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星がこわいぼく

 

 ぼくは星が怖い。


 今日も屋上に上って、空を見上げた。




 終下校時間5分前、すっかり短くなった陽の下では、時刻は18時台でも夜と何も変わらない。

 夜風は薄いカーディガンを通り越して半袖の肌から体温を奪っていく。



 せめて今日が雨ならば、と思う。


 雨だったら、無理に屋上に上がってくる必要もなかったのだ。でも晴れていたから、星が綺麗に見えてしまうだろう、という危惧のような期待が生まれてしまえば、ぼくは確かめなければならない。


「よし、今日も星は見えない。」


 星が見えるかどうか。

 星が見えないかどうか。


 見えないことを確かめなければ、安心できないのだ。ぼくは星が怖い。晴れている空があれば、そこにきっと星が光っているだろうというおぞましい想像が頭から離れなくなる。だから、比較的明るい時間帯__町も様々な光を空に投げているタイミングで空を見ないと、ぼくは気もそぞろになる。


「……よし。帰るか。」


 さぁ、今日も頭の上にきらきら光る星はない。

 自分のほかに星が怖い人がいるのなら、会ってみたいものだ。


 ぼくは吹奏楽部の気の抜けた演奏を真似して口ずさみながら、屋上を去るために階段へと向かう。機嫌がいい。今日は雲一つもない快晴で、夕方の空なんか虹色の色彩を放っていたものだから、それはそれはきらりと光る綺麗な星が見えてしまうに違いない、と大層恐れていたものだ。




「__あ、流れ星!」


 この世で最もぼくの肝を冷やす脅し文句だ。嘘だと分かっていながらも振り向き、その声の主を睨み返した。そこにいたのは、自分と同じように制服を__ただし女子用の制服を聞くずし、しゃがむように丸くなって座る女子だった。


「……疾玖原。」


「ふはは。だって紗々太、私が居ないみたいに帰ろうとしちゃうんだもん。」


 悪びれずに疾玖原は、膝を抱えて見上げるように尊大に笑った。からかっているのか、単なる冗談なのかぼくに向かって「流れ星だ!」なんて悪ふざけにもほどがある。


「薄情なんだから。」


「……ぼくに向かって「流れ星だ」って言ったお前は薄情どころか無情だ。心が無い。」


 疾玖原は、むぅ、とこちらを睨み返した。


「__だったら教えてよ。紗々太はどうして星が怖いの?」


 疾玖原は、跳ねるように立ち上がりながら制服の上から羽織っていた大きなミリタリーコートの背中をぱんぱんとならした。そのまま彼女の指先は、緑色の袖の中に隠れる形になる。一見、もじもじと恥ずかしがるような仕草なのだが、それとは正反対に彼女はポケットに両手を入れ、大きく足を開いてぼくを見据えた。


 僕はため息をつくしかなかった。


「……別に話す必要ないだろ。」


「えーっ、まぁ、必要はないけどさ……。」


 人が何かを怖がるのには、理由があったりなかったりするが、ぼくの場合はちゃんと理由があるのだ。ぼく__帰納紗々きのうささたの個人的な過去回想__つまり大体十年前くらいの昔話をして、「だから星が怖いんだよ」と言えば、誰でもそれなりに納得するだろう。その所謂トラウマ的な過去自体は話すのを渋るほどに鮮明な記憶ではないのだけれど、あまりに個人的な事情すぎて、こうして軽口をたたきながら話すことでもない。


 せいぜい、「あー……」とか、「それと星とは何の関係もないよ。強く生きよう!」なんていわれて終わるのだ。最悪の場合、作り話だと思われてしまう。


「__いや、訂正!必要はある!」


 たいていの場合はぼくがこう言えば、皆、引き下がってくれるものだ。だが、疾玖原の場合は違った。常に全力、短距離走全国一位の、昼寝をしない兎のような疾走少女、疾玖原うづき(とくはらうづき)__過去や思い出をすべて無意味だと言い張るほどに、現在に固執する彼女は、狂気的なほどポジティブなのだ。


 彼女はその狂気を差し向けながら、尊大な立ち姿でこちらを挑発するように笑った。


「聞かせてよ。帰納紗々太。じゃないと、物語が始まらないよ。」




 __物語が始まらない。


「……随分格好つけるな。話にならない、って意味か?」


「まぁ、そうとも言う。ふははっ、紗々太に格好いいって言われちゃった!」


 疾玖原は不敵に笑う。狂気的にポジティブ__その凶器を差し向けられてしまえば、突きつけ、突き立てられてしまえば、ぼくは断る気も起こせない。ポジティブとネガティブは、決して相反するものではない。善と悪や、光と闇のような類の陰と陽ではない。ぼくと疾玖原に限って言えば、ネガティブはポジティブに滅法弱かった。故に、こうして偶然屋上で鉢合わせでもしなければ、日常的に会話を交わすことなどないのである。


「……部分的には、お前も知ってる話だと思うんだけれどな。」


「まぁね、幼馴染だしね。」


 久しぶりにちゃんと話す幼馴染が壊れかけのベンチに腰を下ろしたので、ぼくは仕方なくその隣に座った。


「……じゃあ、5分以内で。」


 最終下校時間まで5分を切っていた。二人並んで座ったところでうっかり空を見上げたら、さっきよりも暗くなった夜空を背景に一つ、北極星か金星か、一等星が光っているのをを見つけてしまった。


 ぼくは目を逸らし、そして過去を語ることにする。


 物語の始まり。

 それは過去回想である。


 __ぼくの世界は十年前に終わった。


 今も続いているこの世界は、ぼくにとってはどうしようもない他人だ。


「ぼくの世界」とよべるような優しい世界は、【彼女】が居なくなるのと同時にとっくに終わっていて、ぼくは今でも、現在のままならなく、どうにもならない、分かり合うことの出来ない他人のようで隔絶された世界に白旗を上げ続けている。


 そんなぼくの世界論は、あの日__十年前の、7月7日。


 七夕と流星群の出現が同じ日に重なった、【星降る夜】なんて悪趣味な日に構築されたのだった。



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