いからしているだけだ。必要とあらば生きたまま捕縛するのも問題ない。訓練は先ほど十分にやったからな」
「では──」
言いかけて、ダミアンは何やら少し考える素振りを見せた。
ホラーツにはそれが死刑宣告の前に舌なめずりをしている裁判官のように見えた。いや、裁判など見学したことはないが。
「では、ローリー様の思う通りになさればよろしいかと」
考えた結果か、ダミアンはそう答えた。
やはり死刑宣告だった。
「そうか。わかった。
さて、シャーロット嬢と言ったか。そちらの言い分としては、この私を盗賊団の黒幕として断罪する、という事でいいのだな。そういう名分で剣を向ける以上、たかが猟師に断罪する権利などないから、当然シャーロット嬢がクラヴィス男爵家の名において彼の行動を保証する事になる。正式な騎士の彼ならば断罪権もあるかもしれんが、それはお前の男爵領の話であって、他領にまで適用されるものでもない。
つまり、お前の命令に従い、彼らは私に敵対する事になる。本当にそれでいいのだな」
「や、やめてくださいローリー様! どうして私たちが争う必要があるのですか! 確かに、盗賊の方が亡くなってしまったのは悲しい事で、それは私たちの至らなさが理由なのかもしれません。けれど、だからこそ、私たちはこれから起きる悲劇は避けなければならないはずです!」
「お前は……。私がいくら、なぜこの領に盗賊を殺しに来たのかと問うても答えるつもりが無いくせに、自分だけは一人前に質問をするのだな。どうして争うのかと。
いいだろう。答えてやる。ここが我が父の領地で、この地の盗賊を壊滅または捕縛するのが私に与えられた使命で、今現在、それを邪魔したお前たちは私にとって盗賊と大差がないからだ。武器を向け、私の物を奪おうとしているのだからな。
さあ、理解できたなら覚悟を決めろ」




