6 NIHON NO OWARI
「……そろそろ時間ですね」
俺たちは、さっきの駅前のスペースに戻ってきていた。
スーツ女は、そう言って駅前広場で歩みを止める。
「車がまだ到着していないみたいなので、ここで中継を見ましょう」
「えっ、あっ、はい……どういうこと?」
『番組の途中ですが、特別報道番組を……』
街頭の巨大モニターには先ほどのニート狩りは映っておらず、非常アナウンスのような文句をひたすら繰り返している。
テレビが緊急の放送をしている……こんなことは日常じゃまずありえない。駅前が尋常じゃない空気に包まれる。聴衆の間には異様なざわつきが広がっている。
「始まりますよ」
手首の内側の腕時計を見ていたスーツ女がポツリと一言つぶやいた時、街頭モニターの映像が変わる。重大事件でよくある記者会見のような部屋だった。
『……国民の皆さんに、非常事態をお伝えします』
画面に映ったフォーマルな装いの壮年男性がそう言った。
その放送には情動を煽るBGMも、タレントの賑やかしもない。ただ物々しい言葉だけがある。そこに尋常じゃない空気を察した群衆は黙って見ている。
そして、ここにいる全員に重苦しい言葉が告げられる。
『我が日本政府は、昨今の政情を鑑み、ここに国家機能を停止することをお伝えします』
「えぇ~?」
「何?どゆこと?」
『国債が金融機関に預けられている日本の総資産の額を上回り、財政破綻。日本国は破綻しました』
「嘘ぉ?破綻?」
「なにこれ?ドッキリ?」
聴衆はモニタを見上げてざわつく。事態を把握できていない。頭の上に疑問符が浮かんでいるのが見えるかのようだ。
そんな中、俺は割と冷静な頭でこの事態をとらえていた。
『財政破綻だけなら債務不履行で済ませられるのですが、事態を重く見た内閣や官庁が相次いで撤退し……結果として国家機能を喪失してしまいました』
モニタの中で言われているように、日本は破綻した。
少子化、不景気、低賃金……様々な問題を抱えて財政破綻した。
もちろん財政破綻だけじゃ国は無くならないが、中央官庁は無責任にも現場放棄をし、結果的に日本国が沈んだ。
『日本が崩壊したのも、社会保障費が積み上がり、赤字国債の回収が不可能になったのが直接の原因です』
こいつが社会保障費が~、と言ってみせたのも『国民を守ってやってたら国が潰れちゃったよ?』といった押し付けがましさを感じる。
「ええ~?日本、無くなっちゃうの?」
「ありえねぇだろ!なんとかしろよ!」
理解が追いついた聴衆は、動揺したり怒ったりして忙しい。
だが、俺はさほど驚いていなかった。日本が問題を抱えてる。そんなの誰でも知ってる。その問題が顕在化した……ただそれだけ。
『外国の持つ日本国債を返済し、国内だけの問題に留めることには成功しましたが……どう考えても詰みです。誰も政府や省庁の後を務める人材はいません。日本はサービスを終了しました』
非常事態みたいに言っているが結局は、運営に困った政府が国家経営を放棄したってことだろ?相変わらず無責任な国だよ、まったく。
で、これからどうするんだ?日本人が新しい国を作るか、他の国に統治されるかするんだろ?経営者が変わる前の社員の気持ちてこんなのだろうか?働いたこと無いからわかんねぇけど。
『つきましてはこれからの市民生活について、担当大臣の説明を……』
そのアナウンスで現れたのは、カバオくんみたいな顔の男。政治家なんだろうか。見たこともないような奴だ。ってことは相当な三下だろう。緊急事態の演出か、髪や襟元をわざとらしく乱している。
『え~、もうどうにでもしてくれ、といった感じです。つきましては国家福祉を一時停止……警察、医療など、最低限のものはボランティアで……』
この期に及んで最低限の福祉はボランティアだのみかよ。町内会の催しじゃないんだぞ?
崩壊後までタダ働きの奴隷に頼るとか……そんな国じゃ滅亡するのもやむ無し、といった感はある。
そんな説明を垂れ流した担当者が深々と頭を下げたところで、取材陣のカメラのシャッターが一斉に切られた。
会見場ではワーワーと怒声が飛び交っているが、シャッター音で何も聞こえない
『ただ今、特別番組にて日本破綻をお伝えしましています。本日、日本政府は撤退し日本は破綻しました……それでは一度、スタジオに戻しましょう』
会見場の混乱に現場からのリポートが打ち切られる。
………………
『こんなのは嘘だ!日本は好景気のはずだ!!』
場面が切り替わるや否や、カメラに大写しになった肥満気味のコメンテーターがつばを飛ばしながら叫んでいた。
その男は他の出演者にたしなめられ、不満そうにドッカリと着席する。先程から限りなくせわしない。
そこに見たことあるような無いような老人……テレビに呼ばれるくらいだから知識人なのだろう。その老人がつとめて冷静に、諭すように言葉を返した。
『日本は好景気ではありませんよ。GDPは常にマイナス。経済成長率は内戦中の国と同程度です』
老人の口から出たのは、みんなの認識を覆すような言葉。しかしどこか説得力をともなっている。それは今の状況がそうさせるのだろうか。
だが、肥満気味の男は自分の認識を否定されたことにヒートアップし、またカメラに詰め寄る。
『日本は恵まれてる!なんだかんだ食うには困らない国!』
『日本の栄養状態は年々悪くなり、平均身長がずいぶんと縮んでいます。日本人が飢えてないというのは、あなたの思い込みではないですか?』
『就職率!就業者は過去最高だろ!!』
『低賃金労働ばかりで、いまや国民の大半が低所得者。非正規労働者を就労者にカウントしなければ、失業率は60%を超えます。ぶっちぎりで世界ワーストですな』
『うがあああ!!!』
スタジオの肥満中年が顔に脂を浮かべて発狂している。
これは現実に対する拒否反応。見苦しいが、気持ちがわからないでもない。
国家が破綻。腐敗した議会政治の終焉。そんなものを目の当たりにしたら混乱するよな。自分の国を信じてた人間なら特に。
『これからどうなるんですか?』
『政府が撤退したのだから、もちろん無政府状態になります』
ざわ……
“無政府状態”
その言葉により、国家破綻がグンと現実味を帯び、スタジオがおののく。
「ちくしょ~!日本が~」
「こうなったのもニートのせい!ニートのせいだ!!」
駅前広場の人間の中にも、現実を受け入れることが出来ずに喚いているものがいる。
にしてもここまできてまだニートのせいか。国家の破綻は見えてたのに、気付かなかった自分らの低知能に責任はないんですかね?それともあれか?頭の悪さが障害レベルだから責任能力は無いってか?
『そして、これからどうするかは、国民の皆さんに判断を委ねたい』
スタジオの人間の誰かが、そう誰かの気持ちを代弁して締めくくる。
こうして日本は崩壊。一億数千万の日本人は放り出されることとなった。
「あなたたちは我々と一緒に来てもらいます」
しかし俺たちは放っておいてくれない。スーツ女がずっと俺たちの真後ろに控え、プレッシャーをかけていた。
「あの……」
「なんですか?」
「すいません!ニートしてて日本のために働かなかったのは謝ります!だけど、こんな……」
「そ、そうなんだな!俺たちは悪いことしてなんだな!」
「もういいじゃないですか。日本も終わったことだし……ねっ?」
こいつらから逃れるために正直に謝る。そして腰を低くし、ちょっと媚びてみる。
しかし、この女は姿勢や表情を緩めたりはしない。
「あなた方はニートは、日本にとってとても大事な役割を果たしていたのですよ」
「役割?この国家破綻に関係してるってこと?」
「そうです。そして、これからもっと重要な人物になります」
なんだよ、どういうことだよ?
「私は宗像かなた。つきましてはご同行願います」
そして駅前のロータリーに車が回されてきた。黒塗りのセダン数台に取り囲まれた高級バン。
車からは黒服を着たSP?のような連中が這い出し、たちまち俺たちは確保されてしまった。革張りのシートの車に押し込められる。ヤクザ映画でよくあるような絵ヅラになった。
「お、俺たち……どうなるんだな?」
「……わからん」
「も、もしかして、ヤバいやつなんだな?」
「ああ、かなり……かなりマズい」
俺たちは国家破綻に際し、『ニートだった』という理由だけでわけわかんない組織に拉致さられようとしている。
これから俺たちは何をされるんだ?
俺たちを待つものを考えるだけで眼の前が真っ暗になる。




