8. 佐野さんは麒麟と対峙する。
『どうやらこちらの麒麟という存在はこの世界の生き物の中ではかなりの上位種のようですので、お二人の護衛役として有効活用出来るのではないかと判断しました。』
そう言いながらパチンコの女神は、這いつくばってまるで地面に縫い付けられているような姿勢で動けない麒麟を見下ろしている。
そんな微笑みを浮かべたままポンポンととんでもないことを提案してくるパチンコの女神に、二人は不満こそ全く無いものの神様との価値観の違いに苦笑いを浮かべることしか出来ないでいた。
「いや、麒麟が上位種じゃない世界観とかあり得ないでしょ。それどんなデストピアなんだよ。」
「ヤベーな、序盤から戦力のインフレが留まることをしらねーな。…んーでも、実際の所麒麟って強いのかな?俺よく知らないんだけど。麒麟が闘ってる所とか想像つかないし。ていうか、そもそも麒麟って何なの?」
しかし、そんな二人の戸惑いなどはお構いなしとばかりにパチンコの女神は佐野さんのスマホを操作しながら説明を続ける。
『ああ、この麒麟のランクはこの世界最高のSランクのようですね。種別は聳孤。この世界では最強クラスの種族のようですので良かったですね。』
「しょうこ、ってことは女の子なんですか?」
しょうこ、と言う言葉の響きに目を光らせる川口くん。
「それを知ると何か興奮してくるな。」
「いや、してこねーよ。というか、麒麟にも雄雌とかあるの?」
ちょっとした隙間にも興奮ポイントを見つけ出してくる川口くんに呆れる佐野さん。
『いえ、聳孤とは青い鱗を持つ麒麟の種類だそうです。ああ、でもこの麒麟は雌のようですから良かったですね。』
「いや別に雌だから良いとかないですけどね。でも、麒麟ってこの青色以外も種類がいるんですねぇ。あっ、確かにキリ◯ビールのラベルは黒い鱗だったかも。」
『鱗が黒い物を甪端、赤い物を炎駒、白い物を索冥と呼び、黄色い物を麒麟と呼ぶそうです。』
「へー、勉強になるなー。」
「これはコレクター心が刺激されて全種類コンプしたくなるな。」
もうすっかりいつもの調子を取り戻した二人と相変わらず微笑みを浮かべているパチンコの女神の緩んだ雰囲気に麒麟が痺れを切らす。
《妾は、この大陸西方の支配者たる四霊の瑞獣であるぞ。その妾に対してこのような仕打ちをしておいてタダで済むと思っておるのか!》
何とか首を持ち上げて、三人を威嚇する麒麟。
そんな麒麟に一瞥もくれることなくスマホを操作するパチンコの女神。
『【拘束】』
《キャワンッ》
そう言うや否や、地面から無数の鎖が麒麟に絡み付き地面へと縛り付ける。
巨大な麒麟を相手取って一方的にやりたい放題の様子を川口くんは神妙な表情で眺めていた。
「これぞ正に神の鎖ってやつだな。」
「真面目な顔して言うことがそれ?川口くん、最近思考がソシャゲとかアニメに毒され過ぎじゃない?」
こんな事をドヤ顔で言い放ってしまう程、最近の川口くんのハマりっぷりに佐野さんはほとほと呆れたよといった表情を浮かべている。
「佐野さんも一緒にソシャゲやろうぜ。」
「いや、この世界じゃ出来ないって話だったじゃんか。」
「あっ、そうだった。完全オワタだな、マジヘコみだわー。俺、もう帰っていい?」
「いいよー。」
全身を使ってガチ凹みを表現している川口くんに対して、それを完全に無視するように佐野さんはあっさりと返す。
「そこは止めてよ。友達だろ!?」
「女神様、川口くん帰るって。」
『そうなんですか?』
佐野さんの言葉を聞いて、パチンコの女神は小首を傾げながら川口くんに問いかける。
「いや、ホントやめて。マジでごめん、帰りたいなんて嘘だから。一緒に異世界ファンタジーさせて下さい。」
「たっく、川口くんはしょうがないなー。じゃあ、もう少しだけいていいよ。」
「ありがとー、流石佐野さん愛してるー。」
「まっ、俺は別に愛してねーけどな。」
「そういうとこ佐野さんマジドライだわ、でもそこに?」
「痺れも憧れもしないけどね、俺は。まあ、しょうがねーから後で一緒に攻略動画見てやんよ。」
「うわー、やっぱ佐野さんマジカッケーわ。」
「あんがと。…あっ。」
もう麒麟そっちのけで雑談に興じていた佐野さんと川口くんであったが、体勢を変えた瞬間に麒麟とパチンコの女神から視線が送られていることに気が付いて思わず声が出てしまったようだった。
二人とも流石に話の腰を折りまくっている自覚はあるのか、そのことに関して多少は罪悪感を感じてバツが悪いのであろう。
『そろそろ、よろしいでしょうか?』
「あっはい、お願いします。」
もう何度目かというやり取りに多少の申し訳無さでテンションを下げる二人に対して、もうすっかり慣れてしまったパチンコの女神は相変わらず微笑みを浮かべている。
『今は完全に動きを封じている状態ですので、後は【テイム】を選択してSランクで発動して下さい。』
「【テイム】はありましたけど、ランクってどこで弄るんですか?さっきはその辺調整してませんでしたけど。」
先程【ウォーターボール】を発動した時には、ランク調整などしてはいなかったのでちょっとだけ困惑する佐野さん。
『そういえば、そうでしたね。失礼致しました。まずは【テイム】をタップして頂いて、その後に表示される【発動待機中】の項目をタップして下さい。』
「【発動待機中】ですね。ああ、なるほど。」
【発動待機中】をタップした後に画面に表示された項目は、
【発動ランク】F
【対象】麒麟・聳孤 Sランク
【成功率】0%
【消費パチカス】100
となっていた。
「あのー、成功率0%なんですけど。」
『それは【発動ランク】がFだからです。ランクをSまで上げてみて下さい。』
「わかりました。…おおっ。」
【発動ランク】をFからSまで上げてみると画面の表示が、
【発動ランク】S
【対象】麒麟・聳孤 Sランク
【成功率】100%
【消費パチカス】10,000,000,000
と変化した。
「流石Sランク、消費パチカスが100億パチカスとか馬鹿高いな。」
「1パチカスが1円だから日本円で100億円か。」
「いや、等価なのに何でそこわざわざ換算したんだよ。」
「100億パチカスって、何連チャンしなきゃいけないんだろうな。」
「膨大過ぎて考えたくもねーよ。」
実際に具体的な数字として提示された高過ぎるハードルを実感して佐野さんと川口くんは、思わず遠い目をするのであった。
『今回はチュートリアルのようなものですので、費用はこちらで負担致しますがいずれはこれ以上パチカスを稼ぐことが出来るようにパチンコ、スロットを世の中に普及させて下さいね。』
「先は長そうだな。」
「でもやるしかねーべ。」
「んだな。」
二人がなし崩し的に決意を新たにしていると佐野さんがふと今更な事に気がつく。
「そういえば、この依頼のゴールってどうなってるんですか?」
『そうですね。明確には決めていませんでしたが、折角目安のような数字が出てきたので一日当たり100億パチカスを稼ぎ出すことを目標としましょうか。』
「一日で100億パチカスもですか!?」
佐野さんはその余りにも馬鹿げた数字に思わず絶句する。
『ザックリとした目安ですが、パチンコで考えるとすると各台一日フル稼働したとしてそのアベレージ2万発と考えると50万台ってところですか。』
「「50万台!?」」
そして、更に実際に目標となる数字を出されて、思わず声が揃ってしまう佐野さんと川口くんであった。
500台配備でそれなりの規模の店舗になるのだから、それを0から始めて1000店舗運営しろとは気の遠くなる話であった。
勿論、日本にはそれを軽く超える量の約1万店舗のパチンコ店がある。
やだ、日本、恐ろしい国…
『実際の稼働率を考えると2倍、いや少なくとも3倍は必要かもしれませんね。ちなみにこの世界の人口は地球の人口の5分の1にも満たないので依頼の達成度としても丁度良い数字となっております。』
冷静に考えて滅茶苦茶高いハードル設定をパチンコの女神が概算でザックリとした目安として提示してくる。
「3倍というと3000店舗かぁ、…はぁ、川口くん先はホント長そうだよ。」
「まぁ、俺と佐野さんなら余裕でしょ。」
「えっ、何?急に強気だな。」
やけに強気な川口くんは佐野さんの胸を自分の右拳で叩きながらこう言い放つ。
「俺と佐野さんが揃ってて今まで出来ないことなんてあったか?」
「いっぱいあったよ。寧ろ出来た事の方が圧倒的に少ないくらいだよ。」
「ですよねー。」
《おーい、妾はいつまでこうしておればよいのじゃ。いい加減苦しいからどうにかして欲しいのじゃが。》
和やかな雑談ムードを漂わせてる三人に放置されていた麒麟が声を掛けてくる。
あっ、といった顔で麒麟の方に振り向く佐野さんと川口くん。
「麒麟のことをすっかり忘れてたな。」
「佐野さん、そういうとこだぞ。」
「川口くんもな。」
『では、改めて発動待機中の【テイム】を発動して下さい。』
「わかりました。ポチッとな。」
「表現古っ。」
佐野さんが川口くんのツッコミをスルーして、スマホをタップするとスマホから眩いばかりの光が放たれ麒麟を包みこむ。
《なんじゃこれは?矮小な人間風情がこの妾をテイムしようじゃと?舐めるなよ、人間風情がって、…あれ?なんじゃ?もしかして妾の力が押し負けてる?嘘!?なんでじゃ!?》
最初こそ余裕を見せていた麒麟だったが次第に佐野さんの発動した【テイム】の威力に恐怖を感じ始める。
《嘘であろう?この妾が、四霊の瑞獣であるこの妾が人間如きにテイムされてしまうじゃと?まさか、そんなことがありえるのか。あっ、》
スマホから放たれた光は麒麟の身体に浸透していくように次第に収束していき、最後に首輪のような紋様を麒麟の首に刻んで完全に収束した。
『あの、首輪のような紋様が従魔の証となります。これで無事【テイム】は完了となりました。おめでとうございます。』
それを聞いて佐野さんと川口くんは視線を合わせる。
そして、タイミングを合わせるように同時に雄叫びを上げた。
「麒麟ゲットだぜ!」
「麒麟獲ったどー!」
「あっ、そっち?」
「いや、俺も正直迷った。」
麒麟を従魔にするという一大事が起きても相変わらずな佐野さんと川口くんであった。
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