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シャドウな幼女は妹と邂逅する


____流れ星が見たい。


「でもね、とにかくありがとうだよっさーくん!」

 その悪夢のような願いに言葉をなくしていると、夜道は立ち上がり、ぼくに向かって駆けてきた。



「うわっ、やめ__」


 10歳ににも満たない外見の少女である。そんな彼女が何も来ていない裸の状態で突進してきた。夜の学校で。無人の屋上で。僕は硬直し、せめて目を瞑る。あっという間に彼女にぶつかられる羽目になるはずだった。



「…………」


 咄嗟に目を瞑り、そうしてもう一度目を開ける。誰もいない。いや、それ以前に、衝撃がなかった。例え、自分の半分ほどの身長の少女とはいえ、あの勢いで突進されれば__


「……まぁ、そっか」

 途中で思考を途切れさせる。


 考えるまでもなく、つまり夜道は消えたのだ。そして僕がそういう幻覚を見ていたということだろう。現実だと言われようと、リアリティがあろうと、そういう夢かもしれないし、そういう幻覚や空想である可能性は否定されない。


 彼女は生きているか死んでいるか。

 これは現実か夢か。


「ぼくがまともかそうでないかって問題でもあるんだよなぁ……」


 死んだと思ったら、影だったので生きていました__など。

 そんな夢のような話、そんな悪夢のような話、あるわけがない。


 幼馴染に対して昔話をした程度でこんな幻覚を見てしまうなんて、ぼくはとてもまともとは言えないのだった。


「……帰るか」


 何度目か分からない独り言を、今度こそ言い聞かせるように口にした。




 ◆ ◆




「紗々太よ、お兄ちゃんよ、……経緯は分かった。話をまとめると、死んだはずの幼馴染である紫瞳夜道ちゃんは、お兄ちゃんの妄想だったってことだな?」


「あぁ、そうなる」


「彼女は実在しなかったと」


「ぼくに架空の彼女がいたみたいな言い方は止めろ」


「では、そんな幼馴染は存在しなかったと」


「……あんまり変わってないけれど、そんな感じだよ」


「んー。ってことは」


 アイスの棒を咥え、タンクトップ一枚でポニーテールという飾らない部屋着でこたつに身を埋める妹__由々式は、顎に全体重を乗せるという、究極的に怠惰な体制で言った。


「__私もいまここで幻覚を見ているってことなのか?」


「そうだ。だからそこにいる夜道は幻覚なんだ。」


由々式の隣に当たる位置、こたつの角を挟んだ位置で、華奢な黒髪の少女が無言でミカンの皮と格闘している。しっかりとお風呂に入って、ぼくのTシャツをワンピースのようにだぼりと着ていた。


「幻覚……なのか?」


「あぁそうだ。ぼくとゆゆに見える、共同幻覚だ」


「……どうでもいい疑問なのだが、幻覚もみかんを食べるのか?白い筋を嫌がったりして10分以上無言になったりするのか?」


「ゆゆにそう見えてるんならそうだろうな。」


 由々式はぼくの言葉を受けて夜道を見る。彼女はずっとみかんしか見えていない様子だった。紫がかっていたさらさらの不思議な長い髪は、現在は湿って真っ黒だった。


 夜道が屋上でぼくに突進してきて、姿を忽然と消してしまったことは嘘ではない。その瞬間、ぼくが彼女のことを「あぁ幻覚だったのか」と結論付けたのも嘘ではない。だが、夜道という少女は消えてしまった訳ではなかった。彼女は再び、ぼくの影の中に戻っただけの話だったらしい。







 __15分前の出来事だった。


 家に帰り、自室へと続く階段を上っている最中に、目の前の歪んだ影がまたぼくを追い越すように上方へ伸びていき、そしてぷっつりと切れた。


「わー広いおうちだねー!」


 まさかと思う間もなく、屋上で見た時と同じように一糸まとわぬ姿で階段に腰かけていたのは、消えたはずの夜道だった。彼女は無駄に広い我が家ををきょろきょろと見物するように好奇心旺盛に見回す。ぼくと由々式だけが住むには確かに広い。分かりやすく表現すれば、埃まみれで洋風な、寂れた屋敷なのだ。使っていない部屋には足も踏み入れたくないほど手入れは行き届いていないし、外から見れば幽霊屋敷だ。つまり、エントランスから入るとお決まりのように大きな正面階段があるのである。


「__!」

 ぼくはとっさの判断で彼女を抱きかかえ、走った。


「わっなになにさーくん、どこ行くのー?」


「風呂場だ!」


 精神的に自称17歳、外見自称10歳、単純に見れば6~7歳の夜道の身体は軽かった。こんな少女が裸で家にいるのを由々式に見られでもしたら__家でのぼくの思考はシンプルに保身に走った。この際、紫瞳夜道の存在の不確実性やぼくの精神状態なんてどうでもいい。ひとまずはこの【幼女はだか】を隠さねば__


「とりあえずここで待ってて。シャンプーとかしててもいい。すぐ戻るから、勝手に出てくるなよ」


 裸であるという点を諦めて、ぼくは半ば無理矢理に夜道を風呂場に押し込める。

 きょとんと「うに?わかったよ?」と承諾した夜道を置いて、ぼくは部屋に戻り、適当なTシャツと、中学時代の短パンを引っ張り出した。大きな服ならワンピースになるし、華奢なシルエットとは言え、短パンも紐を閉めればどうにかなるだろう。


 問題は下着だ。

 上は必要ない……はずだ。だが下は……パンツはどうなのだろう。妹は中学2年生だが、小学校低学年と比べてどの程度サイズの違いがあるのだろうか。由々式も小柄で華奢なタイプではある。由々式の部屋に新品のパンツがあるかどうか分からないが、一、二枚拝借するべきだろうか。


「……いや、それはないな」


 問題はサイズが合うかどうかではない。妹の部屋で下着を盗むかどうかなのだ。小さな女の子に着せるためであるのだから厳密には盗みではないのだが、妹の部屋でパンツを漁ることがもうアウトだった。夜道には、遺憾ながらノーパンで我慢してもらうことにしよう。非常に残念だ。



 どうやらパンツのことを考えすぎてしまったらしい。

 冷静な頭で夜道の着替えをもって風呂場へ戻る道中で、ぼくは__出会ってしまった。


「んあーお兄ちゃん、遅かったな」


 普段はすっきりとまとめている髪をすっかりと解ききって、きっと学校から帰って着替えずにだらだらしていたのだろう、下着姿で部屋からでてくる由々式だった。


「あ、あぁ、ちょっと友達と話し込んじゃってさ」


「ふぅん。おひとりさま主義のお兄ちゃんにも友達はいるのか。」


「人を勝手に一匹狼キャラにするな。放課後に遊んだりしないだけだ。ぼくは別に孤独好きってわけじゃない。」


「ん?そうだったか?あぁ、いけない。ついさっきまで読んでいた本の主人公、冴えないぼっちキャラだったもんだから、お兄ちゃんに重ねてしまったよ」


「……お前の読む本はだいたいそうだろう……」


 由々式は最近、冴えない主人公が面倒ごとに振り回されるタイプの話が好きらしい。昔は推理小説、探偵小説、ミステリ小説ばかりに傾倒していたのだが、いつの間にか趣味が変わったらしい。言わずもがな、影響されやすい奴である。由々式が変わり者なのは、さまざまなキャラの「かっこいいところ」に、恐らく彼女も無意識に影響されているからだろう。格闘技を始めたり、電話の発信を非通知にこだわったり、突然、「学年一位の成績をとらねば」と躍起になり、本当に一度は全国模試のランキングにまで名を連ねたり、毎日が忙しそうだった。一応、ひいき目なしにみても美少女のくくりに入るのだから、そんな由々式の行動はいっそう目立って、中学では有名人らしい。


「ところでさ、ゆゆ」


「ん、なんだ、お兄ちゃん」


「どうして下着でぼくと同じ方向へ歩いているんだ?」


「え?そんなの」下着姿であることを全く気にせず、ぼくと並んであるく由々式は首をかしげた。


「風呂にきまってるじゃないか。お兄ちゃんは一緒に入りたいからついて来てるんだと思ったのだが」


 __ですよね。

 ぼくはダッシュした。


「はぁ?どうしたお兄ちゃん」


 __ですよね。

 由々式もダッシュでぼくを追ってくる。下着姿で追ってくる。


 下着姿で追ってくる。

 下着姿で迫ってくる。

 おお、これは似ている。でもこの状況ではどちらも嬉しくない。


「__風呂場まで競争だ!」


「む、そういうことなら!」


 ぼくは今更ごまかせるものでもないのに、一歩でも由々式より早く風呂場に行こうとした。無駄に広い家なので、全力ダッシュが可能だった。


 かろうじてぼくのほうが早く風呂場についた。躊躇う間もなくドアを開けると、当然、そこには「にゃー」と間抜けな声で鼻歌を歌いながら頭からシャワーを浴びる夜道が居た。しかし、これも迂闊な行動だったと言わざるを得ない。全力ダッシュが可能な空間で靴下をはいていた僕と、下着姿__即ち裸足で走れた由々式とでは、到着時間にそれほど差があるわけでもなく、競争自体が無意味だった。


 ぼくはとっくに真後ろでじとりとこちらを睨む由々式の気配に向かって言った。


「まさか……あの子……ゆゆにも見えるのか?」







「幻覚だから、なんとなくこのままこの家に居つくように見えるかもしれないが、ゆゆ、お前は気にしなくていい。」


「はぁぁ!?」


「たぶん、ぼくが悪霊かなんかに憑かれてしまったんだ。自分で始末はつけるさ」


「はぁぁ!?」


 由々式は不満そうに声を上げた。アイスの棒を咥えたままなのに器用だ。


「気にする!気にしないはずがないだろう、むしろするするだ、お兄ちゃん。」


 ぼくは答えなかった。ふむ、どうしてだい、という姿勢で「するするだ」という単語についても触れずに何となく腕を組んでみた。


「だってこの子、普通に触れるし、生きてるし、みかん食べてるんだよ?」


「そういう幻覚なんだよ。視覚も触覚もすべてはぼくらの認識の問題だからな」


「…………む、むむむぅ。格好つけたところでむむむぅには代わりないぞ……。大体、主人公っぽくないじゃないか。主人公とはやれやれと、面倒ごとを避けるべきなんだから!」


 ようやくアイスの棒をぽいっとごみ箱に投げ、由々式は僕の肩を掴む。シャンプーのいい香りがする。成り行き上、夜道と由々式が一緒にシャワーに入る形になったのだった。ぼくはその間、季節外れのこたつで回想に励んでいただけだ。


「そうは言ってもゆゆ、ぼくは無気力主人公じゃない」


「そしてシスコンであるべきなんだからな!」


「ぼくはシスコンじゃない」


「…………」


 悲劇的に顔を歪めて、由々式の視線が夜道へと向く。夜道はすっかり白い筋を取り払われてつるつるのオレンジ色の球体となったミカンを満足げに眺めていたが、視線を感じたのか一片の疑いもない視線をこちらへ向けた。


「ん?どうしたの、ゆゆー?見て、ミカン綺麗に向けたよ!」


 精神年齢では年上のはずの夜道が、由々式に対して幼女攻撃を行っている。中身が同い年と分かった今、「ゆゆー?」じゃねえよ、と突き放したい気持ちさえ湧き上がってくる。こいつは外見は幼女でも中身はJKという存在だ。少なくともぼくはそう解した。しかし、状況的には正しい対応だった。ここでのミッションは由々式を口説き落とすことだ。なにより可愛いことに変わりない。


「ゆ、ゆゆっ……だと……?」


 由々式は虚を突かれたように分かりやすく胸を押える。


「おねがいゆゆ……よみち、いくとこないよ。お外……さむい。……ここにいさせて?」


「___っはううう!」


 由々式は死んだ。なんて呆気ない。きっと今読んでいる妹モノの小説に影響されてクリティカルヒットだったんじゃないかと推測する。それにしても、よく男目線で読めるなぁ、と妹ながら感心する。ていうかリアル妹が妹に憧れる不思議な構図だ。


「も、もちろんだとも!お兄ちゃん!さっそくお買い物いこう!」


「買い物?」


 由々式はぼくの右腕を両手でがっしりと掴んで大きく頷いた。何かのスイッチが入ったか、よからぬ予感がそこにあった。なんとなく目を逸らすと、もう一度「お兄ちゃん!」と強引に顔を【両手ではさんで】向けられる。


「だって夜道ちゃん、ノーパンなんだよ!?ノーパンでお兄ちゃんのお古のジャージ着てるんだよ!?これは__これを由々しき事態と言わずしてなんと言うんだ!?」




 __あ、はい。



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