3. 佐野さんは女神から依頼を受ける。
「わかりました。その依頼、引き受けましょう。」
『いえ、まだ何も話していませんよ。』
「失礼、先走りました。」
急展開に見えるが別に場面が飛んだのではない。
ついついその場のノリで、深く考えずに気ままな行動を起こす佐野さんの良い面でもあり悪い面でもある一面を垣間見た一幕であった。
「んー、でも実際に女神様のからの依頼なんて断れない気がするのでもう手間を省いて先に受けちゃうのもアリかと思いまして。」
確かにそう言われてみると佐野さんの言動にも一理有るのかもしれない。
パチンコが絡まない時の佐野さんは、ちゃんとした思考回路を持ち合わせているのだ。
しかし、生活の大半をパチンコに費やしている時点でその思考回路がまともに働いているかは甚だ疑わしい。
『なるほど、こちらとしては強制する気はなかったのですがそういう捉え方をされるのも仕方のないことなのかもしれませんね。』
「強制されないんですか?」
どうやら、佐野さんの予想に反してクリーンな取り引きなのかもしれない。
パチンコの女神は、佐野さんの質問にシンプルに答える。
『勿論受けて頂かなくても構いません。その場合は、そのままお帰り頂いてパチンコ店の火災に巻き込まれた状態から残りの人生を再スタートするだけです。』
パチンコの女神の話した内容に佐野さんは、だろうねと少しだけ諦念の表情を浮かべる。
やはり、神という超常の存在の絡む事案がそんなに甘いわけがないのだ。
まぁ、そらそうだよな…、と言うことは、
「…それ、受けなかったら死ぬって意味じゃないですか?」
「運が良ければ、命は助かるかもしれませんね。」
「命はね。…まあ、やっぱりそんなに甘くはないですよねぇ。命が助かっただけでも儲けもんか。」
そこまで会話続けて、気持ちの切り替えの済んだ佐野さんはやっと根本的な疑問にぶつかる。
「あー、そういえば今更なんですけど自分は今どういう状況にいるんですかね?」
『どういうとは?』
「そもそもなんですけど、ここ何処なんですか?あと、さっきの話からまだ死んではいないみたいですけど健康状態とか諸々ですかね。」
本当に今更である。
そこは、普通一番最初に確認しなければならない筈で多少の雑談してからする確認ではない。
『なるほど、状況としては…そうですね、パチンコ店で火災に巻き込まれて逃げ遅れた。ここまでは覚えてますか?』
「ええ、覚えてます。実際に火事に巻き込まれるとかなり熱いし、それよりも煙が凄くて呼吸が出来ないことが大変なんだなと思いました。」
『そうですね、家屋火災の死因は大多数が煙と言われてますから、先ずは頭を低くして口にハンカチなどを当てるといいと言われていますね。』
「そう、だからあの時も咄嗟に、って、あっ!」
そこまで何かを口にしかけて、佐野さんは急にハッとした表情を浮かべた。
『気が付きましたか?』
「そうだ、あの時焦っててポケットの中身タバコ以外全部ぶちまけたんだ。だから、携帯とか無くしたんだ。」
『そうです。そして、こちらが貴方の落とし物と鞄です。』
そう話すや否や、パチンコの女神の手には佐野さんの私物が握られていた。
何だか料理番組みたいな展開だな、と関係ないことを思い浮かべながら佐野さんはそれらを受け取り、一通り確認するとホッと一つ息付いたのだった。
『そのイヤホン良いですよね。』
「わかりますか。結構奮発したんですよ。」
『自分好みの音質にカスタマイズ出来る優れ物ですよね。私も買おうかと検討していました。まあ、イヤホンの話はまたの機会にということで。話を戻しますが、…どこに戻せばいいんでしたかね?ああ、そうそう、貴方の現在の状況でしたね。』
佐野さんは神様がイヤホンに精通している事に多少の違和感を感じながらも、社会人のスルースキルでもって対応する。
「そうですね。」
『そのイヤホンや鞄、そして貴方のスーツが燃えていないことから分かるように火災に巻き込まれはしましたが、まだ火の粉には包まれていないといった感じですかね。』
「はあ…」
パチンコの女神の言い回しは、佐野さんにはイマイチピンとくるものではなかった。
それを察したのかどうかはわからないがパチンコの女神は更に説明を続ける。
『まあ、分かりやすく言いますと火事に巻き込まれて意識を失ってしまった貴方を文字通り火の粉が降りかかる前にここに転移させたということですね。』
「ああ、それは分かりやすいですね。ということは、やっぱり貴女に命を助けられたということですか。それはどうもありがとうございました。」
そこまで説明を聞いて、やっと今の状況を把握することの出来た佐野さんはパチンコの女神にお礼を言う。
それに対してパチンコの女神は何てことないですよ、と胸の前で手を軽く振りながら答える。
『いやいや、改まったお礼なんて必要ないですよ。火事に巻き込まれてもパチンコを打ち続ける貴方の姿を見て、昔読んだ漫画に出てきた黒シャツの男がゴールドな一族を相手に火事の中で麻雀を打ち続けるシーンを思い出しましてね。思わず胸が熱くなってしまったんですよ。』
うんうんと頷きがながらそう説明するパチンコの女神に、佐野さんはそれってもしかして哲、っと言いかけてやめておくのだった。
しかし、神々しい女神の見た目と会話の内容のギャップが凄いな。
「神様も漫画とか読むんですね。」
『パチンコ、スロットの原作になってる漫画やアニメは全て網羅していますよ。じゃないと十然と楽しめませんからね。勿論、韓国ドラマも押さえています。』
「なるほど、それはありますね。見たこともないようなアニメの美少女の映像しか出てこないパチンコを打ってる御老人方とかって、本当に楽しめてるのかな?って思っちゃいますもんね。」
『あの方々は、もう楽しむとかそういったステージにいないですから。』
「ああー、それはそうですね。」
シルバーカーを押しながら毎日のようにパチンコ屋通いをしてる御老体の姿を思い浮かべて、ちょっぴりシンミリとしてしまう佐野さんとパチンコの女神であった。
※パチンコ・パチスロは適度に楽しむ遊びです。のめり込みに注意しましょう。※
『うーんと、話が脱線してしまいましたね。それで貴方にやって貰いたいことなんですけどね。』
「あっ、そういえばそんな話でしたね。」
すっかり雑談が本筋になってしまっていた佐野さんとパチンコの女神が話題を元に戻す。
『私がパチンコの神、正確にはパチンコ、スロットの女神ということは先程お伝えしましたね。』
「はい。」
『では女神とは、神とは一体何をすることが仕事かわかりますか?』
「神様の仕事ですか?」
パチンコの女神様の仕事?と頭に疑問符を浮かべながら小首を傾げる佐野さん。
確かにいきなり問われると戸惑う質問ではある。
「…うーん、パチンコの普及とかですか?」
『そうです、話が早くて助かります。神というのは自身の司る対象の繁栄を見守り、時に困難が降り注いだ際には手を差し伸べたり道を指し示す存在です。』
「なるほど。」
『私も常々パチンコ、スロットの普及に尽力しているのですが、どうにもこの世界の日本という小さなコミュニティーでしか目ぼしい発展が見られないのです。しかもそれすらも先細りしている現状です。』
まあ、それはそうだが仕方ないことではないかとも思う佐野さんであった。
老若男女問わず全世界中でパチンコが大流行している状況なんて、幾ら自他共に認めるパチンカスの佐野さんであっても否定的であった。
別に世界中の人がパチンコをハマってたら整理券並ぶの大変そうだなぁ、とかは別に考えていない、…と思う。
『司る対象の繁栄の度合いがその神の地位に繋がります。しかし、規制や完全分煙等の事情を鑑みるにこのままでは私の神としての地位が下がる一方です。ですので私はこの世界でのパチンコ、スロットの普及に見切りをつけ、新たなる世界に目を向けることにしました。』
「それって、つまり」
『そうです。貴方にはこれからこことは違う世界でパチンコ、スロットを普及させて貰います。』
パチンコの女神による物凄く斬新な文化ハザードを引き起こしそうな依頼に、流石の佐野さんも戸惑いの表情を浮かべるのであった。
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