蠢く陰謀
無事に神龍アミナを鎮めた俺達は、アミナ教団へと戻って報告を行っていた。
神龍アミナを鎮める事に成功した俺達は、一旦報告の為にアミナ神龍教本部のある神殿へと訪れていた。
今後の神龍による被害が治められたと言う結果は喜びを以て迎えられたけど、それより何より神龍アミナが呪詛に囚われていたと言う事実は、大司教に大きな驚きと動揺を与えた。
「……何と言う事を……」
神代より生きる神龍を呪いに掛け、意図せぬ行動を誘発させる等あってはならない事だ。
少なくともここアミナ神龍教の人達はそう考えている。
いや、もしかすればこの国の人々、この世界に住んでいる人達みんなの共通認識かも知れなかった。
それだけにその事実は、驚愕に値する出来事だった。
そしてそれは、一つの仮説を擡げる事となっていた。
「それを行った人間がいる……と言う事は、この国を混乱させ衰弱を狙った人物がいる……と言う事ですか?」
ミシェイラがオーフェにそう問いかけた。
ミシェイラは「人物」と言ったが、少なくともこの国に神龍へと呪いをかける事の出来る人間など居ない。
高い魔法耐性のある神龍に呪いをかけるなど、誰でも出来る事では無いのだ。
そして、そんな人間がいると思われる場所……国は少ない。
「真実や結論は私の口から申せません。ですが戦略と言う観点から考えれば、国力の衰退を狙うのは上策と言えるでしょうね」
ハッキリとしないオーフェの回答だったけど、それはミシェイラの言葉を肯定している様なものだった。
ただ明確に答えを貰えなかった俺以外の3人は、どこか怪訝な表情を浮かべていた。
3人は神の御使いである (と思っている)オーフェから、まさか協力的ではない説明がなされるとは思っていなかったみたいだけど、俺には何となく彼女の意図が分かった様な気がした。
この世界を変えていく役目は、俺って事になっている。
何でもオーフェに頼っていては、犯人が分かっている推理小説を読む様なものだ。
俺が元居た世界がそうであったように、この世界でもこの世界の住人である俺達が独力で道を切り開いて行かなければならないって事だと思う。
オーフェの言葉は最低限、ギリギリの助力だと言って良かった。
でもそこには重要な言葉が隠されていた。
例え小国と言っても、国力が充実していれば侮る事など出来ないし、外敵に対して団結した抵抗も強固なものとなる。
しかし逆に国内が不安定ならば、その国に他国を見る余裕などないし、疲弊し体力の衰えた国など畏れるに足らないと言う事だ。
「この国の安寧を妨げようと画策する国家が存在している……と言う事ですか……」
ミシェイラの言葉は誰に向けたものでもなかった。
誰の答えも期待したものでは無かったけど、この場に居る全員が共通認識として心の中で首肯していた。
そして、みんなの視線が俺へと集中していた。それはこの場を締め括る言葉を求めたものだった。
「えー……っと……。と……とりあえず神龍の警護はこのアミナ神龍教団にお任せしたいのですが……宜しいですか?」
俺は恐々とそう提案した。
何よりも守護龍たる神龍アミナを崇拝しているし、龍玉石を持つトモエもいるんだ。
何よりこの教団が、神龍を私利私欲で操るとは思えなかった。
「喜んでその使命を承りますわ」
大司教は満面の笑みでそう答えてくれた。
どうやらこの提案は正解だった様で、ミシェイラにも異議は無い様だった。
「俺とミシェイラは王城へと戻ったら、この国の衰弱を狙う……特に神龍を操るだけの力を持つ国について調べてみよう。今後もこんな干渉はして欲しくないからな」
続けた俺の言葉に、彼女はゆっくりと頷いた。
その瞳は真剣そのもので、決して許さないと言う強い決意が見て取れる程だった。
考えてみれば、その国が余計なちょっかいを出したおかげで彼女の妹は亡くなってしまったんだ、その怒りは想像を絶するものだった。
「少しは大統領らしくなって来たのではありませんか?」
そんな俺に、オーフェが横からそう話して来た。
珍しく……いや、恐らく初めて褒められた俺は、思わず顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
元来褒められ慣れていない上に、あのオーフェがそんな事を言うんだ、照れるなってのが無理な話だった。
「そ……そりゃーな。俺だって選挙に備えて有権者に支持を受けないといけないからな」
これはあくまでも建前……なんだけど、強ち嘘って訳でも無い。
俺は今後、この国の民から支持を受ける様な行動を採っていかなければならない。
それは決して、お気楽で無責任な言動や行動であって良い訳じゃないんだ。
だいたい俺としては、もっと気楽で面白おかしく異世界ライフを堪能したかったんだ。
なのに、前任者の「クリエイターさん」がこんな世界設定にしてくれたもんだから、俺としても真面目に取り組まなくちゃならない。
「……ユート殿……? その、『せんきょ』とは何でしょうか? それに『ゆうけんしゃ』とはどんな人物なのですか?」
そこで俺は、とんでもない質問をミシェイラから受ける事となった。
「……え……? 選挙だよ? 知らないの……? 投票で大統領や首相なんかを決める……知らない?」
俺が拙い説明をしている間も、ミシェイラやトモエ、大司教は首を傾げたままだった。なんでこんな事も分からないんだ?
「ミ……ミシェイラ達は大統領をどんな存在だと思ってるんだ?」
ミシェイラが俺に付き従っているのも、トモエや大司教が俺の言う事を聞いてくれるのも、それは偏にオーフェの存在と俺が「大統領」だって事に依るんだろう。
じゃあ、彼女達は「大統領」をどう捉えてるんだ?
「私達を導き、国民の為により良い政治を行ってくれる方だと考えておりますが?」
それは前提として間違っていないと思う。
選出された「大統領」って人物は、ミシェイラが言った様な人物を指す筈なんだ。
でもその過程を知らないってのは……どういう事なんだ?
「その大統領って、どうやって選ばれる事になってるんだ?」
俺の認識では、それは選挙によって行われる。
それが民主国家の在り方なんだから疑う事も無い。
でも、選挙や有権者と言う言葉を聞いた事のないミシェイラ達にとって、大統領ってどうやって選ばれると思ってるんだろう?
「それは……神が私達の導き手として御遣わしになる存在かと。丁度ユート殿、あなたの様に」
「……えっ!?」
俺は驚きの言葉を発した後、思考がフリーズしてしまった。
神が……遣わせる……?
そんな存在の言う事に従うって言うのか?
「……おい、オーフェ。どう思う?」
俺は隣に控えるオーフェに、このやり取りについて聞いてみた。
どうにも認識の齟齬と言うには大きすぎる違いが、俺とミシェイラ達の間に横たわっている様だったからだ。
「……今調べて見た処、この世界を作った方は、『大統領』と言う存在を作り出したのは良いのですが、その詳細を設定していなかった様です。もっとも、大統領を絶対権力者として誤認していたのですから、民主的思想が国民に、この世界に根付いていると設定付ける必要があるなんて思いも依らなかったのでしょうね。当然、選挙による大統領選出と、その資格を持つ有権者と言う存在も知らないでしょう」
ク……クリエーターさん……そりゃないよ……。
もっとも、もし俺がこの世界を作ったとしても、やっぱり同じ過ちを犯してたんだろうけどな。
つまり、大統領を「王」や「支配者」的な感覚で設定したんだ。
その国に、その世界に住む人々は従順な民であり、新たに自分と取って代わる存在を選ぶ制度なんて設定する訳が無い。
そう考えれば、ミシェイラ達の思考が「付き従う」と言う事にある事も頷ける話だった。
……こりゃー……民主主義ってのを1から根付かせる事からやらないといけないな……。
本当に滅茶苦茶な設定だな!
それでも俺には、民主主義を根付かせて大統領になり続けるしか道は無いんだ!




