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目下のライバル

俺達は、オーフェの魔法で瞬時にアミナ教団へと辿り着いた。

けど……ここって……?

「きゃ―――っ! 男よ―――っ!」


「な……何故ここに男性が―――っ!?」


「覗き……っ!? いえ、痴漢ですかっ!?」


 突然現れた俺達を見た周囲の“女性達”は、正しく蜂の巣を突いたように大混乱だ。

 そして俺達に、少なくない嫌悪と敵意の感情が向けられている。


 ……いや……向けられてるのは俺一人にだな……。


 ここはどう見ても、明らかに浴場……。

 オーフェが出現場所に選んだのは、今まさに女性達が入浴中の大浴場だった。


「オ……オーフェッ! な……なんでこんな所に飛んだんだよっ!?」


 ハッキリ言って、男としてこれはラッキーだ。

 正しくラッキースケベだ。

 広い大浴場に、数えきれない程多くの女性達。

 そしてその全てが一糸纏わぬ姿だ。

 そんな所に放り込まれれば、普通であったら大喜びでその光景を目に焼き付ける努力をする筈だろう。


 ―――そう……普通に冷静な状況で考えれば……だが……。


 でも現実はそんな事にはならない。

 そんな冷静でいられる訳が無いんだ。


 いきなり放り込まれた女性ばかりの浴場……つまり女湯。


 狂乱する全裸の女性達……つまり大パニックだ。


 その女性達全てから向けられる熱い視線……まさに変質者扱いだ。


 そんな中で、冷静に不敵な笑みを浮かべて鑑賞出来るとすれば、それは精神が少しイカれているか、何かの物語に登場する主人公以外考えられない。

 普通の精神を有してる元高校生の男子だったなら、こんな状況に直面すれば冷静にいられる訳が無い。


「あなたが人の多く集まっている場所を希望した……その結果ですが?」


 オーフェは表情を崩す事無くそう言い放った。


 いや……確かにそう言ったけど、出る所くらい少しは気を使ってくれよ……。


 シチュエーション的にはオイシイ……オイシ過ぎるんだけど、流石にこんな姿をばっちり晒して変質者扱いされる状況は嫌すぎる……。


「兎に角、今はここを早急に出るべきです。特にユート殿、あなたはっ!」


 ミシェイラが眉根を吊り上げてそう提案して来た。

 いや、提案と言うよりもそれは命令……警告?


 言われるまでも無く、このままここに居れば間違いなく取り押さえられるだろう。

 それ以前に、この場に居る女性陣からの“支持”を失う事は必至だった。

 俺は、ミシェイラの後を追うようにその場を後にしたのだった。





「それで……その大統領閣下が、沐浴場で何をなさっていたのですか?」


 ずーっ……んと重たい威圧感を発して、目の前の女性が俺にそう詰問して来た。

 いや、言葉遣いこそ丁寧で語気こそそれ程荒くないけど、向けられてる雰囲気にはとうてい友好的なものなんて感じられず、明らかに不審者扱いのそれだった。


「いや……だからですね……」


 これに関して、オーフェの助け舟は出されていない。

 彼女にしてみれば俺の要望に応えただけであり、この程度の事では俺をフォローするまでも無い事だと判断しているのだろう。

 そして、ミシェイラの援護も期待出来なかった。

 彼女はこの教団を纏めていると言う大司祭に俺を紹介するだけして、後はだんまりを決め込んでいたのだ。


 よくよく考えなくても、俺がした事は女性の敵になり得る行為だ。

 ……別に俺が望んだ訳では無いんだけどな……いや、嬉しかったけど。

 今この場では、俺は完全アウェー状態であり、誰の助けも期待出来ない。

 ただ只管に言い訳を繰り返すしか、俺に残された道はなかった。


「……分かりました。その事については不問と致します」


 話も要領を得ない俺の言い訳に耳を傾けていた大司祭は、眼を瞑り重々しい言い様でそう話を区切った。

 俺が女性しか使わない(・・・・・・・・)沐浴場に出現した事は大問題だったが、それを行ったのが天使であるオーフェだと言う事が酌量の余地となった様だった。


 このアミナ神龍教は、女性だけの信者で構成された教団だった。

 この建物の中には、何処をとっても男性は俺しか存在していないらしい。

 要となる「巫女」は元より、この社を護る僧兵も全て女性で構成されているのだった。

 ただそれを聞いて、俺がオーフェに出した指示は強ち間違いではなかったとも思っていた。

 予測だけど、もし正面から赴いても、恐らく大司祭への取次には驚く程の時間が掛かると思われた。

 それを考えれば、多少強引でも建物内に転送された事は、時間短縮になっていると思われた。

 ……勿論、出現場所は大問題だったけどな。


「それで大司祭様……。この地で休眠していた神龍アミナが活動期に入ったと言う話なのですが……」


 俺への弾劾が一段落ついた事を見計らって、ミシェイラが本題へと斬り込んだ。

 そもそも俺達は、ここへ神龍の問題を対処しに来たのであって、違う問題を持ち込みに来た訳では無い。


「……はい……。神龍様は確かに活動を再開されました……。幸いまだ目覚めたばかり……。周辺地域に被害は全く出ておりませんが、それもそう先の話では無いでしょう……。」


 深く重い溜息と共に、大司祭はミシェイラの言葉を肯定した。

 神龍を崇める一団だとは言え、暴れ回り少なくない被害を出し、更には死者まで出す神龍の横行には教団と言えども悩みの種となっている様だ。


「……その……今まではどうやって神龍の活動を食い止めていたんですか?」


 俺は大まかに説明を受けてはいるものの、その方法については詳しく説明を受けた訳では無かった。

 この教団に所属する巫女や僧兵が総出で取り組んでいるのは分かるとして、具体的に神龍を鎮めるにはどんな方法を取っているのか、それが分からなかったんだ。


「……神龍様は一頻り暴れ回られた後、必ず御座へとお戻りになられます。我らはその時を見計らい、神龍様の動きを制限しつつ、巫女の力によって再び眠りへとついていただいているのです」


 今の話を俺なりに要約すれば、暴れ回った神龍は必ず巣穴に戻って来るから、そこを待ち構えて僧兵で弱らせ、その後巫女の魔法か何かで封じる……と言った所か。

 かなり力技だと思わざるを得ないけれど、世界で最強種に当たるドラゴンを殺す事無く鎮めるんだ。

 それなりに強引であり、少なくない被害を出すのも仕方のない事だとも理解出来た。


「毎回多くの信者たちが、神龍様を鎮める為に立ち上がり……そして少なくない被害が出ております……。今回もきっと……」


 大司祭は沈痛な面持ちでそう漏らした。


 男性が必ずしも女性より上回っているとは言わない。

 だが基本的な体力一つとっても、やはり男性の方が女性を上回っている。

 でも、この教団が女性だけで構成され男性を受け入れないとなれば、神龍を鎮める為に動員される人員も全て女性と言う事になる。

 それは戦術としては兎も角、戦略としては何ら益の得るものじゃない。


 それに、うら若き女性が神龍との戦いで命を散らすなんて、俺には到底納得出来る事じゃなかった。

 ……まーだからと言って、何をどうしてもこの神殿に居る全ての女性が俺の物―なんて事にはならないんだけどな。


「ご安心ください、大司祭様。これからは今までの様な事とはなりません。正式に軍の派遣も認められるでしょうから、被害は最小に抑えられる筈です」


 優しい言い方で大司祭にそう告げたミシェイラは、そのまま首を巡らせてキッと俺の方を睨み付けて来た。

 言いたい事を察した俺は、思わずコクコクと頷きその言葉を肯定した。

 それを見たオーフェが、情けないとばかりに小さく溜息を吐いていた。


「ありがとうございます……大元帥閣下……」


 ミシェイラを見る大司祭の目は、とても優しく信頼に溢れていた。

 この国での、ミシェイラと言う人物の高い影響力を垣間見た一瞬だった。

 ミシェイラが、将来大統領に立候補するかどうかは知らないけれど、目下最大の強敵は間違いなく彼女なんだろうな……。


「それで聞きたいのは、鎮める方法とその手順なんだけど……」


 俺は大司祭に向かってそう質問した。

 今後の事は分からないけど、ミシェイラが大統領になる事を、指を咥えて見ている訳にはいかない。

 こっちには引くに引けない事情もあるんだ。

 ミシェイラと交わしていた視線を外して、俺と正対した大司祭がゆっくりと話し出した。


「神龍様は、我等の崇める象徴です。だからこそ、傍若無人な振る舞いは我等が全力を以て阻止しなければなりません。ですがこれも当然の事ながら、討伐し死に至らしめるなど論外なのです。神龍様の体力を出来る限り奪い、巫女の封印呪によって一時的な眠りへと誘います。二十年程前より、それが我等の採って来た方法です」


 ある程度想像していたけど、やっぱり鎮めるまでには結構手間暇掛かるみたいだな。

 巫女と呼ばれる魔術師だか呪術師がその効力を発揮させる為には、神龍を攻撃してある程度体力を奪い、弱った所に仕掛けないといけない様だ。


 ……ん……? 

 ちょっと待てよ……?


「なぁ、オーフェ。設定で、神龍はどれくらい前からこの世界に居る事になってるんだ?」


 俺は隣にいるオーフェにそう問いかけた。

 大司祭の話だと、鎮圧する為に教団が神龍と戦いだしたのは僅かに二十年位前。それ以前から神龍がいたのなら、何か別の手段を取っていた筈だ。


「設定で神龍は、この世界の成り立ちと共に存在していると言う事になりますね。荒唐無稽ですが、神代の時代から存在していると言う事になります」


 オーフェは淡々と、どこかつまらなさそうにそう答えてくれた。

 本物の神であるオーフェにしてみれば、ドラゴンなる幻獣が世界の始まりから存在する等バカバカしい事なのかもしれないな。

 でもその答えで俺の疑問は明らかとなった。


「大司祭様、神龍が暴れる様になり出したと言う二十年前より以前は、一体どの様に神龍と相対していたのですか?」


 大司祭の話し方を考えれば、以前は戦い以外の方法がとられていた筈だと俺は思った。

 それに、他国にも神龍がいて何らかの方法で折り合いをつけてるなら、戦う以外の方法を用いている事も可能だって思ったんだ。


「……この二十年よりも以前……私が大司祭の地位に就く以前は、神龍アミナ様とも上手く折り合いをつけて共存していたと聞きます。元々神龍アミナ様は知能が高く、穏やかな性格の持ち主であったと前任の大司祭様に伺いました。もっとも、今では想像もつかない話なのですけどね……」


 そう答えた大司祭は、どこか寂しそうな顔をしていた。

 本当は、自分達の本尊に近しい存在と戦う事も憚られているに違いない。

 そして俺は、ここで何をすべきなのか何となく分かった気がしていた。


 出来る出来ないは兎も角として、神龍アミナを以前と同様の理知的なドラゴンへと戻す。

 そして今後、一切の憂いを無くす事。

 それが俺の取り組むべき事だと思ったんだ。

 その為には……。


「分かりました、大司祭様。それでは俺達は、早速明日にでも神龍の元へと向かいます」


「えっ!?」


「ユート殿っ!?」


 俺の決断に、大司祭とミシェイラが同時に声を上げた。


まずは神龍の様子を見て……出来るならば話をしてみようと考えていた。

兎に角、まずは神龍の元へと行ってみなきゃな!

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