7. 佐野さんはチート能力を手に入れる。魔法編
『大まかなルールは理解して貰えたようなので次にパチカス交換一覧について、詳しく説明させて頂きます。』
「普通に景品の交換だけじゃないんですか?」
まだ何かあるのかとパチカス交換一覧をタップしながら各項目をチェックする二人。
『ご覧になって頂ければわかると思いますが、こちらのページには現在日本にあるパチンコ店で交換可能な商品がラインナップされています。地域振興イベント用の交換品も含まれているので偏りは有りますが結構なラインナップになっていると思います。』
表示項目をざっと確認して見てみるとジュース、タバコ、お菓子といった定番の交換品や洗剤やトイレットペーパーのような日用品、カップラーメンやレトルト商品等とほぼコンビニと変わらないラインナップに加えて更には地域の名産品や特産品、ゲーム機器や電化製品に高級食器や植物等も含まれた多種多様なものだった。
「あっ、ビールとチューハイにハイボールもあんじゃん。梅酒も瓶であるし、焼酎と日本酒にウイスキーも結構良いの入ってるじゃん。…それと、おいおい紹興酒とかもあるぜ。中々イカしてな。」
「いやこれ、マジで便利だな。」
しかし、そんな多種多様なラインナップ中でアルコールに一番興味を惹かれる残念の大人二人組。
因みにタバコに目が行かないのは、二人にとってパチンコ屋でタバコが交換出来る事は海に海水がある事と同じくらい当たり前の事なのだ。
「マジで至れり尽くせりだわー、川口くんも来て良かったっしょ。」
「それな、マジ異世界最高だな。」
もはや居酒屋のタッチパネル感覚で一つ一つの商品ラインナップに一喜一憂しながら佐野さんと川口くんは交換ページを読み進めていく。
すると読み進めていくうちにページ右上に星印があることに気が付いた佐野さんは、何の気無しに星印をタップしてみた。
そして、表示された項目に眼を見開くのであった。
「ちょっ、川口くんこれ、右上の星印押してみ。」
「何?なんか面白いもんでも、ってマジかよこれ!?」
佐野さんに促されて星印をタップした川口くんも表示された項目に驚きを隠せなかった。
『お気付きになられましたか?そうです。そちらのページには、パチカスを消費して使用する事や習得する事の出来る魔法や特殊技能の一覧が記載されています。』
イタズラが成功したみたいにクスクスと小さな笑いを零しながら、楽しそうにパチンコの女神は話を進める。
『この世界が人間だけでなく魔法と魔物と亜人が存在する世界だというのは、転移前にお教えしたと思います。それはつまり、お二人がこの世界でその身を守るにはそのままでは些か心許ない。という事で、こちらはその対応策となっております。』
「つまり、俺達も魔法が使えるってことですか?」
『その通りです。お試しに何か一つ使ってみましょうか。そうですね、危険が無さそうな【ウォーターボール】をタップしてみて下さい。』
「【ウォーターボール】ですか?わかりました。」
佐野さんは、スマホに表示されている【ウォーターボール】の項目をタップする。
すると目の前の空中にバレーボールサイズの水の塊が現れた。
「うわっ、スッゲ!?マジで魔法じゃないですか!?」
「やべーな。これで佐野さんも魔法少女の仲間入りだな。」
「少女じゃねーけどな。…うお、冷てぇ。」
佐野さんは目の前に浮遊している水の塊に恐る恐る指を突っ込んで感触を楽しむ。
「あっ、俺も触りたい。…ああ、いいなこれ。夏に欲しいわぁ。てか、この水の塊はずっとここに浮いたままなの?」
そう言われて、水の塊から手を引っ込めた佐野さんはスマホを確認すると【発動待機中】という表示とその下に【解除】【発射】という二つの項目が表示されていることに気が付いた。
「あっ、これ発射出来るっぽいわ。」
「マジか!よっしゃ、こい!」
佐野さんの言葉を聞いた川口くんはそそくさと水の塊から離れて距離を取り、両腕を大きく開いてポーズを決めた。
「えっ?川口くんに向かって発射すればいいの?結構痛そうだよ。」
「いや、佐野さん。俺を信じろ。」
「ちょっと何言ってるかわからないですけど、面白そうなので発射しまーす。」
ノリノリでスマホをタップする佐野さん。
そして、案の定水玉が顔面にぶつかって吹っ飛ぶ川口くん。
「ぶへっ!」
「ちょっ、川口くんwめっちゃ吹っ飛んでるしww」
川口くんの身に起こった惨事を見て、身体をくの字に曲げて腹を抱えて笑う佐野さん。
一頻り笑い終わった後、びしょ濡れになって蹲っていた川口くんを助け起こしてあげる事にした。
「あー、笑った。マジで今年一番笑ったかも。川口くん、無茶しちゃダメだよ。そんなにびしょ濡れでいたら風邪引いちゃうよ。」
「いや、そっち!?確かに風邪引きそうなくらい体温を奪われてるけども。」
「まあ、でも川口くんは風邪引かないから大丈夫か。」
「馬鹿だからね、って普通に引くから。いや寧ろ、馬鹿だから体調管理出来なくて普通の人より引くわ。って、誰が馬鹿だ!」
「長めのノリツッコミ、サンキューです。」
自分達が魔法を使えるという非常事態に、興奮を隠せない佐野さんと川口くんであった。
『そろそろ、よろしいでしょうか。』
そんな二人のじゃれ合いがひと段落ついたのを見計らってパチンコの女神が話を再開させる。
「すみません。ついついはしゃいでしまいました。」
『大丈夫ですよ。お気持ちは理解出来ますので。という訳で身の危険を感じた際には、こちらを使って対処してみて下さい。』
「わかりました。」
『最後にトップ画面のブランクになっている箇所の説明をさせて頂きます。お二人ともトップ画面を開いて下さい。』
二人は指示通りに【ホールメイカー】アプリをトップ画面に戻す。
それを確認してパチンコの女神は改めてアプリの説明を再開した。
『この一番上の項目は、店舗名の設定となっております。店舗名の付け直しに関して特に制限等はございませんが世の中に浸透させることを考えると余り何度も変更されない方がよろしいかと存じます。』
「それはそうでしょうね。わかりました。」
「名前かぁ、あれっ?この世界の言語ってどうなってるんですか?」
名前の話をしていて川口くんが根本的な問題に気が付く。
『言語に関しては、ご自身の力で学習によって習得されるか、パチカス交換一覧から特殊技能の【言語習得】もしくは【翻訳】等の魔法を入手するといった方法が考えられます。』
「あっ、そこも魔法とかでいけるんですか。」
「魔法半端ねーな。」
なるほど魔法ってやっぱり便利だな、と顔を見合わせる佐野さんと川口くん。
「じゃあ、俺は魔法で覚えるから川口くんは本でも読んで覚えなよ。」
「いや、何で俺だけ自力学習なんだよ。」
「面白そう、だから?」
「そこはせめて嘘でもコスト削減とか言おうぜ。しかも、何で疑問系?そんな曖昧な感じで俺に重労働を押し付けないでよ。」
ついつい雑談に花が咲く二人とそれを止める素振りを見せないパチンコの女神のせいでまた時間だけが無駄に消費されていくのかと思われたが、そこに突然の乱入者が現れたことによって事態が急変するのだった。
《何やら奇妙な気配を感じて様子を確認しに来てみれば、人間如きが一体このような所で何をしておるのだ?》
大気を揺らすような威圧感の込められた言葉が三人の上空から降り注ぐ。
佐野さんと川口くんは、脊髄反射的に声のする上空を見上げるとそこには凡そ現代社会では見ることはない巨大な生き物が浮かんでいた。
「なっ!?」
「川口くん、あれってもしかしてあれかな?」
「もしかしなくてもあれだな。」
その巨大な生き物は、全体的なフォルムが鹿によく似ていて背丈は10m以上あり、顔は龍に似ていて二本の角と更には牛の尾と馬の蹄をもっていて、毛は金色で身体には青い鱗がある。
そう、その姿はまさに日本ではビールのパッケージでお馴染みの四霊の瑞獣。
「麒麟だな。」
「はい、激アツ来ました。」
「まあ、それキリン違いだけどな。ていうか、ここって中世ヨーロッパ系異世界じゃなかったの?何で初っ端から古代中国神話系の神獣みたいなのが出てくんの?」
『まあ、ここは貴方達のいた地球とは似て非なる世界ですからね。多少の誤差はあります。でも、不思議ですよね。どんな平行世界でも人という種がベースとなって文化形成を行なっていくと行き着く先は似たような物になるのですから。』
突如現れた巨大な古代中国的ファンタジー生物を目の前にしても通常営業の佐野さんと川口くんであったし、パチンコの女神は楽しそうに微笑んでいるだけだった。
でも、流石にこれは遊んでばかりもいられないのではなかろうか。
二人は少し冷静さを取り戻して現在の状況を考えてみると、やっぱりこの状況はちょっと拙いというか死の危険もある様に感じてきた、というかいつの間にか背中が冷や汗びっしょりだ。
何故なら目の前の巨大なファンタジー生命体からのプレッシャーが物凄いからだ。
「あ、あのー、因みにここってどんな場所なんですか?」
麒麟に気付かれないように小声でパチンコの女神に問いかける佐野さん。
『転移先に関しては出来るだけ人がいない地域というカテゴリーで選んだだけですが、どうやら人がいなかった理由はアレのテリトリーだったからなんでしょうかね?』
事もなげに変わらぬ微笑みを浮かべたまま、そうしれっと言い放つパチンコの女神。
「いや、何で疑問系なんですか?ちょっとー、そこはちゃんと下調べして下さいよー。」
「というか、大丈夫なんですか!?こっちは丸腰なんですけど!」
「いきなり麒麟がエンカウントとかエッジが効き過ぎでしょう。最初は、スライムとかゴブリンとかその辺から慣らしていくのが基本でしょ。最近の異世界物ってこんな感じなの?」
「ああー、佐野さん。最近はそういうのもアリなんだわ、テンプレ崩し的な感じで。いや、寧ろそれすらもテンプレになりつつある。」
「うわっ、時代の流れにガッツリ取り残されてるわー。」
二人がそんなメタっぽい会話を繰り広げていると痺れを切らした麒麟が更に威圧を強めてくる。
《何をコソコソやっておる、質問にさっさと答えぬか!》
益々強まった威圧感に、先程の少し緩んだ雰囲気は一気に吹き飛ばされ、二人は顔面蒼白となって立っているのも限界を迎える。
そんな中、先程から相変わらず微笑みを浮かべて成り行きを見守っていたパチンコの女神が何か思いついたような表情を浮かべて一度手を叩く。
『いい機会なのでパチカス交換一覧でどんな事が出来るのか、その実践をしてみましょうか。チュートリアルというやつです。そうですね、今回は私が使用パチカスを持ちますので最大出力でやってみましょう。』
「さっ、最大出力って?」
パチンコの女神の発言に何とか声を絞り出す佐野さん。
『魔法や特殊技能は、その威力や効果をFランクからSランクまで消費パチカス数によって調整することが出来ます。ちょっとスマホをお借りしてもよろしいですか?』
「え?あっ、どうぞ。」
佐野さんからスマホを受け取るとパチンコの女神は、店舗管理アプリを操作し始める。
そして、操作が一通り終わると上空の麒麟に視線を向ける。
『跪け。』
《何を、っ!?》
パチンコの女神がスマホをタップすると同時にそう言い放つと、上空で悠然と三人を見下ろしていた麒麟が突然上から何かに抑えつけられたかのように地面まで落下してきたのだった。
地面に着地した後も麒麟は首を誰かに上から抑えつけられているような体勢になっている。
『これがSランクの【威圧】の効果です。』
麒麟が地面に墜落した衝撃で尻もちをついていた佐野さんと川口くんにパチンコの女神は説明する。
『先程までお二人が圧迫感を感じでいた原因は、上空にてあの麒麟がBランクの【威圧】を放っていたからです。今はそれをこのアプリを使って上から塗り潰した形になります。大体2ランクも差があればこのようなことも容易く行使することが可能です。勿論、その分消費パチカス数は増加することになりますが。』
「はあ、そうですか。」
「何か凄過ぎて言葉では表現出来ないな。」
『お二人とももう自由に動けると思いますが、如何ですか?』
パチンコの女神にそう言われて、二人は立ち上がる。
確かに自分達が感じでいたプレッシャーは跡形もなく霧散しているようだった。
そのことを確かめると今回の事態を引き起こし、未だ地面に這いつくばっている麒麟に目を向ける。
「近くで見ると迫力が違うな。」
「異世界に来たって、改めて実感するな。」
「そうだな、異世界やっぱスゲーわ。それでこの麒麟はどうするんですか?」
先程までの顔面蒼白状態からすっかり雑談に興じれる程に落ち着いた佐野さんは、パチンコの女神に麒麟をこの後どうするのか尋ねる。
食べるとか?
いや、流石に言葉が通じる生物は食べたくないかなぁとそんな事を思案してみるが、正直自分達では手に余るどころか何をどうすれば良いのか最初の一手目から迷子状態であった。
『先程お話した中にも出てきた事なのですが、この世界で生きていくにはお二人の戦力では些かどころじゃない不安が残ります。』
「それは今、物凄く実感しています。」
「だな。」
目の前の麒麟をチラッと見ながら佐野さんと川口くんは答える。
こんな不思議ファンタジー生物が跋扈する世界に日本で平和にパチンコに興じていたアラサー2人組がいきなり放り込まれて果たしてどうなることやら。
『ですので、こちら麒麟をテイムして従魔にするのは如何でしょうか。』
「えっ!?」
「はあ!?」
これは何とも序盤から凄い展開になったものだと思う、佐野さんと川口くんであった。
お読み頂いてありがとうございました。
楽しんで頂けてますでしょうか?ブクマ、評価、感想など頂けましたら励みになります。
作者を育てると思って応援よろしくお願いします。