なんだかんだで
翌日、俺達は早速神龍の元へと向かう為に門前へと集まっていた。
翌朝早朝、俺とオーフェとミシェイラ、そして今回の旅……と言うか調査に同行する巴の前は、教団入り口にある大門前へと集合していた。
曲りなりにも、古から存在する最強種たる「龍」の住処へ踏み込むんだ。
少なくとも、俺とミシェイラはピリッとした空気を醸し出していた。
所謂緊張感ってやつだ。
「……ふわぁ―――っ」
でもただ一人、明らかに気の抜けた雰囲気を纏っている者がいた。
言うまでも無くそれは……巴の前だった。
彼女は今も気怠そうに頭を掻きながら、大きな口を開けて欠伸をしていた。
彼女に昨日の可憐さは無く、纏っている神衣もどこか着崩した様にだらしなく見える。
多分、これが本来の彼女なんだろうな……。
「確か……クリスタルの洞窟にある『神龍の社』は、ここから西のあの山にあるんだよな?」
何か話す切っ掛けを探して、西にそびえる山を指差した俺は、別に聞かなくてもいい事を改めて聞いた。
それは誰にと言うものではなく、この場に居る全員に話し掛ける様な中途半端なものだった。
―――オーフェからは当然の様に返答はない。
彼女はあくまでも俺に手を貸してくれているのであって、この世界で行動する俺の逐一にいちいち対応しないんだろうな。
―――ミシェイラからも返答はなかった。
でもそれは無視しているって言うのではなく、何か深く思慮している様だった。
今から向かう場所を考えれば、それは仕方のない事だろうな……。
―――そしてトモエノマエからも……返答はなかった。
彼女は完全にこちらへと背を向け、俺の言葉など最初から無かったかのように無反応だ。
なまじ見た目が可愛らしい少女なだけに、その態度にはやはり愕然とさせられるものがある。
見た目は可憐な少女。
外見はその少女然とした姿に似つかわしくないナイスバディー。
そして所謂神社の巫女様。
更に飛び抜けた潜在能力の持ち主ってなら、ここは笑顔の可愛らしい「清楚で可憐なロリ巨乳巫女押し」で行く処だろう。
どんだけギャップ萌押しなんだよ。
「巴の前殿。あの西の山へは、どれくらいの時間が掛かるのだろうか?」
僅かな沈黙で返答が何処からも来ないと察したミシェイラが、今度は直球でトモエノマエへと問いかけた。
話を振られた彼女は流石に無視すると言う訳にはいかず、気怠そうにゆっくりとこっちへと振り向いた。
「……んあ―――……? 俺の事はトモエでいいよ―――……。御山までだいたい2時間くらいじゃないのー? ……大体だけどね―――……」
そして、その答えもやる気が感じられない適当なものだった。
これには俺も、ミシェイラと目を併せて苦笑するしか出来なかった。
「でも行くだけで大変なんだよねー……。途中には魔物がウジャウジャ出て来るしさー……毎回お洞へ着くまでに、何人かの僧兵が命落としてるしさー……」
でもそう続いたトモエの言葉で、俺とミシェイラの苦笑いも鳴りを潜めてしまった。
神龍と対した時もそうだろうと想像出来るけど、その道中も決して楽なものじゃないって知らされたからだ。
「魔物程度ならば、私だけでもどうとでもなる。それにユート殿とオリベラシオ様、トモエ殿も同行するのだ、問題はないだろう。問題があるとすれば……」
そうだ、問題があるとすれば、それは神龍アミナと対峙した時に違いなかった。
「……まー私が安全ならそれで良いんだけどねー……。それじゃあ、行こっか?」
どうにも気怠さの抜けないトモエは、まるで他人事の様にそう号令してスタスタと先を歩き出したんだった。
「はぁ―――っ!」
ミシェイラの放った裂帛の気合いが洞窟内に木霊した。
その直後に振り下ろされた彼女の剣閃が、襲い掛かって来ていた怪物を一刀両断にした。
文字通り真っ二つとなった狼の様な怪物は、断末魔の叫びさえ上げる事も出来ずに地面へ打ち捨てられた。
「さっすが大将軍様だねー……。大したもんだよ」
それを遥か後方から眺めていたトモエが、そう感想を漏らした。
確か彼女は白魔法……回復や防御の魔法に長けていた筈だけど、それをミシェイラに使って戦闘参加しようとする素振りさえ見せなかった。
もっとも、今ミシェイラが見せた戦闘を見る限りでは、トモエは勿論俺達が戦闘に参加する必要さえなかったんだけどな。
「私の事もミシェイラで結構ですよ。それより……随分とこの洞窟も奥へと進みましたが……目的の場所へはまだ距離があるのでしょうか?」
剣を鞘へと納めながら、ミシェイラはトモエにそう質問した。
この洞窟に入ってから、少なくないモンスターの襲撃を受けている。
その全てをミシェイラが相手取って駆逐してくれた訳だけど、彼女の体力も無限じゃない。
肝心の神龍に対した時、ミシェイラの体力が底を突いていたら、実質神龍の相手をするのは俺だけって事になる。
死ぬ事も無く傷つく事も無い俺なら、そんな神龍の相手に打って付けって思うけど、肝心の戦闘技能は無いに等しい。
高い攻撃力があるって話だけど、それもどれ程通用するのか分かったものじゃない。
死なないけれど倒せない……じゃあ、まるで千日手だ。
「もうすぐそこだよ……確か」
トモエはミシェイラの質問に、ゆっくりと洞窟奥を指差しながらそう答えた。
確かに通路を進んだずーっと先が、なんだか開けた場所へ繋がっている様にも見える。
恐らくそこが神龍の座す社のある場所なんだろう。
「これは楽しみですね。実際私は『龍』と呼ばれる生物を目にするのは初めての事です」
通路の先を見つめて、オーフェがそうポツリと零した。
確かに、ドラゴンなんて架空の生物を目の当たりにするのは俺も初めてだ。
「天使様、楽しみにされても困ります。彼の神龍は活動期ともなれば狂暴となり、手に負えないと聞き及びます。何卒お気を付けくださいますよう」
オーフェの、ともすれば不謹慎とも取れる言葉に、ミシェイラはどこか困ったような顔をしてそう苦言した。
実際活動期のドラゴンを宥める為に、少なくない人数の人々が犠牲になっている。
その中にはミシェイラの妹も……。
でも彼女のそんな言葉に、オーフェは興味なさげに視線を向けるだけだった。
架空と言えばこの世界もそうであり、その中に登場している人々は云わば設定どおりに動くキャラクターに過ぎないんだ。
オーフェにしてみれば、そんな人物の言葉もどこ吹く風なのかもしれないな。
「そ……それじゃあ、先に進もうか。みんな、気を付けて」
在り来たりだけど、俺にはそう声を掛けるしか出来なかった。
ハッキリ言って今の段階では何にも役に立ってない俺がリーダーシップを取るなんて、どこか憚られる行為だった。
「あ―――……。ちょいまち」
俺の言葉で頷くオーフェとミシェイラに反して、トモエが異を唱えた。
トモエはその理由を言う訳でも無く、スタスタと歩み出てミシェイラの隣にまでやって来た。
彼女の行動を目で追っていた俺達を気にする訳でも無く、トモエはミシェイラの腕を取った。
よく見ると彼女の腕には、さっきの戦闘で負ったのだろう僅かな傷があり、そこからは薄っすらと血が滲んでいた。
「……あ……」
「……我等を守護する神龍様に申し上げる……。敬虔なる巫女の願いを聞き届け賜え……。勇ましく戦い傷ついた者を癒し、再び戦う為の力を与え賜え……。エフティフィア・グラーティア・アモル……コラリ」
トモエの行動に遠慮しようとしたミシェイラだったが、それに構う事無くトモエが何かの呪文を唱えだした。
その途端、ミシェイラの腕に翳したトモエの手から光が発して、その光を浴びたミシェイラの傷がみるみると消え失せて、後には何もなかった様に治された。
有無を言わせぬ彼女の行動に、俺もミシェイラもただ呆然と見守るしか出来なかった。
「こ……これはその……べ……別に何か意味があってって訳じゃ……。そ……そう! か……彼女には、今からもっと頑張って貰わないとなんだから、こ……これは俺の為でもあるんだからな」
俺達の視線に気づいたトモエは、瞬時に顔を真っ赤にしてそう言い訳めいた事を喋り出した。
シドロモドロに答えるその姿は、何だか彼女の素顔を見た様でとても可愛く見えたけど、何と言うツンデレ……。
「ありがとう、トモエ殿」
優しい眼差しでそう礼を述べたミシェイラに、トモエの照れ具合はMAXになって更に動揺している様だった。
俺もミシェイラも、その姿を見て自然に笑みが浮かんで来ていた。
でもこれ以上トモエをそんな状況に置いていては、彼女は世にも珍しい「照れ死」に至ってしまうかもしれない。
「それじゃあ、そろそろ奥に向かおうか」
俺は改めてそう提案した。
そして今度は、俺の言葉を聞いた三人全員が殆ど同時に頷いた。
トモエの性格や言動には確かに難があるけれど、その根底には優しさが根付いている事が分かって良かった。
それに何よりも、彼女の持つ魔法がとても有用だと言う事が実感できたのも有難かった。
今後は彼女の魔法もきっと重要になって来る。
この先で待つ神龍は、今までミシェイラが倒したモンスターと比べ物にならない力を持っているだろうからな。
さっきまでの和やかな雰囲気を払拭して、更に緊張感を纏わせた俺達はゆっくりと奥へ続く道を歩き出したんだった。
いよいよ……いよいよ、神龍との対面ってやつだ!




