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この世界の創造者

俺の絶叫が周囲に響き渡る!


 俺の心からの叫びに蛙の大合唱は止み、周囲一帯には耳鳴りのする位な静けさが訪れていた。

 でも、そんな時間もそう長くはなかった。


 〈嫌だ嫌だで事態が好転すれば、誰も苦労しないんだけどな〉


 中型ガエルが呆れた様にそう言い放ち。


 〈ちなみに言っておけば、ここに居る全ての者が最初はそう考えていたんだ。でも途中で諦めて、今はこうしてるって訳だ〉


 別の小型ガエルがそう言葉を続ける。


 〈だいたい現実の世界でさえ放り出して来たってのに、異世界なんかを救う為の努力なんて、続けられる訳ないだろう?〉


 また別のカエルがそう言った。俺はその言葉に、一切の反論すら出来ないでいた。

 まだ人間である俺が両生類に説教を受ける姿ってのは……滑稽以外の何物でもないだろうな……。


 〈ましてや異世界とは言え、この国のリーダーとなって国民を引っ張って行く……そんなカースト上位の人間みたいなこと、俺達に出来る訳なんてなかったんだよな〉


 カーストってのは人間の所属ピラミッドみたいな物で、一握りの人物を頂点にすそ野を広げて、その地位が示された人間の位置づけを表した物だ。

 校内カースト、社内カースト、国内カースト……世の中にはそんな縛りなんてなく自由な筈なのに、必ずそんな位置づけがされて誰でもどこかに所属させられる。

 カースト下位は言うまでも無く俺が所属していた場所……。

 ある意味一般人が所属する場所だけど、そこは俺達よりも上位の人間に利用される階層でもあった。

 そして上位の人間はある種のカリスマを持っており、リーダーとしての資質も有している人間たちを指す。

 そんな人間ならば、国の指導者として立ち回る事も出来るだろう。

 あのカエルはその事を言ってるんだ。


 カエルの言った通り、そんなリーダーシップを発揮できるような人間だったら、現実の世界を逃げ出して来たりはしなかっただろう。

 俺だって、好きでそんな選択を取った訳じゃないんだ。

 でも、人間には出来る事と出来ない事がハッキリしてる。

 そして俺には人々を率いるなんて事、出来そうになかった。

 少なくとも今、俺が国家のリーダーとして立っている姿なんて、想像する事が出来なかった。


 だいたい何で、こんな攻略の難しい世界なんか作ったんだ? 

 もっと簡単に、それこそ王様になって……なんて設定にしておけば、国の運営は勿論、ハーレムだって豪遊だって自由自在だったじゃないか。

 そう考えて、俺はある言葉を思い出していた。


『この国を作った者、それにこの国を攻略しようとした前任者たちに会いますか?』


 ここに来る前に、オーフェが言った事を俺は俄かに思い出した。

 この世界にはまだ、この世界を作った者が居るはずなんだ。

 俺はどうしても、なんでこの国の……この異世界の設定をこんな風にしたのか聞きたくなっていた。

 創始者でさえ攻略出来ない程、難易度の高い設定にしたその理由を聞かない訳にはいかなかった。


「こ……ここに、この世界を作った……人はいるんですか?」


 カエルを前にして人……と言うのには抵抗があったが、彼等も元は俺と同じ人間だったんだ。

 とりあえず人と言うフレーズを使う事にした。


 〈ゲゲゲ……俺達を見て「人」と言うかよ……まぁ悪くないよな―――……〉


 この中で、明らかに別格とでも言うべき巨大なカエルがそう言った。

 ……ように思ったけど、実は違っていた。

 そのカエルの背中を、一番小さいカエルがよじ登って来て、最期には頭の上にチョコンと座った? んだ。


 〈俺がこの世界を作ったもんだ。名前はま―――……忘れたな―――。ここでは“クリエイタ―――”って呼ばれてる〉


「……え……? あんたが……?」


 そのカエルは大きさこそ一番小さかったけれど、多分この沼で一番の古株……つまりここのリーダー的な存在なんだろう。

 でもイメージとしては、その下で微動だにしない一番大きなカエルがここを仕切ってるってイメージなんだけどな。


 〈なんだ―――? 俺の身体(ナリ)が小さいから驚いたか―――? ま―――大きさなんてカエルには関係ないからな―――。因みにこいつは一番の新参者で―――、元々背の高いデブだったんだ―――〉


 俺の疑問を、そのカエルは答えてくれた。

 多分このカエルなら、今俺が持っている疑問にも応えてくれるだろうとも思えたんだ。


「お……俺は弓槻裕翔って言います。クリエイターさんに聞きたいんですが……なんで『この国の大統領になって……』なんて設定にしたんですか? 国王とか絶対支配者になって……の方が、絶対に楽だったしこんな事にもならなかったんじゃないですか?」


 自分で作った世界であるにもかかわらず、結局攻略出来ずに彼は今カエルになってここに居る。

 今となっては分からないけれど、きっと最初は彼もカエルになんかなりたくなかった筈なんだ。

 どういった契約なり制約でこの世界を作ったのかは分からないけれど、もし俺が言った通りの設定にしておけばもっと攻略は楽だったろうし、きっと面白おかしくこの世界で暮らしていけた筈だと思った。


 〈……ん――――……。そうだな―――……〉


 間延びした言葉で、何かを思い出す様に考え込むクリエイター。

 そういえば一体いつこの世界を作ったのか。そして、一体いつからクリエイターはカエルとして過ごしているのかは分からないけれど、自分の名前を忘れてしまう位長い時間を過ごして来たんだろう。

 すぐに思い出せなくても仕方のない事だと思った。


 〈たしか―――……格好良かったから―――……かな?〉


「……へ……?」


 クリエイターから出て来た答えに、俺は間の抜けた言葉を返してしまった。

 今このカエルはなんて言ったんだ……? 

 恰好が良かった……とかなんとか?


 〈そうそう―――、確かこの世界を作った時に思った事は―――……「大統領って、なんか格好いい呼び名だよな―――……」だったかな―――?〉


 これは思った以上に予想外の答えな上、何ともバカバカしい理由だった。

 呼び方が格好いいってだけで、後先考えずにそんな設定にするなんてバカバカしいにも程があった。

 そしてその結果、自分自身もカエルになって永遠を生きる破目になるなんて、どこまで馬鹿なのかと思わずにはいられなかった。


 〈だってよ―――……国王とか支配者とか―――、勇者とか魔王なんて―――、どこか在り来たりで面白くないじゃん―――? で、その時閃いたのが―――大統領ってフレーズだったんだよね―――。大統領なら国王とか支配者と同じ位の権力を持ってると思ったし―――、まさかこれ程条件が厳しいなんて、その時は思わなかったんだよね―――〉


 確かに俺も、大統領イコール絶対権力者だと考えてたから、あまりクリエイターさんの事を言えた義理じゃない。

 もし俺も彼と同じ場面に出くわしたら、ひょっとすればこの世界を俺が作っていたかもしれないんだ。

 情けない話、それ位俺の知識もクリエイターさんと大差ないって事だ。

 実際つい今しがたまで、俺もそう考えてたんだからな……。


 〈んでよ―――、勇んでこの世界に乗り込んできたのは良かったんだけどよ―――、あんまり規制が多すぎて―――、結局挫折しちまったんだよな―――〉


 俺もそうだった……。

 そう言う意味で俺はこのカエルを……人を笑う事は出来ない。

 それと同時に、俺には恐ろしく悍ましい未来図が頭の中で展開されていた。それは……。


 ―――目の前のカエル達は、遠からず俺の姿なんじゃないか……?


 ―――どんなに頑張っても、俺もいずれはカエルになっちまうって事なんじゃないか……?


 って事だった。

 知識レベルが殆ど同じ彼等と俺で、違いなんて殆どない。

 彼等でさえ、この世界の設定に四苦八苦して諦めるに至ったんだ。

 俺がそうならないなんて、到底言えた事じゃなかった。


 〈ま―――偉そうな事を言えた義理じゃないんだけどな―――〉


 そんな俺の考えを見越してなのか、クリエイターさんは俺に話を続けた。


 〈一つだけ言える事はな―――、とりあえず攻略を開始してみたらどうか―――って事だな―――〉


 その言葉で、俺は何かを気付かされたようにハッとなった。

 よくよく考えてみれば、俺はまだこの世界に降り立ったばっかりで、攻略と言えるものをまだ何もしていなかった。

 そんな事も気付かずに、俺は勝手に匙を投げて諦めかけていたんだ。


 〈俺達を人間として見てくれたお前だから言うんだけどな―――。とりあえずこの世界で、足掻いて―――足掻いて―――足掻き切ってみたらどうかな―――って思うんだ―――。それでも挫折してカエルになるのは、その後でも良いんじゃないか―――ってな―――〉


 そうだ……。

 ここで諦めようと、無様でもやるだけやってみての結果だろうが、カエルになると言う事に違いはない。


 〈もっとも俺達は―――、みんなそうしなかったからな―――。結果なんて分からないんだけどな―――〉


 だったら俺は後者を選ぶ……いや、選んでみようと思った。

 そうじゃないな……クリエイターさんに気付かされたんだな。


「はいっ! とりあえず頑張ってみますっ! ありがとうございましたっ!」


 ありがとう……なんて、こんなに自然と口から出たのはいつ以来だろう……? 

 でもそれ程恥ずかしいって気持ちもないし、何よりも本当に感謝の気持ちが溢れた言葉だったんだ。


 〈ゲゲゲ……。ま―――……感謝される云われも無いんだけどな―――。とりあえず頑張ってみな―――。それでもし、こっち(・・・)に来ちまったら―――、その時は改めて歓迎してやるからよ―――〉


 俺に出来る事なんて高が知れてる。

 そんな事は誰に言われる事も無く、自分自身が良く知ってるんだ。

 俺が必死に頑張った所で、結果なんて変わらないかもしれないって事も理解出来てるんだ。

 でも折角異世界って土地にやって来たんだ。

 あっちの世界ではした事が無かった、「必死で取り組む」ってやつをやってみようって思ったんだ。





「なぁ、オーフェ……? ひょっとして俺を鼓舞する為にここへ連れて来たのか……?」


 カエルの沼の帰り道。やっぱり俺の前を歩くオーフェに、俺は考えていた疑問をぶつけてみた。

 太陽は随分と傾いていて、気付けば周囲を茜色に染めていた。

 視界を遮る様な建造物なんて、この辺りには城以外に全くない。

 どこまでも開けた朱色の空を見上げながら、俺の心が随分と軽くなってる事に気付いた。


 オーフェがここに来るよう提案して来た時、俺はこの世界攻略を諦めかけてた。

 ハッキリ言って俺には荷が重いし、人を導くなんてポジションが俺に務まるとは到底思えなかった。

 でもそれらは、俺の頭の中で考えて出した結論でしかない。

 実際に動いてみて、やってみて、必死で考えての結果じゃあないんだ。

 オーフェは俺にそれを気付かせるために、ここへ連れて来てくれたんじゃないか……。

 今ではそう思えるんだ。


「そんな訳などある筈も無いでしょう? 私はただ、あなたの成れの果てを紹介しようと思っただけです」


 やっぱりオーフェは前を向いたまま、声音も変わる事無くそう返答した。

 でも俺は、俺の彼女に対する感じ方が変わっている事に気付いていた。

 彼女が協力的かどうかはさておき、彼女自身が俺に対して嘘や偽り、そして俺を陥れようとすることが無いと言う事を俺は確信していた。

 この誰も知り合いのいない、たった一人きりの世界で、恐らくは唯一信じても良い存在……。

 それがオーフェなのかもしれないな……。



蛙になった前任者達……そして創始者「クリエイター」さん……。

彼等のお蔭で、俺は随分と前向きになる事が出来た。

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