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26.佐野さんは過去篇を鑑賞する。破


【初めまして、ケイトちゃん。私の名前はマイルズでこちらが妻のエレーナだ。】


【よろしくね、ケイトちゃん。】


 数日後、改めて院長室に召集されたケイトはそこで両親候補との顔合わせを行なっていた。

 シスターから教えられて覚えたばかりの礼儀作法でセーラは挨拶を返す。


【はい、よろしくおねがいします。】


【ほおぅ、この歳でこんなに礼儀正しく挨拶出来るなんてケイトちゃんは賢いな。】


【そうね、お勉強も頑張っているみたいで偉いわね。ささ、ケイトちゃんもこちらに座ってお話ししましょう。】


【はいっ、ありがとうございます。しつれいします。】


 両親候補の二人に褒められて嬉しそうに笑顔を浮かべたケイトは、促されるままに両親候補の二人の反対側のソファーに腰掛ける。

 それを合図に院長とシスターが院長室から退室した。

 すれ違い際にシスターが不安気な表情でケイトを見つめていたがそれにケイトが気がつく事はなかった。


 ※※※


「良いお父さんとお母さんだったらいいんですけど…、ケイトちゃんは良い子だから心配です。もっと、初対面の人には警戒心を持たないと。」


「いや、それを6歳の孤児に求めるのは酷じゃない?」


「何ですか?じゃあ、川口さんはケイトちゃんが悪い大人に騙されてもいいって言うんですか!?」


 何の気無しにした相槌のような返答に対して、ガバッと言う擬音が聴こえてきそうな勢いでもって一子に詰め寄られた川口くんは、流石に少し戸惑いを見せる。


「い、いや、そんな事は思ってる訳ないじゃんか。」


「まあまあ、高尾さん落ち着いてよ。まだ騙されると決まった訳じゃないんですから。」


「そうですけど、はぁ…」


 すっかりとはじめてのお使いを観ているような雰囲気になっている一子とそれに気押される川口くんと佐野さんであった。


『…、』


 ※※※


 時が少し流れ、


【Dランクの魔物からこれ程容易く力を奪う事が出来るとは素晴らしい!まさか、これ程の能力だったとはな。これならば直ぐにでもケイトを新たな聖女と認定して活動をさせるべきだな。】


 無事マイルズ夫妻の養子となったケイトは、半年程新しい家族と共に生活をしながら自身の能力について学んでいた。

 最近は檻の中に捕らえられた魔物と実際に対峙する訓練を主に行っていて、その日は教会のトップである教皇に能力のお披露目を行っていたのだった。


【直ぐに、ですか?しかし、ケイトはまだ6歳です。活動といってもどれだけの事が出来るでしょうか。】


 能力のお披露目を終えてケイトとエレーナを先に自宅に帰したマイルズは、教皇と先程の結果とケイトの今後について話し合いをしていた。


【そうだな、実戦に連れていくのはまだ無理だとして何が出来るか…そうだ!先日足止め態度の封印しか施せなかったA級アンデットがいただろう。当分は動けないだろうが、奴の不死の能力とその配下の軍勢はまともに相手にするには骨が折れる。遠征中の聖堂騎士団の帰還を待って駆除させるつもりであったが物は試しだ。ケイトにやらせてみよう。】


【A級アンデットをですか!?それは流石にまだ早いのではないでしょうか。ケイトに何かあったら、】


 教皇のあまりの無茶振りに思わず反論を口にしようとしたマイルズであったが、それをバッサリと切り捨てられる。


【元々拾い物の能力だ。使えなければまた新しい()を探せば良い。日取りは決定次第通達する。それでは、下がりなさい。】


【…、はっ。失礼致します。】


 教会という組織に属している以上、そのトップからの指示に逆らう事など出来る筈もなくマイルズは言葉を不平の言葉を無理矢理飲み込んでその場を後にするのだった。


 ※※※


「ケイトちゃんを物だなんて!父親ならケイトちゃんの事をしっかり守るべきじゃないですか!それにA級アンデットって、物凄く強いんですよ。私も一度戦った事がありますが何度も何度も復活しては配下の軍勢を召喚してきて…どうしよう、ケイトちゃんが危ない!」


「だ、大丈夫だよ。ケイトたんは強い子だからきっと今回も何とかなるさ。ゲルゼたんもそう思うだろ?」


『…いや私に聞かないでよ。てゆーか、本人を目の前にしてそんなに盛り上がらないでくれる?』


「何!?貴女はケイトちゃんが心配じゃないって言うの!?」


『いや、だからあれは私なんだってば!!』


 ※※※

 

【さあ、ケイト。君の力を見せて貰えるかな?】


 数日後、ケイトは教皇に連れられて街から少し離れたA級アンデットを隔離する為に作られた簡易的な駐屯地に足を運んでいた。

 その駐屯地内で一際警戒態勢の厳しい区画にやってくると、そこには5人の聖職者の集団が封印の呪文を唱えながらA級アンデットと思われる骸タイプのモンスターを取り囲んでいる姿が目に入ってきた。


【教皇様、このような所にまでご足労頂きまして誠に申し訳御座いません。それで彼女が例の?】


【ああ、彼女が聖女ケイトだ。】


【ケ、ケイトです。よろしくおねがいします。】


 A級アンデットを封印している5人の聖職者とは別に現場の指揮を取っていた人物が、教皇とケイトの姿を確認すると持ち場を離れて出迎えにやってきて声を掛けてくる。

 向けられたその瞳にじっくりと品定めをするような圧を感じ、ケイトは少し体を強張らせる。


【これこれ、そんなに睨まなくても彼女の力は本物だ。大事の前だ。あまり余計な緊張をさせる物ではないよ。】


【これは失礼致しました。では、聖女ケイトこちらへ。】


 詫びるように現場指揮官が頭を下げて謝罪の言葉を口にするが、その視線からは先程と変わらず疑惑の念が拭い去られずにいた。

 相変わらず体を強張らせるケイトの背中に優しく手を添えると教皇はケイトの緊張を解すように優しく声を掛ける。


【ケイト、緊張する事はないよ。いつも通りに君の力を発揮すれば良いのだから。さあ、行っておいで。】


【はい、きょうこうさま。】


 教皇に背中を押し出されるようにして歩き出したケイトは、現場指揮官に促されるようにしてA級アンデットの前に進み出る。

 すると先程まで現場指揮官に委縮して様子から打って変わって、A級アンデットという恐怖を具現化したような異形の存在に対して躊躇なく歩み寄り、その身体に両手を触れるのであった。


【おいっ、そんなことをしては、】


【いいんだ。彼女の好きにさせなさい。】


 そのケイトの突然の行動に思わず静止を掛けようとした現場指揮官であったが、それを教皇に諫められる。


【いやしかし、】


【見なさい。彼女の力を。】


【なっ!?】


 現場指揮官が教皇に促され、ケイトに向き直るとそこには驚くべき光景が展開されていた。

 A級アンデットの体を包み込むようにして封印に抵抗していた真っ黒な負のオーラが、ゆっくりとケイトの両腕を伝ってその小さな身体に流れ込んでいっているではないか。


【これが、例の聖女の力ですか!?まさか、本当にA級アンデットにまで通用するとは…】


【ああ、私も確信までは持っていなかったがね。…ふむ、これなら使えるな。直ぐに聖女の有用性を大々的に発表しなければ。これ程の力だ、上手く使えば教会の影響力も益々強まる事になるだろう。そして、この功績を持ってすれば次期法王の座はこの私に。】


 ケイトの能力を低く見積っていた現場指揮官は目の前で行われている光景に驚愕の表情を浮かべ、その様を見た教皇は満足気に感想を述べるのであった。


【…なるほど。確かに、これで教皇派の地位も安泰ですね。】


【全く良い拾い物だったよ。こんな事があるなら孤児院の予算を増額する事も考えておかないとな。これから派閥を纏めていく際に新しい孤児が出ないとも限らない事だしね。フフフ…】


 その教皇の発言で現場指揮官はある事を思い出す。


【あの子は、今6歳でしたか?…ああ、そういえばその年廻りの子供を持っていたのは確か…。見たところ親と違って従順そうで何よりですね。】


 そしてかつて教皇の意に反したとある夫婦の事を思い出し、いやらしい笑みを浮かべた。

 その表情を見て教皇もまた下卑た笑みを浮かべる。


【全く、奴らも馬鹿な真似をしたものだ。黙って私に従っておけば、将来は約束されていた筈なものをこちらの善意を無碍するからあの様な結末を迎えてしまうのだ。あの時に選択を誤っておらねば、娘にこんな危険な真似をさせる事もなく今も側にいてあげられたというのな。】


【とはいえ、結局能力が判明した時点で取り上げる事になっていたのでは?】


【取り上げるとは物騒な物言いだな。私は只善意の協力を求めるだけだよ。教会は全ての民の為に立ちはだかる脅威に立ち向かわなければならないからね。教会に属する者でそれが理解出来ぬ者は居らぬだろう。】


【そうでしたね。これは失礼致しました。】


 そんな自分の出自に関わるような会話が背後で繰り広げられている事など気がつく事もなく、ケイトはA級アンデットに語り掛けていた。


【そう、そうよ。つらいのはぜんぶわたしがひきうけてあげる。つらかったね、もうだいじょうぶだよ。】


【ア"ア"アアァァ………アアァ………ア……】


 ケイトは対話を続けながら黒い光をどんどん自身の身体に取り込んでいく。

 次第にA級アンデットの呻き声が弱まっていき、長年の苦痛から解放されたような安らかな空気感を纏い始める。


【あれは、何をしているのですか?】


【ケイトの本来の能力は、魔物と共感して意思の疎通が出来るという物だ。しかし、実はそれ以外にも魔物の負のエネルギーを奪うという能力も持ち合わせていた。これはあれの母親からの遺伝だろうな。】


【ああ、確か浄化の聖女でしたか。魔物の負のエネルギーを自身に取り込み浄化するという稀有な能力を失ったのは、教会とっては大きな痛手でしたね。ということは、あの歳でA級アンデットの負のエネルギーを浄化出来るのですか?それは、大したものですね。母親以上の才能だ。】


 ケイトの持つ可能性の大きさに思わず唸りを上げる現場指揮官。

 しかし、それに水を差すかのように溜め息混じりに教皇が補足説明を始める。


【そうであれば文句の付けようもなかったのだけどな。いやはや、残念な事に浄化する能力までは受け継いでいないらしくてね。あれは、魔物の負のエネルギーから逃れたいと言う気持ちに共感して自身の身体にそれを引き受けているだけなんだよ。】


【それでは、あの身体に溜め込んだ負のエネルギーはどのように処理するのですか?】


【何も。只々身体に溜め込むだけだ。幸いな事にそのキャパシティはA級アンデットの負のエネルギーを取り込んでも問題ないようだし、身体から負のエネルギーを抜くだけならば本人の負担を度外視すれば方法は幾らか宛がある。そう簡単に潰れる事はないだろう。】


 そこまで、教皇が説明し終えると周囲から【おお、成功だ!】【流石は聖女様だ!】等の声が聞こえ始めてきた。

 どうやらケイトがA級アンデットの対処を無事に終えたようで既に封印の中には何も存在していなかった。

 教皇の元に戻ってこようとしたケイトだったが足を縺れさせてその場に倒れてしまう。


【よくやったケイト。流石は我が教会の誇る聖女だ。】


【はい…ありが、とう、ござい、ます。】


【ああ、辛いなら無理に喋らなくても良いよ。そこの君、大事を成した聖女様を運んで差し上げろ。ケイト、今日はゆっくり休みたまえ。】


【はい、しつ、れい、します。】


 消耗して歩行も困難な状態になったケイトに優しく労いの言葉を掛けると近く控えていた衛兵に任せ、教皇は満足気にその場を後にした。


【…親の仇にいい様に使い潰されてしまうなんて、不憫な娘だ。】


 意識を失って衛兵に抱えられながらその場から運ばれていく幼い少女の姿を憐みを含んだ視線で見送りながら、現場指揮官はそう一言呟いたのだった。


 ※※※


『…、』


「おいおい、ヤバいな。これやっぱりこのまま鬱展開に発展しそうなんだけど。佐野さん、ケイトたんは無事に幸せになれるんだろうか?俺はハッピーエンドしか認めないんだが。」


「うーん、結末的にハッピーエンドは無理じゃない?」


「何でですか!?佐野さんは、ケイトちゃんが幸せになれなくても良いって言うんですか!?そんなの可哀想じゃないですか!まだこんなに小さいのに。」


「おい、お主の未来の事で何やら揉めておるぞ。」


『いや、私にとってはもう過去の話なんだけどね…』


 そう言い捨てて、ゲルゼは諦めたようにそっと顔を背けるのであった。


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