太陽の目の届かないどこかで。
「夕焼けは青空の残り物」か。
言われたなー私も、きれーな砂浜で。
太陽が沈む水平線のすぐ手前、目の粗いコンクリートで作られた防波堤の上で彼女はマーチンをバタつかせた。
「まさか他に四人も女がいて、全員に同じ話教えてたなんて。川端康成気取りかよ。」
隣に座った私も、脱いだヒールを堤の中心に寄せつつこぼす。
「カワバタヤスナリ?」
美術館の小難しい説明を読んだかのように彼女が首を傾げる。
「昔の小説家。彼の作品に”別れる男に、花の名前を一つは教えておきなさい。花は毎年必ず咲きます“って一節があるの。」
「何それ、かっこいいじゃん。」
何だその単純な感想。あいつはこんな女が好きだったのかと呆れる。
「でもさー花は一年に一回しか咲かないけれど、空は毎日赤く焼けるよねー」
「うん。あいつの性根はひんまがってる。」
あいつに対する感想は、両者一致。
「夕焼けねー私は好きだけどねー」
派手なアイメイクに、反射したオレンジが加わる。
あいつの小咄はこうだ。
空の青は海の青、そんなことは無くて、空の青は太陽の光。
太陽光の中で波長の短い青が大気中で散乱する。
残った赤が夕焼けとなって遠い空に映されるのだ。
だから夕焼けは、青空の残り物なんだよ、と。
因みに私はそれを一年記念のホテルで聞いた。
私への彼の言葉は所詮夕焼けだった。
LINE の文章で私の頬を朱く染める傍ら、誰かの日常を真上から照らしていた。
彼との思い出が全て沈む頃には、波は黒くうねっていた。
「私ね、別に夕焼けでもよかったよ。だって日が沈んだらいずれ月が昇るから。」
彼女の言葉に、残念、今夜は新月だよ。と言いたかったが、ぐっと飲み込みそうだね、と同調する。
彼女とは別れ、街灯の下を歩きながら思う。
夜になれば月は昇る。
日差しに汗ばむことはないけれど、月明かりの中では足元もおぼつかない。
日向の明るさに慣れきっているから。
鍵を開け、シャワーを浴び、彼の歯ブラシをゴミ箱へ入れる。
付き合ってから一度も買い替えずにいるのに毛先は広がっていない。
枕を一つ、床に落としベッドに腰掛ける。
時計の針は午前三時を指していた。
彼の出勤時間に合わせていた目覚ましを消すと、窓辺に立って外を眺める。
月の浮かばない空には、いつもより心なしか多い星々が散らばっている。
目の前にある小さな点は、土星か。
月も、土星も、太陽光の反射であることに気がついた途端、遠い夜の星が滲む。
時間にしたら一分程度だろう、部屋中が夜の冷気で満たされたことを確認した私は、キーチェーンを掛け、厚手のカーテンを閉じる。
朝焼けをこの部屋に招き入れるわけにはいかない。
今の私には夜だけが欲しい。
眩い日差しに閉じてしまった虹彩.。
それを開かせることのできる夜しか要らない。
ー ずっと真夜中でいいのに。ー