表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

悪役令嬢は死なないシリーズ

ヒロインは悪役令嬢を死なせたことを覚えていない

作者: はくびょう

『悪役令嬢は死なない』の庶民令嬢(ヒロイン)視点のサイドストーリーです。

私はとあるゲームに転生した。

よくある乙女ゲームでいわゆる貴族の学園に王子や貴族のイケメンがいて、ヒロインがそんな彼らと恋愛をする恋愛シミュレーションゲームである。

もちろん私も前世でその大人気恋愛シミュレーションゲームをプレイしていた。


そんなゲームのヒロインに転生したのだ。

私は当然の如く舞い上がった。

なにせ周りは美男美女だらけだし、大好きなゲームの大好きなキャラたちと恋愛ができるのだ!

やり込んでいた私にはどうすれば好感度が上がるなんてわかりきってきた。


ただ私も馬鹿ではない。

物事が全てゲーム通りにいくわけないことはわかっていた。

……そうわかっていたはずだったのだ。


「油断した」なんて言葉では片付けられないほどのことを、己の考えの甘さを、あまりに鮮明に残酷に刻み込まれるだなんて思いもしていなかったのだ。


始まりは、よくあるパターンだった。庶民だった私は実は貴族の生き別れた子供で、その貴族に引き取られ、貴族の令嬢となる。

そして、貴族の学園に入学した私は順調にゲームを進めていた。

私は攻略対象に王子を選んだ。少し強引で横暴なところがあるが、男はそれくらいの方が頼りがいがあるし、顔もめちゃくちゃ好みだし、将来安泰だろうから。

そう全てはゲーム通りであった。

あまりに順調だったために、私は忘れていたのかもしれない。これが現実だということを。


今日のパーティ、つまり断罪イベントで全てが終わる。そして、私の幸せな人生が始まるのだ。

そう私は確信していた。胸を躍らせていた。

ここまでの道のりは決して楽ではなかった。

いくらなんでも全員が最初から私に好意的ではないし、好感度を上げるためにやらなくてはいけないことは思っていたより大変なことばかりだった。…王子の横暴すぎる態度に殴りたくなったことも一度や二度ではない。貴族令嬢のイジメも意外とめんどくさかった。

それでも、私は王子と共に幸せな人生を送るのだ。今日のパーティはその第一歩だと私は信じて疑わなかったのだ。……その光景を見るまでは。


その笑顔はまるで天使そのもののようだった。愛らしく朗らかで、皮肉や自虐なんて一切ない愛くるしく美しい笑みを彼女は浮かべた。

そう、彼女、公爵令嬢リリアガットは。


王子と私は彼女を断罪した。断罪したはずだ。

その直後彼女は注目もざわつきも意に介さず天使のような微笑みを浮かべた。

その笑みに見惚れ、疑問を抱く暇もなく、彼女の言葉は紡がれた。


「じゃあ、ばいばい。」


そこからはただの赤だった。赤赤赤赤赤赤赤赤赤。天使のような笑みを浮かべたまま己の心臓に短剣を突き刺す彼女から流れる赤い血だ。

愛らしいピンクのドレスは赤く染まる。

その光景を私はただ呆然と目を見開いて眺めるしかなかった。

私より一瞬早く正気に戻った隣の王子が手を伸ばしたのが見えた気もしたが、私はそれどころではない。


何が起こったのか理解できなかった。

違う。こんなはずじゃなかった。違う。自殺するなんて思わなかった。恨み言も弁明の一言も言わずにそんな行動をするとは思わなかった。違う。違う。違う。こんなはずではなかった。なぜなの。なぜなの。こんなシーンなかったわ。ゲームではこんなシーンなかった。だから、私は。違う。違う。これはゲームじゃない。これは現実だ。現実なのだ。わかっていた。わかっていた。わかっていたはずなのだ。違う。違う。違う。わかっていなかった。でも、こんな結末はあんまりだ。違う。違う。違う。死んでほしかったわけでない。違う。違う。違う。私のせいなの?違う。違う。こんなの違う。いや、私のせいだ。私は人殺しなのか。違う。違う。死なせるつもりはなかった?違う。違う。違う。たとえ死ななくても王子に断罪されれば彼女の人生は。違う。違う。違う。こんなつもりじゃなかった。


いっそ気を失いたい気分だった。

なのに、目の前の綺麗なまでの笑みを浮かべたまま目を閉じ、胸からドクドクと血を流す彼女から目を逸らせなかった。そんなの見たくない。普段見ない血を少しでも見ると痛そうで目を覆いたくなるのに、それとは比べ物にならないほど血を流して死んでいる彼女を見たいはずもない。なのに、まるで呪いのように目が離せない。周りの喧騒なんて耳に入らない。時間が止まったようにただ呆然としていることしかできない。涙も出ない。頭ではありとあらゆる後悔と否定の言葉が流れてくるが、全く思考が整理できない。表情が動かない。


私が呆然としている間にその場は収められた。

そして、私は一旦自宅謹慎を命じられた。

自分の部屋で私はまだ呆然としていた。どのくらい時間が経ったのだろう。扉の前でお父様とお母様が私を案じてくれていた。そして、お父様の口から彼女の冤罪が証明されたことを語られた。2人はそれを告げた後扉の前から去った。


その時やっと私は己の罪深さを実感した。涙は止めどなく溢れた。

私はただのゲーム攻略のつもりだった。ただの恋愛ゲームだと思っていたのだ。

イジメの主犯は当然の如く公爵令嬢だと思った。彼女は王子の婚約者だから。ゲームではそうだったから。

なんてことをしてしまったんだろう。馬鹿みたいな思い込みで何の罪もない人を、可憐な少女を殺してしまったのだ。


「わ、たし、は、人を、殺してしまったのだ……何の罪もない人を殺してしまったのだ……」


己に泣く資格なんてないことはわかっていた。だが、止めどなく溢れてくる涙を止めることはできなかった。


先のことなんて、明日のことなんて今は考えられなかった。己の身がどうなるのか、王子がどうなるのか。今はただ己の罪と、目をつぶっても消えない残酷なまでの赤と天使の微笑みが浮かぶ中で罪の意識に苛まれながら眠りたかった。

何時間後悔しただろう。何時間泣いただろう。それでも人間は眠るのだ。ああなんて生き物なのだろう。そうして、彼女の意識は途切れた。



「お嬢様、おはようございます。朝ですよ。」


侍女の優しげな声で目が覚めた。

その目は腫れた様子もなく、侍女はいつも通りにこにことしている。

いつも通りの朝だ。今日は学園が休みなので、両親と朝食を共にする約束をしていた。


「お嬢様!?どうなされたのですか!?」


侍女がギョッとしたのに、庶民令嬢ナタリアは不思議そうに首を傾げる。

そうすると、なぜか目から涙が流れていた。全く覚えはないのに。

「何か悲しい夢でも見たのですか!?」と慌てる侍女に何でもないと涙を拭き取って微笑む。

悲しいことなんてない。毎日は楽しいことの連続だ。

学園ではイジメもあるが、イケメンたちとのイベントは楽しい。

ああ、今日は何をしよう。明日は何をしよう。


そう、彼女にあの日の出来事の記憶はない。それどころかあのパーティのちょうど1ヶ月前の日付になっている。もちろん1ヶ月間の記憶なんてない。


彼女は何事もなかったかのようにいつも通りの日常を送る。いや、今の彼女にとっては何もなかったのだ。


しかし、休暇が終わって学園生活に戻ると、異変が起こった。

王子がナタリアを見るとすぐさま逃げ出すようになったのだ。

それどころかナタリアが少しでも近づけば顔を真っ青にして今も倒れそうな顔で逃げ去る。


はじめ、ナタリアはただびっくりするだけだった。

そして、不思議に思った。

何かした記憶なんてないし、こんなのシナリオにもなかった。

あの日の記憶がない彼女には王子の奇行は全く意味不明だった。

まぁ、もし記憶があったとしても王子がナタリアを避ける通りは無いと思うが、記憶があればナタリアもきっと王子どころではない。


とにかくナタリアは王子の婚約者の仕業ではないかと思って、王子から話を聞くべく躍起になって彼を追った。

しかし、王子は目が合うだけ青ざめ、言葉を発しようとするだけで「ヒッ!」っと小さな悲鳴を上げて脱兎の如く逃げ出す。そう、まるでナタリアが化け物でもあるかのように。

あまりの対応に最初はびっくりし、疑問に思っていたが、だんだんと怒りが湧いてきた。当然だ。あんなの嫌いとか、苦手とかのレベルの避け方ではない。化け物、悪鬼羅刹でも見るかの如く逃げるのだ。


しかし、その怒りは思いの外早く収まった。

なぜなら、王子のあまりの怯えようと奇行にドン引きしたからである。

自分を避ける王子は偶に見かけるが、そもそも避けられているため、自分が探さない限り遭遇率は低い。そのため、王子の奇行は人伝に聞くしかないが、なんと彼は己の婚約者のストーカーをして、婚約者が指を切ると天変地異のように騒ぎ出したという。それだけならまだ心変わりしただけだと思うが、なんと彼は婚約者のことも恐れているようだし、偶にブツブツ呟いたり、大騒ぎする様子はもはや狂ったとしか思えなかった。


こうして、王子にドン引きしたナタリアは結構あっさり彼を攻略対象から外した。

いくら王子とはいえ、いくら顔がいいとはいえ、狂った男なんてごめんである。

今はそれどころじゃない。王子のせいで「ナタリア嬢は実はとても恐ろしい」「実は魔女」「実は魔物」なんてあらぬ噂が飛び交ってる。そっちをどうにかしないと次の攻略れんあいにも移れない。


そうして、ナタリア嬢による新たな攻略が始まった。

今までの攻略は全て王子に注ぎ込んだせいで、他の好感度は友達程度にしか上がっていない。その上、例の噂に、王子の態度だ。相当まずい。


「楽勝って思ってたのに、なんて無理ゲーになったの…」


日々攻略の為にあれやこれやと動いている彼女はある日公爵令嬢リリアガットを見かけた。王子の婚約者だ。

実は休暇が明けてから、ナタリアがリリアガットを見かけたのはこれが初めてだ。

彼女は元々神出鬼没だったし、接点など王子しかないし、あれから王子を追いかけたり、新しい攻略を始めたりなど忙しかったからだ。そもそもわざわざ会いに行こうとも思わない。


ナタリアは中庭で読書をしている様子の彼女を教室から眺めていた。

そしたら、隣から驚いた声で「どうして泣いていらっしゃるのですか!?」と言われた。そう言われてナタリアは初めて自分が涙を流していることに気がついた。なぜなんだろう。悲しかったわけではい。王子のことを根に持っていたわけでもない。ただ彼女を見ていたら流れたのだ。ゴミが入ったと隣の令嬢を誤魔化しつつ、また視線を中庭に向けた。

そして、彼女はあるものを見つけてギョッとする。

リリアガットから少し離れた木の影にストーカーよろしく王子とその護衛騎士がいるではないか。

王子は真剣に微動だにせず彼女を見つめ、護衛騎士は呆れ顔を隠しもせず王子を眺めている。

なんだこの状況は。

確かに噂には聞いていた。だが、目にするとますます意味がわからない。理解できない。


あれは恋や愛でも、警戒でもない。何かに恐怖している?一国の王子が人畜無害そうな少女に?ん?人畜無害?いや、それはおかしい。彼女は自分に対するイジメの主犯だ。なのに、人畜無害という表現が咄嗟に出たのはなぜだろう。いや、でも、なぜか彼女がそんなことするはずないという思いに駆られたのだ。なぜだろう。彼女と話したことなんてほとんどない。私をイジメている連中は必ずリリアガット様を盾にする。そして、ゲームで主人公をイジメるのは事実リリアガットだ。だから、そう信じて疑わなかった。でも、今はそんなわけないとなぜか確信している。なぜなのだろうか。


その日からナタリアは攻略の合間にリリアガットを観察することにした。

愛らしい顔のリリアガット。時々見かける彼女は中庭で読書をしたり、偶に1人ピクニックを開催していたり、図書館で居眠りをしていたり、ああ、唐突に弓の練習を始めたりなどおおよそ貴族令嬢とはかけ離れた行動をしていた。リリアガットは基本的にはボケーとしており、偶に楽しそうに何か変わったことをしていた。

最初はただただ観察していたナタリアもだんだんと楽しくなってきた。王子の件がなければ、彼女と友達になれていたかもしれないとナタリアは思い始めていた。

また、リリアガットのゲームでの印象の違いに疑問を抱いた。始めは彼女も転生者なのかとも思ったが、なんとなく違う気がした。


ナタリアはここにきてやっと理解したのだ。

ここはゲームの世界なんかではない。

今までゲーム通りだったことの方がおかしくて、すごい偶然の寄せ集めだったのだろう。

ああ、自分がすべきなのは攻略ではない。普通の恋愛なのだ。

確かに普通の恋愛よりは有利な情報をいっぱい持っているが、ただそれだけなのだ。みんな生きている人間なのに、ゲームの通りに動くわけがない。そうだ。ここが私の、今の私ナタリアの生きている現実なのだ。


そうして、リリアガットを観察していたが、途中から王子がリリアガットの側にいるようになった。周りはついに王子とその婚約者が仲良くなっただの、真実の愛だの言っていたが、ナタリアにはそうは見えなかった。

ずっと観察していたナタリアには、リリアガットが王子を許したように見えた。いや、おそらくナタリアとの件ではなく、ただ王子がリリアガットの側にいることを許したのだと思う。普通は王子が自分の側に寄るのを許すのだが、この2人はおそらくそうなのだろうと確信していた。


ナタリアは王子が彼女を避け始めたばかりの頃は婚約者であるリリアガットが何かしたのかと思ったが、それはありえないと今なら思う。

では、あの王子の変わりようはなんだろうか。

まぁ、今やどうでもいい。


そんなことより実はリリアガットはナタリアが王子を奪いかけたことを気にしていないのではとナタリアは最近思い出した。

リリアガットが王子を好いている様子は全くないし、彼女のあの性格だ。気にしていない可能性が高い。なら、友人になりたいとナタリアは日々思っている。

ただ行動に移せないのだ。

なぜか近づいてはいけない気がするのだ。自分にはその資格がないと。


ああ、でも、一度だけ、一度だけなら許されるのではないか。

もっと…もっと彼女が動いているのを見ていたい。笑っているのを見ていたい。言葉を発するのを見ていたい。ああ、一度でいいから彼女と会話をしたい。ああ、あの瞳に映りたい。ああ、彼女の声が聞きたい。ああ、彼女に何でもいい言葉をもらいたい。

どうしてそんな感情が湧くのかはわからない。もちろん、歪んだ愛でも禁断の恋でもない。ただなぜか彼女が生きて動いていることに喜びを隠せない。

なぜだろう。もしかして、前世の友人に彼女みたいな子がいたのかな?いや、そんな感じの子はいなかった気がする。

ああ、でも、一生でも見守っていたい。


そうして、あのパーティの日が来た。

本来なら断罪イベントが行われる日だが、王子は当のリリアガットにベッタリだし、ナタリアは王子とはもうずっと会話などしていない。なので、起こるはずもない。


ナタリアの今日の心配事項は、王子がパーティなどでリリアガットをエスコートしたことなんて一度もないと聞くが、今日は大丈夫だろうかとそれだけだった。

もちろんパーティには王子のエスコートでリリアガットが入ってきた。まぁ、最近の王子の行動を考えると当然といえば当然だ。それでも、ナタリアは一安心して今日も愛くるしくもおもしろいリリアガットの観察をする。


今日のリリアガットはまた一段と可愛い。やはり彼女にはピンクのドレスが似合うわとナタリアは内心微笑んだ。

ん?私はリリアガット様のドレス姿なんて見たことあったかしら?まぁ、そんなことはどうでもいいのだ。

パーティ会場のデザートをリスみたい頬張っている彼女を見ているだけで安心できるのだから。


そんな感じでリリアガットを見守っていたナタリアだったが、王子が急にリリアガットの手を取って国王の元へ向かうのを見て嫌な予感がした。

そして、眺めていたら、なんとあの馬鹿王子が王位継承権を今すぐ放棄して領主になりたいと言い出したのだ。

本来ならあり得ないことだ。国王はもちろんすぐさま一蹴した。


「王になれば、リリ、リリアガットの側に四六時中いることができません!それどころか、王宮に住む以上リリの側にいれません!それに王になれば、王妃となるリリへの負担が大きすぎます!ならば、どこぞの田舎で、朝から晩までリリの側に張り付いていた方がマシです!」


そう堂々と言い張った王子に国王はもはや呆れ果てた様子だった。

周りも似たような反応だ。


だが、貴族の令嬢たちは違った。彼女たちは王子とナタリア、リリアガットを見てきたため、この恋物語に胸を躍らせた。


ナタリアは考えた。

確かにリリアガットに王妃は重荷になる。いや、そもそもだ。ナタリアの感覚だと、この世界の王も王妃もかなりの重労働だし、必要とされる知識もかなりの量だ。まぁ、つまりブラックなのだ。

ついこの前までその座を狙っていたナタリアが言うのもなんだが、よくよく考えたら贅沢できてもブラックなんてごめんだ。

それに、リリアガットの普段の様子を見る限り妃教育なんて絶対受けていない。苦労するのは目に見えている。


そうか。あのリリアガット至上主義の馬鹿王子もそう考えたのか。

あの馬鹿王子がリリアガットに恋愛感情を持っているかは定かではないが、今のところ本人にその気はないのだろう。というか、そんな余裕はないのだろう。

あれはリリアガットをどう守るか、どうすればリリアガットの機嫌を損ねないのかそれだけで頭がいっぱいなのである。

ならば、単純にリリアガットのために考えたのだろう。

それなら、成功してくれないと困る。


しかし、令嬢方の夢物語もうそうだけではどうにもならない。

そう思い悩んでいたら、まさか驚くべきところから救いの手が伸ばされた。

なんと王妃と公爵からだ。


この話題はひとまず今晩は打ち切られ、後日に改められることとなったが、ほぼ決定した。


そうしてパーティは終わり、各自が己の屋敷へと戻っていった。

ナタリアは自室のベッドで横になって今日の出来事を思い出していた。

ああ、本当に良かったわ。


その晩ナタリアは夢を見た。

そう天使の微笑みと鮮やかすぎる赤の夢だ。

ああ、そうだったの。そうだったの。

神様仏様、どなたか存じ上げませんが、やり直させてくださってありがとうございます。

そうだったの。私が彼女を見る度に喜びを感じるのは、彼女の笑みに救われるのは、彼女の声を聞きたくなるのは、つまりそういうことだったのね。あの時彼女を死なせてしまったことへの後悔、彼女の笑みに死が伴わないことへの安堵、一言たりとも弁明してくれなかった彼女への願い。ああ、そうだったのね。

ああ、私が彼女に近づけるはずもない。側にいる資格などない。それでも願わずにはいられない。彼女の生をどこまでもいつまでも感じていたいと。これは後悔なのか。懺悔なのか。それとも、安堵なのか。違う。私はきっと彼女のあの笑顔で初めて彼女を知り、魅入られ、そして、その笑顔と命を奪った。ああ、後悔も懺悔も安堵も、もはやそんな言葉で私の感情は語れない。ああ、側にいる資格などなくとも、声をかけるくらいならいいだろうか。彼女は覚えているのだろうか。あの残酷な断罪イベントを。覚えていないのなら、声くらいかけても許されるだろうか。そんな考えは図々しいだろうか。

ああ、あの馬鹿王子もそうだったのか。後悔と懺悔と安堵、そして、恐怖とあの笑みにどこまでも苛まれて、ストーカー行為をしていたのか。そんな中で彼女に側にいることを許されたのか。そして、彼女を守り続けたのか。誰も彼女を傷つけないよう。決して機嫌を損ねないよう。ああ、私を避けていたのはもう一度あの結末にたどり着くのが怖かったからなのか。まさか私自身がトラウマにでもなったのか。まぁ、どうでもいい。彼はもう二度と彼女を死なせないだろう。もう二度と彼女を傷つけないだろう。その事実が私にとって大切なのだ。

過去の愚かな私が殺してしまった愛らしく愛おしい少女よ。どうか今度こそ幸せになってほしい。あなたに魅入られた私の遅すぎる後悔なんて知らずに。


翌朝、目を覚ました彼女は夢を見ていた気がした。

とても大事な夢だった気がしたのだが、どうしても思い出せない。


そして、その後も学園生活は続いた。

あの馬鹿王子は今すぐにも領地をもらって引っ越そうとしていたが、そもそもまだ学園も卒業していない。

だが、馬鹿王子はきっちりと卒業後、田舎の領地をもらえる手筈を整えていた。


ナタリアは慌てた。

あの馬鹿王子のことだ。卒業後すぐに領地にリリアガットと共に引きこもって出て来なくなるだろう。下手をしたら、卒業を早める可能性だってある。

ならば、ナタリアに残された時間は多くない。

せめて一度でもいいから、リリアガット様とお話をしてみたい。

いや、嫌われている可能性は大いにあり得るので、嫌がられるようなら、すぐさま踵を返すつもりだ。一言声が聞ければそれでいいのだ。なんなら、その瞳に映るだけでいい。


ただリリアガット様に話しかけるに至って一つ問題があった。

王子がリリアガットにベッタリなことだ。

しかも、ナタリアに会おうものなら、リリアガットを連れて逃げる始末。

一度曲がり角で鉢合わせた時なんてリリアガットを抱えて逃げたのだ。そこまでするのだ。

そのおかげで、ナタリアがリリアガットに何かしたのではという悪評が更に信憑性が増した。いや、そんなことはどうでもいい。


つまり、リリアガットに話しかけるには馬鹿王子がいない時にするしかない。そんなのもう女子トイレの中くらいしか思いつかない。いや、ちょっと待って。あの馬鹿王子のことだから、きっと女子トイレの前で張っているわ。リリアガットがいるトイレにナタリアを入れてくれるはずもない。彼は最近一人の時ならナタリアを見ても逃げ出さなくなった。つまり、ナタリアを追い返せるのだ。ならば、リリアガットがトイレに行く時に先回りするしかない。あの馬鹿王子もさすがに女子トイレの中はチェックしないだろう!


そんなこんなで馬鹿らしい女子トイレ計画は決行された。

そして、結果を言うと成功した。驚くほどあっさり成功した。


やはり彼女はナタリアが王子を誑し込んでいたことなんてまったく気に留めていなかった。


それから、ナタリアは偶にリリアガットと出会いと短いながらも会話をするようになった。なぜだろうか、彼女と会話をすると安堵と喜びが湧いてくる。でも、友人になるのは烏滸がましい気がするので、馴れ馴れしくするつもりはなかった。別に公爵令嬢だからというわけでもなかったが。そして、偶に、贈り物を贈った。彼女は公爵家の令嬢なのだから当然ナタリアよりお金持ちだ。なので、ナタリアは値段など気にせずに彼女が好きそうな変わったものや可愛らしいものを贈った。もちろん、手渡しなどしない。使用人に頼んで寮の部屋か公爵家に届けてもらった。彼女が喜んでくれればそれでいいのだから。


そんな学園生活も終わりを迎え、ナタリアの予想通りにあの馬鹿王子は王位継承権を破棄して婚約者のリリアガットを連れて田舎の領地に引っ込んだ。


ナタリアはというと、学園生活もその合間のパーティも全てリリアガットを見守ること、喜ばせることに費やしたため、恋愛なんてそっちのけだった。だが、気にしていない。もし最悪結婚できなくてもナタリアは一人娘なのだ。父から貴族位を譲ってもらって一人で変わり者の女領主として生きる道もある。

そんなことよりもナタリアは馬鹿王子の領地をさりげなく援助することと、リリアガットを喜ばせる贈り物を選ぶことに忙しい。

ああ、そうだ。リリアガットを守るために人脈と権力はいくらあっても困らない。ふふふ、忙しくなるわね。


彼女が生きている。彼女が楽しそうに笑っている。彼女にごくごく稀に会うことができる。声が聞ける。私はそれだけで幸せを感じてしまう。なぜだろう。

もし誰かが私の頭の中を覗くことができるのなら、ナタリアが彼女に恋していると信じて疑わないだろう。だが、違う。そうじゃない。恋でも愛でもない。そんなの恐れ多い。


まぁ、何はともあれ、本当に断罪イベントなんてやらなくてよかった。


庶民令嬢のナタリア視点のサイドストーリーはこれにて完結です。

この後パーティなどで人脈を広げつつ、女領主になるための勉強を積み重ねるナタリアの前に、心の読める能力を持った変わり者イケメン貴族が現れ、ナタリアに興味を持ち近くのはまた別の話です。


ちなみに、どうでもいいことですが、こんな短時間にトイレトイレと何回も入力したのは生まれて初めてです。そして、二度とないと思います。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] こちらのシリーズ2話読んできました! 多くは悪役令嬢自らが同じことの繰り返しにならないように 試行錯誤するイメージでしたが、こちらは王子とヒロインが 思い出して自省するところが良かったです!…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ