9. 佐野さんは運営資金を支給される。
「さてと、流れのままに身を任せてまま麒麟を従魔にしてしまいましたがこれからどうしようか?」
「それな、俺もそう思ってた。」
麒麟をあっさりと従魔に出来たものの、佐野さんと川口くんは正直持て余していた。
これが可愛らしい小型犬みたいな魔物なら2人の反応も違ったものになっていた事だろうが、麒麟はかなり大きいし威圧感も凄い。
やはり何事にも限度や節度というものはあるのものだ。
「やっぱり、最大のネックは大きさだよな。どう世話をすればいいのか見当もつかない。」
「そもそも世話をする必要があるのかって説もあるな。」
無事に従魔にすることが出来たので、触れられる距離まで麒麟に近いてみた佐野さんと川口くん。
そして、麒麟のざっと見積っても体長10メートルは軽く超えるであろう巨体に改めて圧倒されるのであった。
「こいつ、エサとか何食べるんだろ?」
「それは聞いてみた方が早いんじゃない?言葉通じるんだし。」
「あっ、そっか。あれ?でも、おかしくない?俺達まだこの世界の言語を覚えたりしてないよね。」
「あれ?確かにそうだな。でも、麒麟の言葉わかったよな?」
二人はさっき気付けていなかった新たな疑問にぶつかり、その答えを求めるようにパチンコの女神に視線を向ける。
『そもそも、麒麟には人間の使用しているような言語を発声する器官がありません。しかし、麒麟のような知能が高く魔力的に秀でている上位種族は、魔力を媒体とした《念話》という手段を用いて他種族ともコミュニケーションを取ることが出来ます。《念話》というものは、自身の伝えたいことをダイレクトに相手の脳に送り込むものなので受信側の理解しやすい言語に変換されてから受け取ることが出来るのです。』
パチンコの女神の説明を聞いて、はーなるほどねと頷く二人。
「ああー、確かに耳で聞いてる感じじゃなかったかも。」
「要するにテレパシーって、ことか。」
『そのような理解で大丈夫かと。』
「こっちの言葉は理解してるんですか?」
『いいえ。お二人の言語はこの世界のものではないので幾ら知能が高い麒麟とは云えど、理解することは不可能でしょう。』
「「あっ。」」
意思の疎通が完全なる一方通行という思わぬ事実発覚に間の抜けた顔を晒す佐野さんと川口くん。
そして、確かにそんな感じだったと川口くんが口を開く。
「確かによくよく思い出してみるとそんな感じだったかも。何か多少困惑気味だったような気もする。」
「さっきのは雑談に夢中になってたからキレてたんじゃなくて、こっちの言語が全く理解出来なかったからキレてたのかもね。麒麟が言ってたことも全体的に会話ってよりか、こっちに言い聞かせる為の説明台詞みたいだったかも。」
「あー。じゃあ、どうするよ?」
「パチカス使うしかないんじゃないの?どの道使うんだから早いか遅いかの違いでしょ。」
二人の議論に結論が出るのを見計らって、パチンコの女神が再度説明を開始する。
『では、それも含めて先程中断されてしまった店舗関連の話に戻りましょう。』
「え?麒麟は放っておいていいんですか?」
『どうせ、動けませんからそのままでも大丈夫です。』
「いや、そういう事じゃ…。まあでも、それじゃあ、とりあえずはいいの、かな?」
二人は多少の哀れみを含んだ視線を麒麟に向ける。
麒麟は未だにテイムされたショックから抜け出せないのか、力なく拘束されて地面に這いつくばっている。
そのこちらの会話に一切関心を抱いていない様子見て改めてこちらの言葉が理解出来ていないことを確信した二人は、申し訳ないなと思いながらもパチンコの女神の説明に耳を傾ける。
『店舗名の話は先程致しましたね。次はその下の支店名の項目の説明に移ります。支店名の項目では、実際に店舗を設置する為の操作をして頂くことになります。』
「設置、ですか?」
『そう設置です。店舗の規模、座標、間取り、内装、設置する筐体などの項目を全て設定して頂いて【実行】キーを発動すると指定した座標に入力した通りの店舗が設置されます。』
「たったそれだけで建物が出来るんですか?」
『はい、一瞬で出来ます。』
「一瞬…」
何だか途轍もないシステムの話を聞かされて、あまりの衝撃に佐野さんと川口くんは少し黙ってしまう。
「…神のシステム、ヤベーな。」
「パチカスさえ有れば何でも、いやそれこそ世界征服すら出来そうだな。」
『先程申し上げた通り、神であれば物質的なリソースに制限はありません。しかし、ただ建物や施設を用意するだけでは文化や流行などを産み出すことは出来ないのです。お二人には、その足りない部分を補って頂きたいと思っています。』
そう言って頭を下げるパチンコの女神に佐野さんはいい笑顔で答える。
「わかりました。必ずこの世界をパチンコ、スロットで溢れさせてやりますよ。」
「その世界に明るい未来が見えないのは、俺だけかな。」
「安心してよ川口くん、俺もだよ。」
『頼んだ私もそう思います。』
「「いや、あんたもかよ!」」
二人の声を合わせたツッコミに、三人は顔を見合わせると誰からともなく笑い声が溢れるのだった。
そしてこの一連の会話の内容が滅茶苦茶な事も仕方のない事なのだ。
何故なら、一度パチンコに染まってしまった者に冷静な判断を求める事など出来る筈がないのだから。
『世界中にパチンコ、スロットが浸透すればする程、この世界における私の影響力は高まります。今回の依頼を達成した暁には、お二人の願いを私の出来る範囲でどんなものでの叶えて差し上げます。』
3人が一頻り笑い合った後、パチンコの女神が捕捉のように新たな報酬を提示する。
「どんなものですか?」
『どんなものでもです。勿論私の出来る範囲でという制限をどこまで広げるかは、お二人次第でございます。』
パチンコの女神は、相変わらずの微笑みを浮かべながらも二人に試すような視線を向ける。
「つまり、より良い報酬を手に入れたければ成果で示せ、ということですね。」
『その通りでございます。』
佐野さんの出した回答にパチンコの女神は、満足気に頷き説明の続きを開始する。
『支店名の項目では先程説明した新規出店だけでなく、既に存在している店舗の内装や設備の変更、そして、店舗の拡張を行うことが出来ます。』
「店舗の拡張ですか?」
『設置コストによって、店舗の規格は、小規模、中規模、大規模と7段階に分けられます。』
「7段階ですか?」
何かまた複雑そうなのが出てきたなー、と少し疲れてきた佐野さんと川口くんだったが、話の内容的に重要そうなので姿勢を正して耳を傾ける。
『店舗の最少単位をレベル1として、これは筐体を8台背中合わせに配置した計16台の山を3列配置出来る計48台配置出来る一部屋の間取りとなります。そして、レベル2はその部屋が2つ、レベル3はその部屋が3つといった間取りになります。』
例:レベル1部屋図
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「なるほど。」
『レベル4から5で階層が増え、レベル6から7で再びフロアの面積が広がります。』
「えーと、つまり」
パチンコの女神が説明してくれた店舗の規模を纏めると、
レベル1[小規模一階建て]1フロア計48台設置可能
レベル2[小規模一階建て]1フロア計96台設置可能
レベル3[中規模一階建て]1フロア計144台設置可能
レベル4[中規模二階建て]2フロア計288台設置可能
レベル5[大規模三階建て]3フロア計432台設置可能
レベル6[大規模三階建て]3フロア計864台設置可能
レベル7[大規模三階建て]3フロア計1296台設置可能
ということであった。
『店舗は、設置後に拡張することも可能ですが、レベル1から3、レベル5から7に拡張する場合には店舗の延床面積だけでなく敷地面積が変わりますので周辺に被害が出ないよう注意が必要となります。』
「わかりました。川口くん、理解出来た?」
「店舗の規模によって設置コストが違うってところまでは、完全に理解した。」
「オケ、細かいところは全く理解してないことがわかったわ。」
一応、確認はしてみたが川口くんにその手の期待は全くしていなかった佐野さんであった。
『各設備の維持費や筐体の設置費用などの数値は、実際に店舗の設置を行う際にご確認下さい。細かな説明は以上になります。あとは配布パチカスになりますが、2000万パチカスとなります。こちらはレベル1の小規模店舗の光熱費などのランニングコストの約1か月分と設置筐体48台分の購入費用、後は店舗内の電化製品や水道とガス周りの関係の設備設置費用を合わせたものとなっております。因みにパチンコ、スロットの筐体に関して全て買取対応とさせて頂きます。既に入金は終えていますのでご確認下さい。』
「あっ、はい。」
「それは、俺もスマホでも確認出来るんですか?」
『はい、お二人の共通アカウントとなっておりますので。』
佐野さんと川口くんは各々のスマホで【ホールメイカー】アプリのトップ画面を開いて確認する。
パチンコの女神の言う通り総パチカス数の表示は20,000,000パチカスとなっていた。
「おう、2000万ってヤベーな。」
「確認出来ました。ありがとうございます。」
『因みに先程も申し上げた通り店舗の建物の設置に関するリソースは全てこちら持ちですのでご安心下さい。』
「建物は無料なのに何で筐体と光熱費にはコストが掛かるんですか?」
どうせなら全部無料にしてくれたらいいのにと思った佐野さんはパチンコの女神に疑問を投げ掛ける。
『神々のルールではその世界の文化の保全という観点から、万物の複製はその世界内に存在するものしか出来ないようになっているのです。』
「なるほど、確かにそれは大事なことですね。」
「神様とはいえ、迂闊に文化ハザードをしてくれるなってことね。」
パチンコの女神の言い分に頷いて納得する2人。
『はい。ですので、パチンコとスロットの筐体はこの世界には存在しない故に複製することが出来ないのです。よって、日本から購入して運んでくるコストが必要になってくるのです。これは私が現地に直接介入しているのではなく、あくまでもお二人の特殊能力によって日本で購入された所有権を持つ物資が召喚された、というような建前でもあります。』
「なるほど、建前は大事ですね。」
『ええ、如何にルールを逸脱していないかという事が大切なのです。それと電気と水道、ガスの引き込みもですね。店舗内の電化製品と配線や水道周りとガス周りの設備や装飾関係もこの世界には無い物ですので持ち込み扱いとなり、店舗設置時に内装費用として支払いとなります。因みに水自体はこの世界にも勿論存在致しますが、浄水機能や下水処理なども有りますので諸々含め使用時にはコストを支払う使う形となります。』
「なるほどね、電気と水道とガス関係もそうなるのか。あっ、筐体を日本で複製してからこの世界に持ち込むことは、…出来ませんよね。出来たらやってますし、ルールの意味も無くなりますもんね。」
『御理解頂けて良かったです。神々が作り出した物は持ち込めませんが先程述べた建前のようにその地の人間が作り出した物や購入した物で所有権を有する物はお二人の能力でこの世界に持ち込めます。例えば、今お二人の手荷物や衣類が持ち込めているように。』
2人はパチンコの女神の言葉を聞いて自分達の服装をチラッと確認すると納得したように頷いた。
「なるほど、大体のルールは何となく理解出来ました。」
『それは何よりです。』
「あの、もしパチカスが全額無くなった場合はどうなるんですか?」
『別にどうということはありませんよ。保有パチカス数が店舗の光熱費等のランニングコストを下回り、払えなくなった時点で全て差押えとなります。パチカスはパチンコ、スロットの筐体が稼働時にしか稼ぐことは出来ませんのでそこで依頼達成不可となり、この世界に無一文で放り出されることになります。ある程度のペナルティが無ければ空の店舗をテント替わりにして何もせずに過ごすことも出来てしまいますからね。』
変わらぬ口調と微笑みで放たれた、無一文で放り出されるという言葉に嫌な汗をかく二人。
「救済処置なんかは…」
『ありません。』
「さようでございますか。」
「川口くん、絶対無駄遣いしないでよ。」
「そんなこと当たり前じゃんか。…タバコは無駄遣い入らないよね?」
「…はあ、川口くん何言ってるの?タバコが無駄な訳ないじゃないか。」
「理解がある相方で助かるー。」
本当に差し迫った事態が訪れない限り、基本的にはどこまでも能天気な二人であった。
『では、以上で説明を終わらせて頂きます。何か疑問点などはございますか?』
「大丈夫です。正直わからないことはまだまだありますが、とりあえずやってみます。」
『そうですか。それでは最後に私からの餞別ということでお二人にAランクの【翻訳】をプレゼントさせて頂きます。これで超古代文明の高度に暗号化された言語等の特殊なケースでもない限りはこの世界で会話に困ることはないでしょう。』
予想外のパチカス節約案件に二人は目を見張る。
「マジですか!?」
『マジです。』
「いやー、マジ神だわ。」
『はい、神です。』
「あっ、そうでしたね。って、このやり取り2回目。」
「ありがとうございます。ホント助かります。」
お礼を述べる佐野さんに、片手を顔の前で振るジェスチャーしながらパチンコの女神は答える。
『いえいえ、そもそもお願いしているのはこちらですから。それでは、私はこれで失礼致しますね。お二人の健闘を心よりお祈り致します。』
「はい、色々ありがとうございました。」
「女神の祈りとか最高のバフじゃないですか。」
『フフフ、それでは。』
こうして、チュートリアルを終えたパチンコの女神は本来自分のいるべき場所へと帰還していった。
そして、長い長い前置きを終えてこれでようやく佐野さんと川口くんの異世界ファンタジーがスタートするのであった。
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