停戦に向けて
内乱か……。
政権が変わったばかりで、未だこの国は落ち着いていなかったって事なんだろうな……。
「昨日、王弟貴族連合軍より正式に書状が届きました。内容は未確認ですが、使者の話では、宣戦を告げる封書である事が明言されましたので、大将軍閣下の御帰還をお待ちして判断を仰ごうと思った次第です」
封書をミシェイラに手渡した兵士はそれだけを彼女へと告げると、敬礼をして部屋の外へと退出して行った。
恐らくは外で命令を待つつもりだろうな。
俺達は部屋で寛いでから夕食……と言うスケジュールを白紙にして、今は広い会議室で話し合いを行う為向かい合って座っていた。
この場に居るのは俺、オーフェ、ミシェイラ、長老と新たに加わったトモエの5人だ。
本当ならこれほど重要な案件なら、もうちょっと人数がいてもおかしくないんだけど、発足したばかりの政権なら仕方ない。
内政に取り組む時間が欲しい所だけど、この案件に関しては急を要しており、そんなに悠長な事を言ってられないんだ。
ミシェイラが俺とオーフェの方を窺って来た。
それが手渡された書簡を見ても良いかと言う問い掛けなのは、口に出して言われなくても分かった。
俺はそれに頷いて答えた。
それを受けたミシェイラが、丁寧に封蝋された手紙を解き内容を確認する。
彼女は声を出す事も無く内容を確認し、その間俺達は一切声を出す事はしなかった。
そしてミシェイラが視線を上げた。
それは読み終えたと言う合図だった。
彼女は俺へと書簡を差し出し、俺はそれを受け取るとそのままオーフェへと渡した。
だって、俺にはこの世界の文字を読む事なんて出来ないからな。
書簡を渡された所で、内容を確認する事なんて出来ないんだ。
その点オーフェには読めない文字なんてない。
そしてオーフェが俺に嘘を吐くなんて事は有り得ない。
つまりオーフェが確認すれば、俺が読まなくても今後不都合が起こる事も無いって事だった。
さっと書簡に目を通したオーフェは、それをそのまま長老へと渡した。
長老が書簡に目を通している最中に、ミシェイラが書簡の内容について語り出した。
「元政権を担っていた王族と、既得権益を取り上げられた貴族達が共謀して反乱を起こした模様です。彼等は現在勃興しようとしている政権の不当性と、自分達の正当性を声高に叫んでおり、それを取り戻すための聖戦だと謳っているそうです」
書簡を読み終えた長老も含めて、ミシェイラはこの場に居る全員を見回しながらそう言った。
なる程、元々権力を持っていた人間にしてみれば、革命後に一文無しとなってしまう事には耐えられないし、納得も出来ないだろうな。
そして、それを取り返す事は当然の権利だと思ってるんだろう。
「反乱軍は二手に分かれて布陣しております。南には貴族連合軍、北には王弟軍。彼等は明後日の朝、進軍を開始するとこの書簡では記していますね」
俺はオーフェへと視線を送り、それを受け取った彼女は小さく頷いた。
どうやら内容に違いは無い様だ。
それを見て、俺達がこの城に戻って来たのは正しくギリギリのタイミングだったのだと思い知らされていた。
一人二人の移動だったら、今日明日にも準備が出来次第出発出来る。
でも、一軍が準備を整えての移動となればそうもいかない。
最低限の兵数なら、明後日に進軍する敵軍に対するだけの人員を揃える事も可能だろう。
―――それでも一軍が精一杯だろう……。とても挟撃して来る敵軍に対するだけの人員は揃えられそうにないな……。
でもそれには俺に一つ、考えている事があった。
恐らくもう片方の軍に関しては、その考えを行使すれば何とか抑える事も出来る筈だった。
ただ俺にはその前に、やっておかなければならない事があった。
「……大統領殿……。どの様に対処なさるおつもりかのう……」
ミシェイラの言葉を受けて、長老が俺に対処を求めてきた。
本当ならばこの場は長老がまとめるのが筋だろう。
それでなくとも、ミシェイラの方が軍務に詳しい。
素人同然の俺に意見を求めるよりも、二人で案を出して決定してくれても構わない程だった。
それでも、長老とミシェイラは俺に意見を求めてきた。
少なくとも、俺を立てるつもりなのは明白だった。
「俺は……まずは敵の大将と話をしてみたいんだけど……」
「えぇっ!?」
「なんとっ!」
「ちょっと、正気なのかよっ!?」
俺の意見に、オーフェ以外の三人が驚きの声を上げた。
すでに宣戦を布告して準備万端だろう反乱軍、その大将に会って話したいなんてどうかしてると思われたんだろうな。
向うはこっちを攻撃して倒すつもりなんだ。
このタイミングで会談に向かったら、俺達はそのまま囚われるなり殺されるなりするかもしれない。
でも……。
「出来れば大きな戦争は回避したいんだ。互いに指導者同士の話で戦いが回避出来るならそれに越した事は無い。それに……」
そこから先は口に出さなかったけど、王弟、貴族軍に所属している兵士たちの中にも、少なからずこの国の国民がいるはずだ。
つまり彼等も貴重な有権者となるはずだし、家族がいるかもしれない国民に被害を出したくないって下心もあったんだ。
「なる程、素晴らしいお考えですっ!」
「そこまでお考えとは……感服いたしました」
「へぇー……ちょっと見直したぜ」
俺の考え全てを話さなかった事で、どうやら彼女達には俺の言葉が美しい理想論に聞こえた様だった。
ミシェイラは感嘆の声を上げ、長老は深く感銘を受けている様で、トモエも何だか感じ入っている。
なる程、「口は禍の元」と言うけれど、言わなくても良い事は話さなければ、逆に禍を招く事は無いって事か。
俺はとんでもない所で一つ学習する事が出来たんだった。
「それじゃあ、早速首謀者の……誰だっけ?」
「オルド・ブーフェン候ヨアヒムなる人物です」
「そのオルド……何とか候の所へ行こう」
肝心な敵大将の名前を知らなかった俺に、すかさずオーフェが的確な回答をくれた。
「オルド・ブーフェン候の城はここよりも北に位置しています。時間的距離で申しますと、早馬でおおよそ四刻(7~8時間)と言う処でしょうか? 如何いたしましょう?」
そしてミシェイラが城までの時間を教えてくれた。
今はまだ日没後間もないけれど、このまま馬で侯爵の城へと向かえば到着するのは真夜中になってしまう。
そうなったら向こうも会ってはくれないだろう。
「……オーフェ……またお願いしたいんだけど……」
俺は探る様にそう彼女へと問いかけた。
俺の言っているお願いってのは、アミナ神龍教団へと赴いた時の様に瞬間移動したいと言うものだった。
あれなら距離も時間さえ考えなくていい。
「ええ、そう言う事なら構いませんよ」
それに対するオーフェの答えは了承するものだった。
それを聞いて、俺の案が現実味を帯びてきた事を俺自身が実感出来ていた。
まずは話の出来る条件が整わないと意味が無いからだ。
「よし、それなら早速行動しよう。侯爵の元へと訪れるのは俺、オーフェ、ミシェイラ、トモエだ。長老には俺達が留守中の指揮を執ってもらう……いいかな?」
俺は立ち上がりながらその場の皆にそう言った。
それを聞いた彼女達は、同じように立ち上がり頷いた。
そしてそう決定してから1時間後、俺達は侯爵の城、その正門前へと出現していた。
まずは話しあってみよう。
甘い考えかも知れないけれど、話して分かってくれるならそれに越した事は無いんだ。




