7 Sacrifice -生贄-
ギラギラした調度品に彩られたホテルのスイートルーム。
この部屋の外で何が起こってるかはわからない。窓から下界が見えるだけで、その他の情報は一切ない。完全な密室だ。
俺はその密室に、10日以上にわたって軟禁されている。
「…………」
このホテルへは典夫と一緒に連れてこられたが、部屋は別々になってしまった。おそらくは最上階だろう部屋から都内を見下ろす。
上から見た東京は何の変化も見せない。灰色のビル、公園、駐車場の車……日本が崩壊したというのに、街は以前と同じくそこに存在している。
このホテルは東京都心に位置していた。見下ろしているのは、かつて日本の管理統制を担った場所。
見た限り下の世界は平常時と変わらない。さいわいクーデターや暴動たぐいは起こってないようだ。
それどころかいつもと変わらず車が行き交ったり、夜景が灯ったりしている。政府機能が停止した後も、経済活動は行われているようだ。
「国が無くなっても、何も変わらないじゃないか」
国がなくても人々の生活は急に変わったりはしない。
別に無政府主義ってわけじゃないが、現に東京の街は何も変わっていない。
少なくとも「今が好機」と、諸外国が侵略してきたりはしてい。それは在日米軍が駐留しているからなのかもしれないが。
……シャクッ!
ダイニングに常備されている茶菓子を齧る。
ここでの食事は一日三回、定期的に運ばれてくる。格式高いホテルにありがちな、きれいな銀食器に盛られた食事だ。
そうやって出てくるのは洋食然とした、いかにもな洋食。トースト、オムレツ、ポークカツ、ハンバーグ……ここでの毎日は、そんなのを食べ続けると、慢性的な胃もたれと付き合うことになると小市民の俺に教えてくれている。それ以外はとりたて何もない毎日だ。
このホテルのロビーやラウンジ、中庭、地下のジムなどは勝手に使って良いそうだが、ベッドメイクの合間に数回行ったきり、もう行くのをやめていた。各フロアに待機するSPに監視されながら行動しなきゃいけないなんて、息抜きのつもりが逆に神経がすり減ってしまうから。
『俺たちは、確実に殺される』
以前、典夫と談話スペースで話し合った。
こんな場所に、至れり尽くせりで軟禁されるなんて、なんかとてつもない意図があるに違いない。俺達みたいな穀潰しをこうやって飼うに値する意図が。
国家破綻した今、俺たちニートは確実に戦犯として裁かれるだろう。
そして国民の不満解消のため、断頭台に送られるのは目に見えている。
「国家の非常事態に働かず、国力を低下させた!」とかなんとか理由をつけられ断罪されるのは想像に難くない。この暇なホテル暮らしではそんなことばかり考えてしまう。
それは百発百中、これから作られる新政府のためだ。破綻した日本の上に作られる新しい国の。俺達は新しい国の繁栄を生贄として捧げられるのだろう。
ここから逃げ出すことは出来ない。
ここにはあのスーツ女がいる。そして、あの女みたいな黒服が何人も待機している。俺達の前でチンピラを射殺したあいつに捕まったら……考えるのも嫌だ。
拳銃を携帯した奴の監視下にあるという事実は、俺を大いに萎縮させていた。朝食のトーストに付いてくる“いちごジャム”を見るたび、飛び散った血のことを思い出してしまう。
カッチカッチカッチ……
豪奢な寝室。クイーンサイズのベッドの枕元、レトロチックな時計を見る。
午後3時……そろそろあのスーツ女が来るだろう。宗像かなたと名乗ったあの女が。今日はまだあいつが顔を出してきてないから、来るとすればそろそろだろう。
そう考えると胃がキリキリ締まる。
これからの国の繁栄を祈るため、穀潰しニートは格好の生贄。働かないものを殺すことで、未来の『産めや増やせや』っていう労働神話を補強できる。
そんな感じで俺たちみたいなニートの命で国民の心を安定させられるなら、国民にサーカスを与えられるなら、新政府は躊躇なくやるだろう。
てなわけで死刑といえば絞首刑?それとも電気ショック?
でも今の日本は以前の日本じゃないから、別に粛々と死刑を執行するって決まっているわけでもない。だから公開処刑かもしれない。市中引き回しの後に石打ちの刑とか……今までのニートへの仕打ちを見ると、もっと悲惨なものが待ってるかもしれない。
この待遇はきっと、死刑の前に囚人に望むものを与えてる段階なんだろう。最後の晩餐じゃないけど、死ぬ前に最低限の幸福を与える、ってやつ。
好意的に解釈しても、これ以上に適切な回答はない。
「勘弁してくれぇぇ……」
ニートの哀れな末路。
みんなのために働かなかった。その事実が俺を断頭台に上げる。
軽蔑、罵倒、嘲笑……そして惨めな最期。
悪夢のような想像に、俺は膝を折って慟哭する。
コンコンコン……
そこにドアをノックする音が響いた。
これはあいつ、宗像かなただ。こいつのノックはいつも三回だからわかる。
「気分はどうですか?」
「……屠殺される前の家畜に対する共感性が高まってるよ」
「?」
いつもと変わりなく入ってきたこいつ。これまたいつもと変わらない無愛想な言葉に俺は皮肉を返すが、いまいち伝わらなかった。微妙な空気が包む。
「……これから気分が良くなるといいですね」
そう言って、宗像かなたはおもむろにテレビの裏の配線をいじりだした。こいつは何を言ってるんだ?
ほどなくしてテレビの電源が点けられる。何テンポか遅れて受信されたデジタル映像と音声が映し出される。
『…………国民投票の結果をお伝えします』
映し出されたのは木目が美しい整然とした部屋。
ピシッと背広を着こなしたおじさんが、折り目正しく整えられた幾枚の原稿を読み上げる。
『はじめに……我々、日本国民は皆、政治、経済、人権……さまざまな問題を抱えていながら、見て見ぬふりをしてきたことをここに謝罪します』
そのおじさんはしゃちほこばった口調でそう前置きをする。
この間あった日本破綻の玉音放送もそうだし、こいつらはずっと改まることばかりだな。どうもおつかれさまです。
『この二週間……我々は日本破滅の背景にあった真実を包み隠さず明らかにし、日本国民たちに判断を仰ぎました』
その後にも『主権者たる国民』『正式な手続きを踏んだ』『国民の意思の最終決定』などの仰々しい言葉が並ぶ。
で?これからこの国はどうなるんだ?無政府状態でゲリラが殺し合う内戦国にでもなるってのか?そこんとこどうなんだよ?
『そして、ここに宣言します……この国の主権者は、ニート!』
アポカリプスを想像してた俺に告げられたのは不可解な文言。
しゅけんしゃ は にーと?日本語?
そして“ニート”と書かれた額縁が起こされる。なんか見たことある光景。
『これは真実を明らかにした上で、国民投票にかけたものです!そして投票の結果により、国家の主権者は、働かざる者であるニートたちに決定しました!』
聞く限りニートとは、みなさんおなじみあのニートで間違いないらしい。
本格的にどういうこと?
国家主権者がニートって?
わけがわからない。たしかに日本の偉い人は意味不明なことばっか言ってたけど、これもそれの一環か?国が滅んで本格的におかしくなっちゃった?




