婚約破棄? 殿下、誰に向かって言っているのですか?~偽りの令嬢~
前回の婚約破棄モノで調子に乗ってしまいました。
勢いの婚約破棄シリーズ第二弾です。
夏だからホラー書くつもりでした。書けませんでした。
「ミカゲ=ストンブリッジ! お前との婚約を破棄させてもらう!」
煌びやかなダンスホールの中心で、この国の第一王子、フィークル殿下は大声で言い放ちました。その傍らには、私の妹、キララが控えているようですが。
「誰に向かって言っているのですか?」
私は気にすることもなく、喉を潤します。
名前を呼んだにも関わらず反応しなかったことが不快だったのかフィークル殿下が肩を震わせて怒っておられます。
「ミカゲ! 貴様に言っているのだ! こっちを見ろ! 話を聞いているのか」
「ええ、聞いておりますとも」
「……ち! その余裕がいつまで持つことやら。楽しみだなあ!」
「殿下、私もです」
私は小さく呟きましたが、聞こえてはいないでしょう。
婚約破棄。
私は、前々から殿下の計画を知っておりましたし、この日が来ることを知る前より予想しておりました。だって、殿下は私のことが嫌いですから。
ミカゲ=ストンブリッジ。ストンブリッジ家の長女に私は生まれました。ストンブリッジ家は闇魔法に優れた家系で、代々王家に仕え、手となり足となり支えてきたのです。
私もまた、王家を支えるべく、令嬢としての教養だけでなく、魔法の修練にも励み、15歳の学園入学前に、家の誰よりも優れた魔法使いとして名を馳せておりました。
そして、現王はそのストンブリッジの力を王家に取り込もうと、私と殿下の婚約を取り決めたのです。私は元より反対する権利もありません。従うのみです。
しかし、殿下にとってはそうでなかったのでしょう。
私と顔を合わせれば、嫌悪感を露にし、すれ違いざまには舌打ちを鳴らし、下の者にいやがらせを命じたりしておりました。
しかし、私にとってそれは然したることでもなく、意に介さず淡々と日々を過ごしておりました。
殿下との茶会の席で、何かと私を傷つけるような言葉を並べ立て、私がにこにこと受け入れていると、逆上した殿下が紅茶をかけてくるという出来事もありました。
『殿下と結婚するまでは傷一つつけられぬよう』と父に命じられておりましたので、魔法で紅茶を影に納め、その影をカップに納め、紅茶を元に戻すというような『遊び』も見せてあげたのですが、殿下はお気に召さなかったようで、その日はそのまま帰られてしまいましたが。
そして、そんな殿下と同じくらい私を嫌っているのが、殿下の傍にいる私の妹、キララ=ストンブリッジでしょう。
魔法の実力で劣っているのが悔しいのか、何かと私に嫌がらせをしてくるのです。
その工夫を魔法に生かせばもっと厭らしい狡猾な魔法使いになれるのに。
そして、二人は私への嫌悪という共通の感情の下、私への最大の嫌がらせとして今回の婚約破棄に至ったのでしょう。
キララの着ているドレスは花嫁を思わせるような意匠が凝らされているようですから。
「私はミカゲとの婚約を破棄し、このキララ=ストンブリッジ。ストンブリッジ家の次女である彼女と婚約を結ぶ!」
「ほらね、そうなることと思いました」
「何を分かった風な顔を……。では! 何故私は婚約破棄するのか! 皆の者聞いてほしい! そこには正当な理由がある。まず、この女は実の妹であるキララ=ストンブリッジに対し悪質な嫌がらせを行っていたのだ」
悪質な嫌がらせ?
「お姉さま、貴女は、私がお姉さまに嫌がらせとして、侍女に命じ、口にするのもおぞましい生き物たちを食事に混ぜ込んだり、服に毒の針を隠したり、そして、直接襲わせたりしたと仰っていらっしゃいましたよね?」
「事実でしょ?」
まあ、全て私には筒抜けで、一度も引っかかることはありませんでした。
あのシチューも私の身体を気遣ってあんなものを入れてくれたのだと感謝の意味でお返ししたのだけれど、妹は感動の余りか気絶していましたね。
「皆さま、聞いてください! それらは全て、私の姉、ミカゲ゠ストンブリッジが私を陥れるためにわざと嫌がらせを受けたように演出したのです!」
「なるほど、そうきましたか」
「外から見れば確かに私がお姉さまに対しいやがらせを行ったように見えるでしょう! けれど、実際は、お姉さまの闇魔法によって気付かぬうちに操られていたのです!」
「で、何を証拠に?」
「証拠ではありませんが、おかしいと思いませんか? 彼女は私が行ったとされる嫌がらせに一度もひっかかっていないのです! そんなことありえるのでしょうか」
……本当に、そのよく回る頭を実戦で使えばいいのに。
しかし、物は言いようだと感心しました。確かに、私は、一度もキララからの嫌がらせにひっかかっていません。不自然といえば不自然。そして、キララなりの本気の罠であった為、演技っぽさなど微塵もなかったでしょう。それに、
「それに、ミカゲは我がストンブリッジ家でも史上最高と言える闇魔法の使い手。恐らく、相手の意識を奪い、先導するということなど造作もないでしょう」
そう、私の使う闇魔法は、精神魔法特化。人の心を惑わし、狂わし、時には恐怖を刻み込み従わせる。そして、その魔法を誰よりも上手く使え、誰よりも広い範囲に効果を与え、誰にも気づかれずに使うことが出来るのです。
「しかし、私の腕を逆手にとるとは……素晴らしいわ」
「お姉さま、言い訳はしないほうが罪は軽くなりますわよ。私からは以上です」
キララが殿下の胸の中に飛び込んだのかぼすっという音と共に小さく嗚咽を漏らす。
全てが完璧、『完璧な演技』と言えるでしょう。私は、心を操る魔法を使うが故に、人の心が少しばかり分かるのです。全てがコントロールされた行動でした。素晴らしい才能なのに……。
キララの嗚咽がやむと、コツコツとわざと大きめの音を鳴らしながら殿下が近づいてきます。そして、大声で聴衆に語り掛けます。
「私は……許せない! このような女が、私の婚約者であったこと! そして、何よりこの様な婚約者をのさばらせていた自分自身に! だが、それも今日で終わりだ! 今、ここでお前を断罪する!」
私よりもよほど殿下たちの方が心を操る才能に溢れていると思います。
やり方次第では良い王になれたでしょうに。
「おっと」
少し、揺れを感じ態勢を崩してしまいました。まだ、本番はこれからだというのに。
「どうした、震えているんじゃないか? まだ、これからだぞ……聞け! ミカゲ゠ストンブリッジ! そして、聞いてくれ! 皆の者! この女は、ストンブリッジ家の長女として誠心誠意仕えるべき王家の、次期王たる私に何度も無礼を働いたのだ!」
仕えるべきは王家であり、殿下は間もなく次期王ではなくなるのですが、最後の演説です。耳を傾けましょう。
「私は、学園時代にこの女が寂しくないよう、私の姿に見える魔導具を与えた。しかし、あろうことかこの女はその私の姿をした魔導具に茶をかけてきたのだ!」
「……ああ、それもそういうことにされますか。空ろ人形の……ふふ」
空ろ人形。
それは、闇魔法によって動かす魔導具の一種です。
対象にその人形をまるでその人であるかのように見せる魔導具で、殿下たちは、殿下に化けたその人形と楽しそうにお茶をする私を笑いたかったようです。
私は、その幻を見破る方法を知っていたので、引っかかった振りをして暫く人形との会話を楽しみました。とはいってもこの人形、話すことは出来ません。
なので、一方的に私が話し、人形がにこにこと微笑んだり、うなづいていたりしただけです。
それを厭らしい笑顔で二人が眺めていたことは勿論分かっていました。
なので、ひとしきり話し込んだ後、私は持っていた紅茶を人形にかけてさしあげました。
殿下の顔を被った人形は相変わらずにこにこしています。
そして、遠巻きに見ていたはずの本物の殿下は顔を真っ赤にして私の所にやってきてしまいました。
「貴様! 何をやっている!」
「何を? あら、ふふふ……殿下を騙る不届き者に罰を与えていたところですが」
そこまで言うと、殿下は自分の犯した失敗に気付いたのか、あ、と声を出し慌てて口元を隠されてしまいました。
「どうなされたのです? ああ、殿下自身の手でこの人形を斬り捨てたかったのですね。であれば、お譲りしましょう。どうぞご遠慮なく」
私は、影から出した短刀を殿下に差し出します。
殿下は、笑ってしまうくらい動揺されて……遠くで見ている妹も何も出来ますまい。ただ、眺めているだけのかかしとなってしまっていました。
「し、知らぬ! その人形がなんなのかなど! 興味もない! お前で処分しておけ!」
殿下は、私の差し上げた短刀を適当にぽいと放り投げられました。
私は、それを再び影の中に納めると、殿下は苦虫を嚙み潰したような顔で去っていってしまいました。
恐らく、そのやりとりを全てうやむやにし、私の不敬罪としたいのでしょう。
「その人形は今、どこにあるのですか? 殿下」
「その人形は、今、ここにはないが、私はしっかりとこの目で見た。そして、そこにいるキララも目撃している!」
「私は、殿下を見誤っていた様です。この程度のことで陥れることが出来ると思っているのでしょうか。」
「ま、まだあるぞ! 子供の頃、私に闇魔法をかけ、永遠に同じ言葉を吐かせようとしたのだ」
「それは、殿下が口汚く罵ってくるので、その証拠を誰かに見せようとしただけですし、殿下がそのような言葉を言うことがなければ、何も怒られるようなことはなかったのですよ。それに、私に掴みかかったからあの魔法は発動したのです。自業自得では」
「いつも、私を馬鹿にしたような目をしていた!」
「殿下がいつまでも大人になってくださらないからです。殿下に立派になってもらうためです」
「いちいちあの発言はよくない。こうすべきですと口うるさかった」
「その忠告も聞いてすらいただけませんでしたが」
「女の癖に生意気なんだよ! 無視するな!」
「無視をずっとしていたのはあなたでしょう」
「黒い髪、紅い目、白い肌、全てが気持ち悪い!」
キララは彼女の母親似で、かわいらしい見た目をしておりますものね。ただね、
「お前は間違っている。私の瞳は、黒だ」
もういい。もう頃合いだ。
「あ、あの……殿下……」
キララが震える声で、フィークルに話しかける。
腐ってもストンブリッジ家、一番に気付いたのね。
「うるさい!」
殿下が、キララの手をはじいたのかしら、ばしっという音が聞こえる。
そして、コツコツという靴音がどんどんと近づいてくる。
ごつっという鈍い木と金属のぶつかる音。
フィークルの指輪が肩にでもあたったのかしら。
「ああああああああああ! 無視するな! 無視するな! 無視するな! この、クソ女が!」
「ああああああああああ! 無視するな! 無視するな! 無視するな! この、クソ女が!」
「ああああああああああ! 無視するな! 無視するな! 無視するな! この、クソ女が!」
「ああああああああああ! 無視するな! 無視するな! 無視するな! この、クソ女が!」
「ああああああああああ! 無視するな! 無視するな! 無視するな! この、クソ女が!」
「ああああああああああ! 無視するな! 無視するな! 無視するな! この、クソ女が!」
……殿下、学習しませんね。簡単に闇魔法使いの身体に触っていけませんよ。
まあ、正確には闇魔法使いの姿をした魔導具ですが。
「お姉さん、着いたよ」
「あら、もう? ありがとう、ごめんなさいね。無理を言って」
「なあに、いいってことよ。金はたんまりもらったし、帰り道であんたみたいな黒髪のべっぴんの上客乗せられて馬も馬車も俺も喜んでらあ。それより、フィッセルからここまでの長距離ずっと馬車の中で辛くなかったかい?」
「いえ、あんなの辛いうちに入らないわ」
「そうか……あの、な、心の病に強いって医者がこの先のリーシンって街にいる。よかったら言ってみな。そのう、ちょっと、独り言がな……」
「……そうね、ちょっとまだ昔をひきずっているみたい。ありがとう」
「じゃあな!」
私は、馬車から降り、去っていくその姿に手を振ります。
一人になり、広々としたその平野で大きく息を吸い込む。
静かだ。
と、思っていたら、手元の【盗聴】の魔導具から声が。まだ繰り返しているのね。
「ああああああああああ……! む、しする、な……! 無視、するな……! 無視するな……! この、クソ女が……」
「ああああぁぁぁぁ…… むしするなぁ。 むし、する、な……! げほ! 無視するなー! この、クソ女がぁぁぁ」
もう喉も限界のようで、凛々しかったお声は、人々の心を動かす言葉は、どこに行ってしまわれたのかしら。
「殿下! 落ち着いてください! だ、誰か、この闇魔法を、といて!! だれかー!」
あらあら、貴女がとけばいいじゃない。私に代わって、王家に素晴らしい闇魔法の力を授けるのでしょう。
「姉さま! 聞こえているのでしょう! 姉さま! この魔法をとけ! こんな、シミのついた……あの時の人形まで使って、私たちへの当てつけのつもりか! どこだ! どこに行った! ミカゲェエエエエ!!」
キララの声が空虚に木霊する。
私は、盗聴の魔導具を文字通り闇に葬り、歩き出す。
「ところで、殿下」
私は、遠く離れてしまった故郷の方を向いて笑う。全てが泣けるくらいうまくいった。
ああ、おかしい。おかしすぎる。
人の傷を理解できないのだから。
人の心が理解できていなかったのだから。
「『何』に向かって言っているのですか?」
死ぬまで人形遊びに興じるのがお似合いですよ。
ある日のこと、農作業に励む俺は、女神に出会った。
いや、正確には人間だ。
人間で良かった。後に、俺はそう思う。
黒髪の、黒い瞳、白い肌。
美しい女だ。
「あの、このあたりで人を雇ってもらえるような所はありませんか?」
「へ? あ、ああ! ええーっと、このあたりの畑は全て俺の家のものでな。まだだいぶ歩かないと……」
「そう、ですか……」
「あの! とりあえず、もう暗い! ウチに泊まっていったらどうだ?」
「え? でも」
「ああ、大丈夫だ! 俺一人じゃない! 口うるせえ母ちゃんと口うるせえ姉と、口うるせえ妹がいる。あの家で、女襲うなんてすれば、俺は明日から女にされてる!」
「まあ」
「あの……なんだ、流石に俺も泣いてた女をこんなところにほっぽりだせねえんだよ、母ちゃんに怒られる……」
「あ……わかり、ました?」
「みりゃ、わかるよ。なんか悲しいことがあったんだろ。あんたなんか辛そうだし」
「見れば、わかりますか」
「え? 見れば分かるよ? え、なんかおかしいか?」
「おかしくない。おかしくないんです」
「じゃ、じゃあ、なんで泣く!? おいおいおい、うちの女共は泣かないんだ! どうすればいかわからねえよ!」
「……家に連れて行ってください」
「お、おう! それならお安い御用だ! 行こう!」
「でも、いいんですか? 私みたいな」
「ああ、あんたみたいな別嬪さんなら大歓迎だ! ……ン? どした? 顔が赤いぞ! 風邪ってやつか!? おいおいおい! うちの女共は風邪もひかねえんだよ! 俺もだけど!」
「私も、ひいてませんし、なら、これからもひきません」
「そっか……なら、なんで!?」
「これからよろしくおねがいしますね」
「おいおいおい、会話になってねえよ~!」
この別嬪さん、見た目人形みたいだが、気も利くし、優しいし、話せば話すほどおもしれえ。
暫く、うちに泊めて、働いてもらって、仲良くなって、女どもにケツ叩かれて、そ、その、言ったんだよ!
「結婚してくれ!」
「……誰に向かって言ってるんです?」
「いや、お前だよ! お前しかいない!」
「ふふ……捨てないでくださいね」
いや、捨てねえよ! どこに目を付けてるんだよこんな良い女捨てる馬鹿は!
お読みいただきありがとうございました。
私をノセてくれた、皆様が私の予想以上に評価してくださった勢いの婚約破棄シリーズ第一弾のこちらもよければ。
「婚約破棄ブームと聞いて不安になった令嬢、『婚約破棄対応マニュアル』を大金で購入してからはおかげさまで毎日が幸せです」
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第三弾も一応構想はあるので、また、書き上げたら読んでいただけると嬉しいです。