4 魔女狩りの東京 II
ネカフェという安全地帯で仮眠をとった俺達は、フリータイムの終了ともにブースを追われた。母親の子宮にも等しい場所から。
俺たちは行くアテもない身。あてどなく蒲田の街をさまよう。
カタコトの客引き。慣れない酒につぶれた学生。ホテヘルを連れたサラリーマン……そんなのを横目に、夜の街をぶらぶら。
衣食住はすべて典夫の世話になってる……無駄に潤沢な典夫の財布に。
こいつはちょっと頭が足りないから、俺に寄生されてるとは思ってない。それをいいことに、奢ってもらいっぱなしだ。
罪悪感はある。だが当面の問題は腹が減ったことだ。今晩は何を食おうか?俺たちの足は、自然と駅前に向かっていた。
『100万と言われたニートは今や、その大部分が奉仕活動に従事!社会の役に立っています!』
街頭のスピーカーからそんな言葉が流れてきた。これはいつものあれ。発作的に放送されるニートバッシングのテレビ番組だ。実家にいたときも散々見聞きしたのが、飽きもせず流れてる。再放送か?と間違うレベルで。
その時、特に行くあてもない俺たちは、駅前のスペースで「ラーメン屋にするか定食屋にするか」と言い争っている最中だった。
『しかし、我が国にはまだニートが存在しているのも事実です!東京都内だけでも数千人のニートが潜伏中と言われています!』
東京の上空から、まるで危険を煽るかのように夜景を映し出すカメラ。
そのテレビ番組が映る巨大モニターを、日雇い労働者やホステスらが、タバコを吸いながら見上げている。みんな日本の敵、ニートを叩くところが見たくて。
そんな殺気立った場所に無職の俺たちがいるのはヤバそうな気もするが、大丈夫。典夫は作業着みたいなデザインの服を着ているから、俺たちがニートに見えることはまず無い。
これはネット通販などで売っている“無職が外出するための服”。これを着ていると、パッと見は労働者風に見えるという代物だ。
『そして我々は……ニートが潜伏してるという家に来ています!』
モニターに映るこれは、ニートを追ったテレビの密着番組。
いや、密着ドキュメントの体裁をとった見世物。ニート狩りだ。
『いました!ニートです!日本の闇、人類の汚点が!今、みなさんのもとに晒されます!!』
家に突入した撮影班が、ニートがいるという部屋のドアを蹴破り、お笑いタレントがそう囃し立てる。
そして薄暗い部屋から女の子が引きずり出された。無抵抗のその子は、長い黒髪を掴まれ、カメラのもとに引っ立てられる。
『お前~、日本が大変な時だっていうのに~!これはクリリンのぶん!!』
抵抗する気も無い女の子の化粧っ気のない顔に、お笑い芸人が唾を吐きかけた。
ゲラゲラゲラ……
視聴者たちが笑いに包まれる。
『日本が大変なときにのうのうとしてるなんて許せませんね!』
『風俗で働かせろ!働けないなら臓器を売れ!』
『無能な女は、産む機械にさせろ!』
毎度のごとく、スタジオのタレントが安全圏から好き勝手なことを言っている。
何度も見てきた。うんざりするような光景。
「ギャハハハハ!!」
「強制労働させればいいのに!」
モニタを見上げる聴衆は大盛り上がり。ここ数年の日本は、こんなものが毎日のように、飽きもせず繰り返されている。
本人たちは“ニートを攻撃すれば社会が良くなる”と思ってやっているのが、さらにタチが悪い。
「ひ、酷いんだな」
「……クソッ!」
舌打ちした。
こんなのただの虐待じゃないか。見世物にしても悪趣味だ。
「…………」
みんなが楽しんでいる中、俺は舌打ちし、不快をあらわにしてしまった。その結果、モニターを見上げていた周りの連中にジロジロ見られる。
ここは天下の往来……俺たちのようなニートは目立つべきではないと知りながら、我慢できなかった。
「おい、あいつらニートじゃね?」
「えぇ~、マジぃ~?」
そうしてめでたく目をつけられてしまう。いかにもヤンキー丸出しの厄介そうなやつに。
ニート狩りを面白がってるような人間はストレスが溜まっていて、叩く対象を求めてるような連中だ。そんな国民たちの溜飲を下げさせるのがニート狩り。俺たちはそれに水を差してしまった。
今の世の中、ニート擁護をする人間は『反日危険分子』としてリンチされてもおかしくないというのに。
「なぁ、って!?」
ヤンキーは俺と典夫に詰め寄り、顔を覗き込んできた。周りの人間たちも、俺たちを逃さないように圧力をかけてきた。
昨今の貧困化でみんな気が立ってる。不景気からのスタグフレーションにより食い物の量は減り、みんなガリガリに痩せている世の中だから当然だ。
『不景気の原因はニート』という暴論を、テレビ、本、新聞、電車の中吊り広告などに刷り込んでいくことで作り上げたニート叩き。
パンとサーカス、じゃなくて“パンかサーカス”。パンの代わりにニート狩りというサーカスが用意されているのが、21世紀の日本。俺たちはそこにはまり込んでしまった。
「オイ、ちょっと顔貸せよ」
「えっ……ちょっ」
「ツレの奴、お前もだ!」
ここは自由な街だが、自由には危険も伴う。
ヤンキーは俺の肩に手を回し、典夫も脇を固められる。
『次は大人気企画!生き残りをかけて無職同士が殺し合う~……ニートコロシアム!! 賞金5万円を手にするのは誰かァ~!?』
テレビ番組のアホのようなナレーションを背に、俺と典夫はガード下へ連れて行かれた。




