3 魔女狩りの東京
* * * * *
「オラオラオラオラオラオラ!オラ!!」
身を翻した俺は、目にも留まらぬ速さで殴りかかる。
「て、テメェ!こんなことしてタダで済むと思ってるのか?こんな暴力を!?」
俺の連撃をくらい、その場に倒れ込んだツーブロックの外車男が、虚勢を張ってわめき散らす。
「それがどうした?」
「だから、こんなことしてタダで済むと……」
「俺は……ニートだよ」
「ニ、ニート?」
「そう……ニートだ」
「だったら雑魚じゃねーか!仕事も能力もないクズじゃねーか!!」
口を歪ませた卑屈な笑い顔で俺を見下す。
この顔……神経を逆撫でするこの笑顔に、俺は怒りを顕にする。
「あまりニートを無礼るなよ?」
「な、何だとコラ!?」
「今の俺は家族も仕事も恋人も無い……そして自分自身がどうなってもいい。ニートの俺には失うものがない。俺にストップをかけるものは存在しない。つまり最強の存在なんだ」
「ど……どういうことだよ?」
「今ここでお前を殴り殺しても、ニートの俺はノーダメージ。痛くも痒くもないってことだ!」
「おい、嘘だろ?ま、待ってくれ……!」
うぎゃああああああ!!
「さて、アイツらにもお礼参りしなきゃいけないな」
鼻持ちならない外車野郎を叩きのめした俺は、自分に宿っていた力を自覚する。今まで抑えられていた力に。
「社会通念、世間の目……俺はそんなものに縛られていて、本当の力を出せていなかった」
しかし、今は違う。俺は無敵超人として覚醒した。
この力があれば何でもできる。復讐も可能だ。そう考えると自然と口角が上がる。
心身にエネルギーが充実してる。こんなに力を感じるのはいつ以来だろう。
子供のときに漠然と持っていた万能感が、温泉のように湧き出てるような感覚だ。
「フハハハ!待っていろ!!」
俺を見下した幼馴染。
ニート叩きをしてたアホウども。
そしてあいつら……俺の家族たち
みんなみんなぶん殴る。
そしてこの世界において、本当の強者とは誰かを教えてやる。
元はといえば、あいつらが売ってきたケンカだ。
あいつらが俺を叩かなければこうはならなかった。自業自得だぞ。
待っていろ。ダンゴムシをほじくり返すことの罪深さを、体に教えこんでやる!
* * * * *
「…………ハッ!!」
ソウルフルな女性シンガーのような自分の声で目が覚めた。瞬間的に今の状態を確認する。
俺がいるのはダークウッド調の合板で区切られた小部屋。そう、ネカフェのブース。俺はここで仮眠をとっていたのだ。
「内容は忘れたけど、すっげぇスカッとする夢だったなぁ~」
これはいわゆる夢オチ。夢を見ていた。
無理な姿勢で寝てこわばった体とは違い、心にはほんのりとした充足感がある。
「腹減った……」
狭い部屋を見渡すと、隣にいた人影が上体を起こす。
「ま、正道。どうしたんだな?」
「起きただけだよ」
家を追い出されてから数日。俺はかつての友人と連絡を取ることに成功し、合流することができた。
そして今は、二人してネカフェに引きこもってる。
ここは東京都大田区・蒲田。
自宅のある世田谷を離れた俺は、この蒲田に潜伏していた。
東京都心部では自警団と称する連中が、治安を守る名目でパトロールをしていると知っていた。ニートの俺がそういった連中に捕まれば、妙な施設に連行されるかもしれない。だから今は、こうしてネカフェを避難所としている。
そして一緒の部屋にいるこいつは、洞木典夫。こいつもずっとニートをしていた。同じゲームをしたりSNSで絡んだりしてた、いわゆる俺のニート仲間。
だが数ヶ月前に、親戚や近隣住民の白眼視に耐えかね、親子の縁を切られた男だ。
しかし家を追い出された後も、口座にそれなりに金が振り込まれていたので、それを使いつつネカフェ住まいの外こもりをしていたとのこと。
俺は今、そんな典夫と行動を供にしている。
家を追い出された後、たまたま典夫の携帯に電話してみたら繋がって、こうして合流できたのだ。
「ちょ、ちょっと。せ、狭いんだな」
「典夫、考えてみろ。お前のほうが体がでかいんだから、ここはお前が縮こまるべきだろ」
「ま、正道のほうが、せ、背が高いんだな。膝が当たるんだな」
「うるせー小太り!あっち向いて寝てろよ!」
そして典夫のネカフェ暮らしに俺が加わったことで、このように太極図のごとく身体が絡まん勢いで寝る羽目になっているのだった。
同室で寝ていることに他意はない。別々の個室より、ボックス席のほうが安いんだけなんだからね!
「こんな生活、どうにかしないといけないよな……」
「べ、別の町にいくんだな?」
最初の頃こそこのネカフェ暮らしは、友達と行く貧乏旅行みたいで楽しかったけど、一週間を超えるとさすがに嫌気がさしてくる。
典夫は別にそれを苦に思わないみたいで、俺という話し相手がいることで毎日が楽しそうだ。
俺はそんな典夫に依存しっぱなし……ぶっちゃけ寄生している。衣食住、すべて典夫の財布頼りだ。その現状に、若干の不甲斐なさを感じる。
「まぁ俺はもともと?どっか別の場所へ行くつもりだったし?」
そんな不甲斐なさが、俺にでかい口を利かせた。
「ど、どこかって、どこへ行くんだな?」
「う~ん、わからないけど、東京から離れれば何かあるんじゃね?」
東京は政府の一極集中政策で、平均所得を高くみせかけるため、低所得者を排除しようと躍起になっている。過剰なニートバッシングはその一環だ。都内を徘徊する自警団というのも、政府の意向を汲んだボランティアが忖度してやってること。
その結果、東京二十三区のニートは浄化作戦により全滅した。国民の自主的な活動で。
だが、首都圏にはここのようにニートが暮らしている場所がある。
町田、川崎、山谷といった、ちょっとすさんだ町。そういう場所は海におけるサンゴ礁がごとく、困窮者たちの格好の隠れ家になる。
ここ蒲田はそんな街の一つだった。
「八王子あたりには、自給自足してる集落もあるらしいし」
「へぇ~……す、すごいんだなぁ」
いつか追い出されるかもしれない、という不安と隣り合わせだった実家時代。俺はいつ来るとも知れない現実を見据え、現実逃避の手段をいくつか考えていた。
八王子のニート集落に逃げ込むというのは、そのときに考えていた選択肢の一つだ。
「でもな……」
しかし、そんなところへ行ってしまって大丈夫なんだろうか?一抹の不安がよぎる。
もしそこが意識高い系ヒッピーの拠点だったら?
アホの大学生サークルのキャンプ場だったら?
もしくはドラッグとクラブミュージックのパリピのパーリーだったら?
「……結局、この街しか行くところが無いんだよなぁ」
この街は自由だ。ホームレスにビザなし外国人、指名手配犯……スネに傷を持った人間だってゴロゴロしている。
だから、俺たちみたいな真性ニートだって受け入れてくれる懐の深い街だ。実家のような安心感とはまさにこのこと。
特にメンタル弱ってる今の俺に限っては、母親の子宮より信頼できる場所かもしれない。




