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決戦直前

ヨアヒムの前からまんまと逃げおおせた俺達は、無事に城へと戻て来ていた。

「ユート殿……先程の話なのですが……」


 ヨアヒムの城から戻って来た俺達は、来たる反乱軍との戦いに備えて早速打ち合わせに入っていた。

 簡単な食事を摂った後、俺達は城の会議室へと集まっていた。

 そこには俺、オーフェ、ミシェイラ、トモエ、長老が顔をそろえていた。


「ん……?」


 そして、口火を切ったのはミシェイラだった。

 彼女は先刻ヨアヒムと俺が話していた内容に、何処か引っ掛かりを覚えている様だった。


「貴方は先程こう言いました。ヨアヒム殿が実権を握ったならば、再び王政国家へと戻す事も可能であると……。漸く民が幸せとなる政治を行う為に政権を奪取したと言うのに、それでは元の木阿弥ではありませんか?」


 彼女の瞳には、俺に対する不信感がありありと浮かんでいた。

 もしかすれば俺が、私利私欲のために再び独裁国家へと戻そうと考えているのではないか……そう考えているのかもしれない。

 もしそれが可能なら、俺はどんなに幸せだろう……。

 それこそ正しく「異世界ハーレムライフ」を堪能出来るってもんだからな。


「君が“国民の為の政治”と言うものをどう考えているか知らないけれど、もし国民の為に“与える”政治だと考えているなら、それは民主国家ではなく専制国家の方が適していると思うよ」


「……それは……」


「専制国家なら、国民の不満を解消する為に、ある程度国民の為になる様な政策を取らなければならない。そして国民は、何も考える事無くそれを享受するだけで良い。君がそれを『民の幸せ』だと考えているなら、クーデターを起こすにしても“頭”を挿げ替えるだけで良かったんだよ」


 少しでも国民を思う王族に支配者を変えれば、圧政下よりも随分とマシな状態になるだろう。

 でもそれじゃあ結局、制度改革なんて出来やしないんだ。


「でも君が、『国民の国民による国民の為の政治』を望むなら、やっぱり民主政治に移行しなきゃならない。でもその国民の大多数が専制政治を望むんなら、やっぱりそれを甘んじて受け入れなければならないんだ」


 誰でもない、国民自身がそれを望むなら、そして大多数がそれを支持するならばそれを受け入れなければならない。

 正しく民主国家ってのはそう言うものなんだ。


 それが本当に正しい答えなのかどうか分からない。

 俺だって政治について詳しく知ってる訳じゃないし、ここ数日考え続けた答えがこれだったってだけだもんな。

 でも生まれて今まで、ここまで政治の事ばかり考えてきたのは初めてだろうな……。

 まー必要に迫られてってのもあるんだろうけど。


「じゃあユート、あんたには以前の制度ってやつに戻す気はないって事なのか?」


 考え込んでしまったミシェイラの代わりに、トモエがそう聞いて来た。


「俺はこの国の国民から支持を得て誕生した大統領じゃないからな。勿論、『民主的な思想を持った指導者』を求める人々……ミシェイラや長老達から呼び出されたって意味では、支持者に選ばれたって事になるんだろうけど……でもやっぱりそれは、正しい民主制度の在り方じゃないと思うんだ」


 俺はトモエの質問に、現在の俺が居る立場を説明する事で答えとする事にした。

 それはオーフェから、この世界の攻略目的として告げられた一つだったんだ。


「だから俺のやるべき事ってのは、まず民主主義ってやつをこの国の……この世界の人達に根付かせる事だと思うんだ」


 この世界の人達は「民主主義」と言う概念すら希薄だ。

 自由と言う言葉は知っていても、その実体を知る者は殆ど居ないんじゃないだろうか?


「兎に角今は、この状態を旧体制に私欲で戻そうとする輩から守らないといけない。この戦いはその為のものなんだ」


 これは嘘偽りない俺の本心だ。

 何よりも旧体制に取って代わられたら、俺はその場でカエルに変えられてしまうからなー……。

 俺の言葉に、その場にいた全員が真剣な面持ちで頷いた。





「それで……挟撃となっている現在の状況をどう対処するかと言う事なのじゃが……」


 最年長者……と言う事で進行役となっている長老がそう切り出した。

 本当にいろんな問題が山積みなんだけど、当面はこの国を反乱軍……王侯貴族連合軍から守らなければならない。


「敵は北に王弟軍、南に貴族連合軍が布陣しています。王弟軍は我が軍から離反した兵たちが主力で約2万、貴族連合軍は雇い入れた傭兵達が主体で約1万5千です。そして我が軍の招集出来た人員は兵士1万、補助要員2千となっております」


 次いでミシェイラが、机の上に地図を広げながらそう説明してくれた。

 単純に数字の上で考えれば、如何に一騎当千のミシェイラがいたとしても、こちらが圧倒的に不利だと言う事は分かる。


「圧倒的に不利だなー……こりゃー、どっちの軍に対しても、押し留めるだけで精一杯なんじゃないのか?」


 トモエのセリフは、言われるまでも無く事実だった。

 実質兵力1万じゃあ、防衛線を展開するだけで精一杯の戦力だ。


「大統領閣下……この状況、貴方にはどうにか出来る策がおありなのですか?」


 俺がヨアヒムの城で、彼に対して啖呵を切った事は長老も知っている。

 その上で俺にそう問いかけてるんだ。

 もし、なんの策も無く彼の神経を逆撫でしたとすれば、それは単なる無謀でしかなく、状況を悪化させただけにし他ならない。


「……ミシェイラ、トモエ……君達はこの城に集った全兵力を以て、南の貴族連合軍に当たってくれ。俺は北の王弟軍を足止めする」


「ユート殿っ!? それではっ!?」


 俺の提案に、ミシェイラは即座に異を唱えた。

 如何に俺が異世界人で強力な力を持っていたとしても、多勢に無勢だと彼女は考えたのだろう。


「……あんたには何か考えがあるって事なんだな?」


 トモエの言葉に、俺はゆっくりと頷いた。

 それを見た彼女は、それ以上詮索する様な真似をせずに深く椅子に座り直した。


「北の王弟軍はこの際ユート殿に任せるとして、南の貴族連合軍を押し留めるだけでも大変ですぞ。被害も甚大なものとなるじゃろう……」


 長老の言葉はもっともなものだった。

 単純に兵力差5千。

 こちらが勝つにしろ負けるとしても、双方の被害は大きなものとなるだろうな。


「そこでトモエ、お前に頼みたい事があるんだ」


 俺はここで、それまで考えていた案を皆に説明したんだ。





 ―――2日後。

 俺は王都の北へと向かっていた。

 地上を行けば、馬を使っても王弟軍が布陣している草原までは数時間は掛かる。

 だけど今の俺は空中を、超高速で移動していた。

 勿論これは、オーフェに了承を得て使用している力なんだけど、これなら後数分で戦場に到着出来そうだった。

 ミシェイラ率いる王国軍は、昨日既に進発している。

 恐らく今日の昼前後には互いに陣を張り対峙している事だろう。

 戦争と言うものを俺よりも遥かに熟知しているだろうミシェイラに、軍の全ては任せてある。

 開戦のタイミングや指示は、彼女の判断で行われるはずだった。





「ミシェイラ、兎に角防戦を意識してくれ。敵軍に被害が出るのは問題ないんだが、こちらの軍に被害は出来るだけ出したくない」


 俺の要望を聞いたミシェイラは、怪訝な表情を返して来た。


「……ユート殿、おかしなことを言う。戦争ともなれば人は死ぬぞ。それは敵はもとより、自軍であっても例外では無い。敵を蹴散らすのが我が本分なれば、敵軍に被害を与えるのは言うまでも無い事ではあるが、自軍に被害が出ぬ様にとは少し都合の良過ぎる要望だと思うのだが?」


 彼女の言う事はもっともだし、そんな事は俺も十分に理解している。

 でもこれには俺の都合……野望が含まれてるんだ。


「ユート殿が自国民を大事に思う気持ちも分からないでは……」


「違うんだよ、ミシェイラ」


 俺の事を良い様に解釈しだしたミシェイラの言葉を俺は遮った。

 彼女はそれに対して、首を傾げて疑問符を浮かべている。


「俺が自軍の損害を気に掛けてるのは、全て俺の為なんだ。彼等には将来『選挙権』が与えられる。この戦いで俺の株が上がれば、生き残った兵士やその家族が俺に投票してくれるだろう?」


 そう、単純に俺の人気と知名度を上げる為に、彼女にはそう要望しているに過ぎない。

 でも俺がこの世界で「人として」生活する為に、それはとても重要な事なんだ。


「なるほどねー……まだ『選挙』とか『有権者』ってのは良く分からないけど、あんたの為にこの指示は大切だって事は分かったわ」


 俺の説明でトモエは納得した様にそう漏らして、ニヤリと口角を吊り上げた。

 その笑顔は、到底神職者に見えないぞ、トモエ……。


「そこでだ、トモエ。お前には一つ骨を折ってもらいたいんだ。アミナ神龍教団に掛け合って、僧兵団を参加させてもらいたいんだけど……僧兵団の規模ってどれ位なんだ?」


 アミナ神龍教団の信徒は、回復や防御、封印魔法に長けてるって話だった。

 彼女達が参戦してくれれば、被害は更に減らす事が出来る筈だ。


「……んー……そうだなー……確か2千人くらいだった……かな? 大司教様にもお前に協力しろって言われてたし、多分了承してもらえると思うけど……」


 顎に指を当てて何かを思い出す様な素振りで、トモエはそう答えた。

 俺はその答えを聞いて、心の中でガッツポーズをした。

 それだけの人数なら、敵軍とのパワーバランスにも影響を与えてくれる!


「しかしユート殿。ここから教団まで、馬を用いても片道で2日の道程があります。とても開戦に間に合うとは思えませんが?」


 ここでミシェイラが、もっともな意見を口にした。

 確かに準備をするには全てが遅過ぎるし、時間が足りないのは確かだ。

 反乱軍はそれをこそ狙ってるのかもしれないけれど……。


「オーフェ、良いかな?」


 彼女の質問に、俺は横で控えているオーフェに了承を願い出た。

 少なくとも僧兵を此処へと呼ぶには、彼女の力がなければ到底不可能だ。


「そう言う事ならば問題ありません」


 それに対した彼女は、簡潔にそう答えを返してくれた。

 これで兵力2千が加わる事になる。


「でもオーフェ殿、1人2人なら兎も角、2千人もの集団を転移させる事など可能なのですか?」


 それでもミシェイラは、更に疑問を口にした。

 そりゃー普通で考えたら、千人規模の転移なんてありえないだろう。


「千人が億人であっても、何ら問題ありませんよ?」


 そしてオーフェは、ニッコリと微笑んでミシェイラにそう答えた。

 その答えを聞いたミシェイラは勿論、トモエや長老まで呆気に取られてしまっている。

 オーフェが実は神様だって知らないんだから、彼女達の反応ももっともかもしれないな。


「でも、それだけじゃあダメだ。そこでトモエにはもう一つ頼みたい事がある」


決戦は避けられない!

なら、出来る限りの事はしておこう!

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