10 円卓のニートたち II
『本日、有識者会議…………失礼しました。無職者議会が発足しました』
テレビが映し出すのは都内某所に鎮座するニート議事堂。ジオン公国・ズムシティ公王庁のような建物。
俺は今、その建物の上層階。議会場のあるフロアにいる。
ここに国家主権者となったニートたちが集められ、無職者議会が発足。極秘裏に国政をつかさどる会議が行われようとしていた。
出頭するよう要請された俺は、広間の前の廊下で懐かしい人物を見た。
「ま、正道!」
「お前は……典夫!無事だったのか?ていうか、お前も主権者に?」
「そうなんだな。く、黒服の人たちに連れてこられたんだな」
「俺と同じってわけか」
俺は典夫と再開し、互いの無事を喜んだ。どうやら俺たちはここで日本の首脳となることになった。それで間違いないようだ。
しかし、そうなると気になることが一つある。
「これから議会だろ?それって……中継されてたりすんの?」
権力がある立場は常に監視の目を光らせてる。それがこれまでの社会の常識。だから俺も国民の目に晒されているのではないか、と懸念する。
「いいえ。国会中継などと違って、中継する義務もありません」
「マジ?それで大丈夫なの?国の首脳部として?」
「主権を放棄した国民には、知る権利など1ミリもありませんから」
「まぁ理論上はそうだけどさ……」
中継されない、って雑に言われてもさぁ……
いくら国民に主権がないと言ったって、そんなことが許されるのか?政策によって、いくらでも国民を振り回すことができる立場なのに?
「以前の日本でも、放送局に圧力をかけ、報道してませんでしたから。都合が悪くなると国会中継ですら打ち切る始末でしたし」
「だから俺たちも中継する必要がないと?」
「仮に義務があったとしても、権力を持っている限り放送局が自粛することになるのは経験上、見えていますから」
「あ、でも記録したり録画したりはあるだろ?」
「破棄したり改竄したりされるので、原則していません」
「それも経験上?」
「その答えも、はい、ですね」
なんつーことだよ……
腐敗してんねぇ……
* * * * *
アホ面で連行された先はワンフロアをぶち抜いたかのような大広間。様々な調度品により彩られたその部屋。中央に置かれた会議用のテーブルには、10名ほどの人間が着席していた。
しかしこの部屋は落ち着かない場所だ。
パッと見ても床が大理石だったり、原色のカーペットだったり、高級そうなレザーのソファがあったり、みんなの“スキ”を無作為に集めてミキサーにかけたような部屋だ。
その部屋を一言で言い表すなら『落ち着かない』。
……ハイテク企業の創造性あふれるオフィスかよ、と心の中でディスる。
これがみんなの夢に思い描いてた未来かぁ。
こんな場所で、ニートが日本を動かすなんて想像もできなかった。
まぁでも考えようによっては、世襲の政治家もニートみたいなもんか。
そう考えれば主権者なんて名目だけの有名無実、国政だか木星だか知らんが、俺たちの仕事なんて周りが勝手にやってくれて「俺たちは何もしませ~ん」ってことになるかもしれない。
……ま、気楽に行こう。
「では、自己紹介タイムといきましょう。まずは神戸様」
「俺は、神戸正道です。いや~、正直こんなことになって面食らってるんですけどね……たはは」
トップバッターの俺は、どんな態度で望むべきか決めかねた末、世にも間の抜けた挨拶をかます。
これは俺の予防線。ドッキリだったり担がれたりだった場合、調子に乗ってると恥ずかしい。だから浮ついた顔をしない!という頭がそうさせた。
「ま、前々から日本で働いて?暮らすのには?疑問はあったけど?」
面々の様子を覗いつつ、申し訳程度のニートっぽさを出す。だがそれだけ。実に寒々しい。ビビりながらスカした態度という、最悪の結果。
無言で宗像かなた目配せし、次のやつにパスを回すよう促す。
しかしこいつは、次の誰かにアナウンスしない。パスを回さない。そのまま俺に次の一言が俺に降りかかる。
「この無職者議会に序列はないのですが、合議が必要になる関係上、神戸様には暫定リーダーとなっていただくことなります」
「えっ……リーダー……俺が……ええっ!?」
は?リーダーって何?なんで俺が?城島メンバーじゃなく?
至極当然、といった顔の宗像かなたに、俺は抗議の目線を飛ばした。
「前体制崩壊の際、公安警察がニート確保のため、最初にコンタクトしたのが神戸様だったからです」
「はぁ?そんな理由で俺がリーダー?お前の中じゃ、出席番号一番にはもれなくクラス委員やらせる世界なのか?理不尽すぎるだろ!」
「ご理解、ご了承のほどをお願いします」
「あのさぁ……俺に拒否権はないのかよ。そもそも例え話も拾ってくれないし、いつものことだけど無茶苦茶だな」
こいつのせいで俺は暫定リーダーになってしまった!
そんな俺の次に名乗ったのは、巻き髪の派手な女の子……ギャルってやつだろうか。その娘は勝手に名乗った。
「あたしは日下部姫乃!!! 働かないで渋谷で遊んでたらスカウト?された的なやつww みんなもそうでしょ? ね、まさみっち?」
ま、まさみっち……って、俺のことか?
ウズウズしてた女の子。
「……よろしく、日下部さん」
「姫って呼んでよね☆」
キラキラッ!
ううっ、眩しい!
なんかキラキラしたオーラがこちらに飛んでくるようだ。
この娘はまだ10代だろうか。人生を謳歌しているうちにニートになっていたんだろうことは想像にかたくない。いわゆる無気力なニート像とは異なる、あまりにも明るい……明るすぎる娘だ。眩しい。俺のような陰の者には眩しすぎる。
「ぼぼぼ、洞木典夫なんだな。こ、こっちの正道とはニート仲間なんだな」
典夫は相変わらずボケてる。こんな奴が日本の首脳部に座るとか世も末だな。
「こ、国会議事堂はゴールドライタンみたいで嫌だったから、こ、ここを作らせたんだな!」
「ご紹介にもあった通り、この建物は洞木様の意匠で建造されたものとなっております」
「えっ、じゃあこの建物のデザインしたのは典夫、お前なのか?」
「え~!?マジ?ノリピーまじエッモ!エモエモなんだが~~??♡」
「あ、ありがとうなんだなあ!」
へ、へぇ~……やるじゃん……へぇ~。
俺はなぜ典夫に劣等感を覚えているんだろう……
ええい!次だ、次!
デーッデデデッ!デデデッデデー!!♪!!!
「俺は高梨邦一。俺は日本が終わったなんて思ってねぇ!」
昭和から使ってそうな音割れしかないラジカセから、かろうじて聞き取れる宇宙戦艦ヤマトのメロディ。
それに合わせて名乗ったのは、これからサバゲーにでも行くような格好の男。
「俺たちが日本人の大和魂を覚醒させるんだよォ!!」
なんかヤバそうな奴だった。うん、次。
「ズオン隆史。在日ベトナム人二世。搾取体質を改善しない国で、僕は一ミリも働かない。それが僕のポリシーだ」
名乗ったのは若干エキゾチックな顔立ちの青年。
「在日ダァァァア?!!」
「高梨様。落ち着いてください。在日というのは、あなたが思っているような意味ではありません」
「……僕はこういう日本人は嫌いだ」
肌の色や外国人ってことより何より、まず俺の目に止まったのは、その鋭い目つき。ギリギリで生きてきた野良犬のようで、のうのうと暮らしてきた連中とは明らかに違う。
その次に名乗ったのは、全身真っ黒の髪の長い女性だった。
「……坂口あんです……科学万能たるこの現代社会に……我々という堕落と頽廃の落とし子が誕生したことの意義を……ゴニョゴニョ……よろしくお願いします」
伏し目がちの眼鏡の女性……女の子?髪で顔がよく見えないが、まだけっこう若いように見える。っていうか、どこかで会った……?
「あっ!」
この子、前にテレビで見た。蒲田の街頭テレビに映ってた子だ。ニート狩りの番組で。
「あの時のテレビの……だよね?」
「……ああああ……」
この坂口あんと名乗った子。頭が真っ白になって口をパクパクさせてる彼女。
この顔にかかった長い黒髪と、セルフレームの男物の眼鏡。それに真っ黒なロングスカート……
間違いない。部屋から引きずり出されて『経済に貢献しろ!風俗で身体を売れ!』とか言われてた子だ。
彼女は俺が気づいたことに対し、動転している。
「え~っと、あれから大丈夫だったの?」
「……ははは、はい……あああ、あれから……SPの方々に保護して頂いて……」
赤面し過呼吸になり、苦しそうだ。汗でシャツが雨降りみたいになってる。これ以上は彼女の心身が厳しそうだ。
察した俺はかなたに目配せして、次の人へ自己紹介を回す。
「清水相模守大輔……44歳……」
次に名乗ったのは、なんだかやけに長い名前の男。でも俺たちよりだいぶオッサン。緑色のチェックのシャツを着た中肉中背の、清々しいまでの中年男性だ。
その彼は沈んだ口調、心無い自己紹介からわかるように、目が果てしなく死んでいた。生気がないので、顔から受ける印象がない。彼の瞳は底の見えない深淵をたたえている。
自意識が谷に転げ落ちブラックホール化したような漆黒の瞳だった。
「な、なんか……へ、変なんだな……」
「やつの眼を直視するな!戻ってこれなくなるぞ!」
彼と目をあわせた典夫が、魂を飲み込まれそうになったのを、すんでのところで引き戻す。
彼があんな目をするようになるまでに、44年間の間にどんな生涯を送ってきたか、察するに余りある。
「私はサッポロ。洗礼を受けた先住民の戦士。虐げられし少数民族の意思を継ぎし者」
深淵のおじさんの次に名乗ったのは、民俗模様の革ジャンに長髪の、見事な体格の男。
「お、お前もニートなのか?」
「そうだ。地球の意思によって選ばれた、人間文明のためには一切働くことがない存在だ」
彼の話を聞いてみると、使命を帯びた?イニシエーションにより?選ばれた戦士?みたいなやつらしい。よくわからないけど現代文明には加担しないとかなんとか。
あいにくそういうのに明るくない俺にはよくわからないが、まぁとにかくなんか……そういう感じのやつみたいだ。
「私は九州代表のキャプテン・フクオカ!北九州の平和を守る活動が評価され、参戦することになった。みんな!よろしく!!」
その次は派手な全身タイツの男。特撮ヒーローのような覆面をしている。こいつはどういう奴だ?カタギにも見えないが、ニートにも見えないぞ?
「もしかして、ご当地ヒーローか何かだったりします?」
「いいや!自主的に福岡の街をパトロールしていただけだよ!」
この場にいるんだから、こいつも別に働いてたわけじゃない。同じニートなんだ。その事実になんとも言えない表情になる。他の連中も概ねそうだ。
そして最期の一人。人間かどうかも怪しいやつに順番が回った。
「あっしは幼い頃からずっと下水道に住んでたでヤンス!名前は無いけど、みんなは糞丸って呼ぶでヤンス!」
蜘蛛のように細長い手足の、四つ足で椅子に座る男はそう名乗った。
イロモノの連続に「もう何が来ても驚かないぞ」と思ってたが、さすがにぶっ飛んでる。
「下水道?それでどうやって?学校とかは?」
「まぁ普通はそう思うでヤンスよね。でも大丈夫でヤンした。落ちてる新聞や図書館から廃棄された本を拾って読んでたから、多少の教養はあるでヤンス」
なんか受け答えはマトモだけど……下水道って。糞丸って。
「というわけで……以上の方々が、これからの日本の趨勢を決定づけることとなる、国家主権者の方々になります」
名乗り終わったやばい面々が並ぶ。
この国にはマトモな人間はいないのか。
「この他に数名のニートがいる予定でしたが、あるものは家族に売られて働いてしまっていて、またあるものは我々SPの訪問を恐れて自室で自害していました」
えぇ……気の毒すぎる。
まぁ俺もたまたまこうなっただけで、似たような末路を辿ったかもしれない。
「私は宗像かなた。無職者様たちの警護や補佐をするSPのリーダーを務めさせていただきます」
そして「提案や要望は私へどうぞ」と告げる。こいつはSPや秘書の役割をするようだ。
しかし、よくもまぁこんなキワモノばっかり連れてきたもんだ。
「これまでの狂った体制に加担せず、正義を選び取ってきた方々です……たとえそれが、消極的正義だとしても」
この後に及ぶ俺のいぶかしげ視線に気付いているのか知らないが、かなたは目を伏せながらそう言ってその場を締めくくる。
「………………」
このメンツを見渡してみてやっぱり、「ドッキリなんじゃないか?」という懸念を拭えなくなってきた。こんな意味不明なやつらが日本の首脳とか、わけがわからないにもほどがある。
だが、考えてみると変だ。俺たちを担ごうとしてるにしても、もっとマトモな連中を連れてきたほうが説得力がある……
つまりこれが現実だとするなら、この意味不明さこそ現実感というものなのかもしれない。
「ハァ~~~……」
なんでこんな失望してるんだろう、俺。
「みんな~~?よろしく~~~↑?? ちょっと!椅子!プルプルすんなよ!!」
「す、すいません!」
「あと汗!汗かかないで!!」
「そ、そんな……」
姫乃は人間を椅子代わりにしている。
なんかテレビで見たことのある芸能人が椅子になってる。たしか歌手か何かだ。
俺が権力を使っておしりペンペンや卵爆撃をやってる間に、イケイケの姫乃はもっといろいろやってるみたいだ。今、人間を椅子代わりにしているのもその一環。
「あ~、もういいよ。出てって~~↑??」
「は、はい!それじゃあ失礼します!」
「ただし……全裸のまんまだけどね~w」
「えっ?えええっ!?」
「キャハハハハハ!!」
こうしてその芸能人は、姫乃の気まぐれでSPに捕まえられ、全裸のまま外に放り出された。
こいつはとんでもないことをしているようで、これは俺たちにとっては当然の権利なんだ。
この世の中、ニートの世では、俺たちニートの意にそぐわない連中はみんな吊るし上げられる。これもそのうちの一つ。ちょっとした茶目っ気みたいなものだ。
「本当に……やりたい放題じゃん」
なんでも出来る。なんでも叶う。
現在進行系で、ここにいる誰もみんなウズウズしてる。
とりあえずみんな断罪してやろう。
自己利益のみを考えたサイコパスを。
体制に飼われてただけの家畜どもを。
まずは親、兄弟、幼馴染を呼び出して罵る。見下した同級生も、いけ好かない連中もみんな。