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東京無職種 -トウキョウニイト-  作者: 疎達川るい
1.5幕 羽化 ― Eclosion ―
10/14

9 円卓のニートたち



 日本が崩壊し、ニートが国家主権を手にしたあの日……

 あれから俺たちの世界は180度変わった。体感的には1800000度くらい変わったかもしれない。


 今、この国でニートというのは、この国の腐敗に抵抗した者たちのことを言う。

 ニートとは、この国において民主主義国家の市民として唯一義務を果たした人間。まぁ“この国”こと日本は、とっくに無くなっているんだが。

 少子化、不景気、高齢化……日本を腐敗させてたのは悪政。それを赦したのは、悪政に屈した不甲斐ない多数の市民。唯一、抵抗していた存在であるニートは英雄に。

 だからニートは日本唯一の主権者になった。

 迫害対象だった無職ニートたちも、その姿を変えた。

 この国はもう日本ではない。俺たちニートのものになった……新生日本国だ。


 といったように、日本において最早ニートは無職ではない。主権者ニートなのだ。


 無茶苦茶な定義かと思うが、日本の歴史を振り返れば別にそうでもないことに気づく。かつてこの国のニートの定義は何度も変わっているのだ。

 本来は10代の就学就業していない者を指す言葉であったニートが、日本では35歳までを指すようになり、最終的には無職の男性全般を対象とする言葉に変わった。テキトーにイチャモンをつけて労働市場に駆り出すため。

 そうやって、常に誰かの勝手な都合で変えられてきたニートの定義。また変わったところで、いまさらって感じもある。


 そんな主権者ニートになった俺は、とりあえずムカつく奴に正義を執行した。

 ニートに仕える黒服集団……いわゆるSPたちが、俺の思い通りに動いた。前の日本にマインドコントロールされて『ニートは悪』と信じていたリーマンにお尻ペンペンをした。

 職業に貴賎はない。年収2000万だろうが、ホームレスだろうが……人間は等しく尊厳を持つ。それを嘲笑する者は、人権そのものを否定する者。馬に蹴られて半身不随になるくらいが相応しい。


 そんな俺は今、ニートに用意された建物の中の自室にいる。

 その部屋の雑然っぷりときたら相当に、激しい。それは俺が買い物をしまくった結果だ。俺は自分にある権限を使って、何もかもを手に入れた。

 高性能PC、ゲーム機、時計、熱帯魚、電気シェーバー、日本刀、ピザ窯……なんでもござれだ。

 だが、ほしいものが全部手に入ってしまうと、なんだか途端にくだらなく思えてくる。それこそガラクタの山かと思うほど。


 コンコンコン……


「御機嫌如何でしょう。神戸様」

「ちょっと待て、今いいとこなんだよ」


 そんな俺を訪ねてきたのは宗像かなた。こいつの顔ももう見飽きた。

 俺はPCの画面から目を離さない。できるならこのまま一生グダグダしてたい。


「今日はニート様に、国家の首脳として働いてもらいたいと思いまして」

「は、働く?」

 

 『働く』……唐突に不吉な言葉が突きつけられた。

 そのとき俺は、俺をあざ笑ったファストフード店の店員……その家の窓に、SPに卵を投げつけさせている様子を、ライブカメラで見ていたところだった。

 そんな俺のニコニコ笑顔も『働く』という一語の前で消え失せる。


「労働奉仕してください、というわけではありません。ニートとして君臨してくれればいいのです」

「ああ、働くって言うから社畜的なものを想像したけど……労働って意味じゃないんだな?ってことはあれか?象徴的なやつ?」

「ええ、そのとおりです。顔出しも原則ありません」

「へ~、それならまぁオッケーかな~」

「ただし、ニートとして思いついたことは施策していただきます」

「え、なんか考えてしなきゃいけないの?なんで?」

「日本において、貴方たちニートの選択は正しかったからです。国民もそれも望んでいます」

「でもなぁ……そんなの……」

「大丈夫ですよ。ニートなのですから」

 

 この女、宗像かなたは「この国はニート様のもの。自由にしてもらってかまいません」と言った。

 しかし納得がいかない。自由にしていい、と言われてもその理由が曖昧。いまだに俺は納得できてない。


「だから、その“ニートだから”ってのが、いまいちピンとこないんだけど……」


 ニートだから権力がある。って言われても正直困る。

 無職、プー太郎、穀潰し……呼び名はいろいろあるけれど、ニートってのはとても褒められたような生き方じゃない。どちらかと言わずともクズだ。

 そんな認識は俺の中にだってある。数日で変わったりしない。だからこう持ち上げられると、ドッキリかなにかじゃないか?と疑いたくもなってくる。

 

「ニートが日本の救世主であることの補足をしますね……まず、日本崩壊の主な原因といえば?」

「経済の落ち込みだろ?」

「そうです。ご存知の通り日本は経済成長率がゼロどころかマイナス。GDPがどんどん落ち込んでいった……では、なぜそうなったと思いますか?」

「そりゃ景気とか」

「そうです。以前の日本はずっと経済が回らず、永遠とも思える不景気の真っ只中にあったからです」


 かなたはそう言って、俺の前に立ちはだかる。

 俺はそんな彼女にちょっとびっくりして、視線をそらしがちに話を聞いていた。


「それではなぜ経済が回らないかというと、それは消費行動が起こらないから。なぜ消費しないかというと、物価に対して給料が低すぎるから」

「えっ?そうなの?日本って給料低かったの?」

「先進国では最低。生存権を脅かすレベルなので、国連から賃上げするよう要請が着ていたほどです」

「ああ、だから『日本は恵まれてる!』って洗脳に必死だったんだ」

「そんな一人で暮らすのがやっとの給料しか貰えない低賃金国家では、国民は結婚をしない。家を買わない。車を買わない。子供を産まない。当然ですね」

「でも、日本はまだまだ豊かな国のほうだろ?なんでそんなに最低賃金が低いんだよ?」

「経営者が政治に食い込み、労働者を奴隷にする悪法を可決したからです。日本は大企業や資本家に支配されていました。あからさまな金権政治でした。国民の大半が奴隷化されていたのです」


 こいつは言った。国民は全員が物言わぬ奴隷だった、と。

 企業や資本家といった守銭奴に金を奪われ、みんな低賃金労働者という奴隷階級に突き落とされ、結果的に日本全土が地獄と化した、と。


 現実に何がおこったかというと、政府による労働規制緩和、大企業優遇、ライフライン削減など……俺もなんとなく覚えてる。十数年前くらいに、社会に暗雲が立ち込めた頃に聞いてたような言葉だ。子供心に覚えている。


「ニート弾圧はその頃に始まりました。奴隷をかき集めるために」


 だから、その世の中に抵抗したニートこそが正しい日本国民だった、という話だ。

 たとえそれが『働かない』という無言の抵抗であったとしても。


「賃下げに次ぐ賃下げ。より安い奴隷がいなくなればニートを駆り出す。あるいは外国から人材を連行する。それがこれまでの日本でした」


 そういった極悪資本家と奴隷国民が結びついて日本が破綻した。それは現実になったことだから疑いようもない。


「そうしてどんどん賃金だけが下がった結果、経済停滞……不景気にあえいできたのがこの20年です」


 こいつの話によると『資本家の言いなりになり、日本人が絶滅するまで労働者の大安売りをしていた』それがこれまでの日本だった、ということらしい。


 失業者、派遣、非正規、ワープア……それらは政治によって作られた国内難民。物価や税金に対して底抜けに落ち込む賃金。ズルズル落ち込む景気。

 そんな世の中で最低限の賃金が保たれていたのは、働かないニートがいたから。だからこんなに妙な担がれ方をしてる、って話。


「つまり、これまでの日本は“働けば働くほど貧しくなる”社会だったのです。自分が奴隷だと気づいていない“無能な働き者”が、ここまで国を傾かせた」

「だからニートのほうが偉いってのは、ちょっと短絡的すぎないか?」

「いいえ、どんどん労働者の安売りをする政策に対し、歯止めをかけてたのは……言いなりにならない、あなたがたニートたち」

「だけど俺は社会に貢献してなかったし……」

「奴隷商人が経営する腐敗国家。そんな国の社会で働くくらいなら、働かないほうがいい。それが民主主義国家の市民の義務です」

 

 こいつの言うことは世の中をひっくり返すようなことばかりだ。まぁ実際に世の中はひっくり返ってるんだが。

 でもなぜか筋が通ってる。今までの話に矛盾はない。


「そもそも、働けば世の中が良くなる、って考えは何の根拠もないカルト宗教です。労働神話を信じる狂信者ニホンジンたちの目を覚まさせることができるのは、あなたたち抵抗者ニートだけなのです」



………………



「これから日本の最高決定機関となる“無職者議会”に案内します」

「な、なんかしなきゃいけないんだろ?俺で大丈夫なの?嫌だよ!」

「大丈夫。ニート様に責任など伴いません……それまでの日本の為政者と同じですよ」


 宗像かなたに移動するよう促され、ツカツカと歩くこいつに着いていく。

 いかに無責任に命令するだけの立場とはいえ、嫌なものは嫌だ。


「でも、一度も働いていない俺が……」


「労働は尊いことですが、奴隷労働はそのものが罪です。社会を悪くさせるだけの犯罪です」


「でもでも、選挙だって一度も行ったことないのに……」


「民主制というのは、言論の自由や報道の自由とワンセットじゃないと機能しません。日本のような報道の自由がない国で選挙へ行くのは、もはやそれ自体が悪。市民の義務違反です」


「でもでもでも、俺はぼっちだし、生活だってメチャクチャなのに……」


「家族や彼女や配偶者がいないのも高評価です。腐敗した社会に加わって罪の意識位を感じない人間には……あまつさえ子供を産み落とすような人間には、未来を任せられないので」


 とかなんとか、話を聞く限り、俺は最高に良いニートだそうだ。

 

「神戸正道様は我が国に残った一万人のニート、その中でも選抜された筋金入りのニートです。誇りをもってください」

「う、うん……」


 やっぱり俺は伝説級のニートだったか……


「他の選ばれしニートたちの準備も整っています。行きましょう」

「ええっ?俺以外にもニートがいるの?」

「はい」

「じゃあ、俺だけの責任になるわけじゃないんだな?」

「先程から言ってるじゃないですか。社会的責任ノブレスオブリージュがある西洋文明と違い、日本の権力者は無責任でいいんですよ。だからデメリットはありません。ご同行願います」


 そうして宗像かなたはどんどんと歩みを進める。俺はそれについて行ってしまう。

 俺は優柔不断といえば聞こえが良いが……俺はウジウジした性格で、決断を前に臆してしまって話をこじらせる傾向がある。ロボットアニメの主人公まではいかないが、厄介な性格であることに変わりはない。

 だからこいつのように、無感動無関心で事務的に、そして半強制的に扱われるのは逆に気が楽だ。


「そういうことなら……まぁ付き合わないでもないけど……最期にひとつだけ。俺の立場は保証してくれるんだろうな?」

「ええ、新生日本が責任を持ってバックアップしますので」

「本当か?」

「これまでの日本では“責任”という言葉は、ちり紙ほどの重さも無かったかもしれません。しかし、それは立場が上のものに限ったこと。仕えるものは最大限の働きをしなければなりません。現に私どもはこうして、最高権威マジェスティを前にしているますから」


 その気楽さに甘えてしまった俺は、首を縦に振ってしまった。



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