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内乱の兆し

民主主義を1から根付かせる……。

そんな事が可能なのかよ……。

 俺だってそれほど民主制度に詳しいって訳じゃない。

 大まかに言えば「主権は国民が持っている」程度だ。あと個人の自由とか?

 今のままだと、腐った王政の代わりに清潔で新しい支配者を迎え入れただけだ。

 最初こそ、今までの不公平で理不尽な状態を一掃出来るかもしれないけれど、いずれは同じ事を繰り返してしまう可能性がある。

 専制国家ってのはそう言うもんだって、何時か何かの本で見た事があった。

 でもそれじゃあダメなんだ。


「……それじゃあ一旦城に戻るか……」


 新しい、そして根本的な問題に直面して、俺は暗澹(あんたん)たる思いを抱きつつそう口にした。

 俺にしてみれば、今この状況でも十分楽しめるかもしれない。

 俺が指導者として、生きている限り「大統領」と言う地位に就き続けていれば、オーフェの言った条件も達成出来るしカエルにされる事も無い。

 勿論、この国に「民主主義」を根付かせる事なんて出来ないけれど、それは俺にとって関係ない事だ。

 いずれやる、何時かやると言いながら延命する事も不可能じゃないだろう。

 でも俺は約束しちまった……。

 自分で決めちまったからな……。


 ―――足掻いてみるって……。


 なら、例え本当に1からの歩みであっても、俺は可能な限りこの世界を攻略しなくちゃならないし、そう決意していたんだ。


「お待ちください、大統領閣下」


 椅子から立ち上がった俺とオーフェに、大司教がそう声を掛けてきた。

 俺達は先程と変わらない佇まいを見せる彼女の方へと視線を向けた。


「王城へと戻られるなら、是非ともこの巴の前をお連れ下さい」


「……えっ!?」


「大司教様、それは……?」


「ちょ、大司教様っ!? 何考えてんだよっ!?」


 大司教から齎された突然の提案に、俺とミシェイラ、トモエは殆ど同時に声を上げた。

 冷静に聞いていたのはオーフェくらいだっただろうな。


「先程の話より、大統領閣下は何やら新しい取り組みを行うご様子。時代の変革に、我が教団としても取り残されてゆく事は許されません。情報を得て、この教団へとその内容を齎す為に誰か人を送り出す必要があり、それは巴の前が適任だと考えたのです」


 なる程、政治の中枢とのハシゴ役を置く事は間違っていない。

 政策に賛成だろうと反対だろうが、いち早くそう言った動きを把握する事は大切な事だと俺も思った。


「ちょ、お……俺は嫌だぞっ、そんな役目っ!」


 ただトモエの方は、「はい、分かりました」と従う気なんて無い様だった。

 王城へと入って、俺に協力をしなければならないんだ。

 ましてや、この教団で修業をし続けるよりも堅苦しい状況に放り込まれるのは間違いないし、彼女がそれを進んで引き受けるなんて考えられなかった。


「いいですか、巴の前。これからこの国は変わります、変わろうとしています。その流れに取り残されない様に、教団は中枢の……大統領閣下の動向に目を向けておかなければなりません。そして巴の前、あなたにはもっと経験が必要です。若く才能のあるあなたならば、変わって行く時代に柔軟な対応を取れるでしょうし、何よりもあなたにとって良い経験となるのです。この教団内に居ては得られない、とても貴重で多くの事柄を体験出来るでしょう。この人選にはそう言った意味も含まれているのです」


 事務的な、それでいて幼子を諭す様な口調で、大司教はトモエにそう説明した。

 教団の為、そしてトモエ自身の為だと言われれば、如何に彼女とは言え即座に拒否する事なんて出来なかった様だ。


「兎も角、大統領閣下に同行なさい。それでも、どうしても耐えられないと言うならば、その時はここへ戻って来れば良いのです。……良いですね?」


 そしてこう言われてしまっては、一先ず俺達と王城へ行かない訳にはいかなかった。

 宥めて賺して、流石は大司教だと俺は思った。


「……わーかったよ……。でも行くだけだからな」


 大司教の話に「うー」とか「あー」しか口に出来なかったトモエが、とうとうそう返答した。

 彼女の返答を聞いた大司教も、にこやかな笑みを浮かべてゆっくりと頷いた。


「大統領閣下。それで宜しいでしょうか?」


 そして今度は俺にそう問い質して来た。

 でも俺の返答は決まってる。


「勿論です。ご協力感謝します」


 それがどんな腹積もりで思惑があるのか、俺には分からない。

 俺よりもよっぽど人生経験豊富な大司教の考えなんて、俺には到底窺い知る事なんて出来ないからな。

 でもそこにどんな考えがあるにせよ、誰が来るよりもトモエが来てくれた方が気は楽だった。

 少しの間でも行動を共にして一緒に戦った仲なんだから。

 話が纏まった俺達はその場を解散として、翌日王城へと向かったんだ。






 ―――それから5日後……。

 俺達は王城の城門を潜った。

 教団へと向かう時はオーフェの力で一瞬だったけど、帰路は徒歩でこの国の実情を見ながらになったんだ。


 これはオーフェの提案で、この国のリーダーとして、この国の事を知らないままではいられないだろうと言う話を受け入れた結果だった。

 そして俺は、それに大賛成だった。

 俺としても、この国の内情をこの目で見ておきたかったし、この世界に来てゆっくりとする時間が取れなかったから尚更それを望んだんだ。

 そして自分の足でこの国を見て回れて、本当に良かったと思っていた。


 この王城へと戻る道すがら、俺達は2つの村で宿泊して野宿を2回した。

 大きいとは言えない村であり、先の政権が無理な税の徴収を行ったとかで、どの村も豊かとは言えなかった。

 それでも、そこに住む人たちは朗らかで愛想が良く、とても俺の元居た世界では考えられない様なコミュニケーションを取る事が出来たんだ。

 村人たちと接した事で、俺の中にも僅かばかり「この国を良くしたい」って思いが芽生えていた。

 それは俺自身の為って訳でもあるけど、それに理由がプラスされた感覚だ。

 そして昨晩の野宿は最高だった。

 ミシェイラが野生の獣を狩って来て、俺とトモエで山菜やキノコ、果物を採ったんだ。

 俺にもトモエにだって、どれが食べて良い植物なのかは判別できなかったけど、そこはオーフェの知識をフルに活かしてもらった。

 豪華に揃った食材を、見事な料理としたのは驚いた事にトモエだった。

 そこで味わった食事は、俺が生きてきた世界でも到底味わった事のない美味しさだった。

 周囲の風景も申し分なく、夜空も信じられない位に美しかったんだ。

 よく空気が澄んでいるから……なんて言葉を聞くけれど、あれはそんな事で片付けられる光景じゃなかった。

 空気だけじゃない、世界を取り囲む要素が澄んでいるんだ。

 この世界にも争いはあるだろうけど、少なくとも昨日みた夜空にそんな事を感じさせるものはなかった。


 ―――俺達に齎された報告を聞くまでは……。


「ミシェイラ将軍、ご報告がありますっ!」


 城へと到着した俺達は、夕食までそれぞれの部屋でくつろぐ事にしていた。

 新たに同行したトモエにも部屋を用意されて、明日から本格的な内政に着手する予定だった。


「何か?」


 明らかに慌てた様子の兵士は俺やオーフェ、ミシェイラにも挨拶する事無く、いきなり用件を口にした。

 その様子を火急と読み取ったミシェイラは、それに咎める様子も見せず先を促した。


「旧王弟、そして貴族連合が……蜂起いたしましたっ!」


 でもその兵士が口にした内容は、彼が慌てるに仕方ない内容だった。

 だってそれを聞いた俺達ですら、驚きの余り誰も言葉を発する事が出来なかったんだから。



この国に民主制度を根付かせる……なんて言ってる場合じゃない!

それよりもまず内乱を平定しなきゃ、制度云々よりまず俺の大統領と言う立場さえ危ういじゃん!

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