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放課後のフーダニットクラブ  作者: 吟野慶隆
第二話 人生を懸けた一大トリック
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問題編

「こんな噂を知っているでありますか?」近江二郎はそう言って、他の二人の顔を見回した。「『四天王の中に、裏切り者がいる』という噂を」二郎は茶髪をウルフカットにしている。

「それは──つまり」一郎はワインを喉に流し込んでから言った。「自分たちの中に、裏切り者がいる、ということっすか?」一郎は金髪をオールバックにしていた。

「そういうことであります、兄さん」

 嫌ですわねえ、と中穹平は言った。「誰が流したのでございましょう、そんな噂。頭に来ますわ」ビールをコップに注いだ。穹平は腰まで届く黒髪をツインドリルにしていた。

 さあ。そう言って二郎は肩を竦めた。「僕たちの間に不信感を抱かせたいと思っている、何者かでありましょうけど……」

「不信感ねえ……自分ら、休日は一緒に、服買いに行くくらい仲いいっすけど」

「一郎ちゃんは今着ているポロシャツとジーパン、わたくしは今着ているキャミソールとミニスカートを、買いましたわよね」

「二郎は、自分と違って、ファッションセンス、あるっすからねえ。今着ている、Yシャツとスラックスも、よく似合っているっす」

「ありがとうであります」

「それにしても、裏切り者だなんて。そんなやつ見つけたら、わたくし、火炎魔法で火炙りにしますの」

「氷結魔法で氷漬け、もいいっすよ」一郎は笑った。

「風刃魔法で八つ裂き、のほうが、苦しみをより与えられるかもしれないであります」二郎は枝豆の莢から豆を出した。

 三人は、豪勢な部屋の中にいた。床には毛足の長い赤色の絨毯が敷かれ、家具は彫刻や宝石などの装飾が過度に施され、天井からはシャンデリアが吊り下げられている。美人揃いの、性的魅力の強いメイド服を来た使用人たちが、部屋の隅に立っていた。

「昔は貧乏だった僕が、こんな豪華なお屋敷に住んで、贅沢な生活を送れるとは」二郎は感慨深げに溜め息を吐いた。「世の中、何があるかわからないものでありますなあ。まさか、二年前の二〇二四年、異世界から魔王軍が日本にやってくるなんて」

「この四国なんて、たちまちのうちに魔王軍幹部、我らが『陸帝』カターラ様に占領されたっすからねえ」一郎は窓から景色を眺めた。「その後も侵略を続け、近畿地方から西はすべて、支配下に置いたんしたね」

「地殻変動を起こして、地面を全部平らにした後、四国のちょうど中央を盛り上げ、エベレストよりも高くして、巨大な山を作ったのでしたわねえ」穹平も窓から景色を眺めた。「で、表面に魔草とか魔樹とかを生やして、川や池には水の代わりに水銀を流し込んで」

「でも一番驚いたのは、その後っすよ。我々に、魔術師の素質があったなんて。てっきり、他の日本人同様、奴隷かと思いきや」

「奴隷どころか、魔法の強力さを認められて、幹部にまで出世したでありますからなあ」二郎はまたもや感慨深げになった。「日本人は基本的に、魔術師の素質はないらしくて、四国に魔術師は我々四人だけでありますから」

「遠藤さんも飲み会に来られたらよろしかったですのに」

「仕方ないっすよ、仕事が忙しいんじゃ」

「さて、それじゃあそろそろ、お風呂に入って来ようかしら」穹平は他の二人に向かって、ウインクした。「覗かないでくださいまし」

 の、覗かねえよっ。二人は顔を赤くして、同時にそう叫んだ。

 大浴場は、三人が飲んでいる部屋から五分ほど歩いたところにあった。室内風呂と露天風呂に分かれている。露天風呂からは、愛媛県の綺麗な夜景が見えるようになっていた。

 露天風呂より向こう側は、魔樹魔草の生い茂る急な坂道となっており、下っていくと一分もかからずに「Ωの道」へと出る。彼らが今いる二郎の屋敷から、元昭の家へと続く道で、上から見ると「Ω」の字のようになっているため、そう名付けられた。他に、「ξの道」や「ζの道」もあった。

「Ω」の左下が二郎の屋敷、右下が遠藤の家である。それぞれの家から伸びる道の、真ん中で急接近するところまでは、車で約五分かかるが、それからぐるりと円形の道を一回りするのに、およそ二十分を要する。急接近している箇所は、実際には、遠藤家側のほうが三十メートルほど高い、勾配五十度ほどのごつごつした崖になっているため、ショートカットはできない。

 穹平は、部屋を出て行って一時間五分後に、戻ってきた。その次に二郎が、最後に一郎が、それぞれ、一時間と一時間五分をかけて戻ってきた。三人はその後も、飲み続けた。

「ああ。後は、テレポート系の魔法さえ使えれば……」二郎は溜め息を吐いた。「念じたところに瞬間移動する『転移魔法』。念じたものを手元に瞬間移動させる『転受魔法』。念じたところに手元のものを瞬間移動させる『転送魔法』。あの辺りさえ使えれば、もっと日常生活も便利になるでありましょうに」

「四人全員、攻撃系の魔法にばっか素質があったのですわねえ。あとはほら、堅化魔法と、脆化魔法」

「堅化魔法」とは、非生物を堅くする魔法で、かけられた対象は、銃で撃っても傷一つつかなくなる。逆に、「脆化魔法」は、非生物を脆くする魔法で、かけられた対象は、息を吹きかけただけで、砂像のごとくぼろぼろと崩れてしまう。一郎は「堅化魔法」、二郎は「脆化魔法」、穹平と元昭はその両方を習得していた。

「脆化魔法は、けっこう便利でありますよ。地球軍と戦う時も、飛んでくるミサイルに脆化魔法をかけるのであります。あとはそこに、突風魔法を使えば、砂のごとくぼろぼろと吹き飛ばされていくというわけであります」

「そのせいっすかね、最近、二郎、地球軍に、『砂細工師』という渾名をつけられているらしいっすよ」

「渾名かあ。僕の人生の中で、つけられたのはそれが初めてでありますな」

「奇遇ですわね、私もですわよ。渾名なんて、つけられたことないですわ。子供の頃は逆に、家の中のものに『マロンちゃん』や『モーター君』なんて、渾名をつけまくっていましたけれど」

「それ、前の飲み会でも言っていたっすよ。遠藤さん、『なんじゃそりゃ』って失笑していたっす」

 ふああ、と二郎が大きな欠伸をした。壁の時計を見て、「もうこんな時間でありますか」と呟く。「そろそろ、僕は寝させてもらうであります」

「そうっすねえ。自分も眠たいっす。ここで、お開きにするっすか」

「わかりましたの。ああ、ちょっと」穹平はメイドに向かって言った。「片付け、お願いしますわね」

 かしこまりました。メイドはそう返事をした。


 ピンポン、とインターホンが鳴った。こんな時間に誰じゃろう、遠藤元昭はそう呟くと、部屋を出て玄関に行き、扉を開けた。

 そこには、「ある人物」がいた。リュックを背負っている。

「あんたじゃったか。どうしてここに? 他の幹部二人と、飲み会だったんじゃあ……」

 もちろん、飲んでいる。ただ、元昭を蔑にして飲み会というのも、どうかという話になった。そこで、ジャンケンで負けた人が、元昭にお酒を差し入れるついでに、少しだけ飲みに付き合う、ということになった。そういう旨のことを喋り、「その人物」はリュックの中の缶ビールを彼に見せた。

「儂とのサシ飲みは罰ゲーム扱いか? いや、でも、ありがたいわ」

 元昭は、ははは、と笑った。彼は無類の酒好きだった。

「ささ、上がって上がって。儂の寝室に行くぞ。あそこから眺める愛媛県の夜景は、最高なんじゃ」

「その人物」は靴を脱ぎ、玄関に上がった。元昭がリュックを持とうとしてきたので、いや、自分で持つ、という旨のことを言う。辺りを見回すと、元昭も一人くらい使用人を持てばいいのに、家も、こんなこじんまりとしてないで、もっと大きくすればいい、という旨のことを呟いた。

「儂は、狭いところが好きなんじゃ。大人数が儂の家をうろついとるのも好かん」

 二人は連れ立って、二階の寝室へ上がった。テーブルにつき、缶ビールを二本出して、蓋を開ける。中身が外に零れ、「その人物」の服のポケットにかかった。

「大丈夫かの」

「その人物」は、「大丈夫」という言葉を二回繰り返して発しながら、慌てて濡れた財布をポケットから出した。魔王金貨や魔王銀貨、今はもう価値のない普通自動車運転免許やレンタルビデオ店の貸出カードなどが入ったものだった。

 二人は、乾杯、と言うと、ビールをぶつけ合った。

 たしかに、この景色は最高だ。「その人物」は、そういう旨のことを言うと、窓から愛媛県の夜景を眺めながら、呟いた。

「そうじゃろう。そうじゃろう」元昭は立ち上がり、窓に近づいた。愛媛を眺めながら、言う。「カターラ様に特別に頼んで、家をこの場所にしてもらったからのお。その代わり、今日みたいに仕事をたんまり頂くようになったけど」

 いや、でもその価値はある。「その人物」はそういう旨のことを言うと、ビールを飲んだ。元昭も前進すると、元の椅子に座り、ビールを飲んだ。

 直後、彼は血を吐いた。


〈問題編 了〉

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