4. 佐野さんは異世界に旅立つ。
『貴方にはこれから私の管轄している別の世界でパチンコ、スロットを広める為に活動して貰おうと思ってます。』
「それは、もしやというかやはり、異世界転移という流れですか?」
『今風に言えば、そうなりますね。どうですか?引き受けてもらえますか?』
パチンコの女神の問いかけに佐野さんは間髪入れずに答えるのだった。
「引き受けましょう。」
『貴方ならそう言うと思ってました。細かいルールなんかは現地で説明した方が分かりやすいと思いますけど、どうしますか?』
「そうですね、ならそのようにお願いします。」
『じゃあ、早速転移させますね。あっ、そちらの荷物は持っていっても大丈夫ですよ。向こうでも使えるようにしておいたので。』
佐野さんは、まさか荷物の持ち込みが可能だとは思っていなかったので流石に驚く。
「いいんですか?というか、使えるんですか?」
『勿論、使用上のルールみたいなものはありますけどこちらの都合で働いて貰うのだからそれくらいのサービスは許容範囲内です。』
「あっ、スマホはどうなんですか?通信とか電話とか、あと充電とかも出来るんですか?」
佐野さんも流石に電子機器は無理だろうと思ったが、とりあえず聞いてみることにした。
「スマホに関しては、通話は不可。通信は閲覧のみで充電も勿論出来ます。」
「それは、…かなり便利で有難い話ですね。もしかして、行き先は文明レベルが地球と同水準かそれ以上だったりしますか?」
よくある異世界ファンタジーかと思いきや、近未来SFの可能性が出てきたので佐野さんは少し困惑する。
というか、もし近未来SFだった場合にパチンコって流行らすことが出来るのだろうか?
地球より文明の栄えてる世界にいったらパチンコの上位互換的な何かが既に流行っているのではないだろうか。
しかし、そんな心配は杞憂に終わった。
『いえ、貴方達の感覚でいう所の中世ヨーロッパの世界観に魔法、魔物、亜人有りって感じですかね。』
「魔物ですか!?それって大丈夫なんですか?こちとら運動不足のサラリーマンなんですけど。いきなり襲われて、その…死んだりとかしたりしませんかね?」
既に佐野さんは、無条件で魔物に対して喜び勇んで戦いを挑んでみたいという気持ちが湧いて来る年代ではない。
ちょっと張り切って動くと息はすぐに切れるし、足だってもつれる可能性が高い。
筋肉痛だって2日後だ。
しかし、そんな佐野さんの心配などに気にすることなくパチンコの女神はこう答えるのだった。
『あなたは死なないわ、私が守るもの。』
そう言い切ったパチンコの女神に、一瞬面食らった佐野さんであったがすぐに心得たとばかりに神妙な、そして少しだけ寂しげな表情を浮かべる。
『さあ、行きましょう。……さよなら。』
佐野さんの方向を見ることもなく、その言葉を残してパチンコの女神は転移をしたのか何処かに消えてしまった。
「…別れ際にさよならなんて言うなよ。」
そう呟くと誰も居なくなった真っ白な空間の中で佐野さんは、一人黄昏るのであった。
しかし、その表情が満足気であったことは語るまでもない事実であった。
まだまだ心が原始に戻りっぱなしの佐野さんである。
その後、何事も無かったかのように普通に戻ってきたパチンコの女神は佐野さんとハイタッチを一つ交わして、これまた何事もなかったかのように話を再開する。
『こちらとしてもパチンコ、スロットの布教に尽力して貰わないといけないのでそれなりにバックアップ体制を整えているのでご安心下さい。俗に言う特殊能力的なものも用意しています。』
さっき出会ったばかりなのにいつの間にそんな事になったんだ?と佐野さんは思わなくもなかったが、神という超常の存在と一人間の自分の時間という概念が共通の物であるとは限らないと思ったので無難に流す事にした。
というか、特殊能力ですと?期待の高まるワードだ。
『しかし、あまりこちらにおんぶに抱っこということでは困りますので条件を設けて達成度に応じて報酬、といった所謂クエスト方式のようなものを取らせて頂きます。だから、何の動きも見られなければすぐに…ということもありえます。』
「働かざる者食うべからず、ってことですね。」
『そういうことです。理解が早くて助かります。』
佐野さんとのやり取りにパチンコの女神は合格点を付けたようだ。
『それでは、現地に向かいましょうか。忘れ物はしないで下さいね、ここにはもう戻ってきませんから。』
何だか旅行のガイドみたいなことを言ってるなと思いながら、佐野さんは知らず知らずのうちに昂っていた気持ちが少し落ち着きを取り戻した気がした。
そうすると一つ試してみたいことが浮かんできた。
でも、ちょっと無理かなと思いながらも折角だからとダメ元でパチンコの女神に提案してみる。
「あの、もう一人一緒に連れていくことって出来ませんか?」
『もう一人?ですか?』
まさか、そんな提案をされるとは思ってもみなかったパチンコの女神の表情は少し面食らっているようだった。
しかし、次第に面白いものを見るような表情に変わっていく。
『それは、何故ですか?』
「いやー、一人は寂しいっていうのもあるんですけどね。友達に同い年の川口くんっていうパチンカスのニートがいるんですけどコミュ力のパラメーターが異常に高い愉快な奴でして、今回の依頼にはうってつけかなとふと思い浮かんだんで。それとやっぱり正直な話、誰も知り合いの居ない土地に一人だと寂しいんですよね。」
『その彼は、役に立ちそうなんですか?』
興味を惹かれたのか、パチンコの女神は続けて尋ねる。
「まあ、実際には行ってみないとわからないですけど一人で行くよりは依頼を上手くこなせると思います。」
それを聞いたパチンコの女神は、フムッといった様子で腕を組んで考えこむ。
『その彼は、ニートなんですよね。』
「はい、だから連れて行っても問題ありません。」
勝手に人一人を拐かそうというのに酷い言い草ではあるが、パチンコの女神は特に気にする素振りを見せない。
『それで貴方と同じくらいパチンコ、スロットを愛していて今回の依頼に役立つと。』
「そうですね、おそらくですけど。」
『なるほど…』
会話が途切れ、少しの静寂の後に何かを思案している様子だったパチンコの女神が考えが纏った素振りを見せると口を開く。
『わかりました。では、今ここで電話をしてみて本人の承諾が得られたら連れていくことにしましょう。それなら、多少強引ではありますが何とか捻じ込めるでしょう。』
「やっぱり、無理を言ってしまいましたか?」
『それは人間一人を別の世界に移動させるのですから何でもかんでも大丈夫という訳にはいきませんよ。』
それはそうだろうなと佐野さんも同意する。
何の制限も無しにそんなことを神様が自由に出来たら、人間社会が崩壊してしまう。
「じゃあ、どうするんですか?」
『どうやら、貴方が火災に見舞われた同時刻にその彼も別のパチンコ店に滞在していたようですのでその事実を書き換えて貴方と一緒の店舗にいて火災に見舞われたことにします。』
「そんなこと出来るんですか!?」
『同意さえ得られれば他の神々の目を何とか欺くことは可能です。神にとってみれば人間一人の所在地くらいなら誤差の範囲内です。ましてや同じ日本国内、全く問題ありません。』
何やら神々のルールのようなものがあるようだが、方法的には思ったよりも力技であった。
というか、日本国内なら誤差の範囲ってそれって殆ど何でも大丈夫と一緒じゃないか、っとツッコミたくなったが実際の神々のルールなんて理解出来ないだろうし、それでこのやり取りを台無しする訳にはいかないので何とか堪えることにした佐野さんだった。
何せこの場合、恩恵を受けるのは佐野さんなのだから。
『では、今からスマホを繋がるようにしますので電話をかけてみて下さい。もし、同意が得られない場合にはこの通話自体がなかったことになりますので情報等の開示に制限はありません。』
「へぇー、それは助かります。あっちなみになんですけど、異世界に転移した後の自分達の扱いってこの世界的にはどうなるんですか?」
『それは勿論、神隠しですよ。』
いい笑顔でそう言い切ったパチンコの女神を見て、こういう時どういう顔をすればいいのかわからないと思った佐野さんであった。
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