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東京無職種 -トウキョウニイト-  作者: 疎達川るい
一幕 ― Configuration ―
2/14

1 一ヶ月前・追放


* * *


『……です!…………ます!!』


 昼間でも暗い自室。

 点けっぱなしにしていたテレビが、なにやらゴニャゴニャ訴える。


『有効求人倍率は800%を上回っており過去最高!』

『失業率は0.0001%!史上最高の好況となりました!!』


 ぼんやりした耳に飛び込んできたのは、そんな煽り文句。今日もまたニュースを装った世論誘導をしている。飽きもせず。

 こんな誇張まみれのデータ、どうせ作為のある計測だろう。端からでたらめな数字。だからといって訂正もされない。


『そうして99.999の国民が働いているにも関わらず、我が国には未だ一万人のニートがいると目されてます』

『……そして、ニートたちのせいで日本のGDPがマイナスなのです!!』


 そしてまた支離滅裂な発言。どこから突っ込んだらいいかわからない。

 GDPマイナス?好景気はどこにいったんだ?そもそもこんな意味不明な番組、誰が見ているんだ?

 そんな思いがもやのかかった俺の頭に浮かぶが、どうしようもない。

 

『こんな国難に働きもせず引きこもってる連中がいるから、この国は良くならないんですよ!!』

『お願いします!ニートの人は働いてください!そうしなければ日本は良くならないんです!』

『テレビの前のニートさん、恥ずかしくないんですか?罪の意識は無いんですか?』


 場面が移り変わると、ワイドショーのコメンテーターがその場にいない誰かに向かって必死に訴えている。あるものは青筋たてて憤り、あるものは涙ながらに訴える。

 もし仮に嘆くべきものがあるとすれば、「好景気」と言った数秒後に「国難」と言っても疑問を感じられないような自分の脳みその出来を嘆くべきだろう。だが、そんな俺の望みが叶うわけもない。


『警察さ~ん?ニートは日本の敵だから、見かけたら射殺!射殺していいですよ~?』


 笑い芸人が、おちゃらけた口調でそう嘯く。

 ゲラゲラゲラ……

 その発言でスタジオに下卑た笑い声が響いた。


 ブ……ン

 

 点けているだけで知能が下がりそうなテレビの電源を落とした俺は、窓から外を見る。

 狭い窓枠から見える今日の空は、今にも雨音が聞こえてきそうな曇天。

 もう何年もずっと曇り空を見てるような気分だった。


「……っ!……ろ!!」


 部屋の外で何か物音がしている。

 家族たちの気配。家族が何かを話し合っている。


 その音を聞きながら、俺はぼんやりとした頭で考えていた。

 あの頃は晴れた空を見上げていた。俺にも選択肢はあった。


「俺は……違うんだ」


 そう、不幸が重なっただけで俺は悪くない。

 ただ機会がなかっただけなんだ。

 

 就職難のあおりを食った世代の俺はハードルを下げ、内定にこぎつけた会社も入社前に倒産。そこから中途採用は厳しく、空白期間が空いてしまった。

 最初の頃こそ「そんなのは関係ない」と、自分を奮い立たせていた。

 だが、履歴書の空白期間の溝は俺が思っていたよりはるかに深い。

 面接で落とされる落とされる。俺は世の中から千尋の谷に突き落とされた。


 そこからはズルズルとニート街道まっしぐら。

 入り込んだものを飲み込む、ニートというバミューダトライアングルにはまってしまったのだ。

 充電期間とか、資格のための勉強だとか理由をつけて、何年も引きこもっている。


 ドンドンドン!!


正道まさみち!開けろ!!」


 今、俺の部屋のドアを叩いてるのは親父。その声に現実に引き戻される。

 記憶の中の青空と、怒声が響く薄暗い部屋。その落差に吐きそうになる。


「クソがぁぁぁ……!」


 天命、天意、天運……東洋思想において天というものは、すべてを司るものの象徴とされてきた。

 その天が、天気という形で俺のどんよりした心を汲んでくれているのなら……頼む、このピンチをどうにかしてくれ。いや、ください。


 ドンドンドンドン!!


 迫りくる家族の怒り。音がどんどん強くなる。

 な、何か……この状況を脱するものは、何かないのか?


 ニートの俺にとって、外界とつながる唯一のツールであったPCや携帯電話を見る。 

 何年にも渡るニート生活。無為とも思えるその時間も、ネット上でツルんでた仲間がいたから不安じゃなかった。ニート仲間がいればどうにかなりそうだった。

 しかし、その彼らはもういない。みんな社会に圧力をかけられ、自宅から駆り出されていってしまった。俺はもう一人だ。


 俺はギクシャクと立ち上がり、軽く伸びをした後、ちょうど今起きた風を装ってドアを開ける。

 かくして俺の巣あっけなく開城。俺の前に現れたのは、肩をいからせた父親だった。

 

「正道!お前は!ずっと働きもせず!」

「それは、まぁ……すまんかったと思ってるよ」


 開口一番、俺の気のない返事に、親父の怒りのボルテージが吹き上がるのを感じた。

 そして。ほどなくして過去最高とも思える怒鳴り声が飛んでくることとなる。なにも隔てるもののない怒声が腹に響く。


「前にも働くように言ったよな!?あれからまた、何ヶ月経ったと思う!?」

「あっ、ごめん。集中してやることがあったから……わかんない」


 この父親は俺が適当な仕事でお茶を濁そうとすると「大企業以外は一族の恥だ!!」とかなんとか言って、許そうとしなかった。

 まぁそれでも自分には責任が無いと思ってるだろうな。親世代というのは気楽なもんだ。


「隣の幼馴染を見てみろ!いい会社に就職して、婚約もしているんだぞ!」

「あっ、そうなんだ……」


 こういう時、親父が決まってする説教に、他人事のように反応してみせる。

 話に上がったのは、幼少から一緒に育ってきた幼馴染。

 エリートニートコースに乗った俺を散々見下した後、「夢がないよね」と言い放ち、その後は目も合わせなくなった幼馴染が。


「隣の小川さんちのさかえちゃん、お医者さんと婚約してるんだって」

「ふ~ん、それはよかったね」

 

 母親がそう言う。

 医者か……あの幼馴染にしては、ずいぶんいい相手を捕まえたもんだ。それこそ俺とは大違いの相手だよ。

 

「ねぇ、兄貴……」


 俺はすでに護身完了してる。何を言われても他人事。

 現実と乖離させることで、自分の精神を守る俺に対して、ずっとうつむいていた妹の成美が口を開いた。


「身内にニートがいると、私の結婚にも影響するのよ」


 婚約破棄……身内にニートがいると「怠け者が遺伝する!」と言われ、結婚話が破談に向かう。今の世の中、よくある話だ。後ろでは母が、さめざめと泣いてみせている。

 そんな意味不明なオカルトを信じるような相手となら、婚約破棄したほうがマシなんじゃないかとも思うが、まぁ世間一般では大切なことなんだろう。


「兄貴……お願い、この家から出ていって」

「……そう言うわけだ、わかるな?」


 俺の家族は非情にそう吐き捨てた。

 


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