5. 川口くんは異世界転移に巻き込まれる。
その日(平日)も佐野さんの友人であるパチンカスニート川口くんはマイホールであるパチンコ屋に足を運んでいた。
開店1時間前から店頭で列を作って並び、整理券番号7をゲットした川口くんは昨日の大負けを取り返すべく開店と同時に目当てのスロット台に向けて足を進める。
そして、台に着席するといつものように子役カウンター(パチスロには設定というものがあり、その設定を見極める為に計算する簡易的な装置)を起動していざ遊技を開始したのであった。
「んー♪、ふふーん♪」
整理券番号7番を手に入れた時点で今日の俺の勝ちは決まっていたんだなぁ。
こういう語呂合わせの験担ぎはギャンブルに挑む際には必要不可欠であり、運を呼び込む為なら何でもこじ付けて行かなければならないのだ。
とは言え、その所為で退き際を間違えて大損する事も多々あるので加減の難しい所である。
しかし本日は大勝利確定、鼻歌交じりに本日の戦果である自身の椅子の後ろに並べられたメダルのパンパンに詰まったドル箱達を眺める笑顔の川口くんの口元から思わず声が溢れ出る。
「佐野さんも一緒に来れれば良かったのになぁ。」
そんな平日に真っ当なサラリーマンでは絶対に不可能な事を考えていると、何の知らせかその佐野さんからスマホに着信が入ってきた。
しかし、佐野さんもイベントデー等には有給休暇を取って平日に一日中パチンコに興じる事もあるのでこの場合の真っ当に佐野さんは含まれていない。
「あっ、もしもし、川口くん?」
「どした、佐野さん?飲み?んーでも、6だから(確率が高設定で当たり易い)今日は閉店コースっぽいわ。待てる?」
「ああ、飲みじゃないから大丈夫。突然なんだけどさ、川口くん旅行かない?」
「旅?いいねー、勿論行くでしょ。」
佐野さんから突然放たれた旅というキーワードに一瞬の躊躇いも無く、条件反射で反応する川口くん。
このレスポンスの速さこそが佐野さんが同行者に選んだ理由の一つだ。
まあ、只の考えなしとも言えなくはないのだが。
「あと、昨今定番の異世界物についてどう思う?」
「どうって、物によるけど好きな方だよ。いや寧ろ、愛してると言っても過言ではないね。」
スマホ越しに聞こえて来た川口くんのその発言に佐野さんは思わずニヤッと悪巧みをしているかのような笑みを浮かべる。
「なるほどね。じゃあ、もし自分が突然異世界にいくことになったらどうする?断る?」
「それは望むところだね、断る訳無いじゃんか。今からでも大丈夫なくらいだよ。いや、寧ろもう異世界に転移し始めてると言っても過言ではないね。」
ちょっとした軽口のつもりが、意図せず現状を的確に現した答えを導き出してしまった川口くんは、自信満々にそう言いきったのだった。
まさか本当に異世界転移させられ始めてるとも知らずに。
「川口くんならそう言ってくれると思ったよ。」
その答えを聞いて、嬉しそうに佐野さんはパチンコの女神に視線を送る。
そんな簡単なやり取りでいいの?と視線を向けられるがOKのハンドジェスチャーでそれに答える。
パチンコの女神は、微妙な表情を浮かべていたが本人達がそれでいいならいいかと納得して転移の準備に入った。
「そんなこと急に聞いてどしたの?何か面白いアニメでも見つけたの?」
「ああ、そういうのじゃないよ。ちょっとした確認っていうか。まあ、また後で話すよ。…友人と電話していたらいきなり異世界に飛ばされてしまった件、なんてね、ブフゥ…」
スマホから漏れ聞こえる佐野さんの吹き出した笑い声を不審に感じて、川口くんが改めて問いかけようとその時であった。
「え?今何て?って、眩しっ!?何だこれ!?うわっ………」
川口くんは眩いばかりの光の波に飲み込まれて神隠しにあったのでした。
川口くん分の回想終わり。
「…ッー……ッー」
「川口くん?おーい、川口くん大丈夫か?」
佐野さんは川口くんの情け無い悲鳴を最後に音信不通になったスマホに話し掛ける。
「…ッー……ッー」
「転移終わりました?」
佐野さんは一仕事終えたかのような満足気な表情を浮かべて、スマホの通話を切るとパチンコの女神にそう尋ねた。
『ええ、無事に終わりましたよ。彼一人を待たせるのもあれですし、私達もそろそろ彼方の世界に向かいましょうか。』
「そうですね、それではよろしくお願いします。」
「はい、では。」
そんなやり取りを最後に佐野さんとパチンコの女神は、真っ白な空間からその姿を消したのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
異世界まで転移の工程は、佐野さんの感覚で言えば全身を強烈な光に一瞬で包まれたかと思えば次の瞬間には既に森の中に立っていた、と言った感じだった。
こりゃあ、何も言われずにあの光に飲み込まれた川口くんはさぞテンパった事だろうと佐野さんは再び笑いがこみ上げてくる。
「ふぅ、ここが異世界か…、というか何で森の中なんですか?」
パッと目につく範囲の光景が明らかに文明の手の入っていない原生林のような光景で、少し圧倒された佐野さんから思わずホゥと溜息が溢れる。
『それはいきなり人の居るところに現れたら無用の騒ぎを起こすことになりますからね。その対策として少し人里離れたところに転移したという訳です。』
「ああ、なるほど。それは一理ありますね。」
『それよりも彼に声をかけなくていいのですか?』
パチンコの女神が指差す方向に佐野さんが顔を向けると、そこにはパーマの掛かった茶髪で服装がTシャツジーパンの男がスマホ片手に地面に尻餅をついて呆然としていた。
自分で巻き込んでおきながら思わず噴き出しそうになったのをどうにか堪えた佐野さんは、茶髪の男こと川口くんに話し掛ける。
「あれれ?川口くんじゃん。どしたの?そんな呆然として?」
聞き覚えのある声を聞いて、漸く川口くんは落ち着きを取り戻し我に返ると佐野さんの方に首だけ向けて振り返った。
そして、未だ興奮醒めらぬといった様相で佐野さんに語り掛ける。
「どしたの?じゃないよ。今、凄い体験したんだ。」
「凄い体験って?」
「い、いや、体験したというよりかは理解を超えていたんだけど。あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!俺はパチンコ屋でスロットを打っていたと思っていたら、いつのまにか森の中に座っていた。な…何を言っているのかわからないと思うけど俺も何をされたのかわからなかった…頭がどうにかなりそうだった…催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。」
「いやいや、長々と乙w」
「まあ、折角訪れた絶好の機会だったからね。」
川口くんは佐野さんから差し出された手を掴み立ち上がる。
ズボンに付いた土埃を払いながら落ち着き払っている佐野さんを見て、何となく今回の件の元凶が佐野さんであることを察してその事を尋ねる。
「そんで、どういう状況?」
「実はかくかくしかじかで、…」
「なるほどそういう事かって、いやそれで通じるのは漫画の世界の中だから。つーか、最近は漫画でも見ないよそんなクラシカルな表現。」
「どうしたの川口くん?今日、キレッキレじゃんか?」
「まあ、突然の出来事の数々にテンションが上がってる事は否定出来ないな。」
楽しそうに悪ノリに拍車の掛かった佐野さんではあったが軌道修正して、改めて今度はきちんと川口くんに事のあらましを順に説明していく。
「…てな感じでね、折角の異世界ファンタジーだったから川口くんも一緒にどうかなって思って誘ったわけですよ。どうせ暇だっただろうし、川口くんも来たかったでしょ?」
「いや、それマジ感謝だわ。佐野さんの心遣いに震えるしかないわ。事前に詳細を話してくれてたらもっと最高だったんだけどな。」
「それじゃあ、サプライズにならないじゃんか。」
「見当違いな心遣い、サンキューです。」
「いいってことよ、俺と川口くんの仲だろ。」
パチンコの女神と相対していた時とは180度打って変わって砕けた口調で話す佐野さん。
その辺りはTPOを弁えてきちんと使い分けの出来る佐野さんであった。
しかし、それは佐野さん目線の話でありパチンコの女神は些か驚きの表情を浮かべて2人のやり取りを静かに見守っていたのだった。
いや、このしょうもない雑談さっさと止めなよ。
神様って、暇なの?
「あっ、川口くん。こちらはパチンコの女神様。」
一通り雑談を終えて、ふとパチンコの女神の視線に気が付いたのか、佐野さんは漸くパチンコの女神を川口くんに紹介する。
「あっ、やっぱり見た目通り女神様なんだ。って、パチンコの女神様!?じゃあ、俺達の主神じゃんか!有難や有難や。」
『いえ、別に拝んで頂かなくても大丈夫ですよ。』
放っておくと今にも五体投地しかねない雰囲気の川口くんにパチンコの女神は優しく声を掛ける。
『それに私はあくまでもパチンコ、スロットの繁栄を司る神であってギャンブル運を上げる御利益はありませんから。それはまた別の神の担当です。』
「あっ、そういうものなんですか。」
『はい、そういうものなのです。』
そう言われては仕方がないと、既に降ろしていた片脚を上げて立ち上がる川口くん。
そこでふとあることに気が付いた。
「あれ?異世界転移で女神様ってことは、ひょっとしてこれは俺に何かチート能力を授けてくれるイベントですか?」
『いえ、違います。』
「違うの!?」
『貴方は、そちらの佐野さんの願いによってここに呼ばれた謂わば付属品のような扱いなのです。ですので、そういったサービスの対象外となっております。』
「付属品って、マジかぁ。」
非情なパチンコの女神の言葉にテンションダダ下がりの川口くんだった。
しかし川口くんを着の身着のまま放り出すのも、それはそれで無責任だと感じているパチスロの女神は一つの提案を佐野さんに提示することにした。
『しかし佐野さんが宜しければ佐野さんに与える予定の能力、というか正確にはシステムなんですがそれは後で説明するとして、とにかくその能力を二人で共有することも可能です。その場合のデメリットに関しては、実際に運用してみないとわからないというのが現時点での回答にはなりますが。』
「二人で一つの能力を共有するんですか?それでデメリットはやってみないと現時点では不明と。…うーん、川口くんはそれでいい?」
本来なら決定権を持ちお願いされる側の立場の佐野さんからの提案に、素直に驚く川口くん。
「いや、佐野さんこそいいの?」
「だって、もし能力を共有しないで川口くんがあっさり死んじゃったりしたら寂しいじゃんか。」
「佐野さん、マジかっけぇわ。そもそも俺が今困った状況に陥ってる原因が全て佐野さんにあったのだとしても。」
そうなのだ。
よくよく考えてみると、そもそも今回川口くんが異世界で窮地に陥りそうになっている元凶は全て佐野さんに由来している事案なのであって、それをリカバリーするのは佐野さんの当然の責務なのだ。
「それは言わないでよー。いいじゃんか、異世界生活を一緒に楽しもうよー。」
「それは激しく同意せざるを得ないな。それで佐野さんって、どんなチート能力貰ったの?」
「いんや、まだ何も貰ってないし概要すら聞いてない。」
そうあっけらかんと答える佐野さんに、川口くんが口調を強めてツッコミを入れる。
「いや、そこは最初に詳しく聞いておくべき案件だろうが!?」
川口くんの言うこともわかるが実質的に断るという選択肢がなかった以上、佐野さんがこの件を後回しにしてもそれ程問題ではないという考えになったのは仕方がない事なのかもしれない。
でも、もう転移は済んでいるので現時点まで確認することを疎かにしていたのは佐野さんの明らかな失点でもあった。
「もう転移も済んだことですし、諸々のルールとかさっきの能力の話とかを詳しく聞かせて貰っても大丈夫ですか?」
『では、その話を今からしてしまいましょうか。下手に人目を気にするよりもこちらの方が安心ですし。少し長くなりますがお二人ともよろしいでしょうか?』
「はい、よろしくお願いします。」
丁度良い高さの木の根や岩場に腰を落ち着け、パチンコの女神は2人に向けてこれからのことを話し始めるのだった。
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