12 アナーキー・イン・ザ・TOKYO
無職者議会のメンバーは、議会堂(通称ズムシティ)の内部に住んでいる。
基本的にここで過ごし、暇になったら本会議場という名のラウンジに顔を出す。
豪華なインテリアに飾られたハイセンスな場所。例の創造性あふれるハイテク企業のオフィスみたいなあれだ。
ここでたむろして、気が向いたときにプランを施行する。なにか思いついたら指をパチンと鳴らし、黒服たちが勝手にやってくれる。俺たちはそれを眺めてるだけでいい。責任もとらない。
基本的に金は使い放題。人間も使い放題。
俺たちが必要とあれば、外国からオペラ劇場をまるごと持ってこさせることだって出来る。適当な理由をでっち上げれば、群馬に巨大ピラミッドを建てることだって可能だ。
そんなことだから、みんな好き勝手やっている。
姫乃はセレブみたいな服で毎日違うルブタンを履いてるし、坂口さんは本棚を搬入して、自室を図書館みたいに作り変えてる。 高梨は一個一万円の高級メロンをエアガンの的にして遊んでた。典夫や相模守はいつもと変わらないけど。
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「ああああ!あ!!あああああああ!ああ!!」
そんなある日、同じ議会員の清水相模守大輔がレッド・ツェッペリンの歌のイントロのように暴れだした。
「相模守~~!しっかり致せ~~~!!!」
「こ、これは一体なんでヤンス?」
「これは……フラッシュバックだ。きっと根暗陰キャ、氷河期、ヒキニートとして迫害されたトラウマが蘇っているんだろう。」
相模守は過去にひどい目にあったことを思い出したようだ。
そんなことだから、ベトナム帰還兵のように虚ろな目をしている。
「ああああ!!!ああああ!!!」
「………………」
そうして時々、スイッチが入ったかのように狂乱する相模守を前に、みんな沈黙する。
みんながうつむく……それは思い当たる節が自分にもあるから。ニートたちは世間から白眼視され、多かれ少なかれみんな相模守のような思いをしているから。
「悩みは元から断つしかないっしょ?やられたら復讐するしかないっしょ?」
「復讐……だと?」
「あーしは、ムカつくやつみんなヤった☆」
こいつ……ギャルの姫乃ときたら、いつもいつも誰か彼かを粛清している。その行為に正当性があるかどうかなんて考えてない。このくらい頭からっぽなら人生楽しいだろうな。
「日下部氏の言う通り!やられたらやり返すのが一番だぞ!」
「僕も許せないことには、それなりの手段をとるべきだと思うよ」
キャプテン・フクオカやズオン隆史もそれに同意してる。
う~ん、この際だ。いっそやっちゃったほうがいいのかぁ?国の首脳はポリコレを考えなきゃいけない立場だけど、そんなこと気にしてる場合でもない。
そもそも日本においては国益になるか、迷惑じゃないかが判断基準だから、『何が正しいか』なんて一瞬も考えられたことがないだろう。もし正当性を考える人間がいるなら、それは日本人失格までありえる。
「じゃあ今からそいつらを呼び出して、相模守の仇を取る!!」
「そうだ!目にもの見せてやろう!!」
「死んでないでヤンスけどね」
そうと決まれば、さっそく断罪。
俺たちは黒服に探らせ、相模守をいじめた連中をすみやかに確保した。
連中は中学高校時代の同級生。彼らにとっては30年前……もう過去のことなんだろうが、相模守にとっては現在進行系の苦しみだ。
俺たちニートは、その確保した奴らを、O・A中のテレビ局に闖入させた。
そして放映中のスタジオに全裸で這いつくばらせ、四つん這いに円陣を組ませ、お互いの肛門のシワの数を数えさせあわせた。
当の元いじめっこたちは大騒ぎ。あるものは怒り、あるものは泣き叫び……大の大人たちが声を荒げて騒ぎ回ってた。しかし、銃を突きつけられたら黙って一枚、二枚……と、ともすれば番町皿屋敷の怪談かと思うようなトーンでケツのシワを数えた。
まぁ多少の抵抗はある。苦痛に思うのもわかる。ただ、相模守はもっとつらい思いをしたんだぞ?被害者の感情を考えろよ。
そのスタジオにはもちろん、元いじめっ子のご家族一同も招待している。黒服が銃を突きつけたら、任意同行してくれた。日本の警察の任意というのは強制ということだ。みんな悲壮な顔をして見守っている。
これはちょっと酷いことにも思えるが?まぁ自分の家族がどんな人物か知るいい機会になるから?ついでにケツのシワの数も知れて家族の絆が深まるだろうし?オッケーでしょ。完全に。
そうして『カウントアヌスTV』の惨劇が過ぎ去り、黒服が去ったスタジオには、哀れな元いじめっこたちが残された。
※ ※ ※ ※ ※
その一連の番組を見ていた
「……まるで……ムカデ人間……ですね……」
あの髪の長い、いかにも文学少女といった坂口さんもテンションぶち上げ。ニタニタ笑っている。
うん、いつも暗い彼女が楽しそうにしてるだけでも良いことをした。
「みんな聞いてくれ。俺たちニートは蔑まれ、屈辱にまみれた日々を送ってきた」
あと必要なのは、大義名分の創出。
「しかし、同調圧力に屈せず、正義を行うために我々がこうして存在しているんだ」
誰も罪悪感を抱かないような大義を作り出す。リーダーたる俺に求められているのは、そういうことだ。
「我々ニートたちは、新生日本を作るため、日本文明を根本から作り変える……国を形成する法律の基本原則、近代国家の法律の基礎を無くすんだ。それがどういう意味かわかるか?」
「?」
議会室で大仰に話し始めた俺。その発言にみんな、当然ながら顔に疑問符を浮かべてる。
「法律の大前提を無くすってのは、一度日本人が望む世界に……紀元前に戻してやるってことだ。わかりやすく言うと、ハムラビ法典だよ」
「ハ、ハンブラビ? ぜ、Zガンダムは見たけど、よ、よくわかんなかったんだな」
「ちげーよ!バカかよ!小卒かよ!」
「うう……ご、ごめんなんだな……」
「“目には目を”ってことだよ。お前にもわかるように言うと、これからの新生日本では、報復を認めるってことになる。これ大事ね」
これの肝心なところは報復だけじゃない。過去にさかのぼった法適応の禁止、法規定以外の類推解釈の禁止する。それが近代法の原理の撤廃。
それらを実施することで、ニート議会がニート法を作れば、過去にさかのぼって犯罪認定することができる。これで腐敗の根源を断つことができる。
さらに、俺が「大便の粒子をまきちらすのは傷害罪」と言えば、国民全員を容疑者にすることもできる。これで誰でも倒せる。まぁ、これもかなたたちSP衆の入れ知恵なんだけど。
「ニートをバカにした事がある、いじめたことがあるやつは畜生以下のゲスだ。それ以上に搾取してた連中はゴミクズだ。一緒に蹴散らそう」
ってなことで演説を打つ俺。こういう時、けっこうノリノリでいけるんだなぁ、と自分でも驚くもう一人の自分。
「ここにいる誰もが、心無い人間たちによって少なからず傷つけられている。だから報復する。日本人の好きな『やられたらやり返す』だ!わかる?」
「うむ。仇討ちの精神性がある、というのはみんな承知のことだよな!」
以前、テレビで知識人が“仇討ち文化”を根拠に死刑に賛成してた。世論の9割以上の日本人が被害者の気持ちを尊重することに賛成してた。
だからあいつらも、被害者であるニートたちに攻撃されることに文句はないだろう。自分で言ってるんだから。俺たちは日本人の望む姿に、日本を作り変えるだけ。
「そう、痛みをもって改革するんだ」
それが俺たちのやること。日本に対し、やってやれること。
『痛みを伴う改革』みたいなお為ごかしじゃない。『痛み』そのものをもって改革する。
そう……改革するって名目で遊んでやる。この世はでっかい宝島だよ。